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好きなスタートアップの話をします Vol.4|株式会社ナレッジワーク

はじめに

「自分の好きなスタートアップ」を紹介するシリーズの第4弾です。今回は、株式会社ナレッジワークについて書きます。

つい先日、2026年8月4日、ナレッジワークがシリーズCラウンドの1stクローズで35億円を調達したというニュースが発表されました。これで、同社の第三者割当増資での累計調達額は約97億円に達したことになります。

(出典:日本経済新聞「営業支援のナレッジワーク、35億円調達 リコー系と販売や開発で提携」株式会社ナレッジワーク プレスリリース

引受先の顔ぶれが特に印象的で、既存投資家に加え、リコージャパン、Canon Marketing Japan MIRAI Fund、NTTドコモ・ベンチャーズ、三井住友銀行、ゆうちょアセットマネジメント、三菱UFJイノベーション・パートナーズ、三井住友信託銀行、フコクCVCファンド、電通ベンチャーズSGPファンド、博報堂DYベンチャーズ——日本の名だたる大手企業のCVCが揃って新規参画しています。

ナレッジワークは、代表・麻野耕司さんが2020年4月に創業した、"セールスイネーブルメント"領域のSaaSスタートアップです。最近は「セールスイネーブルメントAI」と自らの位置づけを更新し、AIエージェント基盤「セールスAIエージェントOS」の提供も同時に開始しました。

私は、「再現性のある成果」を組織の中でどう作るか、というテーマにずっと関心があります。

なぜ関心があるかというと、人の成果って、上司や配属次第で大きく変わるからです。データを見ても、退職理由の上位には「上司や人間関係」が繰り返し登場します(Job総研 2022年退職実態調査で「上司への不満」が退職理由の3位・30.5%、リクナビNEXTの転職理由の本音ランキングでは「上司や経営者の仕事の仕方が気に入らなかった」が1位)。米ギャラップ社が長年指摘してきたように、チームのエンゲージメントの差のおよそ7割はマネージャーの質に起因するとも言われています。日本の職場での「熱意ある社員」の割合はわずか7%(ギャラップ社『State of the Global Workplace 2025』より)と、世界的にも最低水準です。

つまり、同じ人でも、環境が変われば、仕事のパフォーマンスも幸福感も大きく変わる。そして仕事は、人生のなかで睡眠と並んで最も長い時間を占める要素です。その大きな部分の質が、"上司ガチャ・配属ガチャ"という運で決まってしまうのは、社会として、しんどくないだろうか——というのが、私の中にある問題意識です。

だから、"個人の運"を"組織の仕組み"に変える会社に、強く興味があります。麻野さんは、このテーマに20年以上向き合い続けてきた経営者です。

今回は、その麻野さんの思想と、それをかたちにしたナレッジワークという会社について、書いていきます。




株式会社ナレッジワークとは

まず基本情報から。

  • 設立:2020年4月1日

  • 代表取締役CEO:麻野 耕司

  • 共同創業者:川中 真耶(元Googleソフトウェアエンジニア)

  • 本社:東京都港区

  • ミッション「LIFE WITH ENABLEMENT できる喜びが巡る日々を届ける」

  • ビジョン:「発明によって、"労働は苦役なり"というこの世界を変える」

  • 累計調達額:約97億円(2026年8月時点、第三者割当増資による累計)

  • 従業員数:約300名(2026年5月時点、STARTUP DB)

  • 主要事業

    • セールスAIエージェントOS(2026年8月提供開始)

    • セールスAIプロダクト(AI商談記録/AI営業ロープレ 等)

    • セールスAXコンサルティング

これまで、みずほ銀行、NEC、オムロン、エヌエヌ生命、日清食品、NTTドコモビジネス、KDDI、日本通運、リクルート、サントリー、三菱HCキャピタルといった、日本を代表する大手企業への導入実績を積み上げてきています。「NTTドコモビジネス、みずほ銀行、日清食品など、大手企業を対象に数千名規模でセールスAIプロダクトシリーズが導入されています」(公式PR TIMESより)。国産スタートアップとしては驚異的なスピードでエンタープライズ市場を切り拓いてきた会社です。

そして、2025年に自らの位置づけを「セールスイネーブルメントクラウド」から「セールスイネーブルメントAI」に更新。AIを"追加機能"ではなく"事業の中核"として据え直しています。



