嘘はばれる。でも、それより先にばれるのは「言わなかったこと」——超知能時代の経営は、「正しかったふり」をやめるところから始まる(連載 超知能時代の経営)
トライアルとして音声ポッドキャストにしてみました。
先日、大学時代からの友人と飲んだ。
三十年の付き合いになる。話は西尾ミライ新聞から、会社のマネジメント、AIへと流れていった。
その夜、僕はこんなことを言った。
「透明性の時代って、結局、嘘は嘘だとばれるし、偽善は偽善だとばれる、ってことだよね」
言ってから、ちょっと乱暴だったかな、と思った。
でも、そんなに外れてもいない気がしている。
ただ、僕が言いたかったのは、AIが秘密を暴き立てる、みたいな怖い話ではない。もっと地味な話だ。
これまで比べられなかったものが、比べられるようになる。
それだけのことなんだけれど、それだけのことで、けっこう色々なものが見えるようになる。
なかでもいちばん見えるようになるのは、「言われなかったこと」だと思う。
書いてあることじゃなくて、書いていなかったこと。説明されたことじゃなくて、説明されなかったこと。
そして、それを最初に問われるのは、たぶん経営者だ。
一つだけ読んでも、足りているかどうか分からない
会社の話をする前に、少しだけ回り道をさせてほしい。僕がこの変化に気づいた場所の話だ。
いま僕は、西尾ミライ新聞という小さな地域メディアを一人でやっていて、市民病院や福祉や観光や税収のことを調べている。
市が出している資料を一つ読んでも、それで足りているのかどうかは分からない。書いてあることは分かる。でも、書いていないことには気づけない。
ところが、同じテーマの他の市の資料を横に並べた瞬間に、見えてしまう。
ある市は、事業の目的だけじゃなく、誰が使ったか、いくらかかったか、効果はどうだったか、これからの課題は何かまで書いている。別の市は、事業名と予算額だけ。
どちらが正しい、という話ではない。
ただ、並べると、問いが出てくる。
なんで、この数字は出ていないんだろう。
なんで、続けるかやめるかの判断の基準が書かれていないんだろう。
これまでは、この「並べる」がとにかく大変だった。資料を探して、読んで、形をそろえて、違いを見つける。そこまでに時間もお金もかかるから、専門家か大きな組織でなければ、問いを立てる場所にすらたどり着けなかった。
生成AIは、ここを安くしている。
AIが正解を教えてくれるわけじゃない。そうではなくて、AIは、答えを出す前に、ちがいを問いに変えてくれる。

そして、これは役所だけの話じゃない。
会社にも、「言わなかったこと」がある
たとえば、こんな場面。
会議ではAと言っていたのに、三か月後には、Bが最初からの方針だったことになっている。
「失敗を恐れずに挑戦しよう」と言ったその同じ口で、異論を出した人を「協調性がない」と評価する。
うまくいかなかったときは現場の実行力が足りないと言われ、うまくいったときは経営判断の成果になる。
「あいつは組織に向いていない」と言われた人がいるけれど、その判断がどの発言の、どの場面から来たのかは、どこにも残っていない。
……身に覚え、ありませんか。
僕にはあります。言われた側としても、言った側としても。
これまでは、こういうことは流れていった。役職が上の人の記憶と解釈が、そのまま会社の記憶になったからだ。
でも今は、会議の資料も、チャットのやりとりも、評価のコメントも、方針が変わった履歴も、だいたい残っている。そして、残っているものを突き合わせるのは、AIがいちばん得意なことのひとつだ。
そこで浮かんでくるのは、誰かの嘘だけじゃない。
方針が変わった。でも、なぜ変わったかは言われていない。
ある人に負担が寄った。でも、なぜその人だったのかは言われていない。
評価が下がった。でも、何を変えればいいのかは言われていない。

会社の中で人が傷つくのは、決まったことそのものよりも、こっちのほうだったりする。
「会社ってそういうもんだから」で渡した瞬間に
友人は、ミドルマネジメントの話をしていた。
上から降りてきた不条理を、「会社ってそういうもんだから」と言って、そのまま下に渡す。その瞬間に、マネジメントって終わってるんじゃないか、と。
そうだよなあ、と思った。
上の言葉を下に配るだけなら、べつに管理職じゃなくてもできる。
なぜこの判断が要るのか。現場の何が見えていないのか。このまま下ろしたら、誰に無理がかかるのか。目的は守ったまま、やり方だけ変える手はないのか。
その間に立って、翻訳して、必要なら上に問いを返す。それがマネジメントだったはずだ。

