【みおとあおい】第九十一章:消費税―付加価値の先取り―二人のカタヤマ
第九十一章:消費税―付加価値の先取り
――二人のカタヤマ――
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、もはや単なる議論ではない。
国会という公の場で、制度を運用する側が【自由主義経済においては、価格はきれいに転嫁されない】と自ら認めた【事件】の記録である。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継ぎ、そしてついに【決着】へと導いた瞬間を見てほしい。

――国が先に取り、法人と労働者が残りを分ける――
画面の中で、片山さつきが質問していた。
2012年3月16日。
参議院予算委員会。
まだ財務大臣ではなかった頃の片山は、デフレ下での消費税増税が、中小零細事業者へ与える影響を追及していた。
『今、お蕎麦屋さんは、税込み630円で出していますが、660円にできますかね?』
全国一律のフランチャイズなら値上げできても、町の理髪店に同じことができるのか。
そして、こう指摘した。
「年間売上げ3000万円以下の中小零細の五割、七割が転嫁ができていない」
さらに、当時の滞納税額の半分、3400億円が消費税であると続けた。
みおは、そこで動画を止めた。
みお:
「ちゃんと分かってるじゃない」
あおい:
「何を?」
みお:
「消費税を価格へ上乗せできない事業者が、大勢いること」
あおい:
「そうだね」
みお:
「価格へ上乗せできなければ、その消費税は誰が払うの?」
あおい:
「事業者の持っているお金から納めることになる」
みお:
「それって、事業者負担じゃないの?」
あおい:
「少なくとも、転嫁できなかった部分についてはね」
画面が切り替わった。
今度は、財務大臣になった片山さつきが映っていた。
毎月納税で、消費者が支払った消費税が、事業者の運転資金などへ流用され、滞納になることを防ぐ。
消費税は、消費者からの「預り金的性格」を持つ。
政府側の言葉で、そう説明していた。
みお:
「同じ人よね?」
あおい:
「うん」
みお:
「昔の片山議員は、五割、七割が転嫁できていないと言っている」
あおい:
「うん」
みお:
「今の片山財務大臣は、消費者が支払った消費税だと言っている」
あおい:
「そうだね」
みお:
「カタヤマ同士が戦ってるじゃない!」
名前を消して、計算式を見る
「消費税」という名前を、いったん忘れてみよう。
レシートに印字された「内消費税」という表示も忘れる。
制度が実際に何を見ているのか、計算式だけを取り出す。
以下では、構造を分かりやすくするため、すべて税込金額、税率10%、標準税率だけの単純な取引として考える。
また、簡易課税、非課税売上、インボイスによる控除制限、端数処理などは考えない。
事業者が納付する消費税は、次の式で計算される。
消費税
=
課税売上 × 10/110 - 課税仕入 × 10/110
式をまとめる。
消費税 =(課税売上-課税仕入)× 10/110
ここで、
税込付加価値 = 課税売上-課税仕入
と置く。
すると、
消費税 = 税込付加価値 × 10/110
となる。
みお:
「買物をした消費者の所得も、家族構成も、何も入っていない」
あおい:
「うん」
みお:
「事業者の売上から、事業者の仕入を引いているだけ」
あおい:
「税額計算が直接見ているのは、事業者が生み出した付加価値だよ」
みお:
「消費税って、付加価値に課税してるじゃない!」
当たり前の話である。
日本の消費税は、各取引段階で生み出された付加価値へ課税する、多段階型の付加価値税である。
ところが、一般向けの説明では、この計算式よりも、買物をしたときに10%を支払う場面ばかりが強調される。
そのため、消費税が事業者の付加価値を課税ベースとしているという、制度の中心部分が見えにくくなる。
付加価値という一つの財布
では、事業者が生み出した付加価値は、最終的にどこへ行くのか。
構造だけを見るため、金融費用、非課税支出、減価償却に伴う会計上の期間差などは省略する。
税込付加価値は、おおむね三つに分かれる。
