【53回目noteマネー掲載】第九十三章:消費税―二度鳴るレジ
第九十三章:消費税―二度鳴るレジ
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、もはや単なる議論ではない。
国会という公の場で、制度を運用する側が【自由主義経済においては、価格はきれいに転嫁されない】と自ら認めた【事件】の記録である。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継ぎ、そしてついに【決着】へと導いた瞬間を見てほしい。

――仕入税額控除を切れば、売上税へ戻る――
画面の中で、片山さつきが消費税について答えていた。
法律上、消費税の納税義務者は事業者である。
消費者が負担することは、価格への転嫁を通じて予定されている。
そして事業者の納付税額は、売上げに係る税額から、仕入れに係る税額を差し引いて計算する。
みおは、動画を止めた。
みお:
「消費税って、消費者がレジで払った税金を、お店が預かって国へ納めるんじゃないの?」
あおい:
「それなら、お店の納税額は、レシートに書かれた消費税額と同じになるはずだよね」
みお:
「違うの?」
あおい:
「同じレシートでも、お店の納税額は変わるよ」
みお:
「え?」
同じレシート、違う納税額
二つの店が、同じ商品を税込1100円で売ったとする。
どちらのレシートにも、こう書かれている。
内消費税 100円
ところが、二つの店が納める消費税は同じではない。
店Aは、その商品を税込990円で仕入れていた。
店Aの納税額は、
1100円 × 10/110 - 990円 × 10/110
=100円-90円
=10円
一方、店Bの仕入は0円だった。
店Bの納税額は、
1100円 × 10/110 - 0円
=100円
同じ税込価格。
同じ「内消費税100円」。
それでも、納税額は10円と100円に分かれる。
みお:
「同じレシートなのに、納税額が十倍も違うじゃないの!」
あおい:
「レシートに書かれた100円は、その店の納税額ではないからね」
みお:
「でも、消費者は100円の消費税を払ったんじゃないの?」
あおい:
「消費者がレジで支払ったのは、税込価格1100円だよ。
レシートの100円は、その税込価格の内訳として表示された消費税相当額なんだ」
みお:
「じゃあ、お店が実際にいくら納めるかは?」
あおい:
「レジでは決まらない」
消費税は、レジでは決まらない
事業者の納税額は、一回の買物だけを見て決まるのではない。
事業者が売上と仕入を帳簿で集計し、そこから計算する。
税率10%、すべて税込金額の単純なモデルなら、基本式はこうなる。
消費税=売上 × 10/110-仕入 × 10/110
まとめれば、
消費税=(売上-仕入)× 10/110
みお:
「レシートの消費税額を、そのまま納める式じゃないのね」
あおい:
「うん。最初に売上全体に対応する税額を計算して、そこから仕入に対応する税額を差し引く式だよ」
みお:
「最初に計算するのは、売上全体に対する税額?」
あおい:
「そう」
みお:
「それって、売上税じゃないの?」
あおい:
「まだ続きがある。そこから仕入分を引くんだ」
仕入税額控除という引き算
ある事業者の仕入は、その前の事業者にとっての売上である。
つまり、商品が複数の事業者を通って消費者へ届くとき、同じ商品の価格は、何度も売上として現れる。
そのたびに売上全体へ課税すれば、税は取引の段階ごとに積み重なってしまう。
そこで使われるのが、仕入税額控除である。
最初に、売上全体をレジへ通す。
ピッ。
次に、前の事業者から受け取った仕入分を差し引く。
「この部分は、前の取引段階から来たものです」
その確認ができるから、当段階で新しく加えた価値だけが残る。
売上-仕入=付加価値。
したがって、
消費税=付加価値 × 10/110
という形になる。
みお:
「仕入税額控除は、前のレジを通った部分を、もう一度数えないための仕組みなのね」
