見出し画像

小学校受験の直前期ガチってたはずなのに、気づけば宝塚歌劇団にハマった話

我が家には、まだ果たせていない約束がある。

「受験が終わったら、宝塚の花組を観に行こう。ついでにUSJにも行こう」

昨年の秋、小学校受験の本番直前期に交わした娘との約束だ。
受験が終わって、もう半年以上になる。約束はまだ果たせていない。

娘は、この約束を一言一句覚えている。
子どもというのは、親が交わした約束に関してだけ、記憶力が異常に良い。「ぱぱ、おやくそくだよ」と、いまでも定期的に確認される。

忘れているわけではない。
むしろ毎日思い出している。
正確に言えば、毎朝思い出している
毎朝思い出しているのに果たせない約束というものが、世の中にはあるのだ。

なぜ毎朝なのか。
なぜ果たせていないのか。

それを説明するには、我が家が小学校受験の本番に臨む2ヶ月前、つまり昨年の9月まで遡る必要がある。


本番に怯える中年親父

昨年の9月。
考査まで、あと2ヶ月だった。

小学校受験を経験したご家庭、あるいは現在臨まれているご家庭なら、この「あと2ヶ月」という言葉だけで胃のあたりが重くなると思う。

経験していない方のために説明すると、東京の小学校受験は11月の頭に一斉に行われる。つまり9月とは、夏期講習という長い戦いが終わり、疲労だけが残り、それでいて本番はまだ先という、一番落ち着かない時期である。

やることは無限にあった。

願書の下書き。そして清書。
書き損じて、もう一枚。
僕は字が下手なので、この工程の中にも色々とやることがあったのだが、そのあたりは以前の記事に書いた。

家では、面接の自主練も始めた。
「お父様にお伺いします。休日はお子様とどのように過ごされていますか」。みたいな問いに簡潔にわかりやすく答える練習である。
面接官役は妻が務める。

妻の演じる面接官は厳しかった。
「熱意が感じられないのよ熱意が」みたいな、嫌な上司像の煮凝りみたいみたいなことを平気でコメントしてくる。
まあ、それはそれで助かるのだが。

教室主催の学校別模試もあった。
結果に一喜一憂しないと家庭内で申し合わせ、一喜一憂しないと決めた顔で、毎回きっちり一喜一憂した。
ペーパー。巧緻性。蝶結びの特訓。
カレンダーから土日が消えて久しかった。

教室の待合室の空気も、9月から変わった。
夏までは、会釈のあとに軽い世間話があったのだが、9月からは会釈だけになったのだ。

敵ではない。
だが完全な味方でもない。
静かな連帯と、静かな緊張。
あの待合室の空気を正確に言葉にするのは、いまでも難しい。

当の娘はといえば、けろりとしていた。
少なくとも、けろりとして見えた。

ただ、寝る前の絵本の時間が少しだけ長くなった。
子どもは子どもで、何かを溜めていたのだと思う。
しかしそれを察したところで父親の僕にできることなんて所詮、日々の家庭学習のフォローや土日の教室の送迎くらいだった。

幼稚園の送迎や平日の塾の送迎をお願いしていた妻に比べると、娘と一緒にいる時間が相対的に少ない僕にできることは限られていたのだ。
だからこそ、普段は「家の空気を悪くしないこと」を意識していた。