税込付加価値 ≒ 人件費+利益+消費税
例えば、税込付加価値が110万円だったとする。
納付する消費税は、
110万円 × 10/110 = 10万円
残る100万円を、法人と労働者が分ける。
110万円 = 消費税10万円+人件費・利益100万円
式を税抜側から見れば、
消費税 ≒(利益+人件費)× 10%
となる。
みお:
「付加価値を、法人と労働者だけで分けているんじゃない」
あおい:
「国も分配に参加している」
みお:
「しかも、国の取り分は、売上と仕入から機械的に決まる」
あおい:
「それが消費税だよ」
ここでいう「国が先に取る」とは、賃金を支払うより先に、税務署へ現金を振り込むという意味ではない。
法人の最終利益が黒字か赤字かにかかわらず、課税売上と課税仕入の差から、国の取り分が独立して確定するという意味である。
法人と労働者が最終的に分けられるのは、その税負担を処理した後に残る付加価値である。

赤字でも、国の取り分は消えない
数字を入れてみよう。
ある事業者の課税売上が660万円。
課税仕入が550万円だったとする。
税込付加価値は、
660万円-550万円 = 110万円
納付する消費税は、
110万円 × 10/110 = 10万円
ここで、人件費が120万円かかっていたとする。
事業者の利益は、
110万円-120万円-10万円 = マイナス20万円
20万円の赤字である。
それでも、消費税10万円は発生する。
式を並べると、こうなる。
税込付加価値110万円
=
人件費120万円+利益マイナス20万円+消費税10万円
みお:
「会社は赤字なのよね?」
あおい:
「20万円の赤字だね」
みお:
「それでも、消費税は10万円?」
あおい:
「利益ではなく、付加価値を課税ベースにしているからね」
みお:
「赤字でも消費税が発生することがあるんじゃない」
あおい:
「売上が課税仕入を上回って付加価値が残る限り、最終利益が赤字でも発生し得る」
法人税は、法人の利益がなければ発生しない。
しかし、消費税は、利益よりも手前にある付加価値を課税ベースとしている。
だから、最終利益が赤字の事業者からも徴収できる。
消費税が景気に左右されにくい安定財源とされる理由の一つも、ここにある。
法人の利益が消えても、人件費を含む付加価値まで、直ちに消えるわけではない。
国は、その付加価値から取り分を確保できる。
価格転嫁は、納税条件ではない
政府は、消費税を価格へ転嫁し、最終的には消費者が負担することを予定していると説明する。
しかし、「予定している」ということと、「現実に全額転嫁された」ということは同じではない。
事業者の納税額は、実際にいくら価格転嫁できたかを調査して決めるわけではない。
転嫁できなかったからといって、納税額が自動的に減るわけでもない。
価格転嫁は、納税義務の成立条件ではない。
価格転嫁とは、発生した納税コストを販売価格から回収するための経営上の行動である。
転嫁できれば、その負担の一部または全部を、価格を通じて買手側へ移せる可能性がある。
転嫁できなければ、納税コストは事業者の付加価値へ残る。
そして、同じ付加価値を分け合っている法人と労働者が、その調整を受ける。
利益が減る。
賃上げや賞与が抑えられる。
採用や設備投資が先送りされる。
事業者自身の生活費が削られる。
資金が尽きれば、滞納や廃業へ向かう。
もちろん、個別企業で必ず人件費だけが削られるわけではない。
負担は、価格、販売数量、利益、賃金、雇用、投資、取引条件などへ分散する。
しかし、どこへ分散しても、消費税の納税コストそのものが市場から消えるわけではない。
みお:
「消費者が必ず全額負担する税じゃない」
あおい:
「実際の負担者は、価格転嫁と市場の力関係によって変わる」
みお:
「でも、税務署は市場の力関係を見ない」
あおい:
「売上と仕入を見て、事業者へ課税する」
みお:
「やっぱり、事業者に発生する税金コストじゃない!」

カタヤマ対カタヤマ
みおは、最初の動画へ戻った。
2012年の片山議員は、デフレ下の蕎麦屋へ問いかけていた。
『今、お蕎麦屋さんは、税込み630円で出していますが、660円にできますかね?』
