『介護が始まるとき』──使われない食器
施設介護編
【第5話】
およそ10年もの間──
段ボールに二箱分にもなる、
一度も使われたことがない食器たち。
その重量は、
私が運ぶのも大変なほど。
それは、誰の目にも手にも触れることなく、今も我が家の片隅で──
ひっそりと眠っていました。
妻が『障害者支援施設』に入所して、
1カ月が経過していました。
その頃には、
私も仕事に復帰していて、
仕事を途中で抜けては、
妻の様子を伺いに、
よくリハビリを見に行っていました。
専門の施設でもあった、
そこのリハビリは、
"機能"を回復させるものではなく、
"生活をできるようにする"ものであり、
病院の"それ"とは、
少し違っていました。
その日は、
病院のリハビリでは見られなかった
『美術』の時間。
妻は元気だった頃にも、
やったことのなかった陶器作りに、
楽しそうに取り組んでいました。
半身麻痺ながら、
器用に動く方の左手だけで、
真剣な顔をして。
私が到着した時にはすでに、
いくつもの茶碗やお皿を作り上げていました。
妻はニコニコしながら、
それを私に見せたがり。
『見て!』と。
先生もその横で、
『初めてで、
こんなに作れる人いないですよ』
と妻を持ち上げ。
私も、
『えー! すごいね。
これで食べたら何でも美味しそう』
と合わせれば、
妻もまんざらでもない
様子でした。
美術の時間は、
週に一度、80分ほど。
それが1カ月も続くと。
焼き上がる食器の数は、
20個をゆうに超えていました。
けれど、それは──
片手だけで作ったせいか、
あるいは妻の美的センスなのか。
粘土を遠慮なく使ったような“厚み”と、
ふちは全てヨレヨレの形状。
また、どれもが売り物には、
あり得ないほどの
“ずっしりとした重量感”を兼ね備えていました。
正直。
食器としては
──なかなか厳しいものでした。
結局、そのリハビリで制作した作品は、
およそ段ボール2箱分にいっぱい。
家に持ち帰ったものの、
正直、置く場所がなく──
いよいよ妻に、
『ごめん、置く場所ないから、
失敗作は捨てていい?』
と聞くと、
『え? ダメだよ?
使うかも知れないから』と。
……使うかなあ?
──それから10年近く経った今も、
あの段ボールは開けられることなく。
その使われない食器たちは、
いまも我が家の片隅で、
その時のまま眠り続けています。

『介護が始まるとき』
──使われない食器
【第5話 完】
※この話は、施設介護編 第6話
『妻と話すボッチャのこと』
へ続きます。
▼前回の話 第4話
『妻が大好きなリハビリの先生 【続】』
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