「家の空気を悪くしないこと。」
これが一番難しい。

父というのは不安になる生き物である。
不安になると、余計なことを言う。

「この問題、この前も間違ってなかった?」。
言った瞬間に空気が悪くなる。

学習した僕は、やがて黙ることを覚える。
黙った僕は、夜、リビングの隅でスマホを見る。

当時の検索履歴を公開すると、こうだ。

「小学校受験 直前期 親 心構え」
「小学校受験 面接 父親 失敗例」
「小学校受験 直前 成績 下がる」。

検索したところで何も解決しないことは分かっている。
分かっているのに、指が勝手に検索する。

不安というのは、検索窓に打ち込むと少しだけ軽くなった気がする。
気がするだけで、一度も軽くなったことはない。

人間は追い詰められると、よく分からない行動に出る。

その夜が特別だったわけではない。
模試の結果が悪かったわけでも、夫婦で何かがあったわけでもない。
ただ、9月の夜は、どれも同じように長かった。

その夜、僕はYouTubeの検索窓に、こう打ち込んだ。

「合格発表」


喜びの予行練習をする中年親父

弁解させてほしい。
あれは僕なりのイメージトレーニングだった。

娘が志望校に無事合格したときの喜び方を、事前に練習しておこうと思ったのだ。

理屈はこうだ。
本番に強い子を育てるには、まず親が本番に強くなくてはならない。
合格の瞬間にうろたえるようでは、親として脇が甘い。

番号を見つけた瞬間、どんな声を出すのか。
どんな顔で娘を抱き上げるのか。

そこまで仕上げておいてこそ、万全の態勢と言える。
だから他家の合格発表の映像を観て、喜びの型を研究しておくのだ。

ちなみに型の候補は三つあった。

「静かにうんうんと頷き、涙を流す」
「やったー!と叫び、娘とハイタッチする」
「無言で娘を抱き上げる」

どれが娘の今後の人生にとって最良だろうか、当時の僕は夜な夜な明かりが消えたリビングで真剣に検討していた。

我ながら完璧な理論だと思った。
いまとなっては何ひとつよく分からない。

そもそも喜び方に練習はいらない。
合格してから好きなだけ喜べばいいのだ。
2ヶ月前の父がやるべきことは、他にもたくさんある。

だが当時の僕は大真面目だった。
追い詰められた人間の思考回路とは、そういうものである。

なお、このことは妻には言わなかった。
止められるからではない。「は?」と言われるのが分かっていたからだ。

夫婦のあいだには、言うべきこと、言うべきでないことがある。
これは後者だと判断した。

検索結果には、いろいろな動画が並んでいた。

大学の合格発表。
高校の合格発表。
あとなんかどこかの塾が撮ったドキュメンタリー風の感動的なやつ。

世の中には、あらゆる合格発表の動画がある。
人の合格とはこんなにも良いものかと思いながら、次々に観た。

その中に、宝塚音楽学校の合格発表の動画があった。


知らない学校の合格発表で泣く中年親父

最初は、どこの学校の映像なのか分からなかった。

桜が咲く春先の兵庫県。
どこかの学校の門の前に、少女たちと親が集まっている。
ニュース映像だった。

やがて、内容が隠された掲示板が運び出され、その学校の生徒と思しき女の子たちが前に出てくる。

なかでも、とりわけ背筋がピンとした女の子がハキハキと喋りだす。

「これより、合格者を発表します」

掲示板の隠されていた内容が露わになり、
刹那、悲鳴のような声が上がる。

自分の番号を見つけた少女が、その場にしゃがみ込む。
立ち上がって、母親と抱き合って泣く。
周囲から拍手が起きる。

テロップが出て、そこで初めて、宝塚音楽学校の合格発表だと知った。
倍率が20倍を超える年も珍しくなく、かつては「東の東大、西の宝塚」と呼ばれた学校である。

あとから知ったのだが、この合格発表は毎年春のニュースの定番なのだそうだ。受験生の多くは、幼い頃からバレエや声楽を続けて、この一日に懸けてくるのだという。
そういえば、掲示板の前で待つ少女たちの背筋も全員きれいに伸びていた。