町の理髪店が、全国チェーンと同じように値上げできるのか。
中小零細の五割、七割が、転嫁できていないという調査がある。
滞納税額の半分、3400億円が消費税である。
この発言は、全ての事業者が消費税を完全に価格転嫁できるわけではないことを、片山自身が認識していたことを示している。
一方、財務大臣となった片山は、毎月納税にすることによって、消費者が支払った消費税が事業者の運転資金へ流用されることを防ぎ、滞納を未然に防止するという説明をしている。
そして、消費税を「預り金的性格」を持つ税として語る。
みお:
「現在の片山財務大臣を追及する証人を呼びます」
あおい:
「誰を?」
みお:
「2012年の片山さつき議員です!」
あおい:
「本人じゃないか」
みお:
「証人は、中小零細の五割、七割が転嫁できていないと証言しています!」
あおい:
「完全転嫁を前提にした説明への、有力な反証だね」
みお:
「転嫁できなかった消費税は、消費者から預かったお金なの?」
あおい:
「受け取っていないものは、預り金にはできない」
みお:
「財務大臣、反論を!」
画面の中で、二人のカタヤマが向かい合った。
過去のカタヤマは、価格転嫁できない現場を見ていた。
現在のカタヤマは、消費者が支払った税金という制度の言葉を語っていた。
敵と味方が入れ替わったのではない。
立場が変わると、使用する言語体系が切り替わったのである。
付加価値の先取り
消費税の構造を、もう一度、一つの式に戻す。
税込付加価値 ≒ 消費税+人件費+利益
消費税は、付加価値の外側から降ってくるお金ではない。
事業者が生み出した付加価値という、同じ一つの財布から支払われる。
価格転嫁に成功すれば、価格を通じて買手側へ負担を移せる可能性がある。
しかし、その買手にも予算の制約がある。
値上げによって販売数量が落ちれば、事業者の売上と付加価値も減る。
価格転嫁に失敗すれば、法人の利益や、労働者へ分配できる原資が削られる。
どちらへ転んでも、国の取り分だけは、課税売上と課税仕入の差から計算される。
それが、付加価値の先取りである。
みお:
「消費税は、消費者の財布から自動的に現れるお金じゃない」
あおい:
「事業者の付加価値に対して、国の取り分を設定する税だよ」
みお:
「その残りを、法人と労働者が分ける」
あおい:
「転嫁できなければね」
みお:
「昔の片山議員は、それを知っていた」
あおい:
「少なくとも、転嫁できない事業者が多数いることは知っていた」
街
動画が終わった。
暗くなった画面に、みおの白い顔が映った。
みおは立ち上がり、窓の外を見た。
夕暮れの街。
小さな飲食店。
花屋。
理髪店。
古い雑居ビルの二階で、明かりをつけて仕事を続ける人。
店の売上から、商品の仕入代や家賃、電気代が支払われる。
そこから残った付加価値で、従業員の給与や金融費用が支払われる。
事業者と家族の生活費が残される。
そして、その同じ付加価値から、消費税が取り出される。
花屋へ、会社員が入っていった。
開店祝いの花を買い、店主へ言った。
「領収書をお願いします」
店主が、小さなレジを操作する。
その花の価格に、消費税を全額上乗せできたのか。
競合店との価格競争で、利益を削ったのか。
店主自身の生活費を削ったのか。
レシートからは、分からない。
そこに印字された「内消費税」は、実際に価格転嫁できた金額を証明しない。
それが証明するのは、その価格で一つの取引が成立したという事実だけだった。
みお:
「あの店も、付加価値を国と法人と労働者で分けているのね」
あおい:
「転嫁できなければ、同じ一つの財布からね」
店主が、レジのボタンを押した。
ピッ。
小さな紙が、音を立てて吐き出された。
その紙には、誰が消費税を負担したのかは書かれていなかった。
誰の利益が減ったのかも。
誰の賃金が上がらなかったのかも。
誰の生活費が消えたのかも。
街のどこかで、またレジが鳴った。
ピッ。
その音は今日も、誰かを削る音だった。

参考資料
※本稿の数式は、消費税の構造を示すため、税込金額、標準税率10%、一般課税、課税売上割合100%、仕入税額の全額控除が可能な単純モデルとしている。実務では、軽減税率、非課税・不課税取引、課税売上割合、簡易課税、インボイス経過措置、端数処理などによって計算が異なる。
