『障害者になった日』──もう帰れない家
【第4話】
正直に言えば──
その時の私には、
妻と一緒に暮らす自信がありませんでした。
働きながら、
どうやって妻を介護するかという答えが、その時の私にはなく。
家へ帰りたがる妻を前にしても、
まだ決めかねていました。
いや、すでに私の中では決まっていながら、それを妻に伝えることが、
出来なかっただけなのかも知れません。
それは、妻の退院が、
あと1カ月に迫っていた頃──
「……じゃあ、もう、お家に帰れる?」
と聞いてきた妻に、私は、
「いや、まだ分からない」
と答えました。
妻は一瞬、驚いたようでしたが、
すぐに顔をしかめて不機嫌になり、
「なんで?」
「なんで帰れないの?」
私を責めるような口調で聞いてきました。
妻がそうなることは、
分かっていました。
実際には症状固定のかなり前に、
ソーシャルワーカーから、
障害者手帳の申請を進めながら、
妻に合うかもしれない施設に打診してみてはどうか、という提案がありました。
それは家の状況を考えた場合、
在宅より施設で介護した方が良いという冷静な判断でした。
──けれど、その時はまだ、
妻の症状も改善している時であり。
私自身が、あまり現実として考えることができていませんでした。
妻が障害者になること。
ましてや、
どこで妻を介護するか、
などと言うことを。
──正直、考えたくもなかった…
その時の私は、
現実から目を逸らして、
逃げたかっただけ──なのかも知れません。
そんな私を見かねて、
ソーシャルワーカーは、
私の知らないところで実際には動いてくれていました。
その時はまだ、どこに入れるか、
施設の空きがあるかどうかも、
分からない状況なだけでした──
『いや、今、退院後の施設を探してる』
そう伝えると妻はすぐに、
『なんで? お家に帰りたい』
『帰りたい…』
と涙をポロポロと流し始めました。
説明しても妻には、
その理由が上手く伝わらない気がして、
『今いろいろ先生と、
相談してるんだよ』
『まだリハビリを続ける方が、
良いんじゃないかって』
──それは、リハビリを続ければ、
まだ回復できると信じていた
"私の本音"が半分。
そして、
家で一緒に暮らすのは難しいと判断した
"私の嘘"が半分でした。
けれど、そんな言葉で妻が納得することはなく、それからも容赦なく、
悲しみと怒りを私にぶつけてきました。
その時の私には、
黙って聞く以外に術がなく。
妻の気持ちが、
痛いほどわかっていていただけに──
深い罪悪感に苛まれていました。
それからも、しばらくの間──
退院したあと、どうするのかという話は進んでいませんでした。
というより、その手の話を、
ほとんど妻は聞こうとしませんでした。
『家に帰るのが当たり前』
と考えていたため。
ただ、退院までは、
あまり時間がありませんでした。
いよいよ妻の意思とは無関係に、
『施設介護』か『在宅介護』を、
私が決める必要がありました。
その日──
私は、自分の考えを妻に、
そのまま伝えました。
リハビリが終わり、
夕食前の病室でベッドに座る妻に、
『大事な話がある』と告げて──
いつもとは違う沈黙が、
病室にありました。
『悪いけど、家には帰らない』
『…退院しても施設に行くから』
その言葉を聞いた瞬間──
目を見開き『なんで?』と言いながら、
これまでにないほどの大きな声で、
妻は泣き出しました。
『帰りたい、帰りたい』
と叫び続けて。
その声を聞きつけた看護師が、
様子を見に来ましたが、制止して。
ベッドに突っ伏しながら泣いてる妻を、
私はそのまま黙って見つめていました。
そんな妻を見ながら──
胸がぎゅうぎゅうと音を立てながら、
締め付けられるような感覚に、
私は襲われていました。
一緒に暮らしたいという、
妻の些細な願いすら叶えさせられない自分の無力さが、
──あまりに惨めでした。
また、何よりも、
これまで現実から目を背け続けて、
その覚悟や度胸も持てなかった自分に、
嫌悪していました。
本当に情けなくて悔しくて、
妻に申し訳ない…
そんな思いでした。
心の中で、私は──
目の前で泣き続ける妻に、
何度も、何度も、
謝り続けていました。

『障害者になった日』
──もう帰れない家【完】
▼この話は『第5話』へ続きます。
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