気づいたら、泣いていた。

知らない学校である。
知らない少女である。
娘の考査はまだ2ヶ月も先である。

それなのに父は、深夜のリビングで、他人の合格発表を見て先に泣いた。
隣の部屋では、当の受験生がすやすや眠っていた。

白状すると、この動画をその夜だけで3回観た。
3回とも、同じ場面で泣いた。
番号を見つけて、しゃがみ込むところである。
人間の涙腺には、学習能力がない。

なぜ他人の合格発表がこんなに効くのか、あとで考えた。
たぶん、結果というものが、あそこでは目に見える形で貼り出されるからだ。

番号がある。ないかもしれない。あった。
この単純さの前では、大人も子どもも関係ない。
2ヶ月後の自分たちの姿を、僕はあの映像に重ねていたのだと思う。

予行練習としては大成功である。
何かが根本的に違う気もするけれども。

ひとつだけ、茶化さずに書いておきたいことがある。

カメラは、番号を見つけた子を映す。
抱き合う親子を映す。

だが画面の外には、番号がなかった子もいたはずだ。
受験を控えた親になってから観る合格発表は、そこがどうしても目に入る。
喜びの映像の、外側を想像してしまう。

だから僕はこの動画を「感動的だった」と要約する気にはなれない。
ただ、画面の中の少女たちが、あの倍率に向かって何年も稽古を積み重ねてきたことだけは、素人にも分かった。
番号を見つけてしゃがみ込んだあの子の膝には、それだけの時間が乗っていた。

そして、ひとしきり泣き終えた僕に、YouTubeのアルゴリズムは有能だった。

「この合格発表の続きが気になりませんか」とでも言わんばかりに、次の動画を差し出してきたのである。

宝塚歌劇団・花組の公演映像だった。


中年親父、花組に落つ。

再生した。

まず、幕が上がった瞬間の光量に驚いた。
次に、舞台の上にいる人数に驚いた。
その全員が寸分違わず同じ振りで踊っていることに驚き、その真ん中にいる人が、一番背が高くて、一番輝いていることに驚いた。

真ん中の人は、女性だった。
女性なのだが、僕がこれまでの人生で見てきたどの男性よりも、断然かっこよかった。

これが「男役」というものだった。

それから「大階段」というものを知った。
舞台の奥に、天井まで届くような階段が現れるのだ。
宝塚の人はあれを、歌いながら、正面を向いたまま降りてくる。
足元を見ずに、である。

僕は自宅の階段を、手すりを持って慎重に降りる。
もう人間としての完成度が違う。

一本目が終わると、関連動画が並んだ。
ショーの場面。ミュージカルの場面。稽古場の映像。トップスターの退団の日の映像。
これでも泣いた。その日会ったばかりの人の退団で泣ける自分に驚きながら、次の動画を再生していた。

気づけば深夜2時だった。

翌日の夜も観た。
その翌日も観た。
通勤の電車でも観た。昼休みもイヤホンつけて観た。

数日で、父は変な用語を覚え始めた。
まず「新人公演」。
入団7年目までの若手だけで、同じ演目を上演する公演である。

次に「エトワール」。
フィナーレ(パレード)で大階段の中央に立ち、最初に主題歌をソロで歌い出す歌手である。

そして「組替え」。
組から組への異動である。
よその世界の人事異動に興味をもつ日が来るとは思わなかった。

そして「トップスター」という仕組みを理解したとき、僕は唸った。

各組の頂点は、ただ一人。
そこへ至る長い道のりがあり、就任があり、いつか自分で決める退団がある。あの春の合格発表は、入口にすぎなかったのだ。あの掲示板の先にも、選抜はずっと続いていく。

組にはそれぞれ個性があるらしいことも分かってきた。
ダンスの花組、芝居の月組、といった具合に、ファンの間で語り継がれる伝統的なイメージがあるのだという(らしい、である。諸説あるようなので深入りしない)。

僕はたまたま花組から入った。
入口で沼に落ちたので、まだ他の組のことを知らない。

ところで、当初の目的を覚えているだろうか。
そう、喜びの予行練習である。
僕はもう完全に忘れていた。それどころではなかったのだ。

数日後、リビングで観ていたら妻に「最近、何観てるの」と聞かれた。
画面を見せた。

「は?」と言われた。

予行練習の件を言わなかったのは正解だったが、結局「は?」は回避できなかった。夫婦とは、そういうものである。

なにはともあれこうして僕は花組に落ちた。
沼に、である。

ここで先に白状しておく。
僕はまだ宝塚を一度も劇場で観たことがない。

これから書くことはすべて、素人の中年親父がYouTubeと検索で覚えた付け焼き刃の知識だ。

ファンの方が読んだら眉をひそめる箇所があるかもしれない。
この記事はファンの方に何かをお伝えするものではない。
むしろ教わりたくて書いている。
間違っていたら本当にごめんなさい。愛だけはあります。