※「五割、七割」は、片山議員が国会で紹介した調査結果の表現を引用したものであり、全国一律の価格転嫁率が50%または70%だったことを意味するものではない。ただし、完全転嫁できない中小零細事業者が多数存在するという反例としては十分に機能する。
「運営がチートする。」
SSR【怪異017|公式チート】

レアリティ: SSR
属性: 制度/闇/運営
種族: 制度実装型怪異
危険度: ★★★★★★★★★★★★★★★
固有能力:
《ルール改変》
《控除チェーン切断》
《課税ベース膨張》
《通報先内在化》
フレーバーテキスト
制度を守るはずの公式が、
自らルールを書き換えたとき、
怪異は最終形へ至る。
税率は上がらない。
だが、引けるものが減る。
その結果、課税ベースは膨張し、
事業者負担は静かに増殖する。
しかも公式は、
それを**「適正化」**と呼ぶ。
効果説明
このカードが場に出たとき、
相手フィールドの**「控除」**を一部無効化する。
無効化された控除は、
そのまま課税ベースへ加算される。
さらに、このカードが存在する限り、
相手はこの効果を**「増税」**として認識しにくくなる。
真名
公式がルールを書き換え、
自分だけ勝てる仕様を実装した怪異。
弱点
構造の可視化
課税ベースの数式化
「何が控除できなくなったのか」という問い
通報先は、運営
誰が、この制度を不公正だと判定するのか。
誰が、控除切断による累積課税を修正するのか。
誰が、「増税ではない」という説明を覆すのか。
ルールを作ったのは、運営。
税収を受け取るのも、運営。
制度を説明するのも、運営。
苦情の受付先も、運営。
そして、最終的な裁定者も運営である。
みお:
「通報窓口は?」
あおい:
「運営です。」
みお:
「裁定するのは?」
あおい:
「運営だ。」
みお:
「税収を受け取るのは?」
あおい:
「運営。」
みおは、しばらく黙り込んだ。
そして、恐る恐る尋ねた。
みお:
「最終回答は?」
あおいは、画面に表示された文字を読んだ。
仕様です。
それが、運営がチートする世界の、最終裁定だった。

みお:
「あおい。
私たち、これからどうすればいいの?」
あおい:
「知ることだ。」
みお:
「知らなければ?」
あおいは、少しだけ街へ目を向けた。
あおい:
「今まで通りだ。」
知らないうちに、法案が国会を通過する。
気づかないまま、制度が作られる。
暮らしが削られる。
事業が削られる。
それでも、何が起きているのか分からない。
分からないから、問いを立てられない。
問いを立てられないから、反対することも、変えることもできない。
そして、削られていることに気づいても――
それを説明する言葉を持てない。
あおいは、短く言った。
「知らなければ、奪われたことさえ分からない。」
みおは、黙って街を見た。
どこかの店で、レジの音が鳴った。
ピッ。
今日もまた、誰かの売上に課税の当たり判定が置かれる。
誰かの控除が切られる。
誰かの利益が削られる。
けれど、その仕組みを知らなければ、ただの買い物の音にしか聞こえない。
もう一度、音が鳴った。
ピッ。
その音は――
今日も誰かを削る音だった。
【14年越しの答え合わせ】片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ
参考動画:
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、あえて繰り返す。
なぜなら、これは単なる国会質疑ではないからだ。
消費税という制度が前提としてきた「円滑かつ適正な価格転嫁」と、現実の市場で起きていること。
その二つが、国会という公の場で正面から衝突した「事件」の記録だからである。
自由主義経済において、価格は制度の予定通りには動かない。
原価が上がったからといって、その全額を価格へ転嫁できるとは限らない。
消費税率が上がったからといって、その分だけ売価を上げられるとも限らない。
価格転嫁できなくても、消費税の負担は消えない。
事業者の利益、賃金、賞与、投資、資金繰りへと移っていく。
