#19 〜ピカある探訪記✧*〜 なごや観光ルートバス編(六) 5.名古屋城東・市役所
前回記事:#18 〜ピカある探訪記✧*〜 なごや観光ルートバス編(五) 4.名古屋城
こんにちは。
ぴかるまこと編集部 ピカある探訪記担当のぴかるまことです。
前回は名古屋のシンボル・名古屋城をご紹介しました。実は名古屋城はとても広く、正門から東門まででも約1kmあります。東門からは、名城公園やIGアリーナ方面へ向かうこともできます。
なので、前回は正門から入り、再び正門へ戻るルートでしたが、正門から東門へ抜けるルートの場合は、今回紹介するバス停「名古屋城東・市役所」が便利です。
東門を出てそのまま、北側の金シャチ横丁 宗春ゾーンを通り、市役所が見える交差点へ、そして少し東に行くとバス停があります。
バス停前に広がる「市役所・県庁エリア」を中心に歩いてみましょう。
ルートガイド
名古屋駅🚏 ─ トヨタ産業技術記念館🚏 ─ ノリタケの森西🚏 ─
四間道🚏 ─ 名古屋城🚏 ─ ✎名古屋城東・市役所🚏 ─
徳川園・徳川美術館・蓬左文庫🚏 ─ 文化のみち二葉館🚏 ─
中部電力 MIRAI TOWER🚏 ─ 広小路栄🚏 ─ 広小路伏見🚏 ─
《復路》─ 名古屋城🚏 ─ 四間道🚏 ─ ノリタケの森(4番)🚏 ─ トヨタ産業技術記念館🚏 )─ 名古屋駅🚏
バス停情報
往路のみ(徳川園方面)
バス停「名古屋城東・市役所」の周辺 出来町通バスレーン
「名古屋城東・市役所」の位置は、前回の正門前の名古屋城に比べるとすこし微妙と思われそうな位置。
ですが、実際みてみると行政機関が集まる場所として配慮された場所にあります。
名古屋城の城下町としての名残でしょう。東は国の検察庁、西に愛知県警察本部を構えています。東西の門番のような感じです。
ちょっと東に行った場所には石垣とお堀の緑に挟まれた道路の光景が印象的です。車で市役所といえばこの光景です。
市役所に入るとき
市役所から出るとき
そして、この東西に延びる出来町通こそが、
車で名古屋を訪れた人が語り継ぐ、名物のバスレーンです。
このバスレーン。バス停が道の中央分離帯にあり、バスが中央側の右側を走ります。
なので右折をするときに戸惑います。右折レーンの右側をバスが走る構造だからです。それでもバスと並行して走るまでは良いのですが、さらに対向車線のバスがこちら側に向かって入ってくるという、初めて走る人には驚きの連続で、まるでアトラクションのようなバスレーンです。
地元民でも慣れるまでは怖い道路です。
昔、路面電車が通っていた名残と思われがちですが、実際には混雑解消のための意欲的なバスレーンだったとおぼろげに記憶しています。
基幹バス構想の延長線上の全国初の中央走行方式バスレーン
大津通に並ぶ「名古屋市」と「愛知県」
この大きな交差点の南北を通る大津通沿いに名古屋市役所と愛知県県庁が並んでいます。
ひとつは名古屋市役所、もうひとつは愛知県庁です。
どちらも歴史を感じさせる外観ですが、それぞれ役割も、歩んできた歴史も少し異なります。今回は、この二つを交互に見比べながら歩いてみましょう。
名古屋市 ― 市民に最も身近な役所
バス停の道路を挟んだ向かいには名古屋市役所があります。
こちらは昭和天皇の即位御大典の記念事業として1933年(昭和8年)に完成しました。懸賞募集に当選した平林金吾(大正7年に大阪府庁舎を設計)の案が採用されました。
県庁舎より少し早く建設され、同じく帝冠様式を取り入れています。
帝冠様式のはしりである神奈川県庁舎の設計スタッフを招聘したようです。

屋根の上には四方睨みの金のしゃちほこが据えられ時計台のようになっています。
議事堂の時計台といえば、イギリスのビッグベンですね。
四方睨みのシンボルで近江八幡、そして天智天皇が漏刻とよばれる水時計を取り入れていたことを思い出しました。
地元民でも、役所勤めでなければ意識しない違いですが、改めて比較すると面白いです。
どちらも「名古屋らしさ」をしっかり主張している建物です。
愛知県 ― 県全体を支える行政の中心
赤茶色のレンガが印象的な愛知県庁です。
バス停のある「出来町通」に面していないため、交差点を渡り「大津通」を南へ向かわないと見れません。

現在の県庁舎は1938年(昭和13年)に完成しました。設計には西村好時や渡辺節らが関わり、日本の伝統的な城郭建築と西洋建築を融合した帝冠様式を採用しています。
名古屋城の天守を思わせる屋根を載せていますが、こちらが愛知県庁です。味わい深いデザインで、周囲の景観によく溶け込んでいます。
現在でも愛知県政の中心として利用され、国の登録有形文化財にも指定されています。
名古屋市 ― 市制施行で近代都市へ
