消えたトリケラトプス岩----------------❅アイス・郷愁・ノート /8min❅
「そういえば阿保さんって、田舎館村出身なんだよね……」
子どもに弁当を出した私は、へにゃりと溶けるように座り込み、チルドシュウマイを食べながらふと思った。
阿保さんは、香川ファイブアローズのアシスタントコーチ。
移住してからひとりも出会ったことのない同郷出身だと知ってから気になる存在になり、いつのまにか推すようになっていた。
(もちろん、遠くからお見かけしたことしかない)
田舎館村のざっくりとした場所や、田んぼアートが有名であることなどは私も知っている。
でも、私の記憶にあるふるさとというのは、車窓から見る風景だけ。
それぞれの位置関係がきちんとわかっていない。
たぶん、母の実家──黒石市の近くだろうと思い至る。
地図を見てみたら、やっぱりそうだった。
そのとき、庭先で、蝉の声が聞こえた。
コンクリートの壁に止まったのだろう。子どもたちが「う、うるさい……」と耳をふさぐ。
そのとき、きいんと耳鳴りがするように記憶が蘇った。
ふと脳裏に浮かんだのは、夏だった。肌を伝ってゆく汗。濡れてほおに貼りつく髪の毛の束や、畳の青いにおい。
そして、四方八方から降ってくる蝉の声。
母の実家で寝ころんでいたときの、夕暮れの記憶が蘇ってきた。
その家は、黒石市内の、田んぼに囲まれた村にある。
広大な敷地に大きな平屋。1、2ヵ月に一度、父の運転で私たちはその家に向かっている。
私の背丈よりも高い石造りの門のあいだを、父は後ろを向いて慎重にバックしていく。運転が好きではないのだ。
車をとめると、すぐに玄関の扉ががらりと開いた。
「じっちゃ」がにこにこして出てくる。
髪の毛はすっかり白くなり、好々爺という雰囲気ではあるけれど、しっかりとした足取りで私たちを迎えた。
「さあさ、へぐはいれー」
居間のテーブルの前に座るなり、じっちゃは定位置の後ろ側に積まれた本の間から、お金を出してくる。
「ほらほら、凛花さん。まっこけらね、まっこ」(※お小遣いあげるよ)
私はポシェットの中にもらったお金を忍ばせた。
高齢の曾祖母は窓ぎわの暖かい場所で、小さく背中をまあるくして座っていた。耳が遠くなっていたので、挨拶したけど「ああ?」と聞き返された。
庭の水やりはしていると聞いたけれど、でも、近ごろ、ねむっていることが増えたような気がする。
じっちゃは、それから弟にも「まっこ」を渡し、「ちーちゃん。将棋するが?」と尋ねる。弟はこくこくうなずいた。
手持ち無沙汰になった私は、しばらく母が使っていたという古いオルガンを弾いてすごした。
やがて従兄弟たちもやってきたので、遊びの輪に混ざってゆく。
壁に両手両足をついて天井まで昇ってゆく年上の従兄をまねしたり、漫画を貸してもらったり……。
長時間の運転に疲れた父は、窓ぎわにねっころがって本を読んでいたけれど、やがて顔の上に読みかけの本をひらいたまま置いて、いびきをかきはじめた。
将棋はいつのまにかオセロに変わっている。
母に呼ばれて配膳の手伝いをする。台所では、「ばっちゃ」と母と伯母がせっせと料理をこしらえているのだ。
私はなにもできなくって、ぼんやりつまみ食いをして怒られる。
食事はまだはじまらない。
やがて私は、ノートを持って、ひとりで庭に出た。
あの家の庭は、いろんなものをぎゅっと詰め込んだような庭だった。
水が抜かれた池の真ん中には、船のような形の岩がある。ごつごつした大きな池に囲まれた池をぐるりと囲むように松の木が植わっていた。縁側からそのまま外に出られるように、平らな岩が置かれていて、私は従兄といっしょに、それを教卓に見立てて遊んだりもした。
そういう整った庭があるかと思うと、家の東側にはもうすぐ100歳になろうかという曾祖母が丹精込めて育てているメドウガーデンのような花畑が広がっている。
カラフルな花たちの中に、凛と立つ桔梗の美しかったこと。
そんなあの家に、いつだったか、ひとりで泊まりに来たことがある。
祖父が私に一冊のノートをくれたのは、そのときだったと思う。
つるんとした表紙だった。そこにはSLの無骨な写真があって、ぜんぜん好きなデザインじゃなかった。
じっちゃは、その横罫ノートを、横向きにして使うように言った。
「この線さ、川柳ば書く。で、何行か空けて……また書く。楽しいはんで」
まだ幼かった私が詠んだものはどれも拙かったけれど、短い言葉で世界を切り取る作業に夢中になった。
泊まっているあいだじゅう、そのノートを持って庭じゅうを探検した。
蝉の声が降り注ぎ、大きな岩の割れ目からはアマガエルが飛び出してくる。池を囲む松の木の根本には、毒々しいけれど立派なベニテングダケが生えていた。
納屋の奥をぴょこんとのぞくと、家庭菜園にばっちゃがしゃがみこんでいた。ほっかむりをして、その上から麦わら帽子をかぶっている。枯れ葉を取り除いていたのだろうか。
きゅうりとトマトは宝石みたいに夏のきらめきをやどしていた。一方、茄子は毒々しい。葉っぱや茎まで怪しげな紫色をしているものだから、はじめて食べた人の勇気を称えたくなった。
ばっちゃが顔をあげて「とるが?」と聞いた。
こくりとうなずく。赤く熟れたトマトをぷちっとちぎる。青いにおいがした。