その瞬間、消費税の問題は「価格転嫁」の問題ではなく、税金コストを誰に負わせるかという問題へ変わる。
2012年。
一人の政治家が、その危険性を国会で指摘していた。
片山さつき議員である。
そして14年後。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
これは、制度の外から制度を批判していた者が、制度の頂点へ立ったとき、どのように言葉を変えるのかという記録でもある。
2012年、彼女はすべてを知っていた
「もう、手のつけられないようなことになりますよ」
2012年。
野党時代の片山さつき議員は、消費税増税が経済へ与える影響について、強く警告していた。
住宅。
地方経済。
中小零細企業。
街の蕎麦屋。
普通の床屋。
価格を上げたくても上げられない、小さな事業者たち。
片山議員は、消費税が単なる「消費者の負担」では終わらないことを、具体的な例で指摘していた。
たとえば、街の蕎麦屋である。
今、お蕎麦屋さんは税込み630円でお蕎麦を出していますけど、660円にできますかね?
これは、単なる問いではない。
消費税の制度と市場の現実を知る者が、問いの形で提示した答えである。
全国一律の価格を持つ大手チェーンなら、まだ値上げしやすいかもしれない。
しかし、地域の客に支えられている小さな店はどうか。
街の蕎麦屋はどうか。
普通の床屋はどうか。
値上げによって客を失う可能性がある店に、「税率が上がったのだから、その分を価格へ転嫁すればよい」と簡単に言えるだろうか。
片山議員は当時、年間売上3000万円以下の中小零細企業について、5割から7割が価格転嫁できていないという調査があると述べていた。
さらに、滞納税額の約半分に当たる3400億円が消費税であるとも指摘した。
つまり、彼女は知っていた。
消費税は「価格へ転嫁されることを予定している」と説明される。
しかし現実の市場では、弱い立場の事業者ほど、その予定通りに転嫁できない。
消費税は、制度の予定と市場の現実が一致しなければ成立しない税だった。
2012年の片山さつきは、その矛盾を知っていた。
14年後、問いが戻ってきた
それから14年後。
今度は、参政党の国会議員として国政に復帰した安藤裕が、同じ問題を国会で問い始める。
答弁席に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
安藤議員が最初に確認したのは、消費税の納税義務者である。
法律上、消費税を納める義務を負っているのは誰なのか。
消費者なのか。
事業者なのか。
答弁は明確だった。
消費税法上の納税義務者は、事業者である。
政府は消費税について、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定していると説明する。
しかし、それは経済的な負担についての予定である。
税法上の納税義務とは別の話だ。
税法上、消費者は消費税の納税義務者ではない。
消費税を申告し、納付するのは事業者である。
ここで安藤議員は、さらに問いを進めた。
消費者から受け取った消費税を税務署へ納めず、事業者が自分の利益にしているとされる、いわゆる「益税」は制度上存在するのか。
これに対して片山財務大臣は、法律上はそのような関係にはならないと答えた。
消費者は、消費税法上の納税義務者ではない。
したがって、消費者が納めるべき税金を事業者が預かり、それを国へ納めずに利益にしているという法構造にはならない。
法律上、益税は存在しない。
ここで、長年語られてきた消費税の物語が揺らぎ始める。
完全転嫁という幻想
多くの人は、消費税を次のように理解している。
まず原価がある。
そこに適正な利益を乗せる。
そして、その上に消費税10%を上乗せする。
消費者がその10%を支払い、事業者が一時的に預かり、後から税務署へ納める。
このモデルでは、消費税によって事業者の利益が削られることはない。
人件費も削られない。
消費税は売価の外側へ完全に上乗せされ、最終消費者がすべて負担するからである。
しかし、このモデルが成立するためには、強い前提が必要になる。