代表・麻野耕司さんについて

ナレッジワークを語るうえで、代表の麻野さんの経歴と思想は外せません。麻野さんの半生そのものが、ナレッジワークの事業設計と思想の土台になっています。

経歴

  • 1979年、兵庫県宝塚市生まれ

  • 甲陽学院中学校・高等学校を経て、2003年 慶應義塾大学法学部卒業

  • 2003年、株式会社リンクアンドモチベーションに新卒入社

  • 2010年、中小ベンチャー企業向け組織人事コンサルティング部門の執行役員に当時最年少で着任

  • 2013年、成長ベンチャー企業向け投資事業を立ち上げ、複数の投資先を上場に導く

  • 2016年、国内初の組織改善クラウド「モチベーションクラウド」を立ち上げ、国内HR Techの牽引役として注目を集める

  • 2018年、同社取締役に着任、株式会社ヴォーカーズ(現・オープンワーク)に出資し取締役副社長を兼任

  • 2019年末、リンクアンドモチベーション取締役を退任

  • 2020年4月、株式会社ナレッジワーク創業、代表取締役CEO

  • 現在、ABEJA・SHOWROOM社外役員も務める

(出典:ダイヤモンド・オンライン「麻野耕司 著者ページ」Wikipedia「麻野耕司」

著書

  • 『すべての組織は変えられる〜好調な企業はなぜ「ヒト」に投資するのか〜』(PHP研究所)

  • 『THE TEAM 5つの法則』(幻冬舎)——10万部超え

  • 『NEW SALES 新時代の営業に必要な7つの原則』(ダイヤモンド社)

ずっと"組織"を扱ってきた人、というのが麻野さんの経歴の特徴です。組織開発、人事コンサル、HR Tech、投資、そして今のセールスイネーブルメント。すべては「人と組織が、いかに成果を再現的に生み出すか」という一つのテーマに繋がっています。



「労働は苦役なり」への挑戦——20年以上向き合い続けてきたテーマ

麻野さんが繰り返し語ってきたテーマがあります。

「僕が社会人になって以来、長らく挑んできたものは『労働は苦役なり』という考え方です。人類が数百年、数千年前から囚われてきたパラダイムを変えたいと思っています」

https://note.com/kojiasano1103/n/n2a4f67bd4c30

キリスト教で言えば、アダムとイブが禁断の果実を食べた際、神様が与えた罰が「労働」だと言われている——麻野さんはそこまで遡って、この価値観と向き合ってきたそうです。

「働くことは苦しくてつらいもの、いわゆる『労働は苦役なり』という考え方がずっと当たり前とされてきました。(中略)この価値観を変えていきたいと思い、僕は社会人になってから20年以上かけて、この課題に取り組みつづけてきました」

https://youtrust.jp/studio/articles/knowledgework-1

社会人になって以来20年以上、同じテーマに向き合い続けている——これは、そう簡単にできることではありません。リンクアンドモチベーションでの17年間、そしてナレッジワークで6年目に入るいまも、麻野さんはこの一つのテーマを追い続けています。


前職と現職の"アプローチの違い"

もう一つ、麻野さんの言葉で印象的なものがあります。

「前職では『エンゲージメント』という切り口で、『その会社で働きたいという気持ち(Will)』を高める挑戦をしていましたが、ナレッジワークでは(Can=できる能力)にフォーカスしている」

https://www.linkedin.com/posts/koji-asano_%E3%83%8A%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B8%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%81%AE%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%81%AF%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E5%96%9C%E3%81%B3%E3%81%8C%E5%B7%A1%E3%82%8B%E6%97%A5%E3%80%85%E3%82%92%E5%B1%8A%E3%81%91%E3%82%8Bdeliver-the-activity-6705624592423251968-sGMX?utm_source=share&utm_medium=member_desktop&rcm=ACoAAFyfRs0BQaX1QxoF13rqrqPM9uDeY1s3Bgs

「働きたい気持ち」を高めても、"できない"人はできないままだ。だから、"できる"を作りにいく。同じテーマの下で、アプローチの切り口を「Will」から「Can」に変えたのが、リンモチからナレッジワークへの転身の意味です。

「遊・学・働の融合」——ゲームのように仕事を遊ぶ

麻野さんが目指している"仕事の未来"はこう表現されています。

「『労働は苦役なり』の反対に何を置いているかというと、『ゲームのように仕事を遊び、そこから学ぶ』という世界を置いています」

https://forbesjapan.com/articles/detail/67591

遊び(Play)と学び(Learn)と働く(Work)を融合させる——これがナレッジワークが実装しようとしている世界観です。「働く」を、単なる労働から、"できる喜びが循環する体験"に変えていく。ここに、この会社の全ての事業判断の根っこがあります。