素人なりに説明すると、こうだ。

宝塚歌劇団には、花・月・雪・星・宙(そら)という5つの組がある。
団員は全員女性で、男性の役を演じる「男役」と、女性の役を演じる「娘役」に分かれている。

各組には男役の頂点である「トップスター」と、その相手役である「トップ娘役」がいて、公演はこの2人を中心に作られる。

そして団員は全員、冒頭で触れた合格発表をくぐり抜けた人たちだ。
合格後は宝塚音楽学校で2年間、声楽とバレエと日本舞踊と、検索する限りではおそらく人生観そのものを鍛え上げられて、舞台に立つ。

校訓は「清く正しく美しく」。
僕はしばらく日本一有名な合格発表の「その後」を観ていたことになる。
あの掲示板の前でしゃがみ込んだ少女たちの、数年後の姿を。

そう気づいた瞬間に、もう抜けられなくなっていた。

男役のことばかり書いたが、「娘役」という存在にも驚いた。
主役の男役が最大限かっこよく見えるように、隣で最大限の技術を尽くす仕事である。可憐に見えて、あれは技術の塊だ。素人が画面越しに観ても分かるのだから、実物は相当なのだと思う。

書店に『歌劇』『宝塚GRAPH』という月刊誌が2冊も存在することも知った。100年続く世界には、専門誌が2冊ある。
習慣的に通っていた本屋では、小学校受験の参考書のコーナーに行く前に、宝塚雑誌が並んだ棚の前にも立つようになった。

花組のトップスターは、永久輝せあさんという。

出典:宝塚歌劇公式HP

かっこいい。
かっこよさを具体的に説明しようと、いま画面の前で10分ほど腕を組んでいたのだが、無理だった。

ダンスがシャープで、とか、立ち姿が、とか、いくつか書いては消した。
全部違う。
強いて一つ挙げるなら、指先まで意思が通っている。
腕を伸ばす。ただそれだけの動作が、なぜあの人がやると「決まる」のか。確かめるために10回観た。
分からなかった。分からないまま、11回目を観ていた。

つまり、かっこいいのだ。
それ以外の語彙が消える。

そして花組のトップ娘役は、星空美咲さんという。

出典:宝塚歌劇公式HP

かわいい。

語彙は戻ってこない。

ただ、この2人については、後でもう少しだけ頑張って書く。曲の話をするからだ。


我が家の朝が花組になった

沼に落ちた僕は、当然のように、家庭に沼を持ち込んだ。

毎朝、幼稚園の準備の時間に花組の曲を流すようになったのだ。

最初は、単に僕が聴きたかっただけだった。
ところが思わぬことが起きた。

娘が食いついたのである。

ある日家庭学習の休憩時に花組公演の動画をテレビで流した日には、遊んでいたパズルを持ったまま画面の前から動かなくなった。

「このひと、おうたも、ダンスも、ぜんぶできるの?」。
できるのだ。全部できる人たちなのだ。

そこからは、花組の曲を流していると自然と娘も口ずさむようになっていった。

やがて、配役が決まった。
父が永久輝さんのパートを歌い、娘が星空さんのパートを歌う。

歯磨きをしながら「アイ、ラブ、レッビュ〜七色の~↑」である。
なお選曲権は父にあるが、娘から「これは今聞く曲じゃない」というクレームが入り、一部の曲は模試の朝限定となった。
どの曲のことかは、後述する。

考査2ヶ月前の朝の光景として、正しかったのかどうかは分からない。
だが、あの朝の儀式にどれだけ助けられたかは分かる。

せっかくなので、当時の我が家を支えた曲を紹介したい。
お受験と何の関係があるのかと思われるかもしれないが、あるのだ
少なくとも我が家にはあった。


Jubilee

花組のショー作品。
我が家の朝の一曲目は、だいたいこの作品のパレード曲だった。

Jubilee(ジュビリー)とは聖書に由来する言葉で、50年に一度めぐってくる特別な年のことらしい。その年には負債が帳消しになり、囚われていた人が解放される。

要するに「すべてが赦され、祝われる年」だ。
カトリックではこれを「聖年」と呼ぶそうで、調べてみたら、ちょうど昨年がその聖年にあたる年だったという。

つまり、である。

キリスト教の学校を志望する我が家が、聖年に受験に挑み、その朝
「Jubilee」を流していた。
これはもう、ほとんど必然ではないだろうか。

こじつけである。
分かっている。
だが受験期の親というのは、目に入るあらゆるものを志望校に結びつける生き物なのだ。

神社の絵馬にもすがるし、聖書由来のショータイトルにもすがる。
宗派の一貫性など、知ったことではない。

ついでに白状すると、ジュビリーの意味を調べたのは、この記事を書くためではない。当時、願書を書く合間に調べていた。願書より熱心だったかどうかについては、答えたくない。

