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『介護が始まるとき』──怖すぎる部屋





施設介護編
【第1話】



 若若介護という形──



 そこには正解はなく、只々いつも、
大事な選択を迫られていた。




 泣きながら家に帰りたがる妻を、
施設へ入れる決断をしたのは、


その僅か数日前。




 その時の私には、働きながら妻を
介護するという自信がなかった。




 あの日──



 もし私が妻の立場だったら、
はたして、それを受け入れることができただろうか。


 その厳しい現実を前に、
一つだけ言えるとすれば、


どうなるかは分からない道が、
目の前にあるだけ。



 仮に一歩でも踏み出せば、

もう振り返るという選択肢は、
そこにはなかった。



※この話は全て、
実際の経験に基づいています。






まだ残暑も厳しい、
8月の中旬──

妻が脳卒中で倒れてから、
すでに半年以上が経過していました。

病院をあとにした私たちは、
そのままそこへ向かっていました。



【障害者支援施設】



そこは、
これまで過ごした病院のような


『治療する場所』ではなく、

『生活をする場所』であり。



また看護師やスタッフの人数も、
病院のときの半分以下と
かなり限られたものでした。




その周辺には、
民家や建物もほとんどなく。


人里から離れた場所に、
大きくひっそりと、
佇んでいるような施設でした。


敷地すら、どこからどこまでが、
その施設のものなのかも、

分からないほど広く。



その建物の周りには、
生い繁る木々があり、


建物自体も、
かなり老朽化が進んでいました。



震災の影響を色濃くのこした外壁には、
深いえんじ色の太く錆びた鉄柱が、

何本も交差しながら建物を支えていました。



コンクリートで出来た巨大なその建物は、
古い校舎や、まるで刑務所を思わせるような塀にも囲まれて──

夏にはうってつけの、
独特な雰囲気をまとっていました。


もし映画を観た人がいたら、
『シャッターアイランド』


……そんな感じでした。





そこに着いて。

妻と入所の手続きを済ませ。


施設の規則の説明や、
案内を終えました。


妻は広い8人部屋に、
一人だけの入居。

環境変化を嫌う妻は、
はじめのうちは陰で私に。


『洗面台が汚い、

お風呂が気持ち悪い、

トイレが古い』


などと。

それなりに強気なようすで、
ありとあらゆるところに、
文句を付けていました。




けれど──


自分がこれから過ごす
その部屋を見た瞬間。



『ヤバ…….怖すぎる。

事故物件』




入居する前には、

かなり人見知りだった妻は、
知らない人がいないから良かったと、


むしろ喜んでもいましたが──

私から見ても正直。

誰かいないと、
そこでは寝つけないぐらい。





たしかに、
その部屋の様子は異様でした。


壁や天井には、
無数に入った深い溝や傷が張り巡らされ、

窓枠は全てつっぱり棒のようなもので、
抑えられていました。



エアコンが効いていたとはいえ、

外は汗が吹き出すほど暑いのに、
なぜかぞっとするような肌寒い空気を
まとっていました。


それが気のせいではなかったのは、
しばらくして分かりました。



やはりこの場所は、
妻が長くいられる場所ではありませんでした。






『介護が始まるとき』
──怖すぎる部屋

【第1話 完】




▼この話は、施設介護編 第2話
『震えあがる私』へ続きます。



▼前回の話はこちら。
 第7章 プロローグ──妻の退院





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