個人的にこの発想には共感します。難しい学習も、ゲームのような手触りがあると、勝手に集中してのめり込める体験になる。例えば公文式のように、一つひとつ問題を解いてレベルが上がっていく感覚が楽しかった経験を持っている方は、多いのではないでしょうか。その"ゲームのように没入できる"体験を、労働にも持ち込めるようになったら、社会はだいぶ変わりそうです



少しだけ、セールスイネーブルメント領域のこと

ナレッジワークの主戦場である「セールスイネーブルメント」という領域について、素人目線で少し整理しておきます。

セールスイネーブルメントとは、営業担当者が最大限の成果を発揮できるように支援する仕組みのことです。研修、営業資料、ナレッジ共有、ロールプレイ、業績分析といった、営業組織の"再現性"を作るための取り組みを、包括的にサポートする領域です。

日本では、この概念自体がまだ本格的に浸透していません。営業成果は"個人の頑張り"に依存し、"営業の型"を組織的に磨いていく仕組みは、まだ多くの企業で整っていない、というのが実態です。

日本のホワイトカラー生産性は、G7の中で最低水準と長らく言われてきました。国全体としても、"個人が頑張る"から"組織で再現的に成果を出す"への転換は、大きな構造的な課題です。

ナレッジワークが挑んでいるのは、まさにこの領域です。


事業構造——「SaaS × コンサル × AI基盤」の3層モデル

ナレッジワークの事業を、少し丁寧に見ていきます。単なるSaaS会社ではなく、3つのレイヤーを組み合わせたモデルとして設計されているのが特徴的です。

① セールスAIプロダクト

まず基盤となるのが、パッケージ化されたSaaSプロダクト群です。

  • ナレッジワークAI商談記録:商談を録画・録音した上で、議事録作成やCRM/SFAへの入力を自動化

  • ナレッジワークAI営業ロープレ:AIアバターを相手に、実際の商談を想定したロールプレイングとフィードバック

  • セールスイネーブルメントクラウド(既存の中核プロダクト):ナレッジ共有、ラーニング、コンテンツマネジメント

料金は初期費用0円、月額制、企業規模により個別見積もり、という設計です。

(出典:SheepDog製品紹介

② セールスAXコンサルティング「ナレッジワーク X」

パッケージSaaSだけでは、大企業の複雑な営業組織に本当に届かない——というのが、ナレッジワークの捉え方です。だからもう一つのレイヤーとして、顧客ごとの営業業務にカスタマイズしたAIエージェントを構築・運用するコンサルティングを提供しています。このシリーズは、2026年1月に立ち上げられた「ナレッジワーク X」という専門部隊がブランド名として展開しています。

コンサルタントとエンジニアが個社の業務フローを深く理解した上で実装するため、"買っただけで使えない"というSaaSの典型的な課題を回避できる設計になっています。業務設計からAIインプリメンテーション、ユーザーのトレーニングまでを一貫して支援し、単なるツール導入に留まらないP/L(損益計算書)インパクトを狙う伴走型モデルです。

③ セールスAIエージェントOS(基盤層)

そして2026年8月4日、シリーズC調達と同時に提供開始した新レイヤーが「セールスAIエージェントOS」です。

これは、企業ごとの営業戦略や営業データを、AIエージェントが適切に活用するための基盤です。上の①②のプロダクト・コンサルティングを、この基盤の上で提供する構造になっています。

(出典:ナレッジワーク プレスリリース「セールスAIエージェントOSの提供を開始」



事業戦略の"綺麗さ"を、3つに分けて

以上の3層モデルを支えている戦略的な設計を、3つに分けて書きます。

1. 「職種特化型SaaS」という戦略

麻野さんは、事業戦略について明確にこう語っています。

「あらゆる職種で使える汎用的なソフトウェアで勝負しようと思うと、マイクロソフトやグーグルに勝てません。そのため、職種別のソフトウェアを開発していくアプローチをとっています。労働人口が多く、課題の大きいセールスイネーブルメントから始めています」

https://forbesjapan.com/articles/detail/67591

世界のトップと真っ向勝負するのではなく、"職種"という切り口で領域を絞る——これは、日本の国産SaaSが世界と戦うためのリアルな戦略設計です。汎用ツール市場は、既にグローバル巨人が握っています。だからナレッジワークは、"営業"という職種の中で、深く、専門的に、事業を作っていく。

