第6話:「恋とドリンクと被り物」
🛣️ 連載シリーズ|髪が生えたら、サービスエリアが騒ぎ出した。
第0話:これは、高速道路と芸能事務所と、ちょっぴり不思議な話。
第2話:バズる男とハイウェイの女
第3話:クマリン動く
第4話:システナリオ中部、出動!
第5話:マスコットは見た
📚これまでのあらすじ
社長の若返りは偶然か、それとも陰謀か——?
謎のドリンクで髪が“爆フサ”した青葉美咲がSNSを騒がせる中、静かに憤るひとりの化学者がいた。
彼の名はクマリン。
対人関係が苦手で研究職に就いた彼は、独自に開発した活力ドリンクが、まったく異なる形で出回っていることに気づく。
秘密、副作用、誰かの想い——揺れるのは感情か、企業か、それとも毛根か。
動き出す高速道路会社「NEXT(ネクスト)中部」、そのグループ会社「システナリオ中部」。
そして、誰にも知られず動く影——みちぺた。
いま、サービスエリアをめぐる“恋と副作用と毛根”の物語が走り出す。
第6話:「恋とドリンクと被り物」
——“かぶり物”は、仮面か、それとも勇気か。
研究室にて——静かなるざわめき
ここは、世界でいちばん静かな場所だった。
そして、クマリンにとって、唯一“素顔”になれる場所でもある。
彼はそっと、クマのかぶり物を外し、額に手をあてる。
冷たい手。少し汗ばんだ額。
「……また、見てしまった」
モニターには、SNSの投稿が表示されている。
笑顔の彼女。サービスエリアで楽しそうにグルメを紹介する様子。
その横で、どこか若作りした“あの男”が満面の笑みでポーズをとっていた
《 #ついてる旅ログ 》《 #ハイウェイ紳士 》《 #SAグルメ最高 》

「ついてる旅ログ」——それは誰かの幸せな投稿。
でも今、誰かの毛根がざわついている。
「さっきの投稿……彼女、またあの男と……」
静かに、感情の波が胸の奥に広がっていく。
——なぜ、こんなに気になるんだろう?
「……副作用? いや、違う……はずだ」
自分の中のざわつきを、どうにか論理で片づけようとする。
でも、どれだけ理屈を並べても、この感覚の正体はわからない。
小さく息を吐いたあと、彼はつぶやく。
「……結局、僕は変われてない」
製薬会社に入ったのも、人と向き合うのが怖かったからだ。
人を救う仕事なのに、誰かの目を見ることすらできなかった。
だから、研究職を選んだ。
一人で黙々と向き合える“なにか”を探して——
ずっと、逃げるようにデータを見つめてきた。
けれど今、データよりも鮮明に見えるものがある。
それは、笑顔の彼女——山形みらいの姿だった。
芽生え
「副作用の確認は、植物系の反応から試すべきだ」
クマリンは、自分に言い聞かせるように呟いた。
手元には豆苗(とうみょう)。いつものスーパーで買った、普通の豆苗だ。
そこに、最新の試作ドリンクを少量スプレーする。
「さて、どうなる……」
——翌朝。
「………………うわ。」
キッチンの一角に置いておいた豆苗が、もはや“森”だった。
高さは倍以上、葉は爆裂、器からは完全にはみ出している。
「モジャモジャの森……芽生えるにも、ほどがあるだろう」
頬をひとつ叩き、背筋を伸ばす。
クマリンの目が、真剣になる。

「芽吹いたのは、命か、危機か。」
フサクマ01号、事故る
「次は……人工皮膚による起毛テストだ」
白衣姿のクマリンが取り出したのは、研究用に作成されたダミー頭部——通称「フサクマ01号」。
クマ頭型の土台に、センサー付きの皮膚素材を貼り、ドリンクを塗布すると、その起毛量や発毛速度をリアルタイムで計測できる。
——はずだった。
「開始……10秒、反応なし」
「30秒……異常なし」
「60秒——」
ブワッ!!

