『介護が始まるとき』──日常にもどる前に
施設介護編
【第10話】
妻がてんかん重積で運ばれてから、
気づけば、
一週間が過ぎていました。
症状は治まり、表面上は、
すっかり元気に見えました。
ただ、医師が話した通りに、
運ばれる前の半分ぐらいしか、
まだ言葉が戻らず。
妻が何を言ってるのかを
正確に聞き分けられるのは、
私だけになっていました。
歩行も以前より、
おぼつかない状態で、
移動のほとんどを
車椅子に頼っていました。
入院が長引いていたのは、
てんかん薬を増量し、
違う薬も加えたためで、
薬が体に馴染むかを
判断するためでした。
入院中は、
リハビリも行われていましたが、
施設とは違い、
その内容はかなり落としたものでした。
リハビリが好きな妻にとっては、
精神的にストレスも溜まっているようでした。
日に日、
妻の愚痴や文句も増えていき、
『なんで退院できない?』
『リハビリ少ない』
『ご飯まずい』
などなど……
面会するたびに、
それを私にぶつけてきました。
ただ、入院前よりも、
出来なくなったことが、
増えていることを知るたびに、
妻は一人で、
よく泣いていました。
入院9日目。
次の脳波検査で何も出なければ、
翌日退院と医師から告げられました。
妻の状態を見る限り、
大丈夫だろうと踏んでいた私は、
翌朝には退院し、
そのまま施設へ連れて行けるように、
準備を進めていました。
検査結果は問題なく、
予想通りに退院となりました。
妻を車に乗せて、
施設へ向かう途中──
入院生活のストレスから、
その日はずっと不機嫌だった妻に、
『病院と施設どっちが良かった?』
と聞けば、
『施設』
『なんで?』と聞けば、
『ご飯がまずい』
『じゃあ施設に着く前に、
何か美味しいもの食べようか。
退院祝いだね』
と言えば、
ようやく妻もニコリと。
妻の笑顔に少し安堵しましたが、
てんかんの再発や、
施設生活への不安は、
まだ抱えたままでした。
ふたたび始まる
"施設での介護という日常"
気が晴れないまま、
そこに向かって、
──私は車を走らせていました。

『介護が始まるとき』
──日常にもどる前に
【第10話 完】
▼この話は、第11話
『洗濯という訓練』へ続きます。
▼前回の話
『搬送される慟哭』
▼この話が収録されたマガジンは、
こちらからご覧になれます。
▼その他の話やシリーズは、
全体構成【目次】からご覧になれます。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援とフォローをお願いします。
チップはクリエイターとしての活動費にいたします!