曲そのものは、ミュージカルらしさが満タンの祝祭感で、朝に流すと一日が勝手に始まる。

そして何より、フィナーレのパレードだ。
シャンシャン(出演者が手に持つ、あのキラキラした飾りである)を掲げて大階段を降りてくる永久輝せあさんが、とにかく眩しい
眩しいという日本語は、ああいう場面のために取ってある言葉なのだと思う。


愛, Love Revue!

アップテンポ。イントロのドラムが鳴った瞬間、娘の着替えが止まる。
止めないでほしい。着替えながら聴いてほしい。

聴きどころは、星空さんのソロパートだ。
人間はこんな高音が出るのか、と毎朝思っていた。
しかも、出しっぱなしの高音ではない。
高音の中で表情が動く。かわいいの最高音域である。

そしてこの曲で僕は、生まれて初めてドラムというものを意識して聴いた。ビートが、理屈を経由せずに直接背中を押してくる。
受験期の朝に必要なのは名言でも格言でもなく、ドラムなのかもしれない

伝え忘れていたが、宝塚は生演奏である。
毎公演、オーケストラピットで楽団が生で演奏している。
録音ではない。

あの歌とあのダンスの下で、毎回、生の演奏が走っている。
この事実を知ったとき、僕は画面の前で姿勢を正した。
以来、我が家の朝には一人だけ妙に姿勢よくネクタイを締める父がいる。


悪魔城ドラキュラ〜月下の覚醒〜

「悪魔城ドラキュラ」は、僕が小学生の頃に遊んだゲームのシリーズである。中でもプレステの「月下の夜想曲」は、当時の僕が大好きなソフトだった。

その悪魔城が、宝塚で舞台化された。

この情報を最初に見たとき、意味が分からなかった。
僕の頭の中の地図で、悪魔城ドラキュラと宝塚歌劇団は、地球上で最も遠い二点だった。

その二点が、結ばれた。父が小学生のときに遊んだ悪魔城と、娘の小学校受験が、30年近い時を越えて一本の線でつながったのである。
運命という言葉を使わずにこの状況を説明する方法を、僕は知らない。

主人公のアルカード役が、永久輝せあさんだ。

かっこよすぎる。ゲームのアルカードは、クールで、孤独で、美しいキャラクターなのだが、それが減点なしでそのまま舞台に立っている。
原作を遊んだ者として言うが、あれはアルカードである。

YouTubeのコメント欄を眺めると、ゲーム側のファンで「この公演から宝塚にハマった」という人がちらほらいる。

分かる。
僕も隣の沼から来た。
沼と沼は、地下でつながっているのだ。

そして、この交流には逆方向もあった。
ゲーム版のプレイ動画のコメント欄に、宝塚ファンの方がいたのである。
いわく、宝塚で悪魔城ドラキュラが公演されるため、原作を勉強しようとこの動画に辿り着いた、と。

予習である。
観劇のために、90年代のゲームを予習しているのである。
その方は、画面の中を跳び回るアルカードに「玄人の動き」と冷静な感想を残し、参考になったのかは疑問だが大体のストーリーは理解できた、ここに宝塚らしくマリアとの恋愛要素が加わるとどうなるのか楽しみだ、と続けていた。

そしてコメントの最後を、こう結んでいた。

「原作ファンの皆さん、今ならまだチケットとれますので、ぜひ観にいってください」。メイクも相まって、本当に画面から出てきたビジュアルです、と。

沼の向こう岸から、わざわざ橋を架けに来てくれる人がいる。
文化と文化が出会うとき、最前線に立っているのはいつだって、こういう礼儀正しくて腰の低い人たちなのだと思う。
僕はこのコメントに、ある種の感動を覚えた。

