『介護が始まるとき』── 妻と話したボッチャのこと
施設介護編
【第6話】
妻も私も、それまで、
──そんな競技があることすら、
知りませんでした。
障害者支援施設に入所して、
しばらくしてからのこと。
施設の"運動会"に向けた練習が、
本格的に始まりました。
妻は、その種目のひとつである
『ボッチャ』の選手に選ばれていました。
ボッチャ──とは、
細かいプラスチックの粒が詰まった、
皮で出来たボールを投げて得点を競うスポーツ。
妻も参加できる
パラリンピックでも採用されているような競技でした。
もともとスポーツが苦手だった
妻でしたが、
これはすっかり気に入って、
楽しそうに練習に励んでいました。
自分の投げたボールが、
いい位置に止まれば大はしゃぎ。
うまくいかないと、『あーあ』と悔しがる。
そんな表情が見られるのを、
私は毎日のように嬉しく感じていました。
運動会が近づくにつれて、
妻のリハビリ訓練もボッチャの練習が、
中心になっていきました。
訓練が終わり部屋に戻ると、
妻は私に、
『今日は上手くいったんだよ』
『〇〇さんって、
ほんとに上手いんだよ』
その日の話を、
私が施設を訪れるたびに、
たどたどしくも、
たくさん話してくれました。
ふだんから私や周りにも、
何かと辛口な妻でしたが、
この時だけは本当に楽しそうでした。
妻の話を聞いて、
『今日もお疲れ様。
よく頑張ったね』
そう声をかけると、
ニコニコと満足したようす。
そんな妻の話を聞いてから、
家に帰るのが、
すっかり私の日課になっていました。
──入院していた頃と違い、
仕事に復帰した私が、
妻のリハビリに付き添える時間は、
その頃には、ぐっと減っていました。
けれど、そのぶん、
妻は毎日のように、
その日の出来事を一生懸命、
私に伝えてくれるようになっていました。
一つのことを伝えるのに、
それまでの何倍も時間をかけながら。
それを私は、
ただひたすら聞いているだけでしたが、
そんな妻の姿を見るたびに、
とても穏やかな気持ちになれました。
帰る前に──
『また明日。おやすみ』
『うん』
まだ、
部屋もあとにしないうちに妻は、
……zzz
ボッチャの練習で、
その日も──
妻はすっかり疲れたようでした。

『介護が始まるとき』
──妻と話したボッチャのこと
【第6話 完】
※この話は、施設介護編 第7話
『立ち上がらないパソコン』へ続きます。
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