「60秒後、事態は“起毛”を超えた」
「ぅわッッ!?」
センサーランプが赤に変わると同時に、フサクマの表面が爆発的に起毛。
モッサァアアアッッ!!!
もはや毛玉。事故物件。
どこがクマ頭だったのかすら、判別できない。
「……これはもう、事故だな」
腕を組んでつぶやいたクマリンの声には、わずかに震えがあった。
オフィス森音での出会い
調査の名目は、「ドリンク関連の撮影経緯と投稿状況の確認」。あくまで、NEXT中部からの依頼として。
だがその裏には、システナリオ中部がすでに“何かを仕掛け始めている”気配”を感じ取ったNEXT中部の警戒心があった。
表向きの穏やかさとは裏腹に、水面下では静かに動きが始まっていた。
某郵便局の3階——
そこが、芸能事務所「オフィス森音」の拠点だった。
ちょっと信じがたいが、本当にある。
ドアをノックすると、中から陽気な声が返ってくる。
「はーい!開いてますよ〜!ついてるよ〜〜!」
……ついてる、とは。
軽く面食らいながらも扉を開けると、
ワインレッドのネクタイをした、明らかに“キャラの濃い男”が立っていた。
「おお、君が噂のクマ頭研究員か。いやあ、ようこそようこそ。
……その姿、なかなかクセが強くて素敵だね」
「……クマリンと申します。本日は、ヒアリングを」
「あ、固いの苦手だから。青葉でいいよ」
「はあ……では、青葉さん」
案内されるまま、奥へと足を進めたクマリンは——
ふと、立ち止まりそうになった。
(……ここ、本当に事務所なのか?)
壁はレンガ調、間接照明の明かりはやけにムーディーで、
棚には整然と並んだ酒瓶。ジャズまで流れている。
どこからどう見ても、これは“バー”だ。
(バーを間借りしているのか……いや、違う。これは完全に“好み”だ)
妙な納得をしつつ、ソファに腰を下ろすと、隣にもうひとりの人物がいた。
見覚えのあるベレー帽。SAロケ映像で何度も見た——あの人。
「……こんにちは。山形みらいです」
「…………はじめまして」

