『恵まれた介護と仕事』──妻が障害者になる前に 【続】
およそ10年前──
その時は妻が脳出血で倒れてから、
すでに半年が経とうとしていました。
『症状固定』
──それ以上の機能改善が、
見込めない状態。
つまり、その日から
妻は"障害者"になるということ。
その時の私は、それを
自分の“再出発”の合図にしました。
▼前回の話
当時の私は、まだ仕事には復帰せず、
毎日のように病院へ通っていました。
看病と、リハビリの付き添いに、
全ての時間を使っていましたが、
それを支えてくれたのは、
何より会社の理解でした。
『年内は働かなくても、大丈夫だから』
そう言ってくれた、
上司の言葉は今も忘れず。
給与も変わらず支払われ、
在籍も守られたまま。
コロナ以前の当時は、
まだリモートワークが当たり前ではない時代でした。
時おり、顧客に電話をかけては、
働いているフリをして、自分の精神的な
バランスを保っていたような気がします。
私の頭には、
『会社に申し訳ない』という思いが、
常にありました。
仕事が好きな訳ではありませんでしたが、
どこかで誰かに迷惑を掛けているような、
そんな後ろめたい気持ちがありました。
復職を本格的に意識したのは、
「症状固定」の話が出てからでした。
それは今後、
体の機能改善が見込めなくなる。
ということ──
リハビリの効果が得られやすい、
6ヶ月という“回復期”が、
いよいよ終わる時が近づいていました。
そのタイミングを、
私なりの“区切り”に決めました。
ここまで来たら、
リハビリもやれるところまでやり切り、
そして、それから働こうと。
前に進むためにも、
どこかで自分に“けじめ”を
つけたいと考えていました。
それが入院生活における、
私なりに出した、その時の答えでした。
日一日と近づく、
【症状固定】のその時──
周囲の支援を得ながら、
私は以前のそれよりも増して、
一心不乱に、妻とともに、
リハビリに精を出していきました。
『大丈夫、まだまだ出来るから』
『もっと良くなる』
『明日も頑張ろう!』
ただただ、
妻の回復だけを願いながら、
そんな日々を過ごしていました。
けれど、そんな願いも虚しく、
無情にも迎えた、
あの“ひと区切り”の日──
冷酷なほどに現実は、
いつも私たちに残酷でした。
私たちの些細な希望など、
いともあっさりと
踏みにじっていきました。
そして──
新しい現実が、
すぐ目の前に広がる。

『恵まれた介護と仕事』
──妻が障害者になる前に 【続】ー終ー
▼この話は、
『障害者になった日』──プロローグ
に続きます。
▼『障害者になった日』──予告編
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