『障害者になった日』──沈黙する病室
【第3話】
もうこれ以上、妻の身体が、
良くなることはない。
妻の病室に向かいながら、
私は考えていました。
医師から聞いたその説明を
妻にどう伝えるのか。
何より、
退院したあと、
どうするのかを──
症状固定の説明を受ける前に、
妻の退院が迫っていることは、
知っていました。
回復期病棟にいられる期間は決まっており、妻はその制限いっぱいまで入院を続けていました。
それまで回復だけを願い、
私たちはリハビリに明け暮れていましたが。
でも、
いざ「症状固定」という言葉を突きつけられた時に──
それまで信じていた未来は消え、
ただ、逃げ場のない現実だけが目の前に広がりました。
退院までは、
あと、ひと月あまり。
それまでに、
次を決めなければいけませんでした。
『施設介護』か『在宅介護』か、を。
病棟に戻ると。
リハビリを終えた妻は、
ベッドに腰掛けていました。
私を見つけると、
いつものようにニコニコと。
私は、そんな妻に、
医師から告げられたことを、
ゆっくり話しました。
「……今日、先生から話があってさ。
もう体は、改善しないらしい」
「これからはリハビリも、
今の機能を維持していくことがメインになるんだって」
なるべくごまかさず、
そのままに伝えました。
妻は、何も言わずに静かに頷いて、
しばらく黙っていましたが、
理解はしたようでした。
もしかしたら、
自分が障害者になると言うことを、
ずっと覚悟していたのかも知れませんが。
「……まあ、変わらないから、
リハビリも、やることも」
「どうなるのかなんて、
だれにも分からないから」
その場を取り繕うように、
声を掛けましたが、
妻はそのまま黙っていました。
それから、
しばらくの沈黙のあと──
少し考え込むような顔をしながら、
カタコトながら、私に、
「……じゃあ、もう、お家に帰れる?」
「お家に帰れるの?」
と表情を明るくさせて、
笑顔を浮かべながら。
それを期待して、聞いてきました。
半年にも及ぶ入院生活──
ずっと前から痛いほどに、
妻の気持ちは分かっていました。
「おうちは、いまどうなってるの?」
「早くおうちで、のんびりしたい」
が口癖でした。
だけど──
目の前にいる妻は、
一人では何もすることができない。
また、その時の私は、
まだ仕事にも復帰しておらず、
経済的に不安定でもあり、
働きながら介護をするという
イメージが、全く持てていませんでした。
何よりも、妻と暮らす覚悟や自信が、
──その時の私にはありませんでした。
その時、
いろいろな思いが駆け巡り、
視界が滲むのを堪えながら、
笑顔で私の答えを待つ妻に、
はっきりと──
「いや、まだ分からない」
とだけ。

『障害者になった日』
──沈黙する病室【完】
▼この話は『第4話』へ続きます。
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