ろろろのめ第64回 フェスはどのように「語られて」きたか——主催者の言葉と、観客に届く物語のあいだ
フェスはどのように「語られて」きたか
——主催者の言葉と、観客に届く物語のあいだ
1. はじめに:主催者の「言葉」が前に出る興行
日本のロックフェスにおいて、主催者(プロモーターやプロデューサー)がメディアやSNSで自ら理念や背景を語るケースは珍しくない。どのアーティストを呼ぶかというラインナップだけでなく、「どのような思想や哲学でその場を作っているか」という主催者の言葉そのものが、イベントのアイデンティティやブランディングの一部を形作ってきた。
しかし、主催者が語る「言葉」のトーンや性質は、主催者やプロモーターのバックボーンによって大きく異なる。そしてその言葉がどのような文脈で提示され、観客側にどう受け止められるかによって、時に大きな共感を生み、時に摩擦や違和感を引き起こす。
本稿では、主要なフェス主催者たちの実際の「語り」を一次情報から整理し、現代のフェスシーンにおいてどのような価値観が提示され、受け手との間にどんなギャップが生じているのかを観察してみたい。
2. フェスをつくる側の「語り口」の現在地
【フジロック:SMASH】
フジロックの運営においては、組織としての実務的な語りと、創業者の美学の語りが併存している。現社長の佐潟敏博氏は新潟日報のインタビュー(2025年)で、洋楽比率5割という核を守りつつ、30〜50代やファミリー層を中心とした客層データの分析、バス運行や休憩所整備といったオペレーションの最適化を、数字と運用の言葉で淡々と語っている。
一方、取締役を退き顧問となった創業者・日高正博氏は、fujirockers.orgでの対談(2026年3月)において、自身の原点にある美学を語っている。「一番必要なのは『無駄』」「無駄こそが命だよ」と言い切り、フェスを単なる効率的な鑑賞空間ではなく「お祭り」として捉える姿勢を示した。この対談自体は現体制への言及や批判を含むものではなく、あくまで創業者が自らのスタンスを振り返るものである。組織としての実務化が進む一方で、創業者の語る「無駄への美学」がファンの記憶の中に別のレイヤーとして残っている、という併存として捉えるのが正確だろう。
【ROCK IN JAPAN FESTIVAL:ロッキング・オン・グループ】
出版事業を起点とし、日本の大型フェスのスタンダードを築いてきたロッキング・オンの語りは、「メディアとリアルの生態系」、実質的なIT企業的側面、そしてインハウスのデザイン思想という言葉で貫かれている。
創業者である渋谷陽一氏が長年メッセージの前面に立ち続けてきた同社だが、2025年7月に同氏が逝去したことで、その「語り」の構造は一つの歴史的な節目を迎えた。代表取締役社長の海津亮氏はインタビュー(『Musicman’s RELAY』第223回)において、雑誌・Webという「目」で時代の動向や新人を見極め、フェスという「リアルな体験」へ繋げる独自のエコシステムを語る。同時に、転売根絶のための顔認証システムや前方エリア抽選制などを自社開発し、混雑やマナー問題をテクノロジーで解決してきた自社を「実質的なIT企業的側面を持つ」と表現する。カリスマ的な創業者の語りに加えて、組織・システム・デザインによってフェスの価値を説明する語りが前景化している事例と言える。
さらに興味深いのは、その表現を担うインハウスデザイナーの語りだ。クリエイティブディレクターの田中力弥氏とアートディレクターの大橋麻里奈氏のインタビュー(「デザインのお仕事」2025年)では、フェスのロゴやグラフィックにおいて「足し算ではなく引き算」を意識し、最小限の要素で力強く伝える美学が明かされる。
彼らは「自分たちは単に仕上げる存在ではなく、会社のアイデンティティをつくる存在」と語り、開催中のフェス現場で得た観客のリアルタイムな反応を、入稿直前の別フェスのグッズデザインに即座に反映させるような極めて密接なPDCAを回している。メディア、ITシステム、そしてインハウスのクリエイティブ思想が一体となり、「カルチャーの提示」と「徹底した顧客体験の最適化」を両立させる語り口がここにある。
【ビバラロック:株式会社FACT】