あおい:
「そう。仕入税額控除があるから、売上税が付加価値税になる」
仕入税額控除は、事業者に与えられた特典ではない。
それは、売上税の累積を防ぎ、税を付加価値税として成立させるための装置だった。
財務省モデルを、三段階に伸ばす
ここで、三つの事業者を置く。
すべて税込金額とする。
Aは課税事業者。
Aは、400万円の商品をBへ売る。
Bは免税事業者。
Bは、Aから400万円で仕入れ、150万円の価値を加えて、550万円でCへ売る。
Cは課税事業者。
Cは、Bから550万円で仕入れ、110万円の価値を加えて、660万円で売る。
つまり、Cが自分で生み出した税込付加価値は、
660万円-550万円=110万円
である。
インボイス導入前
インボイス導入前、CはBからの仕入550万円について、仕入税額控除を行うことができた。
Cの消費税は、
660万円 × 10/110-550万円 × 10/110
=60万円-50万円
=10万円
Cが生み出した付加価値110万円に対応する、10万円である。
仕入税額控除がゼロになった場合
Bがインボイスを発行できず、経過措置も終わり、Cの仕入税額控除が完全に認められなくなったとする。
Cの消費税は、
660万円 × 10/110-0円
=60万円
売上は660万円のまま。
仕入も550万円のまま。
Cが生み出した付加価値も110万円のまま。
それでも、Cの納税額は、
10万円から60万円へ増える。
みお:
「付加価値は110万円のままなのに、税額だけ六倍になってるじゃないの!」
あおい:
「仕入550万円を、税額計算から差し引けなくなったからね」
みお:
「だったら、計算式は……」
仕入税額控除がゼロになれば、式はこうなる。
消費税=売上 × 10/110-0円
つまり、
消費税=売上 × 10/110
みお:
「ただの売上税じゃないの!」
二度鳴るレジ
BからCへ渡った550万円を、三つの色に分けてみる。
黒いブロックは、Aから来た400万円。
赤いブロックは、Bが新しく加えた150万円。
青いブロックは、Cが新しく加えた110万円。
黒いブロック400万円は、Aの売上として、すでに一度課税されている。
ピッ。
Bは免税事業者なので、赤いブロック150万円に対応する税額を納付していない。
Cが生み出したのは、青いブロック110万円である。
ところが、Cの仕入税額控除が完全に切れると、Cの税額計算には、黒、赤、青を合わせた売上660万円が残る。
そして、売上660万円に対応する60万円が計算される。
ピッ。
みお:
「赤いブロックは、Bの段階で課税されていなかった」
あおい:
「うん」
みお:
「青いブロックは、Cが新しく作った価値」
あおい:
「そう」
みお:
「でも、黒いブロックは、Aのところで一度レジを通ってるじゃない!」
あおい:
「その黒いブロックまで、Cの売上税額の中に残る」
みお:
「同じ400万円で、レジが二度鳴った!」
これが、仕入税額控除を切断したときに起きる税の累積である。
仕入税額控除があるとき、消費税は付加価値税として働く。
仕入税額控除が一部削られれば、売上税の性質が混ざり始める。
仕入税額控除がゼロになれば、Cの計算は売上全体に対する税へ戻る。
取引が何段階も続けば、その売上税は各段階で累積していく。

増税圧が、市場圧へ変わる
Cが生み出した付加価値は110万円である。
しかし、Cの納税額は60万円になる。
C自身の付加価値110万円を分母に見れば、その54.5%に相当する金額である。
Cは、この50万円の負担増をどこかで吸収しなければならない。
Bへインボイス登録を求める。
Bへ値下げを求める。
Bとの取引をやめる。
自社の利益を削る。
賃金や賞与を削る。
投資や採用を減らす。
販売価格を上げる。
それでも耐えられなければ、市場から退出する。
みお:
「国がBに直接、登録しなさいと言ったわけじゃないのね」
あおい:
「先にCの仕入税額控除を削ったんだ」
