医療から学んだ〜行動力と感謝と尊敬の心〜⑤
ここまで、治療に対する考え方や服薬の重要性についてお伝えしてきました。
シリーズ最後となるこの投稿は、
私の本音が詰まった
いわば「魂の叫び」のようなものです。
医療従事者の方へは、同じ医療従事者の立場から。
そして患者の方へは、一人の患者の立場から。
あえて少し辛辣な表現になるかもしれません。
しかし、
どうか「ご自身の立場」
そして「反対の立場」に立ち、
最後まで読んでいただければ幸いです。🌱
医療従事者の方へ
そのプライドは誰のためにありますか?
まず、同じ医療従事者として、あえて厳しいことを言わせてください。
残念ながら、この業界には「金銭目的」の治療者が存在します。
病院の約90%が赤字経営という厳しい現実がある以上、仕方のない側面もあるのかもしれません。
もちろん、私自身も、誰かの目にはそう映っているかもしれないと、常に自戒しています。
しかし、それ以上に問題なのは、勉強を怠り、患者さんに真摯に向き合わない治療者の存在です。
転院してきた方のリハビリ内容を確認して、あまりの雑さに目玉が飛び出そうになったことも一度や二度ではありません。
医師も、理学療法士も、そして患者さんも。
本来、私たちは全員同じ「対等な階層」にいるはずです。
医師の診断があり、理学療法があり、それを受ける患者さんがいる。
そこに人間としての上下関係など存在しません。
私たちは、患者さんのために協力し、より良い医療を提供する「チーム」であるべきです。
それなのに、現場にはびこる
「自信過剰」
「経験年数による慢心」
「寄り添う心の欠如」
もし心当たりがあるのなら、今すぐその考えを捨ててください。
では、なぜ、こうなってしまうのか。
私なりに考えた答えはこうです。
「医療従事者は、人から尊敬や感謝をされることが多い。しかし、一度その立場に慣れてしまうと、他人への尊敬や感謝を忘れ、それが変なプライドに変わってしまう」のではないでしょうか。
そして、その歪んだプライドは、いつの間にか私生活さえも侵食していきます。
自宅で家族に対して偉そうに振る舞ったり、「医療従事者でない人に相談しても無駄だ」と、大切な家族の声にすら耳を貸さなくなったり……。
情けないことに、これは過去の私そのものです。
知らず知らずのうちに家族を傷つけていたことを、私は最近になって知りました。
私たちは神ではありません。
ただの人間です。
一度誰かを治せたからといって、すべての人を治せるわけではない。
だからこそ、私たちは意地を張らずに、自分の限界を潔く受容しなければなりません。
患者さんの状態に応じて、
「私の力では、ここではもう限界です」
と正直に伝え、最適な場所へ繋ぐ勇気を持つこと。
それができない治療者は、患者さんの貴重な時間とお金を奪う「強奪犯」と同じです。
私は、今のままではプロとしての仕事ができない。
そう痛心したからこそ、今、現場を離れ、休んでいます。
患者の方へ
受け入れる勇気と能動的な行動
心身の不調を治そうとする時、あえて酷な言い方をさせてください。
「人事を尽くして天命を待ちましょう」
なぜなら、組織の修復期間はある程度決まっているからです。どれだけ焦っても、時間に身を委ねるしかない時は確実に存在します。過去投稿でもお伝えした、炎症期と言われる期間です。
仏教の言葉に
「縁なき衆生は度し難し」とありますが、
本人の受け入れる準備が整っていなければ、救うことはできない。
私は自分自身が患者になり、心からそう思うようになりました。
私が考える医療従事者の使命は、
あらゆる職種が連携し、病という名の「犯人」を逮捕するための包囲網を敷くことです。
病院で「薬だけ」を出された時、治療を断念したくなるかもしれません。
しかし、まずはそれが今のあなたにとっての「最善の選択」なのだと、
一度信じてみてください。
私は、医師からの「休職」の打診をずっと突っぱねてきました。
「待っている患者さんがいる」と意地を張った結果、より深く苦しみ、自分を追い詰めることになったのです。
私の場合は、幸いにも医師も諦めず、また家族も説得してくれて、存在を肯定してくれる人が少なからずいました。
しかし、もし万が一、今の場所で治らず、誰も助けくれない場所なのであれば、
「治してくれ」と詰め寄るのではなく、
「ここでは、ここまでが限界なんだ」と割り切ってください。
そして、能動的に動き、自分に合う病院(場所)を探し直てください。
何科にいけば良いかなんて、私でよければいつでも相談に乗りますから。
睡眠外来、心療内科、精神科。そこへ行くことは決して恥ずかしいことではありません。
体に不調がある中で、数多ある病院、クリニックから自分に合ったかかりつけを探し出す行為は、言葉にできないほど辛く、しんどいことです。
私も、そうでした。
しかし、私はそんな良い場所があったにも関わらず、それを拒み続けた。
その結果、「仕事を離れる」という選択肢しか残らなくなりました。
治療を一歩踏み出せない自分から目を背けた、何かのせいにした
私たちの「怠慢」がそこにはあったのかもしれません。
過去は戻ってきません。
でも、私たちは前を向くしかないのです!
