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​ろろろのめ第63回 フェスとメディアはなぜ「真ん中」を見失うのか——好景気の数字とアルゴリズムの罠

​ろろろのめ第63回 フェスとメディアはなぜ「真ん中」を見失うのか——好景気の数字とアルゴリズムの罠

​【概要文】

大手企業の夏ボーナスは過去最高、それでも84.5%が「景気回復を実感していない」と答える。この数字のねじれは、フェスとメディアの現場にもそのまま存在している。サマソニ直前、「真ん中の客層」を見失ったまま進む音楽業界への視点。

​【ハッシュタグ】

#音楽 #フェス #経済 #日本 #メディア論 #サマソニ #サマソニ2026 #TateMcRae #ZaraLarsson #BABYMETAL #Ado #お金について考える #フェス記録


​はじめに:104万円のボーナスと「84.5%」の違和感

​経団連が発表した大手企業の夏ボーナス妥結額は、前年比7.04%増の104万2537円。比較可能な1981年以降で過去最高を更新し、夏季として初めて100万円の大台を突破した。

​だが、同じニュースに添えられた世論調査の数字はあまりにも対照的だ。実に「84.5%」の回答者が「景気回復を全く実感していない」と答えている。

​平均値として弾き出される「好景気」の数字と、大多数が抱く「物価高とインフレへの切迫感」。この二つの強烈なギャップは、今の日本社会を象徴する風景だ。同時に、日本人の約3割が新NISAなどの投資口座を開設し、将来への資産防衛と「今しかできない体験(ライブやフェスなどの体験消費)」へメリハリをつけてお金を投じる時代でもある。

​一見すると、チケット代が高騰してもライブが売り切れる現象は「音楽業界の好調」に見えるかもしれない。しかし、その内実を紐解くと、経済データと同じ構造的欠陥が浮かび上がる。

​メディアとプロモーターが「真ん中の客層」のリアルな動きを捉え損ね、市場の現在地を追認できないまま空洞化している、という現象だ。

​1. 海外からの反応と「周回遅れ」の批評空間

​海外の音楽コミュニティやSNSの反応を追っていると、「なぜ日本人はAdoやBABYMETALを正当に評価しないのか?」という趣旨の投稿を目にすることがある。世界最高峰のステージやストリーミング上で実績を残し、ジャンルや国籍の壁を崩している彼女たちに対して、国内の伝統的な音楽メディアや洋楽批評空間では、未だに「正当な洋楽/ロック」の枠組みから外れた異端として扱うか、旧来の選別意識で捉える記述が散見される。

​海外ポップスターに対する反応も同様だ。Tate McRaeやZara Larssonといった現行グローバル・ポップスの主役たちは、感度の高いリスナーのあいだでは日常的に消費され、ストリーミング上で巨大な熱量を生んでいる。しかし、日本のメディアや批評陣が彼女たちを大きく取り上げるのは、海外大型フェスでの反響を輸入するようなタイミングになってからだ。

​海外のリスナーと同じスピード感でリアルタイムに海外カルチャーを追う層が確実に存在する一方で、メディア側が彼ら「真ん中の客層」の受容体験を言語化・追認できる語彙を持っていない、という状況がそこにある。

​2. 「アルゴリズムの罠」とSNSのノスタルジー

​現場のリアルとメディア/プロモーターの認識のズレ。その背景には、SNSのアルゴリズムが作り出すタイムラインの偏向を「市場全体の需要」と誤認しやすい環境が存在する。

​X(旧Twitter)をはじめとするSNSのアルゴリズムは、強い固執や不満、ノスタルジーを伴う発言を優先してタイムラインの前面に押し出す性質を持つ。その結果、「昔のロックフェスは良かった」「これこそが正当な洋楽だ」という、過去のフェス環境に馴染みの深い層の発言が、過剰に可視化されやすくなる。

​アルゴリズムと適切に付き合い、画面の外にある現実世界の熱狂(ストリーミングやTikTok、グローバルなフロア)に向けて表現をアップデートしているアーティストが存在する一方で、プロモーター側がこの「SNS上の特定の声」を市場全体の代表値として受け取ってしまうと、現実世界の若年層やフラットな音楽ファンとの距離が開いていく。直近3年のフェス興行やメディアの発信において、この歪みは観察される。

​3. 「市場読解の粗さ」と「ピントのボケ」が引き起こす構造

​ここで注意すべきは、この問題を単なるベテラン批判や世代間の分断として処理することはできない点だ。

​時代に適応し、ストリーミングやSNSの回路を通じて10代〜20代の日常に自然と溶け込んでいるベテランもいれば、過去のファン層だけに閉じこもるベテランもいる。また「若年層」と言っても、TikTokのフレーズから入る高校生と、自費でフェスに通いグローバル・ポップスを横断する25歳前後とでは、見ている景色も消費行動も全く異なる。

​こうしたグラデーションに対して、「市場読解の粗さ」や「社会を見る際のピントのボケ」が生じたとき、以下のような循環構造として事態を観察することができる。

​​1.プロモーター/メディアが、アルゴリズム上の偏りを前提とした企画やラインナップを提示する。

​2.過去の成功体験を持つSNSユーザーが、その情報に反応し、従来の規範で論評・拡散させる。

​3.SNSのアルゴリズムが、その極端な声をさらにブーストして拡大表示する。

​4.プロモーターがそれを見て「これが市場のリアルだ」と認識し、次の興行に反映させる。

​SNS上で人口のわずか数%が騒いでいる話題や偏った意見が、アルゴリズムによって「全体の大問題」や「主流の需要」として強調される。その結果、本当の現実が不可視化されていく。

​おわりに:画面の「外」にある現実世界

​「インディーとメジャー」「洋楽と邦楽」「ロックとポップス」を厳密に分け、特権化して愛でる消費行動は、社会とカルチャーに経済的・文化的余裕があった時代背景の中で機能していた側面がある。すべてがクラスタ化(「その他」化)した現代においては、それぞれのクラスタが小さく分断された状態で存在する。

​数字上の平均値(ボーナス過去最高)と人々の実感(景気感なし84.5%)が乖離しているように、アルゴリズムが提示する「声のデカいノスタルジー」と、実際のフロアに集まる人々の熱量との間にも、同様の乖離が存在している。

​画面を伏せた「アルゴリズムの外」には、国境もジャンルもタイムラグもなく、圧倒的なクオリティと体験に直接お金を払い、熱狂している「真ん中の客層」の姿がある。

​サマソニをはじめとする今夏のフェス現場のフロアで、実際に誰がどのように音を浴び、どのような熱量を生み出しているのか。その現場の事実が、そこにある。


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