そして、この設計の重要な点が、"営業"は入り口に過ぎないということです。「職種特化型SaaS」という戦略上、他の職種(マーケティング、カスタマーサクセス、人事、法務、経理など)への横展開が、ロードマップに組み込まれています。労働人口が多く、課題の大きいセールスイネーブルメントから始めているだけで、将来的には日本のホワイトカラーのあらゆる職種を"特化型SaaS"でカバーしていく構想です。

ナレッジワークが目指しているのは、"セールス"の会社ではなく、"職種特化型ソフトウェアの巨人"です。

2. コンパウンド戦略——プロダクトを組み合わせる意味

2023年11月のシリーズBラウンドで45億円を調達した際、麻野さんが打ち出した戦略が「3年で10個のマルチプロダクトを作る」というものでした。

これは、単一プロダクトのSaaSではなく、複数のプロダクトを連携させながら顧客への提供価値を積み上げていく、コンパウンド戦略と呼ばれるアプローチです。

麻野さん自身がnoteで、この戦略について詳しく説明しています。

「コンパウンドとは直訳すると複利が利くということです。マルチプロダクト展開は複数プロダクトを開発・提供していくことですが、プロダクトを増やせば増やすほど顧客価値や競争優位が加速度的に高まっていくのがコンパウンド戦略です」

https://note.com/kojiasano1103/n/n1752a2f3ab75

麻野さんは同noteで、米国のRipplingをロールモデルとして挙げつつ、両社の違いも明確にしています。

  • RipplingはSystem of Record(データそのものが価値)

  • ナレッジワークはSystem of Operation(データを通じたアクション・レコメンド)

つまり、同じ"コンパウンド戦略"でも、日本のセールス領域という文脈で個別に設計されている、というのがポイントです。

そして実際、2025〜2026年にかけて、ナレッジワークは以下のようなプロダクトを次々とリリースしています。

  • ナレッジワークAI商談記録:議事録作成・CRM/SFA入力の自動化

  • ナレッジワークAI営業ロープレ:AIアバターとの商談ロールプレイング

  • セールスAIエージェントOS(2026年8月):企業ごとの営業戦略・データをAIエージェントが活用する基盤

これらは単独でも価値がありますが、組み合わさることで"営業組織の再現性"という一つの体験を構築する、という設計になっています。

3. 「セールスイネーブルメントAI」への位置づけ変更

もう一つ大きな動きが、2025年に自社の位置づけを「セールスイネーブルメントクラウド」から「セールスイネーブルメントAI」に変更したことです。

麻野さんは2024年末のnoteでこう書いています。

「来年(2025年)はナレッジワークを『セールスイネーブルメントクラウド』から『セールスイネーブルメントAI』へと位置づけを変え、AIという観点からプロダクト開発そしてプロモーションに大胆な投資をしたいと考えています」

https://note.com/kojiasano1103/n/n971d05d97380

そして2026年8月に「セールスAIエージェントOS」の提供を開始し、この転換を実際のプロダクトとして実装しました。AIの民主化が進む時代のなかで、"AIをどう組織の営みに組み込むか"というレイヤーに、事業のポジショニングを引き上げた——これは、AI時代におけるSaaSスタートアップの一つの明確な回答です。

前回のアソビュー回でも、「AI時代にITツール提供だけの会社は5年以内に死ぬ」という山野智久さんの言葉を紹介しました。AI時代における国産SaaSがどう生き残るか、という問いに、ナレッジワークもまた、自らの答えを実装しにきています。


なぜAIに"商談そのもの"をさせないのか——垂直型AIという思想

ナレッジワークのAI活用の姿勢で、私が特に興味深いと感じたのが、「AIが人間を置き換えるのではなく、人間の"Can"を拡張する」という考え方です。

ナレッジワーク公式サイトの「セールスAIエージェント」の紹介文に、こう書かれています。

「ある調査によると、企業における生成AI導入プロジェクトはほとんどがP/Lインパクトを出せずに終わっていると言われています。その最大の原因は、多くの企業のAI活用が『全社で共通の従業員用Copilotやチャットボットを展開する水平型ユースケース』に留まっているからだと言われています。今後新たに『機能や部門ごとに特化して様々なAIエージェントを展開する垂直型ユースケース』を実現することで、生産性は劇的に向上するはずです」

https://knowledgework.cloud/work

つまり:

  • 水平型AI(全社共通の汎用Copilot)=効果が限定的

  • 垂直型AI(職種・機能に特化したエージェント)=生産性を劇的に上げる

ナレッジワークは、後者を選んでいます。営業という特定領域で、深く垂直に、AIを人間の"Can"を拡張する道具として設計する。

商談"自体"はAIに任せない、周辺業務はAIエージェントに任せる

もう一つ大事な視点が、「商談そのもの(人間 vs 人間の対話)はAIに置き換えない」というスタンスです。

ナレッジワークが商談解析AI「JamRoll」を運営するPoetics社を2025年5月にM&Aした際、麻野さんはこう説明しています。

「ナレッジワークが取り組むイネーブルメントは、営業を代替するのではなく、営業を強くする(Can=できるを高める)ものです。商談を代替するのではなく、商談の質を上げる、営業自身の能力を上げる」

https://note.com/kojiasano1103/n/n7f4bab37b0b3

つまり:

  • 商談(人間 vs 人間の対話)そのものAIには任せず、人間が主体

  • 商談の周辺業務(記録・分析・資料作成・ロープレの練習相手など) → AIエージェントが担う

この分業設計は、麻野さんが繰り返し語る「Will → Can」思想と綺麗に接続しています。AIが人間を置き換えるのではなく、人間の"Can"(できる能力)を拡張することで、"できる喜び"を生む——ここが、ナレッジワークのAI活用における一貫した思想です。



顧客はどう変わっているのか——オムロン、みずほ銀行の事例

ここまでは事業モデルと思想の話をしてきましたが、実際にナレッジワークが提供している価値は、顧客の現場でどう表れているのか。数字の出ている事例を2つ紹介します。

オムロン——月5.2時間の削減、利用率95%

オムロンは、ソリューション営業本部が中心となって、ナレッジワークを全社的に展開しています。

導入効果として、公開されている数字はこうなっています。

  • 一人平均5.2時間/月の資料作成・検索時間を削減

  • リリース後1ヶ月でユーザ利用率95%

  • 1万件以上のナレッジ・コンテンツを共有、閲覧/ダウンロード従来比200%を目指す

オムロン ソリューション営業本部長・伊達勇城氏のコメントも公開されています。

「お客様の課題解決ソリューション提供にこだわっていく中で、ソリューション提案には複雑なナレッジの組合せが必要で、従来のナレッジシェアのあり方を革新する必要があった」

https://markezine.jp/news/detail/51452

一人あたり月5.2時間、というのは、単純に年間で60時間以上が資料作成・検索作業から解放される計算になります。この時間が"より価値の高い提案活動"に振り向けられれば、営業組織全体の生産性はかなり変わる。数字で見ても、"労働は苦役なり"という状態から一歩ずつ抜け出しつつあるのが伝わってきます。


みずほ銀行——「楽しく誇れる営業」への変革

みずほ銀行は、ソリューションの統一ブランド化を機に、ナレッジワークを導入して営業変革を推進しています。

同行の担当者コメントとして、こんな言葉が公開されています。

「社員一人ひとりが"楽しく誇れる営業"へ」

https://knowledgework.cloud/users/mizuhobank

"楽しく誇れる営業"というフレーズが、大企業の営業組織から出てくるようになる——これは、麻野さんが目指す「LIFE WITH ENABLEMENT」の世界観が、実際の現場でかたちになりつつあることの、一つの表れです。


ナレッジワークが導入している他の企業も、みずほ銀行、NEC、オムロン、エヌエヌ生命、日清食品、NTTドコモビジネスといった、日本を代表する大手企業です。"職種特化型SaaS"という戦略が、日本のエンタープライズ市場で確かな手応えを得ている、というのが数字と事例から伝わってきます。


2026年8月、シリーズCで35億円調達——大手事業会社CVCがずらり

冒頭でも触れましたが、2026年8月4日、ナレッジワークはシリーズC 1stクローズで35億円を調達したと発表しました。累計調達額は約97億円に達します。

引受先の顔ぶれ

既存投資家

  • グロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)※リードインベスター

  • DNX Ventures

  • WiL(World Innovation Lab)

  • Salesforce Ventures

  • フォースタートアップスキャピタル

新規投資家

  • リコージャパン

  • Canon Marketing Japan MIRAI Fund

  • NTTドコモ・ベンチャーズ

  • 三井住友銀行

  • ゆうちょアセットマネジメント

  • 三菱UFJイノベーション・パートナーズ

  • 三井住友信託銀行

  • フコクCVCファンド-THE MUTUAL for Next 100-

  • 電通ベンチャーズSGPファンド

  • 博報堂DYベンチャーズ

(出典:ナレッジワーク プレスリリースKepple「営業AIエージェントの基盤構築へ」

既存投資家のなかには、私が所属するフォースタートアップスの子会社であるフォースタートアップスキャピタルも名を連ねています。親会社であるフォースタートアップスは、成長産業支援を掲げる成長支援会社。同社は「人による支援」を、そしてフォースタートアップスキャピタルは「資本による支援」を通じて、グループとして"日本の成長産業を支える"という同じ志で動いています。シリーズBに続いて今回のシリーズCも継続出資しています。