一方、名古屋市が誕生したのは1889年(明治22年)。
全国で市制が施行された際、日本最初の市の一つとしてスタートしました。
人口の増加と産業の発展によって都市機能が拡大し、それに合わせて現在の重厚な市役所庁舎が建設されました。
名古屋市は全国に20市しかない政令指定都市の一つです。中部では、新潟市、静岡市、浜松市、名古屋市の4都市です。
人口約230万人を抱える大都市で、16の行政区を持ち、通常は都道府県が担うような行政サービスの一部も市が担当しています。そのため、市役所も県庁に匹敵する重要な行政機関となっています。
愛知県 ― 明治に誕生した行政区画
愛知県という行政組織そのものは、1872年(明治5年)に誕生しました。
廃藩置県によって尾張藩や周辺地域が再編され、現在の愛知県が成立します。
つまり、行政としての歴史は明治時代から始まっていますが、現在の県庁舎はその約60年後、昭和初期に建てられたものです。
二つの建物が語る昭和初期の名古屋
県庁と市役所は完成年こそ違いますが、どちらも昭和初期の代表的な公共建築です。
1872 : 愛知県成立
1889 : 名古屋市 市制施行
1933 : 名古屋市役所本庁舎完成
1938 : 愛知県庁舎完成
西洋建築の技術を取り入れながら、日本らしい屋根を載せた帝冠様式は、当時の日本が目指した「近代国家」の姿を象徴しています。
名古屋城のすぐ隣に並ぶ二つの建物は、城下町から近代都市へ発展した名古屋の歴史を今も静かに語り続けています。
名古屋城よりも古い、この土地の名前の歴史
県庁や市役所が建っているこの場所は、実は名古屋城よりもはるか昔から人々が暮らしてきた土地です。
土地の名前も、時代とともに少しずつ姿を変えてきました。
「あゆち」が始まり
最も古い記録として知られるのは、『万葉集』(8世紀)に登場する「年魚市潟(あゆちがた)」です。
「あゆち」とは、この地域一帯に広がっていた干潟や入り江を指したと考えられています。当時の海岸線は現在よりずっと北にあり、熱田付近から名古屋駅周辺まで海や湿地が入り込んでいました。
現在の名古屋城や県庁、市役所の周辺も、その海を見下ろす台地の縁に位置しています。
「愛智郡」から「愛知郡」へ
律令制が整う奈良時代には、この地域は「愛智郡(あゆちぐん)」と呼ばれるようになります。
やがて平安時代以降になると、「智」の字から現在の「愛知郡」へと表記が変化していきました。
読み方は「あゆち」が次第に「あいち」へと変わり、現在につながる「愛知」という名前が定着していきます。
那古野という町
戦国時代になると、この周辺には那古野(なごや・なごの)という地名が現れます。
織田信長が幼少期を過ごした那古野城が築かれたのもこの地です。
「那古野」は現在でも那古野神社や那古野地区として名前が残っていますが、この頃はまだ「名古屋」という漢字は一般的ではありませんでした。
名護屋・名古屋へ
江戸時代初め、徳川家康が名古屋城を築く頃になると、地名は
那古野
名護屋
名古屋
など複数の表記が見られます。
やがて尾張徳川家の城下町として発展する中で、現在の「名古屋」という漢字に統一されていきました。
愛知県はなぜ「名古屋県」ではないのか
明治維新後の廃藩置県では、一時「名古屋県」が置かれることも検討されました。
しかし1872年(明治5年)、名古屋県と額田県を統合する際、新しい県名には「愛知県」が採用されます。
その理由として最も有力なのは、この地域を古くから表してきた「愛知(あゆち)」という歴史ある地名を受け継いだからです。
「名古屋」は城下町や都市を表す名前ですが、「愛知」は尾張・三河を含む広い地域の歴史を象徴する名前でした。
そのため、新しい県全体を代表する名称として「愛知県」が選ばれたと考えられています。
県庁・市役所から見える千年の歴史
現在、県庁と市役所の前に立つと、そこには昭和初期の美しい庁舎が並びます。
しかし、この土地の歴史をたどると、
700年代:年魚市潟(あゆちがた)
↓ 奈良時代:愛智郡
↓ 平安時代:愛知郡
↓ 戦国時代:那古野
↓ 江戸時代:名古屋
↓ 1872年:愛知県成立
1889年:名古屋市誕生
という、およそ1300年にも及ぶ名前の変遷があります。
県庁や市役所は単なる行政機関ではなく、この土地が歩んできた長い歴史の上に建っていることを感じさせてくれます。
おわりに
今回は、廃藩置県後、名古屋城下にできた行政エリアのその歴史とともに紹介しました。
次回は、名古屋城の城主である尾張徳川家ゆかりの「徳川園・徳川美術館・蓬左文庫」に向かいます。
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