すべての事業者が、原価と必要な利益を確保したうえで、消費税相当額を完全に価格へ上乗せできること。
つまり、価格転嫁率100%の市場である。
もし本当に、すべての取引がこの通りに行われているなら、赤字企業はほとんど存在しない。
低賃金労働者もいない。
買いたたきもない。
利益を確保したうえで、消費税分まで価格へ上乗せできるのだから、消費税を払えずに資金繰りへ行き詰まる事業者も存在しないはずである。
だが、現実は違う。
赤字企業がある。
低賃金労働者がいる。
買いたたきがある。
価格交渉力の弱い事業者がいる。
値上げすれば客を失う店がある。
原材料費が上がっても、売価へ十分に転嫁できない事業者がいる。
「原価+適正な利益+消費税」という美しいモデルは、現実の市場を表したものではない。
それは、制度を成立させるために置かれた予定である。
赤字でも消費税が発生する理由
消費税の納付額は、大まかに次の式で計算される。
消費税
=
売上にかかる税額 − 仕入れにかかる税額
標準税率10%、すべて税込金額という単純なモデルなら、次のように表せる。
消費税
≒
(課税売上 − 課税仕入)× 10/110
ここで重要なのは、法人税のように、売上からすべての費用を差し引いて利益を計算しているわけではないという点である。
給与や社会保険料、支払利息など、事業に必要な支出であっても、仕入税額控除の対象にならないものがある。
そのため、法人税上の利益が赤字であっても、
課税売上 − 課税仕入 > 0
であれば、消費税は発生する。
事業者が赤字か黒字かは、消費税の計算を止めない。
消費税は、利益ではなく、課税売上と課税仕入の差額を見ているからである。
一般に、事業者は仕入れた商品へ何らかの価値を加えて販売する。
100円で仕入れた商品を、毎回50円で売り続ける事業は成立しない。
100円の原材料を使い、50円で製品を売り続ける製造業も成立しない。
したがって、事業を継続している限り、一般には、
課税売上 − 課税仕入 > 0
となる。
企業全体では赤字でも、この差額は残り得る。
だから、赤字事業者にも消費税が発生する。
赤字でも「消費税が発生することがある」のではない。
事業が付加価値を生み出している限り、赤字でも消費税が発生する構造なのである。
付加価値の先取り
課税売上から課税仕入を差し引いたものは、概ね、その事業者が新しく生み出した付加価値に対応する。
単純化すれば、
付加価値
≒
課税売上 − 課税仕入
さらに、その付加価値は概ね、
付加価値
≒
利益 + 人件費
と捉えることができる。
したがって、消費税の構造は、概ね次の式で表せる。
消費税≒ 付加価値 × 10/110
さらに単純化すれば、
消費税≒(利益 + 人件費)× 10/110
となる。
ここで、何が起きているのか。
事業者が生み出した付加価値という一つのパイがある。
本来、その付加価値は、労働者の賃金と、企業の利益などに分配される。
しかし、消費税がある世界では、その分配より先に、国の取り分が決まる。
国が消費税を先に取る。
残った付加価値を、法人と労働者が分ける。
価格へ完全に転嫁できるなら、事業者の外側へ負担を押し出せるかもしれない。
しかし、価格転嫁できなければ、消費税は付加価値の内部に残る。
利益を削る。
賃上げ原資を削る。
賞与を削る。
採用を抑える。
設備投資を遅らせる。
資金繰りを圧迫する。
税負担が消えるわけではない。
負担する場所が変わるだけである。
安藤議員が述べた「賃上げする原資を持っていく前に、消費税を納税しろと言われている」という言葉は、この構造を表している。
消費税は、付加価値という一つの財布から、国が先に取り分を確保する税である。
その残りを、法人と労働者が分ける。
これが、「付加価値の先取り」である。
レシートに書かれた「内消費税」
安藤議員は、レシートの表示にも踏み込んだ。
たとえば、1100円の商品を買ったとする。
レシートには、
「内消費税100円」
と書かれている。
では、この100円は法律上、何なのか。
政府側の答弁は、次のようなものだった。
その取引について課されるべき消費税額に相当する額であり、課税資産の譲渡等の売上に対する対価の一部である。