なお、「今ならまだチケットとれます」という一文が、いまの僕にはひときわ眩しい。
なぜ眩しいのかは、後述する。

また、せっかくならば「失われた彩画」も聴いてほしい。
原曲はゲーム内でも屈指の名曲で、静かで、切なくて、旋律だけで完結している。

正直、歌詞の入る隙間などないと思っていた。
それが、見事な歌になっている。

原曲を知っている人間ほど驚くと思う。
うん十年前の小学生が薄暗い子ども部屋で聴いていた旋律に、いま言葉が乗って、娘との朝に流れている。人生は、たまにこういうことをする。

ちなみに悪魔城ドラキュラは、父ドラキュラと息子アルカードの物語である。つまり親子の物語である。
奇しくもお受験も親子の物語である

強引だろうか。強引である。
だがこの項に関しては、僕は一歩も引かない。


はいからさんが通る

大和和紀さんの同名少女漫画が原作。
大正時代の話だ。

世代でもなければ少女漫画も通ってこなかったので原作は未読なのだが、この公演のパレードの曲が最高で、我が家では「出撃前」の定番になっていた。

悲壮感すら漂う静かな立ち上がりから、華 優希さんの高音で一気にぶち上げていく。落ちて、上がる。朝に必要なのはこの構成だ。考えた人に感謝している。

そしてこの公演には、「シベリア戦線」という曲がある。
物語の中で、主人公である紅緒(演:華 優希さん)の想い人である陸軍少尉伊集院忍(演:柚香 光さん)が、シベリアの戦地へ向かう。
これから戦いに向かう者の、覚悟と葛藤の曲だ。

考査直前の我が家に、これ以上ミートする曲があっただろうか。

模擬試験の朝、紺スーツに着替えながらこれを流す。
ネクタイを締める父の胸中は、完全に戦地である。

自分の部屋で着替える娘は「アイラブレビュ〜」を歌っている。
温度差はある。

だが、それでいいのだ。
覚悟と葛藤は父が引き受け、娘は歌っていればいい。


憧れだけは、親でも描けない

先述の通り沼に落ちたのは、僕だけではなかった。
娘も落ちた。

娘の第一志望は、ずっと白百合学園小学校だった。
志望した理由も、娘なりの言葉でいくつか持っていた。

この頃、そこに新しい理由がひとつ加わった。

「せあちゃんみたいな、かっこいい人になりたい」

永久輝さんは、実は白百合学園の出身なのだ。

タカラジェンヌの出身校は『宝塚おとめ』という公式のデータブックに載っていて、ファンの推測ではない。
娘にとって志望校は、「行きたい学校」であると同時に「せあちゃんがいた学校」になった。

ありがたい話である。

ただ、ひとつ心配も生まれた。
面接で「大きくなったら何になりたいですか」と聞かれたら、娘は元気よく「タカラジェンヌ!」と答えるのではないか。

それ自体は、全く何も悪くない。
悪くないのだが、その瞬間、僕は志望動機との整合性をめぐって頭を高速回転させる必要がある。

幸い、本番でその質問は出なかった。
出ていたらどうなっていたかは、考えないことにしている。

話を戻すが、小学校受験の志望動機は突き詰めれば親の作文だ。

僕も何度も書き直した。
教育理念への共感。家庭の方針との一致。
どれも本心だが、どれも大人の言葉である。

ただ「娘の憧れ」だけは、親には代筆できない。

あれは娘が自分で見つけて、自分で持っていたものだった。
願書のどこにも書かなかったけれど、あの秋の娘を支えていたものの正体は、案外あれだったのではないかと、いまでも思っている。