新規投資家に、日本を代表する事業会社CVCがずらり

今回のシリーズCで特に印象的なのが、新規投資家として日本を代表する事業会社のCVCが揃って参加したことです。三井住友銀行、三菱UFJ、三井住友信託、ゆうちょアセットマネジメント、そして電通・博報堂・NTTドコモ・リコージャパン・キヤノン・フコクといった、業界横断のプレイヤーが揃っています。

そもそもCVCって何?なぜ「購入」ではなく「出資」なのか

CVCという言葉が続いたので、少し整理しておきます。

CVC(Corporate Venture Capital)とは、事業会社が自社の資金でスタートアップに投資する仕組みのことです。純粋な財務リターンを最優先する独立系VC(ベンチャーキャピタル)とは異なり、戦略的シナジーやオープンイノベーションが主目的になります。

「サービスを使いたいなら、購入すればいいのでは?」という素朴な疑問がありますが、出資と購入は別のものです。

  • 出資:株式を購入して株主になる(1回限り、金額大)

  • プロダクト利用:通常のSaaS契約として月額費用を払う(別建て)

つまり、今回シリーズCに参加した投資家がナレッジワークのプロダクトを使う場合、通常のSaaS契約として費用を払う必要があります。「出資したから無料で使える」ということにはなりません。

では、なぜ大手事業会社は「サービスを買う」だけでなく「出資する」のか。一般的には、以下のような戦略的な意味合いが指摘されています。

  • 戦略的パートナーシップの構築

  • 共同開発の可能性を確保

  • 将来のM&A候補として関係を深める

  • 買収より小さなリスクで未来の事業の種を確保

  • 経営陣・エンジニアリング陣との直接対話の機会

大手事業会社CVCが揃った意味——販売網・顧客基盤へのアクセス

今回のナレッジワークのシリーズCで特に興味深いのが、新規参加した事業会社CVCそれぞれが持つ顧客基盤です。

  • リコージャパン/Canon Marketing Japan:全国の営業ネットワーク+複合機・ITソリューションを導入している法人顧客

  • NTTドコモ・ベンチャーズ:通信インフラの法人顧客基盤

  • 三井住友銀行/三菱UFJ/三井住友信託:法人銀行取引先=あらゆる大手企業の営業組織

  • ゆうちょアセットマネジメント/フコクCVCファンド:金融・保険業の顧客

  • 電通ベンチャーズ/博報堂DYベンチャーズ:全国大手企業の広告・営業担当と接点

つまり、これらの事業会社CVCそれぞれが、「自分たちの顧客企業に、ナレッジワークを紹介してくれる潜在的パートナー」でもあるわけです。ナレッジワーク側から見ると、この資本受け入れは、販売網・顧客基盤へのアクセスとしての意味合いが強くなります。

CVC側から見たメリットも整理する

ここまでは"ナレッジワーク側のメリット"を書いてきましたが、事業会社CVC側から見ても、この出資には明確なメリットがあります。CVC出資は片方向の恩恵ではなく、双方向の取引です。

  • 新技術への早期アクセス:AIエージェント技術は今も急速に進化中。社内でゼロから開発するより、有望なスタートアップに投資して関係を築いた方が、時間もコストも合理的

  • オープンイノベーション:自社に足りない技術・ケイパビリティを、外部から補完できる

  • 既存顧客への提案価値の拡張:これが特に大きい

    • リコージャパン/Canon Marketing Japan:既存の複合機・ITソリューション顧客に対して、ナレッジワークを組み合わせた提案が可能

    • メガバンク各行:法人取引先の営業組織の生産性向上に貢献することで、取引深化につながる

    • 電通ベンチャーズ/博報堂DYベンチャーズ:クライアント企業の営業組織にナレッジワークを紹介し、広告・営業支援の一環として組み込める

  • 将来の事業提携・M&Aの選択肢:ナレッジワークが更に成長した際、より深い提携が可能になる

  • 財務リターン:IPO・M&A時のキャピタルゲイン

つまり、CVC出資は"ナレッジワークにとって顧客基盤アクセス"であると同時に、"事業会社CVC側にとっては未来技術投資+既存顧客への提供価値拡張"という、双方向のメリットが噛み合った取引です。

