『介護が始まるとき』──洗濯という訓練
施設介護編
【第11話】
それから──
仕事も忙しく、
しばらく妻の訓練の様子を見ることができませんでした。
生活も訓練。
施設のリハビリは、
生活そのものが訓練であり、
『洗濯』も、その一つでした。
病院の時。
洗濯は全て私が自宅に持ち帰るか、
院内のコインランドリーで済ませていました。
施設では理学療法の一つとして、
洗濯物を「干す」「畳む」といった一連の動作も訓練の中に組まれていました。
ただ、私には、
右半身が麻痺している妻が、
どうやって洗濯バサミのついたハンガーに洗濯物を干すのか、
想像もできませんでした。
その訓練──
見るのは初めてでした。
以前も書いた、
あの理学療法士の先生が、
妻の横に立ち、一切手は貸さずに、
じっと見守っていました。
妻は車椅子から立ち上がり、
左手だけを使って、
頭上にある洗濯バサミに、
洗濯物を一枚ずつ器用に留めていきました。
──え、できるんだ?
目を疑いました。
訓練室の空気は、
張り詰めたように静かで。
私は少しも声を出すことはできませんでした。
先生は妻に、
『はい、いいわね。次やって』
その指示通りに、
黙々と作業を続ける妻。
やがて、
『はい、いいわよ。終わり』
そう声が掛かって訓練は終了。
記録を取ってる先生に、
お礼をしながら、
こっそり聞いてみると。
『奥さん、器用だから、
まだまだできるようになりますよ』
『とても頑張り屋さんだし』
先生は穏やかな顔で、
そう妻を褒めてくれました。
それを聞いて、
私の胸も熱くなり──
妻の車椅子を押しながら、
部屋に戻る途中。
先生が褒めていたことを妻に伝えると、嬉しそうでした。
部屋に戻って。
廊下では声が出せなかったため、
妻に、
『ほんと、すごいねー!』
『左手だけで、すごすぎ!』
と言えば、
照れながらも妻はニコニコと。
試しに私もやってみましたが、
まったくできず……
その時の訓練のおかげで、
洗濯だけは今も、
妻は自分でしています。

『介護が始まるとき』
──洗濯という訓練
【第11話 完】
▼この話は、第12話
『ゴマシオ会議』に続きます。
▼関連した話
『妻が大好きなリハビリの先生』
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