みお:
「Cの納税額を増やして、CからBへ圧力をかけさせる」
あおい:
「帳簿上の増税圧が、市場では登録圧、値下げ圧、取引排除圧へ変わる」
インボイス制度によって作られる市場圧の出発点は、ここにある。
街
動画が終わった。
暗くなった画面に、みおの白い顔が映った。
みおは立ち上がり、窓の外を見た。
夕暮れの街。
小さな花屋。
文具店。
理髪店。
古い雑居ビルの二階で仕事を続けるデザイナー。
自分の身体と技術だけを頼りに働く人たち。
花屋へ、一人の会社員が入った。
会社員は、取引先へ贈る開店祝いの花を選んだ。
店主が、色鮮やかな花を一本ずつ束ねていく。
会計の直前、会社員が尋ねた。
「インボイス、出せますか?」
店主は、一瞬だけ手を止めた。
そして、申し訳なさそうに首を横に振った。
会社員は困った顔をした。
「すみません。会社から、登録店で買うように言われていて……」
花束は、レジの手前で店主の手へ戻された。
会社員は店を出て、駅前の大きなチェーン店へ向かった。
みお:
「あの花屋は、何か悪いことをしたの?」
あおい:
「何もしていないよ」
みお:
「花の値段も、仕事の内容も、昨日と同じなのよね?」
あおい:
「うん。変わったのは、買手が仕入税額控除をできるかどうかだけだ」
みお:
「一つの引き算が消えただけで、一つの取引も消えた」
あおいは、何も答えなかった。
駅前の店で、会社員が花束をレジへ置いた。
店員がバーコードを読み取る。
ピッ。
それは、一つの商品が売れた音だった。
同時に、小さな花屋から、一つの取引が消えた音でもあった。
レシートには、消費税額が印字されていた。
しかし、その数字からは、誰がいくら負担したのか分からない。
どの店の利益が削られたのか。
誰の賃金が削られたのか。
どの事業者が、取引から外されたのか。
レシートには、何も書かれていなかった。
消費税は、レジで決まる税ではない。
最初に売上税額を計算し、仕入税額を差し引くことで、付加価値税になっている。
その引き算を切れば、税は売上税へ戻る。
そして、前の取引段階を通った部分まで、もう一度レジを通り始める。
街のどこかで、またレジが鳴った。
ピッ。
その音は今日も、誰かの事業を削る音だった。

本章の要点
消費税は、レシートに表示された消費税相当額を、そのまま事業者が納める税ではない。
事業者の納税額は、売上税額から仕入税額を差し引いて計算される。
仕入税額控除があるから、売上税は付加価値税になる。
仕入税額控除を切れば、売上全体に対する税が残り、前段階で課税された取引高まで下流で再び数えられる。
インボイスによる仕入税額控除の縮小は、その引き算を段階的に削る制度である。
仕入を引けるから、付加価値税。
仕入を引けなければ、売上税。
※本稿は、標準税率10%、全額控除できる課税仕入のみを置いた単純モデルで、消費税とインボイス制度の計算構造を説明したものである。実際の申告では、軽減税率、非課税取引、課税売上割合、端数処理、簡易課税、各種特例などによって計算が異なる場合がある。
「運営がチートする。」
SSR【怪異017|公式チート】

レアリティ: SSR
属性: 制度/闇/運営
種族: 制度実装型怪異
危険度: ★★★★★★★★★★★★★★★
固有能力:
《ルール改変》
《控除チェーン切断》
《課税ベース膨張》
《通報先内在化》
フレーバーテキスト
制度を守るはずの公式が、
自らルールを書き換えたとき、
怪異は最終形へ至る。
税率は上がらない。
だが、引けるものが減る。
その結果、課税ベースは膨張し、
事業者負担は静かに増殖する。
しかも公式は、
それを**「適正化」**と呼ぶ。
効果説明
このカードが場に出たとき、
相手フィールドの**「控除」**を一部無効化する。
無効化された控除は、
そのまま課税ベースへ加算される。
さらに、このカードが存在する限り、
相手はこの効果を**「増税」**として認識しにくくなる。
真名
公式がルールを書き換え、
