『破壊される家計』──ICUで始めたギャンブル
【反撃編 第2話】
いま振り返ってみても、
その光景はあまりに異様。
人口呼吸器を付けた意識のない妻の横で、私はスマホを片手に株のデイトレードに没頭していました。
その時の私は、増大する支出、激減する収入に追い詰められていました。
見境なく、理性も失った私が、
選択したのは株のデイトレード。
それは、その時の私が、最も現実的にお金を手に入れる方法でした。
ただ、それと同時に──
"人として生きる道"を
見失った時でもありました。
▼この話は、第1話の続きになります。
妻のiPhoneが開き、ネットバンクの残高を確認し少し安心しましたが、
それで終わるほど、現実は甘くはありませんでした。
住宅ローン、2人の子どもの学費、
生活費。そして──医療費。
多い月の支出は、180万円近くにも達しており、計算すれば、
あと半年以内に家計は破綻する。
手元にある貯金と、わずかな株を合わせても、とてもやっていけないことが分かりました。
私には、この事態に対応できる知識や時間も、余裕もありませんでした。
追い詰められた私は──
他に選択肢を見つけることができずに、
株のデイトレードを始めます。
車を売り、まだ支払いに使わない150万円を証券口座に入金して。
証券会社のアプリを開いても、
初めのうちは何を買えば良いのかも分かりませんでした。
どれを買っても上がるような、
下がるような気がして。
また資金も限られていたため、
その選択肢もごくわずかでした。
そして──初めて手を出したのは、
自分がよく知っている飲食店の銘柄。
1日の中でも大きな値動きがなく、
リスクが低いことも知りました。
吉野家、銀だこ(ホットランド)、
モスバーガー、丸亀製麺(トリドール)
など。
私がそれまで、好んで使っていた企業ばかりを選びました。
その時の手法は──
その株を最低単元数で買い、少し値上がりすれば売り、下がればまた買い戻すというごく単純なものでした。
手数料を差し引いて、
わずかな利益でも出れば、利益を確定する売買をひたすら繰り返していました。
──手元の記録では当時は、
一か月で50銘柄以上、300回をゆうに越えるトレードをしています。
それが投資でなく、
“ただのギャンブル”だと気付くのに、
時間は掛かりませんでした。
またそれが、
負けは絶対に許されないものであり、
仮に負ければ、すべてが終わる。
──ということも、分かっていました。
けれど、自分の命を株に変えて、
ひたすら売り買いだけを繰り返すという。
その時の私は──人生と家族を賭けた
“ギャンブル"に取り憑かれていました。
もう後がない状況で──
かつて味わったこともない体の芯からヒリヒリと、痺れるような時間だけが、
唯一“生きている"ことを
実感できる気がしていました。

音楽を聴かせながら眠る妻の横で、
取引時間中は、私は株価のチャートや指標をひたすら睨み続けていました。
まるで妻の存在など、
忘れたかのように──
生死の境にいる妻の横で、
私は“お金"のことしか考えていませんでした。
最初のうちは、1日に数千円の利益に過ぎなかったデイトレードでしたが、
回数を重ねるうちに、
掛け金が少しずつ増えていき──
1日に数万円、月で換算すると、
数十万円を稼ぐようになっていきました。
もちろん、毎日が上手くいく訳ではなく。
利益の全てを失ったり、
下手すれば元本以上の損失を出した日も多々ありました。
それでも、月単位で『マイナス』になったことは、一度もありませんでした。
膨れ上がる資産を前に、
私は“運”ではなく“実力”だと勘違いし始めていました。
けれど、ますますギャンブルに自信をつけていく一方で──
不安だけは、逆行するように増え続けていきました。
どんなに勝った日でも、
安堵は一瞬。
取引を終えた直後から、
また次の恐怖に震え続けていました。
当然そんな日は、
長くは続かず──
それまでに、
擦り減らし続けた
私の限界が、
すでに迫っていました。

『破壊される家計』
──ICUで始めたギャンブル【完】
▼この話は、
第3話 金に憑かれたクズの詩
に続きます。
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