ダメな自分を愛すること。やはり表現は細分化の技術
文章の才能は存在するかもしれないけれど、それよりも工夫する努力をするほうが、文章の完成度が高くなる要素の比重は絶対に大きい
こんにちは。
自分を省みたとき、やはり「できないことが多いんだな」と思うことが多いです。
苦手なことを認めて受け入れて行くことは、本当に難しいですよね。
苦手だと認知することはできても、受け入れるってとても大変です。
「好き」も「嫌い」もそうだと思うのですが、物事は、具体と抽象を行ったり来たりすることを出来る人が、言葉を上手く操れるのだろうと思うんです。
三宅香帆「好き」を言語化する技術でも、自分を語るために必要なことは、語彙力ではなく、「細分化」だと語っており、どれだけ自分の思いを細分化出来るかを指摘しています。
これは、「わかっちゃいるけどできない!」
そう叫びたくなるような技術ですよね。
ある人は5分の出来事でも、なにもないはずの時間に花が咲くような表現で、10分でも20分でも体験をした表現とし、共感を生みます。
例えば、「雨はポツポツと降り続き私の心を打ち付ける。それはわたしにとっては、木琴のように、彩りをもたらし、楽しいことを予見しているようです。」とか、表現の違いで天と地ほどの差を着けることが可能なんですよね。
普通では「今日は雨降って、つまらなかった」で終わるかもしれないです。
これがおそらく、自分と向き合い言語化した結果なのだと思います。
好きとはなんだろうか?嫌いとはなんだろうか?
果たして、私は、好きと嫌いとを区別することすら出来ているのか…言語化するときは、曖昧になっているとさえ思います。
なぜか。
例えば、自己紹介をすることが私は苦手です。
自分のことってどこまで自己開示しようかな?
こんなこと知りたいのかな?
面白くするためにどうすれば良いのかな?
嘘も混ぜた方が良いのかな?
など考えてしまいます。
人は仮面をかぶって生きていく。
さらに、自分の好きを言語化するときに、名称は出てくるんです。
「登山が好きです」「旅行が好きです」
でも、その何が楽しいのか、どのように楽しいのかを表現すると全くその言葉は無意味な響きになります。
恐らく、自分の言葉を信じられていないのでしょうね。
そして、批評を恐れているのかもしれません。
こういった場合の代替する行為って、評論家になることが一番簡単なんですよね。
あの本ではこうだ!この人はこう言っていた!
そこには、(私の意見ではないですが)が隠れていて、「お前はどうなんだ!」と来られたときには、大きな恐れを抱いてしまっている。
そうであるなら、やはり、普段から自分の感情に自覚的になって、表現することが大切なんだと思います。
言葉にするのは、とても難しい技術なので、見直し、添削し、何度でも挑戦できる文章が一番適した練習です。
「好き」に自覚的になるということですが、さらに「好き」と気付いて1を5まで膨らませて語れるのか、1を7まで膨らませて語れるのかによっても、面白さって全然違いますよね。
これが、自分の機微な感情の揺らぎに気付く技術を磨くことです。
こちらの記事でも書いています。気付きを書いています。
例えば、私は詩を書きます。それは、誰でも出来る行為ではないと言われます。
しかし、そんな訳はないのです。
自分の気持ちをただ書くだけで、それを細分化したら出来てしまうのです。
ただ反対に、私の場合は、細分化より抽象度を高めて、普遍的な真理を考えるクセがあると思います。
簡単な物をより複雑に再定義しつつ、それがどういうことかを考えるのです。
その結果、私の詩は解釈が幅広く、分かりづらくなります。好き嫌いもハッキリ分かれるでしょう。
反対にAiを使って書いている人を知っていますが、そこにはっきりとした答えがある詩を生み出しています。
そして、読まれるのは、Aiで書いた物の方が「スキ」が付きやすい傾向にあります。
まさに、細分化して答えを明示するシンプルさですよね。
詩の趣としての評価は様々ありますが。
また、物事を決めるときも抽象度の高い選択というのは、決断を遅らせます。
私は、出来る人の立場も出来ない人の立場も理解できるように努めます。
そして、答えを導きだすことは、どちらかを否定する行為になるかも知れません。
なので、物事を一般化して答えてしまうのです。
物事を細分化する技術!
とても奥が深いなと思います。
小学生みたいではありますが、プレゼンテーションできるようになりたいとか、誰かに教えたいとかと思う前に、自己紹介をしっかりできるようになる必要があります。
まずは、自分を言語化する技術を磨くには、そういった些細な当たり前を言語化する。、
そして、それを磨くためには、noteを使うことができます。
これから、コツコツと練習し、その姿を見ていただけている(見たい人は)という思いで取り組めるのではないかと思います。
一歩一歩、自分を受け入れ前に進みます。
取り留めない、一人語りでした。
閉店ガラガラ!
まず始めよう