余談だが「せあちゃんみたいな、かっこいい人になりたい」には注釈がいる。

男役になりたい、ではないのだ。
「かっこいい人」になりたい、なのである。
職業ではなく、あり方への憧れ。
我が娘ながらなかなかいいところを見ている。


女子校と宝塚のあいだには何かがある

先述の『宝塚おとめ』の出身校の欄を眺めていると、あることに気づく。

タカラジェンヌの出身校には小学校受験の時に見聞きした学校の、附属中高(あるいは内部進学可能な中高)の名前がこれでもかといわんばかりに並んでいるのだ。

特に、我が家は都内女子校志望だったので、出願予定校(もしくは過去に出願を検討した学校)の名前が多かったことには驚いた。

ある宝塚のファンの方が、宝塚歌劇団に関するデータをまとめてくれているサイトがある。そのサイトは現役タカラジェンヌの出身校の情報も丁寧にまとまっているので、その情報を使わせてもらって出身校を見てみると以下のようになる。

これ以降の順位が気になる方は是非出典元の方のページをご覧ください
出典:もものやかた

人気校の日本女子大学附属豊明小学校の内部進学先である、日本女子大学附属から13名、東洋英和女学院から9名と続き、5位以降も都内女子校志望者なら必ず名前を見聞きするであろう学校がもりもりと並んでいる。

なぜこれほど重なるのか。
少し考えると、それほど不思議な話でもないことに気づく。

まず、宝塚音楽学校を受験できるのは中学3年から高校3年までの4回だけという点だ。つまり勝負は中高時代で、幼少期からバレエや声楽を続けてきた子が圧倒的に有利な世界だ。
習い事に時間とお金を惜しまず投じ、子どもの挑戦に本気で伴走する家庭。その姿は、小学校受験をする家庭とそのまま重なる。

念のため断っておくが、上の表はあくまで出身の中高で集計したものだ。
中学受験や高校から入学した人も含まれるので、全員が附属小学校から上がってきたわけではないということはご留意いただきたい。

そしてもうひとつ、学校の側にも理由がありそうだ。
宝塚を目指す生徒を代々送り出してきた学校には、挑戦への理解や、先輩から後輩へと受け継がれるつながりが自然と育っていく。

関西で梅花が「宝塚受験の名門」として知られるように、この結びつきは一朝一夕にできたものではないのだ。

都内に目を向けてみても、例えば東洋英和には「東洋英和宝塚会」なるものが存在する。個人のファン活動ではない。会である。
歴史の厚みが違うのだ。

さらに、僕が大好きなインターエデュを見ていると「雙葉からタカラジェンヌが出すぎではないか」という議題を大真面目に議論するスレッドさえ存在する。

「昔は日本女子大附属と田園調布雙葉が多かったのに」だとか「最近は四谷の雙葉が目立つ」「いや東洋英和も多い」といったマダムたちの知見と応酬が飛び交っていて、読み物として普通に面白い。
何の話をしているのかは、たまに分からなくなる。

女子校と宝塚のあいだには、僕の知らない100年分の何かが横たわっているのだろうか。

学校から舞台へ、舞台から学校へ。
娘たちの憧れが100年かけて循環している世界が、そこにはあるような気がする。


時が来た

さて、時は流れ11月の中頃。
1年間に及ぶ我が家の受験が無事終わったころだ。
受験そのものの話は、これまでの記事でも死ぬほど書いてきたので本稿では触れないでおく。

残っているのは、記事の冒頭でも話した約束の話である。

ここまで「星空美咲さんが可愛い」だの「森田まりこの宝塚モノマネは知識を入れて見ると一層面白い」だの脱線した話ばかり書いた記憶があるため、なんのことか忘れている読者諸兄諸姉も多いと思う。
なので、念のためもう一度娘と交わした約束を書いておく。

「受験が終わったら、花組の公演を観に行こう。ついでにUSJも行こう」

花組公演を見て、USJに行く。
この約束を果たすときが来たのだ。

思えば、娘と約束を交わしてから短いようで長かった。
本番前にスランプに陥って、家族全員で絶望したこともあった。
提出した願書の誤字を発見して、深夜一人深く落ち込むこともあった。

ジェットコースターのように、感情の起伏が激しかったあの本番直前期にあっても、いつも我が家を奮い立たせてくれたのは他でもない、宝塚の音楽だった。

文中でも紹介したジュビリーの歌詞に以下のような一節がある。

ジュビリー ここから始まる何かが
ジュビリー 行方は分からないけれど
きっとまだ見たことない景色が
目の前に広がり明日を照らす

『Jubilee』、作詞:稲葉太地、作曲:高橋恵

どんなに疲れていても、どんなに不安でも、朝の準備で流れる永久輝せあさんと星空美咲さんの華麗な歌声が響く『Jubilee』を聞けば、僕たち一家は受験を乗り越えた先のことに目を向け、明日に向かって頑張ることができたのだ。