自分だけ勝てる仕様を実装した怪異。
弱点
構造の可視化
課税ベースの数式化
「何が控除できなくなったのか」という問い
通報先は、運営
誰が、この制度を不公正だと判定するのか。
誰が、控除切断による累積課税を修正するのか。
誰が、「増税ではない」という説明を覆すのか。
ルールを作ったのは、運営。
税収を受け取るのも、運営。
制度を説明するのも、運営。
苦情の受付先も、運営。
そして、最終的な裁定者も運営である。
みお:
「通報窓口は?」
あおい:
「運営です。」
みお:
「裁定するのは?」
あおい:
「運営だ。」
みお:
「税収を受け取るのは?」
あおい:
「運営。」
みおは、しばらく黙り込んだ。
そして、恐る恐る尋ねた。
みお:
「最終回答は?」
あおいは、画面に表示された文字を読んだ。
仕様です。
それが、運営がチートする世界の、最終裁定だった。

みお:
「あおい。
私たち、これからどうすればいいの?」
あおい:
「知ることだ。」
みお:
「知らなければ?」
あおいは、少しだけ街へ目を向けた。
あおい:
「今まで通りだ。」
知らないうちに、法案が国会を通過する。
気づかないまま、制度が作られる。
暮らしが削られる。
事業が削られる。
それでも、何が起きているのか分からない。
分からないから、問いを立てられない。
問いを立てられないから、反対することも、変えることもできない。
そして、削られていることに気づいても――
それを説明する言葉を持てない。
あおいは、短く言った。
「知らなければ、奪われたことさえ分からない。」
みおは、黙って街を見た。
どこかの店で、レジの音が鳴った。
ピッ。
今日もまた、誰かの売上に課税の当たり判定が置かれる。
誰かの控除が切られる。
誰かの利益が削られる。
けれど、その仕組みを知らなければ、ただの買い物の音にしか聞こえない。
もう一度、音が鳴った。
ピッ。
その音は――
今日も誰かを削る音だった。
【14年越しの答え合わせ】片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ
参考動画:
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、あえて繰り返す。
なぜなら、これは単なる国会質疑ではないからだ。
消費税という制度が前提としてきた「円滑かつ適正な価格転嫁」と、現実の市場で起きていること。
その二つが、国会という公の場で正面から衝突した「事件」の記録だからである。
自由主義経済において、価格は制度の予定通りには動かない。
原価が上がったからといって、その全額を価格へ転嫁できるとは限らない。
消費税率が上がったからといって、その分だけ売価を上げられるとも限らない。
価格転嫁できなくても、消費税の負担は消えない。
事業者の利益、賃金、賞与、投資、資金繰りへと移っていく。
その瞬間、消費税の問題は「価格転嫁」の問題ではなく、税金コストを誰に負わせるかという問題へ変わる。
2012年。
一人の政治家が、その危険性を国会で指摘していた。
片山さつき議員である。
そして14年後。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
これは、制度の外から制度を批判していた者が、制度の頂点へ立ったとき、どのように言葉を変えるのかという記録でもある。
2012年、彼女はすべてを知っていた
「もう、手のつけられないようなことになりますよ」
2012年。
野党時代の片山さつき議員は、消費税増税が経済へ与える影響について、強く警告していた。
住宅。
地方経済。
中小零細企業。
街の蕎麦屋。
普通の床屋。
価格を上げたくても上げられない、小さな事業者たち。
片山議員は、消費税が単なる「消費者の負担」では終わらないことを、具体的な例で指摘していた。
たとえば、街の蕎麦屋である。
今、お蕎麦屋さんは税込み630円でお蕎麦を出していますけど、660円にできますかね?