これは、単なる資本受け入れというよりも、大手企業の営業現場にセールスAIエージェントを実装するための、戦略的パートナーシップという意味合いが強くなります。特に「セールスAIエージェントOS」を大企業に届けていくうえで、これらの事業会社CVCとの連携は、実装フェーズで重要な意味を持ちそうです。

プレスリリースにも「各業界のリーディングカンパニーとの戦略的パートナーシップを推進」と明記されています。

実例:リコージャパンとの資本業務提携——出資と同時に自社6,000人に導入

CVCの双方向性が最もはっきりと表れた実例が、リコージャパンとの資本業務提携です。

2026年8月4日、ナレッジワークのシリーズC調達発表と同日に、リコージャパンとナレッジワークは資本業務提携契約の締結を発表しました。そしてリコージャパンは、同社の営業現場約6,000人に「ナレッジワークAI商談記録」を導入しています。

(出典:リコージャパン公式リリース「ナレッジワークとの資本業務提携」(2026年8月4日)

つまり、「出資して株主になる」と「サービスを購入して使う」を同時に行ったわけです。これはCVCが果たす典型的な役割——出資を通じて関係性を築きつつ、自社の営業現場でプロダクトを実装し、その結果として得られた知見を、将来的に自社の顧客へも展開していく——を、非常に速いスピードで実装している事例です。

この流れが、他の事業会社CVCとの間でも今後起きていくのだと予想されます。



「LIFE WITH ENABLEMENT」というミッション

ナレッジワークが掲げているミッションは、「LIFE WITH ENABLEMENT できる喜びが巡る日々を届ける」です。

麻野さんは、このミッションについてこう説明しています。

「人間の時間は3つに大分されると思っています。一つ目は『睡眠』、2つ目は『余暇』、3つ目は『仕事』です。ビジネスパーソンなら多くの方がそれぞれに8時間程度使っているかと思います。その中でも、現代の『余暇』の時間の充実ぶりは素晴らしく、ほとんどの人が平安時代の貴族よりも裕福な暮らしをしている。一方で、『仕事』の時間はまだまだ充実しておらず、多くの人が『労働は苦役なり』と捉え、働いている」

https://jp.linkedin.com/posts/koji-asano_%E3%83%8A%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B8%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%81%AE%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%81%AF%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E5%96%9C%E3%81%B3%E3%81%8C%E5%B7%A1%E3%82%8B%E6%97%A5%E3%80%85%E3%82%92%E5%B1%8A%E3%81%91%E3%82%8Bdeliver-the-activity-6705624592423251968-sGMX

そして、こう続けます。

「このまま僕が人生をかけて挑戦を続けても、『労働は苦役なり』という考え方を変えられなかったとしたら…自分の人生は敗北ですけど、ナレッジワークという会社の敗北にはしたくない」

https://youtrust.jp/studio/articles/knowledgework-1

自分の人生の敗北と、会社の存続を切り分けて考える経営者——この言葉から、麻野さんがどれほどこのミッションに人生を賭けているかが伝わってきます。ナレッジワークは、麻野さん個人が人生をかけて実装しにいっている思想のかたちであり、同時に、それを彼一人ではなく組織として続けていくための"器"として設計されています。

「できる喜び」を、一部の優秀な人だけの特権ではなく、社会に生きる普通のビジネスパーソンにも巡らせていく——"再現性ある成果"を、組織的に、社会的に、作っていく、というのがナレッジワークの掲げる世界観です。

自社がまず「イネーブルメントカンパニー」のモデルであるべき

そしてこの思想は、ナレッジワーク自身にも向けられています。麻野さんはXで、こう発信しています。

「ナレッジワークは今後『イネーブルメントカンパニー』のモデルケースとなるべく、次世代の経営・事業リーダー候補人材の採用・育成を強化していきます」

https://youtrust.jp/articles/categories/featured_companies/knowledgework-1

自社が"できる喜び"を体験できていなければ、他社に届けられない——という考え方です。プロダクトを提供するだけでなく、自分たちがまず「イネーブルメントカンパニー」のモデルになることを目指している。この一貫性は、共感できるスタンスです。