そして、そうした血を吐くほどの苦労を経て、ついに志望校からのご縁を頂いた。

まさにジュビリー(すべてが許され祝われる瞬間)である。

ある種の感慨深さを覚えながらも、僕は意気揚々とチケットを取りにいく。半年間、画面越しに観続けた花組を、ついに生で観るのだ。
娘と並んで、生の歌声を、生の演奏を、全身で浴びるのだ。



全然、取れなかった。



まず、使っているクレカの限定公演なるものに申し込んだけど、落選した。
まあ、そういうこともあるよな、と思い別の抽選にも申し込んだけど、当たり前のように落選した。

おや、と思った。
一般発売の日、発売開始時刻にパソコンの前で待機した。
ものの数分で完売した。

受験の世界で、僕は「倍率」という言葉に散々怯えてきた。
説明会で聞く応募状況。まことしやかに語られる年度ごとの動向。
あれだけ倍率に神経をすり減らしてきた父が、受験が終わってから、改めて倍率の怖さを知ることになった。

宝塚のチケットは、取れない。
少なくとも、思い立った素人が正面から挑んで取れるものではないらしい。
調べるうちに「友の会」という言葉の存在も知った。
知ったときには、もう遅かった。

念のため書いておくが、これは文句ではない。
半年間、画面の向こうで無料で楽しませてもらった人間が、対価を払う列にようやく並び、順当に弾かれているだけである。

そして、いまの僕の検索履歴には「宝塚 チケット 先行 コツ」「友の会 種類 違い」といった言葉が並ぶ。

一年前、「小学校受験 直前期 親 心構え」と検索していた男の一年後の姿が、これだ。人間は追い詰められると検索をする。
受験期から、何ひとつ変わっていない。

チケットの戦況は、娘にも定期的に報告している。
「今回もだめだったよ」と伝えると、娘は「そっかあ」と言って、また歌っている。

娘の戦いは終わったのに、父の戦いだけが続いている。
我が家に残された最後の戦いは、宝塚のチケット争奪戦である。

ところが最近になって、光が差した。
なんと妻の知り合いの伝手で、雪組の公演に行けるかもしれない、という話が舞い込んできたのだ。

伝手。

チケットとは、実力で掴み取るものだけではなく、ご縁でいただくケースもあるらしい。なんかどこかで聞いたことのある構図である。

行けると決まったわけでもないのに、僕と娘はもう雪組の予習を始めている。組が違えば、トップスターも、演目も、空気も違うらしい。
大丈夫だ、予習だけは、受験期に鍛えられている。

もし本当に行けたら、幕が上がった瞬間に、たぶん泣く。

今度は、予行練習なしで泣く。


以上、つい最近宝塚を好きになったばかりの素人が宝塚への一方的な愛を綴ってきた。

読み返すと、受験の記事なのか宝塚の記事なのか分からなくなっているが、それでいいと思っている。
あの秋、我が家の受験と宝塚は、本当に並んで走っていたからだ。

追い詰められた父が、深夜に変な検索をした。
たったそれだけのことから、娘には憧れができて、朝の風景には歌が生まれて、家には果たせていない約束がひとつ残った。
受験期の偶然としては、上出来の部類だと思う。

娘とは、いまも毎朝歌っている。

冒頭で「毎朝思い出している」と書いたのは、そういうことだ。
あの約束は、毎朝、今も登校準備で慌ただしい我が家で再生されている。

愛、love、revue。

宝塚の諸事情に詳しい方、間違いや無作法があれば、ぜひメッセージで教えてください。正座してお待ちしています。


※学校別の受験体験記シリーズも是非!
 (面接部分以降だけ有料で、それ以外は無料で読めます)


いいなと思ったら応援しよう!

【小学校受験パパ応援】おじゅパパ 記事作成の励みになりますので応援いただけると嬉しいです!