これは、単なる問いではない。
消費税の制度と市場の現実を知る者が、問いの形で提示した答えである。
全国一律の価格を持つ大手チェーンなら、まだ値上げしやすいかもしれない。
しかし、地域の客に支えられている小さな店はどうか。
街の蕎麦屋はどうか。
普通の床屋はどうか。
値上げによって客を失う可能性がある店に、「税率が上がったのだから、その分を価格へ転嫁すればよい」と簡単に言えるだろうか。
片山議員は当時、年間売上3000万円以下の中小零細企業について、5割から7割が価格転嫁できていないという調査があると述べていた。
さらに、滞納税額の約半分に当たる3400億円が消費税であるとも指摘した。
つまり、彼女は知っていた。
消費税は「価格へ転嫁されることを予定している」と説明される。
しかし現実の市場では、弱い立場の事業者ほど、その予定通りに転嫁できない。
消費税は、制度の予定と市場の現実が一致しなければ成立しない税だった。
2012年の片山さつきは、その矛盾を知っていた。
14年後、問いが戻ってきた
それから14年後。
今度は、参政党の国会議員として国政に復帰した安藤裕が、同じ問題を国会で問い始める。
答弁席に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
安藤議員が最初に確認したのは、消費税の納税義務者である。
法律上、消費税を納める義務を負っているのは誰なのか。
消費者なのか。
事業者なのか。
答弁は明確だった。
消費税法上の納税義務者は、事業者である。
政府は消費税について、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定していると説明する。
しかし、それは経済的な負担についての予定である。
税法上の納税義務とは別の話だ。
税法上、消費者は消費税の納税義務者ではない。
消費税を申告し、納付するのは事業者である。
ここで安藤議員は、さらに問いを進めた。
消費者から受け取った消費税を税務署へ納めず、事業者が自分の利益にしているとされる、いわゆる「益税」は制度上存在するのか。
これに対して片山財務大臣は、法律上はそのような関係にはならないと答えた。
消費者は、消費税法上の納税義務者ではない。
したがって、消費者が納めるべき税金を事業者が預かり、それを国へ納めずに利益にしているという法構造にはならない。
法律上、益税は存在しない。
ここで、長年語られてきた消費税の物語が揺らぎ始める。
完全転嫁という幻想
多くの人は、消費税を次のように理解している。
まず原価がある。
そこに適正な利益を乗せる。
そして、その上に消費税10%を上乗せする。
消費者がその10%を支払い、事業者が一時的に預かり、後から税務署へ納める。
このモデルでは、消費税によって事業者の利益が削られることはない。
人件費も削られない。
消費税は売価の外側へ完全に上乗せされ、最終消費者がすべて負担するからである。
しかし、このモデルが成立するためには、強い前提が必要になる。
すべての事業者が、原価と必要な利益を確保したうえで、消費税相当額を完全に価格へ上乗せできること。
つまり、価格転嫁率100%の市場である。
もし本当に、すべての取引がこの通りに行われているなら、赤字企業はほとんど存在しない。
低賃金労働者もいない。
買いたたきもない。
利益を確保したうえで、消費税分まで価格へ上乗せできるのだから、消費税を払えずに資金繰りへ行き詰まる事業者も存在しないはずである。
だが、現実は違う。
赤字企業がある。
低賃金労働者がいる。
買いたたきがある。
価格交渉力の弱い事業者がいる。
値上げすれば客を失う店がある。
原材料費が上がっても、売価へ十分に転嫁できない事業者がいる。
「原価+適正な利益+消費税」という美しいモデルは、現実の市場を表したものではない。
それは、制度を成立させるために置かれた予定である。
赤字でも消費税が発生する理由
消費税の納付額は、大まかに次の式で計算される。
消費税
=
売上にかかる税額 − 仕入れにかかる税額
標準税率10%、すべて税込金額という単純なモデルなら、次のように表せる。
消費税
≒
(課税売上 − 課税仕入)× 10/110
ここで重要なのは、法人税のように、売上からすべての費用を差し引いて利益を計算しているわけではないという点である。
給与や社会保険料、支払利息など、事業に必要な支出であっても、仕入税額控除の対象にならないものがある。
そのため、法人税上の利益が赤字であっても、
課税売上 − 課税仕入 > 0
であれば、消費税は発生する。
事業者が赤字か黒字かは、消費税の計算を止めない。
