『介護が始まるとき』──妻が大好きなリハビリの先生 【続】
施設介護編
【第4話】
その日の午前中──
妻が入院していた病院の支払いや、
書類などの手続きを済ませるために、
私は久しぶりに、
そこへ向かっていました。
わずか数日ぶりなのに──
とても懐かしく感じました。
毎日のようにそこへ通い、
妻と一喜一憂しながら過ごした記憶が、
フラッシュバックしていました。
病院に入ると、
顔馴染みになった警備員からも、
『お久しぶりです。
奥様はお変わりありませんか?』
と声を掛けられて。
まるで我が家にでも、
帰ってきたような気分になりました。
その後、
手続きを済ませた私は、
リハビリの先生方のところへ足を運び、
無事に妻が施設へ入所できたことを報告していました。
リハビリの先生は、
違う施設との交流があることを知っていたため、
まだ少し気がかりだった、
“施設でのリハビリ”について、
いろいろと話を聞かせてもらっていました。
妻が入所する障害者支援施設は、
リハビリ専門の施設でした。
なので、リハビリ内容については申し分ないと、先生は口を揃えてそう言ってくれました。
ただ──
妻の担当だった理学療法士の先生が、
ぽつりと、
『あの女性の先生……
本当にすごい先生なんですよ。
くれぐれもよろしくお伝えください』
そして、やや声を潜めながら、
『でも……ちょっと怖くないですか?』
とも。
──やはり、あの先生は、
ただ者ではなさそうでした。
その日の午後。
施設へ戻ると、
妻はちょうどPT(理学療法)の訓練中。
体育館のような広いリハビリ室には、
2、3人の入所者が自主トレをしている程度で話し声もなく、
とても静かでした。
リハビリ室の中央にある、
体育の時間に使われるようなマットの上で、妻はあの先生と2人きりでした。
私は黙ってそこへ近づき、
訓練の様子を見ていました。
妻に寝返りをさせたり、
自力で起き上がらせようとしたり。
先生の指示は、短く、鋭く。
『あー、それはダメね』
『あー違う』
『もういいわ、やめて』
ぶっきらぼうにも聞こえる指摘に、
妻は一言も返すことなく、
黙って従っていました。
見ているこっちが
緊張するような……
声をかけるのもためらわれて、
じっと、そのまま見守り続けていました。
やがて訓練が終わると先生は、
『はい、お疲れさま』
と言って記録を取り、
さっと部屋を出ていきました。
そのあと、妻に聞いてみれば、
『病院の先生に聞いたんだけど、
あの先生すごい人なんだってさ。
──どうだった?』
すると、妻は、
『ぜんぜん普通。
気を使わなくていいから楽』
これまでリハビリの先生に対しては、
厳しい見方が多かった妻でしたが、
初めて聞くセリフでした。
妻のその一言で、
この施設のリハビリ環境に、
不思議なくらいの安心感を覚えていました。
妻にそう言わせるとは。
──やはり、
ただ者では、ない先生でした。
後日、知ることになりましたが、
その先生は、
すでに定年退職が決まっていて、
担当として受け入れるのは、
妻が最後のようでした。
その先生と話した時、
『奥さんは、まだ若いんだから大丈夫』
『出来ないことなんて、
たかが知れてるでしょ』
『先の心配より、
今は目の前のことやればいいのよ』
と──
先生のそんな言葉が、
その時の私たちを安心させていました。

『介護が始まるとき』
妻が大好きなリハビリの先生 【続】
【第4話 完】
※この話は、施設介護編 第5話
『使われない食器』へ続きます。
▼前回の話
『妻が大好きなリハビリの先生』
▼この話が収録されているマガジンは、
こちらからご覧になれます。
▼その他の話やシリーズは、
全体構成【目次】からご覧になれます。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援とフォローをお願いします。
チップはクリエイターとしての活動費にいたします!