緑の喧騒:蛍の帰り道
その夏、僕はまた古い記憶の中にいた。
戦争体験のない僕にとって、毎年この季節が巡ってくるたびに、思い出す事がある。そこから零れ落ちるのは、決して手触りの良い記憶ではない。
どちらかといえば、あまり思い出したくはない性質の、いくぶん悲惨な記憶だ。
8月15日正午、ラジオから流れた声――いわゆる玉音放送によって、一つの時代が幕を閉じた。それを直接聞いた年齢ではないが、誰もが知っている事実だ。
この日は、戦争とは無関係に、もともと“お盆”の真ん中にあった。
13日から16日にかけて、僕たちの先祖の霊がこの世界へと一時的に帰還する、あの静かで、どこか非現実的な数日間のことである。
そこに何らかの意図的なプログラムが働いていたのだとしたら、それは少しばかり悪趣味がすぎるというものだ。
戦地で命を落とした兵士たちが、あるいは戦火に巻き込まれた名もなき家族たちが、魂となって懐かしい我が家を目指して歩く。
その真っ直ぐな帰り道の途中に、この重々しい記念日がぴったりと重ね合わされている。
これが歴史の単なる偶然の悪戯なのか、それとも見えない誰かが仕組んだタイミングなのか、僕にはわからない。
ただ、歴史というものがときに見せる“出来すぎた偶然”には、いつも少しだけ背筋が冷える。
今では、夜空に蛍が舞う光景を見かけることも滅多になくなってしまった。
僕たちの記憶が時間の経過とともに薄れていくスピードと、蛍がこの世界から姿を消していくスピードは、どこかシンクロしているような気さえする。
あの太平洋戦争の期間は3年と9ヶ月。
その間に失われた命は310万人と言われている。
数字にしてしまうと、あまりに無機質で、どこか現実味が薄れる。
そして今この瞬間も、遠く離れたロシアとウクライナで戦争が続いている。
犠牲者や行方不明者は180万人。
こちらもまた、数字だけがひとり歩きしているように見える。
ここでひとつ、奇妙なデータがある。2025年の一年間で、日本で亡くなった人の数は160万5千人。数字の上だけで言えば、かつての戦時中よりも多くの人が、今、この平穏に見える日常の中で静かに世を去っていることになる。
もちろん、これらを単純に天秤にかけることはできないし、そんな比較に大した意味はない。
今夜あたり、死者たちの魂は無数の淡い光となって、僕たちのまわりをそっと飛び交っているのだろうか。
盛夏、緑の喧騒は、心の平穏とともにある。
そしてひとしきり夏の夜の匂いを懐かしんだあと、
送り火とともに、あの不恰好な茄子の牛に揺られながら、静かに去っていく。
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