消費税は、利益ではなく、課税売上と課税仕入の差額を見ているからである。
一般に、事業者は仕入れた商品へ何らかの価値を加えて販売する。
100円で仕入れた商品を、毎回50円で売り続ける事業は成立しない。
100円の原材料を使い、50円で製品を売り続ける製造業も成立しない。
したがって、事業を継続している限り、一般には、
課税売上 − 課税仕入 > 0
となる。
企業全体では赤字でも、この差額は残り得る。
だから、赤字事業者にも消費税が発生する。
赤字でも「消費税が発生することがある」のではない。
事業が付加価値を生み出している限り、赤字でも消費税が発生する構造なのである。
付加価値の先取り
課税売上から課税仕入を差し引いたものは、概ね、その事業者が新しく生み出した付加価値に対応する。
単純化すれば、
付加価値
≒
課税売上 − 課税仕入
さらに、その付加価値は概ね、
付加価値
≒
利益 + 人件費
と捉えることができる。
したがって、消費税の構造は、概ね次の式で表せる。
消費税≒ 付加価値 × 10/110
さらに単純化すれば、
消費税≒(利益 + 人件費)× 10/110
となる。
ここで、何が起きているのか。
事業者が生み出した付加価値という一つのパイがある。
本来、その付加価値は、労働者の賃金と、企業の利益などに分配される。
しかし、消費税がある世界では、その分配より先に、国の取り分が決まる。
国が消費税を先に取る。
残った付加価値を、法人と労働者が分ける。
価格へ完全に転嫁できるなら、事業者の外側へ負担を押し出せるかもしれない。
しかし、価格転嫁できなければ、消費税は付加価値の内部に残る。
利益を削る。
賃上げ原資を削る。
賞与を削る。
採用を抑える。
設備投資を遅らせる。
資金繰りを圧迫する。
税負担が消えるわけではない。
負担する場所が変わるだけである。
安藤議員が述べた「賃上げする原資を持っていく前に、消費税を納税しろと言われている」という言葉は、この構造を表している。
消費税は、付加価値という一つの財布から、国が先に取り分を確保する税である。
その残りを、法人と労働者が分ける。
これが、「付加価値の先取り」である。
レシートに書かれた「内消費税」
安藤議員は、レシートの表示にも踏み込んだ。
たとえば、1100円の商品を買ったとする。
レシートには、
「内消費税100円」
と書かれている。
では、この100円は法律上、何なのか。
政府側の答弁は、次のようなものだった。
その取引について課されるべき消費税額に相当する額であり、課税資産の譲渡等の売上に対する対価の一部である。
つまり、レシートに「消費税」と書かれていても、それは消費者が税務署へ納めた税金そのものではない。
事業者が消費者から預かった税金そのものでもない。
事業者がそのまま税務署へ納付する金額でもない。
その売価で取引が成立したという事実と、その税込価格の内訳が表示されているだけである。
レシート表示からは、実際にいくら価格転嫁されたのか分からない。
事業者がいくら納付するのかも分からない。
その取引によって、事業者の利益がいくら残ったのかも分からない。
それでも、多くの人は「内消費税100円」という表示を見ることで、自分が100円の税金を納めたと認識する。
そして、事業者はその100円を預かっているだけだと考える。
ここから、「預かった税金を納めない免税事業者はずるい」という益税の物語が生まれる。
しかし、法構造は違う。
消費者は納税義務者ではない。
レシートに書かれた100円は、売上の対価の一部である。
事業者の納付額は、レシートの表示額ではなく、売上税額と仕入税額の差額によって決まる。
レシートは、価格転嫁に成功した証拠ではない。
預り金が存在する証拠でもない。
そこに記録されているのは、
「その価格で、一つの取引が成立した」
という事実である。
2012年の言葉と、2026年の言葉
2012年の片山さつき議員は、市場の現実を語った。
街の蕎麦屋は、630円を660円にできるのか。
中小零細企業は、本当に消費税を価格へ転嫁できているのか。
価格を上げられない事業者に、消費税は何をもたらすのか。
彼女は、制度の予定ではなく、現場で起きていることを見ていた。
それから14年後。
財務大臣となった片山さつきは、制度を守る側の言葉を語る。
消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定している。
消費税相当額は、適切に価格へ転嫁される。
同じ人物の中に、二つの言葉が存在する。
市場の現実を見る言葉。
制度の予定を守る言葉。
片山さつきは、なぜ言葉を変えたのか。
本当に考え方が変わったのかもしれない。
