見出し画像

#47 大学教員の憂鬱 高校訪問は意味があるのか

大学では、五月から七月にかけて、高校訪問という名の巡業が始まる。今年も、あちこちの高校へ向かった。

朝早く家を出る。電車に乗る。ときには新幹線に乗り、現地でレンタカーを借りることもある。そうして、高校へ向かう。

高校の先生と実際に話す時間は、だいたい十五分ほど。短いと五分。話が盛り上がると二十分。

この時間だけを見れば、あまり効率のいい仕事には思えない。話している十五分より、移動している時間の方がはるかに長い。

しかも、とんでもない場所へ行かされることもある。

せっかく遠くまで来たのだから、夜は飲みに行こうと思う。ところが、近くに食事をする場所がない。ようやく見つけた店が、月曜日だけ臨時休業していることもある。

ホテルの人に、

「裏にコンビニがありますから」

と言われて歩いてみたら、片道三十分だったこともある。

裏とは何なのか。

高校訪問には、いろいろある。

正直に言うと、最初のころは思っていた。

「これ、本当に意味があるのだろうか。」

大学のパンフレットなら郵送できる。ホームページもある。オンライン説明会もある。

わざわざ大学教員が高校まで出向く必要があるのか。そんなことを考えながら、高校訪問を続けてきた。

でも、何年も続けているうちに、考えが少し変わった。

最近の大学生を見ていると、僕が学生だった頃とは考え方がずいぶん違う。でも、それは悪いことではない。

時代が変われば、価値観も変わる。むしろ、その時代に合わせて進化しているのだと思う。

当然、高校生も同じだ。

だからこそ、高校へ足を運び、先生方から今の高校生の話を聞く意味がある。

パンフレットには書けないことがある。高校の先生だからこそ話してくださることがある。

「最近の受験生は、こんなことを気にしています。」

「この学科のここが、少し分かりにくいですね。」

「保護者は、こんな質問をされますよ。」

そんな何気ない一言が、大学では気づけなかった課題を教えてくれる。

問題は、その貴重な意見が翌年のパンフレットに反映されないことだ。

「ちゃんと伝えたんだけどな。」

毎年、だいたい同じことを思っている。

高校訪問は、大学を売り込むためだけの仕事ではない。高校から学ぶ時間でもある。

だから僕は、高校訪問には意味があると思っている。効率だけでは測れない仕事も、世の中にはあるのだ。

それでも、めんどくさいのには変わりない。笑

#46大学教員の憂鬱 休講か補講か2   
#45 大学教員の憂鬱休講か補講か
#44 noteをやってみてわかったこと4
#42 大学教員の憂鬱 祝日授業日という制度設計
#40大学教員の憂鬱 今、僕が教員に求めたい資質
#35大学教員の憂鬱:博士号で少しモヤッとする話
#20 神保町散歩、黒いカレーに呼ばれて

・シリーズで読む(マガジン)
大学教員の憂鬱
だから僕は旅にでる
ハラスメントからの脱出法

#さむらい#大学教員#大学教員の憂鬱#エッセイ#日常#休講#補講#オンデマンド授業

#さむらい #大学教員#大学教員の憂鬱#高校訪問#大学広報#大学教員の日常#エッセイ

いいなと思ったら応援しよう!

さむらい よろしければ応援お願いします!いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!