AIのおかげで、一般論はいくらでも出てくるようになった。「心理的安全性が大事です」と説明するだけなら、人間がやる必要はもうあまりない。
問われるのは、その人が、目の前の場面で何を引き受けたかのほうだ。
正しいことを知っているかどうかではなく、知っている通りに振る舞ったかどうか。ここの差も、たぶん見えやすくなる。
といっても、言わなかった=悪い、ではない
ここで急いで付け足しておきたい。
AIが隠された秘密を暴く、という話ではないし、AIがあるだけで世の中が正直になるわけでもない。
AIはふつうに読み違える。ありもしない因果関係を作る。前提のまるで違う会社を、平気で同じ物差しで比べたりもする。
それに、説明されていないことに、悪意があるとは限らない。
単純に忙しくて書けなかったのかもしれない。立場上、書けなかったのかもしれない。担当が替わって、経緯が分からなくなったのかもしれない。そもそも、誰もそこに疑問を持たなかったのかもしれない。
だから、ちがいが見つかったときに要るのは、犯人探しじゃない。
「ここ、なんで説明されていないんですか」と聞かれる。それに答える。答えられないなら、答えられないと言う。
これ、聞かれる側からすると、けっこう救いのある話だと思う。
説明が足りていない、というだけのことで、あなたが悪い人だという話ではない。ただ、足りていないというだけだ。
AIが安くするのは、比べて、仮説を作って、問いを準備するところまで。
何を聞くか。誰に聞くか。返ってきた答えをどう受け取るか。結局そこは、人の態度の問題として残る。
正しくなくていい。ただ、話せるかどうか
超知能時代の経営、というと、AIで売上を伸ばすとか、業務を効率化するとか、そういう話を思い浮かべる人が多いと思う。
もちろん、それも大事だ。
でも、もっと手前で変わることがある。
経営者が過去にした判断が、記録や他社の例と、安く比べられるようになる。
なぜ、この事業に投資したのか。
なぜ、あの事業をやめなかったのか。
なぜ、この人を上げて、あの人を外したのか。
なぜ、「挑戦しろ」と言いながら、異論を出した人を扱いにくいと思ったのか。
全部を正しく判断するなんて、できない。
経営には、その時点では答えのない決断がある。失敗もする。前提が変われば、方針も変わる。当たり前のことだ。
だから要るのは、間違えないことじゃない。
あのとき何を見て、何が怖くて、何を守ろうとして決めたのか。それを自分の言葉で話せること。
そして前提が変わったなら、「前はこう思っていた。でも、ここで考えを変えた」と言えること。
これは、あとから辻褄の合う資料を整えることではない。判断の途中に、他の人が「なんでですか」と差し込める隙間を、残しておくということだ。
たいそうな仕組みは、たぶん要らない。
次に何かを決めたとき、決めた内容の下に、三行だけ足しておく。
何を見て決めたか
何が怖かったか
どうなったら考え直すか

三行目がいちばん効くと思っている。「どうなったら考え直すか」を先に書いておけば、あとで方針を変えたとき、それは前言撤回ではなく、予定通りの問い直しになる。
結局、正直な人がいちばん強い
AIによって、言わなかったことまで問われる。
そう聞くと、監視される時代が来るみたいで、息苦しく感じるかもしれない。
でも僕は、逆だとも思っている。
一度決めたことを、最初から正しかったことにしなくてよくなる。
方針を変えたとき、隠さずに「前提が変わったから変えた」と言える。
うまくいかなかったとき、現場のせいにせずに「あのときは、ここが見えていなかった」と言える。
全部分かっている強いリーダーを演じなくていい。何を根拠に決めて、どこで考え直したかを話せばいい。
これは、弱くなることじゃないと思う。
間違いを隠さないと権威が保てない組織より、説明して、問い直して、変われる組織のほうが、たぶん強い。
なんだ、結局は正直さと誠実さの話じゃないか。
そう思われるかもしれない。僕もそう思う。
昔から言われてきた当たり前のことが、これからは「性格のいい人の話」ではなく、「そうしないと成り立たない話」になっていく。透明性の時代というのは、たぶん、そういうことだ。
だから、超知能時代の経営というのは、AIを導入した経営のことだけじゃない。
過去の判断も、言わなかったことも、他にありえた選択肢とのちがいも、あとから問われる前提でやる経営のことだ。
何でも公開すればいいわけじゃない。何でも記録すればいいわけでもない。
守るべき秘密は守る。まだ固まっていない考えを、安心して口に出せる場所も守る。失敗を話せる余白も守る。
そのうえで、誰かに大きな負担を求める判断や、誰かの人生を左右する評価や、会社の向きを変える決断を、「経営判断だから」で終わらせない。
聞かれたら、自分の言葉で話す。
考え直す必要があれば、考え直す。
変える必要があれば、変える。
AIが経営者を裁くわけじゃない。
比べるのが安くなった時代に、「正しかったふり」をやめられるかどうか。問われているのは、たぶん、そっちだ。
この半年で、誰かに負担を求めた判断が、一つはあると思う。
その理由を、あなたは自分の言葉で説明できるだろうか。
ここまで読んでくださっただけで、じゅうぶんありがたいです。
ひとつだけ、書き添えます。
ここに書いたことは、まだ仮説です。言われなかったことが、これからどう問われるようになるのか。それは、実際に経営をしている方の話を聴かせてもらわないと、確かめようがありません。
売り込みはしません。今期は新しくご一緒する枠を持っていないので、何かを提案することもできません。
ただ、最近の判断で、うまく説明しきれていないと感じているものがあれば、60分だけ聴かせてください。こちらから何かを渡すためではなく、僕のほうが確かめたいことがあるからです。
→ あなたの節目を、聞かせてください(overQ/問い合わせ)
返事がなくても、まったく構いません。声をかけていただけたら幸いです。
連載:超知能時代の経営
overQ/藤野貴教