「3人の物語は、ここから始まる。」
かぶり物越しに、クマリンの声がほんのわずか揺れた。
けれど、誰も気づかないふりをしていた。
「いやあ、あれね、たまたまドラッグストアで見かけてさ!
キャッチコピーが最高だったんだよ!
【活力強化飲料Z】ついてる!ラッキー!ハッピー!……買うしかないでしょ?
で、一口飲んだら……このフサフサ。まさかの神展開!
いまじゃ、通販で定期購入してるからね。3本おまけでお得!」
社長が語るバズストーリーに、みらいはやや引いた表情で微笑む。
社交的に見えるが、その距離はどこか一定だった。
調査の中盤、ふとした雑談の流れで、青葉が席を外す。
その瞬間、静寂が訪れる。
みらいがぽつりと呟いた。
「……私ね、ほんとは、人と話すのが苦手なんです。
人前に出るの、怖かった。だから、それを克服したくて……芸能界に入ったんです」
「……そうだったんですね」
「ええ。でも、正直、まだ慣れません。今も……毎日ちょっとだけ、無理してます」
「僕も、似ています。
このかぶり物がないと、人と話せないんです。
素顔じゃ、まともに声が出ない。
でも、これを被っていると、不思議と話せる。
演じてるみたいで、ちょっと安心するんです」
「……それ、なんだか……わかる気がします。
私も、いつも演じてるんです。明るくて、社交的な自分。
本当の私は、たぶん全然違ってて……でも、演じてる方が、ちょっとだけ、生きやすいから。
だから、クマリンさんのこと……信じてもいいかなって思いました」
クマリンは、何も言わなかった。
ただ、ほんの一瞬だけ、口元が——ゆっくりと、ゆるんだ。
青葉を見つめる目線
研究室のモニターには、SAでのロケ映像が映っていた。
青葉とみらい。いつものように、騒がしくて、眩しくて、自由すぎる。
「というわけでこちらがっ!
“映えること間違いなし”の——ついてる!ラッキー!ハッピーパフェ!!」
「……そんな商品、どこにもありませんよ社長」
「えっ、ないの!?じゃあ今から作ろう!ね?SAの人に提案しよっ!」
隣で苦笑するみらい。
現場スタッフも、半分呆れながら、笑っている。
けれど、映像が切り替わった瞬間、クマリンの手が止まる。
駐車場でのワンカット。
ロケ中、みらいがふいに足をくじいた。
青葉は、誰よりも早く駆け寄っていた。
「だいじょぶ!?みらいちゃん、無理しなくていいよ」
「……ちょっとひねっただけ。大丈夫です」
「ほんと?ムリしないでね。……ついてないことも、人生にはあるさ!」
クマリンは、その一瞬の映像を、何度も巻き戻して見つめた。
「……バカみたいに軽率で、自己中で、思いつきで動いてるように見えるけど……
でも……たしかに、誰よりも人を“見ている”のかもしれない」
彼の目に映る青葉は、ただの“問題サンプル”ではなく、
“誰かの心に触れる人間”になっていた。
「……この男、敵なのか、味方なのか、なんなんだ」
けれどその口調は、いつもの“冷静な研究者”というより、少しだけ、くすりと笑ったような——そんな声だった。
決意と芽生え
研究室の空気は、乾いていた。無機質な静けさの中、モニターには二つの映像が並んでいる。
左の画面には、例の豆苗。右の画面には、実験用ダミー「フサクマ01号」。
豆苗は——ジャングル。
葉が棚をはみ出し、電気コードを絡め取りそうになっている。
フサクマは——毛玉の怪物。
静電気でホコリを吸着し始め、研究室の空気清浄機に干渉していた。
「……これを副作用と言わずして、なんという」
その日の午後、会社に来客があった。
NEXT中部という高速道路会社だった。
「はじめまして。NEXT中部・広報の川合(かわい)と申します。
実は以前から、我社のグループ会社であるシステナリオ中部が、こちら(親会社)に相談なく、サービスエリアの大幅な改革を進めようという動きがありまして。
巷では“若返りドリンク”なるものが販売されており、サービスエリアでの展開も噂されているようで。
ナノフィリア製薬さんには優秀な研究員がいると聞いて、ぜひとも調査をお願いしたいのです」
クマリンは一瞬とまどったが、ドリンクのことが調査できると思い、了承した。
その日は来客が多く、しかもどちらも製薬会社とは関係ない、高速道路会社。
システナリオ中部がクマリン指名で訪ねてくる。
「いやぁ、NEXT中部から聞きましたよ……クマリンさんに調査をお願いしたそうですね」
訪れたのは、システナリオ中部・総務部の 白紐(しろひも)。
温和な口調とは裏腹に、その目は妙に観察力が鋭い。
「調べてみたところ、偶然にも、このドリンクの原型に、ナノフィリア製薬時代の“染谷(そめや)”という研究員が関与していた可能性が高いというのがわかりましてね。
数年前に“染谷”という研究者がナノフィリアに勤務していらしたの、ご存じでしたか?」
一瞬、クマリンの指が止まる。
「……染谷は、同じ研究チームでした」
「おや、それは奇遇ですね。彼は今、某製薬企業にいるようですが……そのあたりの“裏側”も、もし把握できるのであれば、ぜひ」
クマリンは黙ってうなずいたが——
(……なぜ、この人がそこまで詳しい?)
静かに、胸の内に疑念が芽生える。
その日、システナリオ中部の白紐が帰ったあと、クマリンは静かに、隣の実験ファイルを開いた。
そこには、自分が開発したプロトタイプの成分式と、今回、研究チームに調査させておいた“現在市場に出回っている版”の成分表が並んでいた。
「……違う。これ、僕のじゃない。
誰かが、成分を変えてる……」
「まさか……本当に“染谷”なのか……?」
脳裏に浮かんだのは、今日のシステナリオの男。あまりにも自然に、染谷の名前を口にした。
(……あの時点で、染谷の存在を知っていた? なぜ?)
静かに、胸の奥がざわつく。
クマリンは、実験ファイルを閉じた。
かぶり物のベルトを締め直し、コートを羽織る。
「感情か、企業か、それとも……毛根か」
研究室の隅で、豆苗が“モジャモジャッ”と風に揺れる音がした。
隣のフサクマ01号は、ふんわり静電気で浮かんでいた。
静かに、クマリンの目が燃える。
「……染谷、お前なのか」
「……信じたくない。でも……ここまできたら、もう――」
「行こう。“あの会社”へ。僕はもう逃げない。……確かめに行く。」

「感情か、企業か、それとも……毛根か」
――僕が止めなければ。
つづく
「ついてますね〜、若返ってますね〜!」
そう言って笑う営業マンの口調は軽い。
……だが、録音ボタンはとっくに押されていた。
動き出したのは、NEXT中部のグループ会社、システナリオ中部。
調査の名目は「ドリンク関連の撮影経緯と投稿状況の確認」——
だがその実態は、“あのドリンク”の利用価値の見極め。
副作用? 成分? 知ったことか。
売れるかどうか、それがすべて。
ターゲットは、若返った“爆フサ王子”こと青葉美咲——!
高速道路の地図を囲む黒いスーツたち。
赤いマーカーが、ひとつの地点をじっと示していた——。
静かに近づく黒いスーツたち。毛根も恋も巻き込んで、サービスエリアの運命はまたひとつ、分岐を迎える。
🚧 次回予告
「……ついてる? いいえ、追われてます。」
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