財務大臣として税制全体を守らなければならないのかもしれない。
党内の力学や、財務省との関係が影響したのかもしれない。
あるいは、本質的な認識は変わっていないまま、立場によって使用する言葉だけが変わったのかもしれない。
その答えは、本人にしか分からない。
だが、確かなことが一つある。
2012年に指摘されていた問題は、14年後も解決していない。
価格転嫁できない事業者がいる。
赤字でも消費税が発生する。
消費税の滞納が続いている。
賃上げが必要だと言いながら、賃上げ原資から先に消費税を取る構造が維持されている。
そして今も、政府は消費税を「景気に左右されにくい安定財源」と説明する。
だが、景気に左右されにくいということは、裏返せば、景気が悪くても取り続けるということである。
人々の生活が苦しくても。
企業の経営が苦しくても。
赤字でも。
資金繰りが限界でも。
付加価値が残る限り、消費税は発生する。
それを、本当に「安定」と呼んでよいのだろうか。
これは事件の記録である
14年前、片山さつきは問いを残した。
そして今、安藤裕がその問いを引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
2012年の片山さつきは、市場の現実を語った。
2026年の片山財務大臣は、制度の予定を語った。
変わったのは、市場ではない。
彼女が座る椅子だった。
制度の外から市場を見れば、価格転嫁できない事業者が見える。
制度の頂点から税制を見れば、「円滑かつ適正に転嫁されることを予定している」という説明になる。
事実が変わったのではない。
観測する位置によって、使用する言葉が変わった。
制度という怪異の頂点に座った者は、その構造を守るための部品として再定義される。
14年前の彼女の言葉が正しければ正しいほど、現在の答弁は、この国の政治が市場の現実よりも制度の維持を選んだことの証明になる。
これは、片山さつき一人の変節を責める物語ではない。
誰がその椅子へ座っても、同じ言葉を語らざるを得ないのだとしたら、問題は個人ではなく構造にある。
だから、問いに向き合わなければならないのは、彼女だけではない。
その変節を制度の「仕様」として受け入れ、今日もレジの音を聞き流している、私たち自身である。
失われた30年をもたらしたのは、果たして誰なのだろうか。
これは、事業者だけの問題ではない
3割特例の先で、すべての事業者が増税になるわけではない。
しかし、第4種・第5種・第6種の簡易課税へ移る事業者や、本則課税で仕入控除率が70%を下回る事業者は、3割特例よりも税負担が増える。
財務省モデルなら、その負担はこう動く。
10万円。
15万円。
そして、業種によっては、
20万円。25万円。30万円。
価格転嫁できれば、取引先や消費者の負担が増える。
価格転嫁できなければ、事業者の所得、貯蓄、設備投資、そして生活費が削られる。
どちらに転んでも、新しく生まれた付加価値ではない。
付加価値は増えない。
税負担だけが増える。
その負担に耐えられなくなった事業者は、やがて市場から消えていく。
消えるのは、帳簿の上の「免税事業者」ではない。
街の店である。
地域の職人である。
荷物を運ぶ人である。
企業の仕事を裏側で支える、ライター、デザイナー、エンジニア、カメラマン、清掃員、外注スタッフである。
市場から供給者が消えれば、商品も、サービスも、技術も、雇用も、消費者の選択肢も失われる。
これは、誰が消費税を納めるかというだけの話ではない。
日本の市場から、誰を消すのかという話である。
みおは、街を見た。
暖簾の向こうで、店主が会計端末を操作していた。
税込630円の蕎麦を、660円にできないまま。
やがて、小さな電子音が鳴った。
ピッ。
みお:
「救済が終わったら、さらに増税されるの?」
あおい:
「本人の労働で付加価値を生み出している事業者ほど、その可能性がある。」
みお:
「それ、救済じゃないわ。」
「増税を、少しずつ見せているだけじゃないの!」
3割特例は、終着点ではない。
その先には、通常の課税へ移行するための次の段階が待っている。
この事実を、まだ多くの小規模事業者は知らない。
もし、あなたの周りにインボイス登録した個人事業主や、小さな会社を営む人がいるなら、この記事を届けてほしい。
賛成か反対かを決める前に、まず、自分の税負担がこれからどう変わるのかを知ってほしい。
タイマーは、すでに動いている。
ピッ。
その音は今日も、誰かの生活を削り、誰かの事業を市場から消していく音だった。
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