【死と再生】父の一言
下記の記事の夢に関連して、自分にとって心理的な「死と再生」の体験と思われる出来事を、整理している。
実体験1は、少年期の出来事(水泳の授業)、
実体験2は、青年期の失敗経験(夜の工場)、
実体験3は、大学サークルでの思い出(新歓コンパ)であった。
実体験4は、人生の転機。大学進学時の進路選択である。
実体験4
私の第一志望は国立大学、第二志望は私立大学だった。
そして1年目は、第二志望のみ合格。2年目も、第二志望のみ合格。
私は、どうしても第一志望に入りたかった。だめなら、さらに1年。何年でも挑戦するつもりだった。そんなふうに第一志望への執着を胸に抱えている私を見て、父が話しかけてきた。
「第二志望も一流大学だろう。行ったらどうだ。」
たしかに、第二志望は評判の良い大学だった。
それでも第一志望は、昔から入りたかった大学だった。私の口からは「うん」とも「いや」とも出てこなかった。
まして、私立はお金もかかる。
少しの沈黙と、いくつかの言葉のやりとりのあと、父はこう言った。
「第二志望だって立派だよ。
……お前が羨ましいよ。」
お前が羨ましい。……
そのひと言が、私の気持ちを一気に変えた。父の気持ちが真っ直ぐに私の背を押した。
第二志望に行こう。そう思った。
父の最終学歴は、旧制中学だ。あと一年通えば高卒となるはずのところを、早く社会に出たくて退学した。その父が口にする「羨ましい」には、千金の重みがあった。学歴がないために味わった数々の悔しさ、その中で育まれた願い、…そういったものが、あの一言の奥に確かに込められていた気がする。
考察
今にして思えば、あれも一つの「死」と言えるのだろう。
それは、第一志望へのこだわりの死であり、執着の死であった。
この時期、私は第一志望に合格することだけを人生の正解のように思い込んでいた。その信念は、努力を支えてくれたが、同時に他の道を拒む壁にもなっていた。
しかし、父の「羨ましい」のひと言は、その壁を一気に崩し去った。
不思議な安堵感があった。喪失感はほとんど無かった。父が自分の人生からストレートに放った一言が、私の視野を一気に広げてくれた。そこに現れたのは、第一志望ではないが、確かに自分が歩んでよい道だった。
ひとつの大学に執着し始めたのは、いつごろからだったのだろう。もともとの志望は、違っていたはずだ。
子供のころは、宇宙パイロットになりたかったのではないのか。SFが好きだったのではないのか。理科に夢中になったのではなかったか。物理を操る予言者になりたいのではなかったのか。
「死」とは、必ずしも命の終わりだけを意味しない。価値観が根底から揺らぎ、それまでの自分が終わるときにも、私たちは小さな死を経験する。
そして、そのあとに始まる新しい生を「再生」と呼ぶことができる。
このたびは、冒頭に引用した記事の、子供の頃に見た怖い夢で出会ったあの人、人生の問いを発する扇の女性こそ現れなかった。だがあの春の日に、私の気持ちを転換した父の一言は、その夢と同じ心の深層から私に向かって放たれた矢であった。
私は「こだわりを抱えた私」を終わらせ、「生来の志望を取り戻した私」として再び歩き出した。