今を大切に、今が楽しくなるように動きませんか?
さいごに
行動する力
ここまで、かなり偉そうに聞こえることも言ってきたかもしれません。
しかし、これらはすべて、まず自分自身に向けた言葉です。
「理学療法士として天狗になっていた自分」と、
「患者として医療や家族の温かさを知った今の自分」
この両面を持ち合わせているからこそ、
私は
「全ての人への感謝と尊敬の心を持つこと」
「周囲の人たちに頼るということ」
を皆さんに伝えたいのです。
是非その考えを持って、
共に患者さんを良くするために行動しましょう。
共に積極的に治療に励みましょう。
人に頼る行動力をつけましょう。
私も苦手ですが頑張ります。
誰も悪くない。
身体が不調をきたすほど、あなた、そして私はは頑張ったのですから。
目の前の患者さんとしっかり向き合ってきたのですから。
少なくとも今、私はこの数ヶ月、行動して、やめておいた方が良かったな
と思ったこと、思った人は一人もいません。
原因不明の病気(ナルコレプシー)となった私が、
最近になってようやく気づき、もっと身につけたいと思った力です。
感謝と尊敬の心
医療従事者と患者。
一見すると「与える側」と「受ける側」の上下関係に見えますが、
実際は対等な人間関係です。そうでないといけません。
どの業種でも同じです。
社会の歯車を回してくれていた患者さんと、最善を尽くす医療者。
医療者同士でこの関係になることだってある。
だからこそ、
他人でも、自分の生活のどこか一部を支えてくれる人だと思い、
感謝と尊敬の心を持つこと。
近しい人であれば、言葉にして、時折でもいいので伝えること。
思っていても言わない。
強がりや恥ずかしさ、言わなくても伝わるでしょと
勝手に思っている時点でそれは自己中心的で、変なプライドです。
別に、聖人君主になれと言っているわけではないのです。
相手がどう思うかは相手次第です。まず、自分が行動しましょう。
でも行動するだけでは不十分で、どうやら感謝と尊敬の心がいるのです。
それは、心の持ちようが表情や態度に出るからです。
この休職期間で、私はこの大きな大切な目には見えないことを学びました。
まとめ
私が皆さんに最後に伝えたいことは、
「自己を受容し、行動に移すこと」
「感謝と尊敬の心を持ち、時折言葉にして伝えること」
そして、
「欠けてはならない人はいない(自分を壊してまで背負わなくていい)」
ということです。
今の私は理学療法士としての誇りを持ちつつ、同時にすべての人へ感謝の心を持とうとしています。
バイトの人たちから、すれ違う人、急いで仕事に向かっている人、一見だらしなく見える人など全てにです。
今読んでいただいている「あなた」がいなければ、社会の歯車は回りません。
『「あなた」という存在』がいなければこの世の中の何かは欠けてしまう。
居酒屋が無くなってしまう。食品を買う場所がなくなってしまう。食も職も無くなってしまう。無秩序な世の中になってしまう。
あなたを必要としている場所は、この世に腐るほどあります。
そう言えるのは、自分も必要とされている場所があると思っているからです。万人に受けなくても良いのです、手のひらにすくえるくらいで十分。
私も近い将来、再び世の中の一部に戻れるよう、今は人事を尽くしている最中です。遠かった将来がもう目前です。
皆さんも是非、身近な人との関係や自分と向き合い、今一度考えてみてください。
そして、必要なら、私が伝えたことを実践するのみです。
これを読み終えた今、あなたたちはもう既に何かのスタートラインに立ち始めています。あとは、進むだけです。
この数ヶ月で変わった平凡な私が言うのですから、一度信じてください。
たった少し考え方を変えるだけでいいのですから。🌱
自分を変えるのは今しかないです。
さあ、一歩でも半歩でも踏み出しましょう!!!
以上です。
全5回、長きに渡り、お読みいただいた方、本当にありがとうございました🐶
一人でも何かを感じ、響いていることを信じております🌱
私にしか書けない記事もあると思いますので、
教えて欲しいテーマや知りたいこと、
記事内容についてなど、
お気軽にコメントお待ちしております🌱
「ちょっと気になるな」「応援してあげよう」と思っていただけたら、ぜひフォロー、スキマーク押してもらえると励みになります。
あくびのリハ犬より
【休職活動についてはこちら👇】
【医療から学んだ〜行動力と感謝と尊敬の心〜】