音楽雑誌『MUSICA』を手がける株式会社FACTを中心に立ち上げられたVIVA LA ROCK。創業者である鹿野淳氏は、CINRAのインタビュー(2019年)で強固な属人性や物語性を隠さない語りをしていた。「自分以外にこのフェスの8割以上を仕切れる人が現れない限り、このやり方しかない」「自分の神通力が効かなくなったら」といった表現に象徴されるように、個人の情熱や当事者性をフェスの核として語るスタイルである。
一方、2023年に同フェスのプロデューサーを引き継いだ有泉智子氏(『MUSICA』編集長)の言葉は、トーンが大きく異なる。さいたまスーパーアリーナ(現・GMOアリーナさいたま)の改修工事に伴い、埼玉スタジアム2002公園で史上初の「一度限りの野外開催」に挑んだ2026年、有泉氏が語ったのは個人の美学ではなく、地域や会場との関係性、そして開催を受け入れてくれた地元への誠意であった。
事前インタビュー(2026年1月)では近隣住民や自治体、共催の浦和レッズとの連携という「実務と共存」を語り、終幕後のメッセージ(2026年5月)では「一度限りを絶対に言い訳にしたくなかった」という誠意を示した上で、「場所が変わってもビバラはビバラだね」という声に対し、「そういう空間にしてくださったのは、他の誰でもない、みなさんです」「自分を誇ってください」と観客側の主体性に感謝を捧げた。
公開された発言を見る限り、個人のカリスマや神通力で牽引する語りから、地域社会との調整という実務と参加者同士の共同性を強調する語りへと、フェスを説明する言葉の重心が変化しているように見える。この移行は、他フェスで見られる、主催者の交代や組織的な運営への比重の変化とも、類似した現象として観察できる。
【サマーソニック:クリエイティブマン(清水直樹氏)】
サマーソニックの清水直樹氏の語りには、EYESCREAMのインタビュー(2026年7月)を見る限り、「現場の情熱」と「経営合理性」が同居している。規模を拡大し続けるにはジャンルの幅を広げざるを得ず、「文化は進化、変化していくもの」だからそれは悲観すべきことではない、と興行としての生存戦略を語る。
一方で、ヘッドライナー選定については「今誰のどんなライブを観てもらいたいのか、どこまでいってもオーガナイザーとして欲求」とも語り、25周年にあたっては「頑固にやっていきたい」「ロックを育てたいという想いは強い」と、初期を支えたロックアクトを意識的にブッキングする姿勢も見せる。単純な「情熱型」「ビジネス型」の二分法には収まらない、スケール感を維持し続けるプロモーターとしての複層的な語り口である。
【LuckyFes:茨城放送(堀義人氏)】
ROCK IN JAPAN FESTIVALの千葉移転(2022年)を受け、「地域経済と文化のダメージを埋める」という大義を掲げて立ち上がったLuckyFesの堀義人氏は、立ち上げ当初から一貫して起業家・経営者としての言語を前面に押し出している。
堀氏の語りの特徴は、既存の音楽フェス業界が暗黙の前提としてきた「構造」そのものへのイノベーションにある。従来のフェスが「ターゲットを若者や特定ジャンルに絞る」という定説を持つのに対し、LuckyFesでは「全世代型・オールジャンル化」を提示。さらに、プロモーターや中間業者を介さない直発注体制の構築、パートナー企業へのプロフィットシェア(利益還元)構想、高単価なVIPチケットの収益を若年層や家族連れの割引(未就学児無料・中高生半額)に充当するクロスサブシディ構造など、経営学のロジックに基づく事業設計を自らの言葉で語ってきた。
また、不満要因(行列、暑さ、トイレ問題)の徹底除去と、満足要因(ステージ、音響、テーマパーク的空間体験)への集中投資を掲げ、AI時代だからこそ「リアルな体験価値」が向上するという確信のもと、既存フェスの快適性の課題をビジネスの手法で解決する姿勢を鮮明にしている。
ここまでに見てきたように、現在のフェス主催者の語りは、単一の「フェス観」へ収斂しているのではなく、それぞれが持つ背景や領域の違いに応じて複数の言語へと分岐している。そして問題は、これらの多様な「語り」がそのままの形で読者に届くとは限らない点にある。
3. 「語り」が拡散される過程で起きる文脈のギャップ
堀氏の語りをめぐって2022年に起きたSNS上の反響は、情報の伝達構造そのものを映す事例として興味深い。