夏のにおいだ。
私はそうしたものを、すべて、五七五に詰め込んで、たくさんノートに書いたのだ。
帰りぎわ、じっちゃが花束をくれた。曾祖母の庭から摘んだ桔梗やひまわりが、古新聞に包まれて、セロテープで止められていた。
「また来いへ」
じっちゃは、私が中学生のときに車の事故に遭った。
翌年、曾祖母が亡くなった。修学旅行から戻ると、葬儀まですべてが終わっていた。104歳だった。
高校生になった私は、ある夏、ひとりでその家に泊まりに行くことになった。
人間関係に疲弊していたのだ。何もしていなくても涙が止まらず、何も喉を通らなくって、グレープフルーツばかりをかじっていた。酸味があってさっぱりして食べやすかったから。ほろ苦い感じが、心境にも妙にマッチしていた。
このままじゃいけない。自分でもわかっていた。なにか、なにか違う行動をしなければ。
そう思った私は、母に頼んで、数日間、泊まりに行きたいと言ったのだ。
じっちゃはまだ存命だったけれど、意識不明のまま入院を続けている。ばっちゃしかいなくなってしまったその家はどこかがらんとして見えた。曾祖母の庭には雑草がはびこっていた。
家のあちこちに、じっちゃや曾祖母の思い出が色濃く残っていて、なんだか辛かった。
そして、身体がひどくだるかった。それが病気のせいであり、1ヵ月ほど入院することになるとわかるのは、数カ月後、秋口の寒い時期の話──。
朝起きると、ばっちゃは私にひしゃくを渡した。
「水まきしてけねが?」(水まいてきてくれない?)
玄関先には濃い紫色の朝顔が咲いていた。
私はぼんやりと水をまいていく。ひしゃくからじゃらっと飛び出す雫が、ぽたぽたとコンクリートに染みをつくる。かんかん照りなのに、もわっとした雨のにおいが立ち昇る。
ふと思う。
この情景、書いた、記憶がある。詳しくは思い出せない。でもこうやって水を撒いたときの感覚を言葉にしたことがあるはずだ。そうして気がついた。川柳ノートだ。
「あのノートはどこに行ったんだろ」
水まきを終えた私は、ふらふらと吸い寄せられるように、自分の頭くらいの高さにある岩のほうへ向かった。すごく大きいと思っていた。でも、ひょい、と乗ることができた。
どんな句にしたかは覚えていない。でもあの夏休み、私はこの岩のことを詠んだ。トリケラトプス岩と従兄と名づけたこれは、本当にそういう形をしていて、てっぺんに座ると恐竜の背中にまたがっているような気分になれた。
あのころってよかったな、と反芻する。
そうして畳のある部屋でごろごろしていて、気がつくと、ねむっていた。
蝉の声で目を覚ます。
黒石は当時すでに暑かった。這うようにして温度計を見ると36度。濡れた髪の毛が貼りついてきもちわるい。
ふとどこからかチリンチリン、と鈴の音がしてきた。私は小銭をにぎりしめて外に出る。リヤカーが運んできたのはアイスクリーム。私が住んでいる街のものとはちがうな、と思ったのが第一印象。
まるで紫陽花みたいに、カラフルでうつくしかった。
ばっちゃに呼ばれて食卓に向かう。具の少ない味噌汁と、きいんと冷えたトマト、焼いてとろとろになった茄子の中に甘い味噌が入ったもの……。質素だけどおいしい食事を、ばっちゃとふたりでもくもくと食べた。
「これ、りっちゃんが獲ったトマトと、茄子」
「これ、大好き……」
久しぶりにちゃんと食べられたような気がする。
数日間、泣いて、寝て、自然のなかに身を置いて、携帯からも離れて。少しずつ私は回復していった。
ばっちゃも、数年前に他界した。96歳だった。
コロナが終わりかけのころだ。私は3年ぶりに実家に帰ったのを覚えている。
あれから数年が経った。
大好きな阿保さんのことを考えているうちに、ふとあの家のことを思い出した私は、調べてみた。
どのあたりだっただろう。車窓から見る風景だけであまり覚えていない。覚えている住所を打ち込んだけど、まだまだ範囲が広かった。
近くにあった店を思い出して、ストリートビューでたどっていく。数分かかって、私はついに、懐かしいあの家にたどり着いた。
廃墟になっていた。
門はそのまま残っているのに、建物はあるのに、あの美しいベニテングダケを抱いていた松の木も、水の抜かれた池も日本庭園も、曾祖母の花畑もない。それだけじゃない。トリケラトプス岩も消えていた。
扉を塞ぐように木の板が置かれている。
その景色は、思い出にあるものとはまるで違っていた。
じっちゃとばっちゃの家は、いつでも行ける安心できる場所だった。ずっと変わらずそこにあるものだとなぜか思い込んでいた。
更地になっているのとはまた違った寂寥感に襲われた。
じっちゃがくれた川柳ノートのおかげで、たぶん私、こうして記憶が残っている。でも、でも……。
もっともっと鮮やかだったはずなのだ。
それは忘れたくないこと。
忘れてしまっても思い出せるように、覚えていることを少しずつ書いていこうと、改めて思う。
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私にとって、香川ファイブアローズとの出会いがまさにそれだった。

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