シリーズの問いへの、自分なりの答え

シリーズを貫く問いは、こうでした。

「日本が、日本らしく、負けない」ための核心にどう貢献できるか。

改めて、ナレッジワークを眺めてみます。

  • 日本のホワイトカラー生産性という、G7で最低水準と長らく指摘されてきた領域を、事業として支えている

  • 職種特化型SaaSという切り口で、グローバル巨人と真っ向勝負を避けつつ、深い専門性で価値を作っている

  • AI時代への位置づけ変更を、単なるバズワードではなく、"組織の営みへのAI実装"というレイヤーで行っている

前々々回のTeaRoomは「対立のない優しい世界」を、日本文化を通じて。前々回のNOT A HOTELは「日本の価値を上げる」を、土地と建築を通じて。前回のアソビューは「生きるに、遊びを。」を、遊び体験産業の現場を通じて。そして今回のナレッジワークは、「LIFE WITH ENABLEMENT」というミッションを、"職種"という切り口で、日本のホワイトカラー全体に実装しにいく——それぞれのミッションが、それぞれの領域と結びついているという構造は、シリーズを通じて共通しています。

そして、ナレッジワークが特別なのは、"再現性ある成果"を組織の営みとして作りにいっているという点です。

私は、「日本が日本らしく負けない」ためには、個人の努力に依存しない、組織的な成果の再現性が、どこかで必要になると考えています。人口が減り、労働時間規制も強まっていくなかで、"個人が頑張る"だけでは持続できない領域が、日本にはたくさんあります。そこに、"組織として再現的に成果を出す仕組み"を実装できるかどうかが、次の10年、20年の勝負を分けそうです。

そして、こと日本においては、この領域に注力する意味が特に大きい、という状況があります。

冒頭でも触れましたが、日本の職場エンゲージメントは世界最低水準です。ギャラップ社の最新調査(2025年発表の『State of the Global Workplace 2025』)で「熱意ある社員」の割合はわずか7%、それ以前の2023年度調査でも139カ国中132位という最低レベルが続いてきました。"仕事は苦役"という感覚のまま働いている人が、社会の多数を占めているという現実があります。裏を返せば、この領域は改善の余地が大きく、成果を上げれば社会に与えるインパクトも大きいということでもあります。

麻野さんが人生をかけて向き合ってきた「労働は苦役なり」というテーマは、まさに日本社会が今、最も抱えている構造課題と直接的に重なっています。そういう意味でも、この会社が日本で挑戦していることの意味は大きい。麻野さんが人生をかけて取り組んでいるのは、まさにここです。個人の"できる"を、組織の営みとしての"再現性"に変えていく。ここが私の関心と深く重なるからこそ、この会社と、その代表の思想に強く惹かれています。


おわりに

私は、"組織の再現性"を作る仕事に興味があります。

一人の天才が成果を出すのは、素晴らしいことです。ただ、その成果を"仕組み"として組織に埋め込み、次の人にも、その次の人にも、再現できる形にしていくことのほうが、実はずっと難しくて、そしてずっと社会に効くことだと感じています。

麻野さんが20年以上向き合ってきた「労働は苦役なり」というテーマは、突き詰めると、"個人の頑張り"に依存しない社会をどう作るか、という問いと繋がっています。組織開発、HR Tech、そしてセールスイネーブルメント——場所と方法は変わりつつも、麻野さんが一貫して追いかけてきたのは、この一つの問いです。

そしてその問いに、20年以上たった今、AIという最強のツールが加わろうとしています。ナレッジワークが打ち出した「セールスAIエージェントOS」は、麻野さんが人生をかけて向き合ってきた問いへの、一つの新しい答えです。

Vol.4として、この会社を取り上げられて良かったと思います。次回以降も、また別の切り口で「日本が日本らしく、次の時代に進むために大切だと感じる会社」を書いていく予定です。

読んでいただき、ありがとうございました。


参考記事・引用元

本記事は、以下の公開されている記事・資料をもとに構成しています。

株式会社ナレッジワーク 公式サイト・note

代表・麻野耕司氏に関するインタビュー・記事

プロダクト・事業モデル関連

プレスリリース

顧客導入事例

業界・業績関連

組織開発・エンゲージメント関連の調査データ(はじめにで引用)

関連機関

※ 本記事で使用した引用は、著作権法第32条に定める要件(明瞭区分性・主従関係・出典明示・引用の必要性)に基づく適法な引用として掲載しています。事実関係や引用箇所に誤りがありましたら、お手数ですがご指摘いただけますと幸いです。


📝 Vol.1:好きなスタートアップの話をします Vol.1|株式会社TeaRoom

📝 Vol.2:好きなスタートアップの話をします Vol.2|NOT A HOTEL株式会社

📝 Vol.3:好きなスタートアップの話をします Vol.3|アソビュー株式会社

🔗 株式会社ナレッジワーク:


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