堀氏が一次取材で語っていた内容は、猛暑や行列といった負荷を軽減するための「快適性の選択肢(VIP対応等)」や、興行としての自立性を高めるイノベーションの提示だった。しかしこの発言は、あるまとめサイトが「『フェス文化』はお題目に過ぎない」という評価的な一文を加えて再編集し、要約・紹介する形でSNSに拡散した。この過程で、「快適性の追加や構造改革」という機能・ビジネスモデルの話が、「従来のフェス体験やカルチャーそのものへの否定」という文脈に置き換わり、SNS上でもこの再編集された文脈を前提とした反発や議論が生じた。
つまりここでの摩擦は、堀氏が語ったこと自体への単純な賛否というより、一次情報がWebメディア上で再編集され、SNS上で拡散・増幅していく過程そのものが生んだギャップだったと見る方が実態に近い。
音楽現場の文脈で語るプロモーター(鹿野氏)、対話・共同性・インフラ共存の言語で語るプロモーター(有泉氏)、実務とデータの言語で語るプロモーター(佐潟氏)、自社開発ITとメディア・デザインの総合力で語るプロモーター(海津氏・ロッキング・オン制作陣)、経営合理性と情熱を複層的に語るプロモーター(清水氏)、構造改革と経営学の言語で語るプロモーター(堀氏)。主催者がどの言語を用いてフェスを語るかによって、受け手が受け取るメッセージの質は変化する。
4. おわりに:三つの視線が交差する場所
フェスが巨大な興行として発展するにつれ、安全管理や人員確保、アクセスの平準化、さらには転売対策や現場デザインのブラッシュアップといった「実務」の重要性は、現在の大型フェスを語るうえで無視できない要素になっている。データや合理性、テクノロジー、あるいは事業構造の改革なしに数十万人規模のイベントを維持することは難しい現実がある。
現代のフェス文化を紐解くとき、そこには主に三つの視線が交差している。
一つ目は、安全管理やデータ分析、事業構造改革といった実務と経営論理でイベントを成立させようとする「主催者の語り」。二つ目は、その一次発言を切り出し、要約や強調によって独自の物語へと再構築するメディアの編集と、それを拡散する「ネット空間の視線」。そして三つ目は、サービス面だけでなく、主催者の美学やカルチャーへの愛、場の一体感などに対して示される「観客側の受容と反応」である。
どの語り口が正しく、どの姿勢が遅れているかという単純な判定を下す必要はない。主催者による語りの多様化、メディアによる文脈の再解釈、そして観客側の反応——この三つの視線が衝突し、あるいは交差する場所で起きる現象そのものが、現代の日本のフェスシーンのリアルな姿を映し出している。
出典(本文中の発言・データの根拠)
佐潟敏博氏インタビュー:新潟日報「3日間ハード 運営は優しく」(2025年)
日高正博氏×花房浩一氏対談:fujirockers.org「【日高正博×花房浩一対談】はじまりの2人」(2026年3月14日)
海津亮氏インタビュー:Musicman「Musicman’s RELAY 第223回」(2025年)
田中力弥氏・大橋麻里奈氏インタビュー:デザインのお仕事「『カルチャー』への探求心。ロッキング・オンのインハウスデザイナーが語るクリエイティブの本質」(2025年6月26日)
鹿野淳氏インタビュー:CINRA.NET「鹿野淳が語る、ロックフェスの信念と『VIVA LA ROCK』の真実」(2019年)
有泉智子氏インタビュー:読売新聞「『ビバラ』初の屋外開催へ…プロデューサー・有泉さんに聞く」(2026年1月16日)
有泉智子氏メッセージ:VIVA LA ROCK公式サイト「MESSAGE 2026.05.11」(2026年5月11日)
清水直樹氏インタビュー:EYESCREAM「祝25周年!! サマソニに込めた想いをクリエイティブマン清水代表にIsaac Y. Takeuが訊く。」(2026年7月31日)
堀義人氏インタビュー:Musicman「『茨城のフェス文化の灯を消すな!』LuckyFes開催の決断とそのヴィジョン」(2022年2月)
堀義人氏インタビュー:BARKS「【インタビュー】音楽フェスを経営学で再定義する、堀義人のLuckyFes成長戦略」(2026年6月26日)
LuckyFes貴賓席発言の拡散経緯:まとめダネ!掲載記事(2022年)