つまり、レシートに「消費税」と書かれていても、それは消費者が税務署へ納めた税金そのものではない。
事業者が消費者から預かった税金そのものでもない。
事業者がそのまま税務署へ納付する金額でもない。
その売価で取引が成立したという事実と、その税込価格の内訳が表示されているだけである。
レシート表示からは、実際にいくら価格転嫁されたのか分からない。
事業者がいくら納付するのかも分からない。
その取引によって、事業者の利益がいくら残ったのかも分からない。
それでも、多くの人は「内消費税100円」という表示を見ることで、自分が100円の税金を納めたと認識する。
そして、事業者はその100円を預かっているだけだと考える。
ここから、「預かった税金を納めない免税事業者はずるい」という益税の物語が生まれる。
しかし、法構造は違う。
消費者は納税義務者ではない。
レシートに書かれた100円は、売上の対価の一部である。
事業者の納付額は、レシートの表示額ではなく、売上税額と仕入税額の差額によって決まる。
レシートは、価格転嫁に成功した証拠ではない。
預り金が存在する証拠でもない。
そこに記録されているのは、
「その価格で、一つの取引が成立した」
という事実である。
2012年の言葉と、2026年の言葉
2012年の片山さつき議員は、市場の現実を語った。
街の蕎麦屋は、630円を660円にできるのか。
中小零細企業は、本当に消費税を価格へ転嫁できているのか。
価格を上げられない事業者に、消費税は何をもたらすのか。
彼女は、制度の予定ではなく、現場で起きていることを見ていた。
それから14年後。
財務大臣となった片山さつきは、制度を守る側の言葉を語る。
消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定している。
消費税相当額は、適切に価格へ転嫁される。
同じ人物の中に、二つの言葉が存在する。
市場の現実を見る言葉。
制度の予定を守る言葉。
片山さつきは、なぜ言葉を変えたのか。
本当に考え方が変わったのかもしれない。
財務大臣として税制全体を守らなければならないのかもしれない。
党内の力学や、財務省との関係が影響したのかもしれない。
あるいは、本質的な認識は変わっていないまま、立場によって使用する言葉だけが変わったのかもしれない。
その答えは、本人にしか分からない。
だが、確かなことが一つある。
2012年に指摘されていた問題は、14年後も解決していない。
価格転嫁できない事業者がいる。
赤字でも消費税が発生する。
消費税の滞納が続いている。
賃上げが必要だと言いながら、賃上げ原資から先に消費税を取る構造が維持されている。
そして今も、政府は消費税を「景気に左右されにくい安定財源」と説明する。
だが、景気に左右されにくいということは、裏返せば、景気が悪くても取り続けるということである。
人々の生活が苦しくても。
企業の経営が苦しくても。
赤字でも。
資金繰りが限界でも。
付加価値が残る限り、消費税は発生する。
それを、本当に「安定」と呼んでよいのだろうか。
これは事件の記録である
14年前、片山さつきは問いを残した。
そして今、安藤裕がその問いを引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
2012年の片山さつきは、市場の現実を語った。
2026年の片山財務大臣は、制度の予定を語った。
変わったのは、市場ではない。
彼女が座る椅子だった。
制度の外から市場を見れば、価格転嫁できない事業者が見える。
制度の頂点から税制を見れば、「円滑かつ適正に転嫁されることを予定している」という説明になる。
事実が変わったのではない。
観測する位置によって、使用する言葉が変わった。
制度という怪異の頂点に座った者は、その構造を守るための部品として再定義される。
14年前の彼女の言葉が正しければ正しいほど、現在の答弁は、この国の政治が市場の現実よりも制度の維持を選んだことの証明になる。
これは、片山さつき一人の変節を責める物語ではない。
誰がその椅子へ座っても、同じ言葉を語らざるを得ないのだとしたら、問題は個人ではなく構造にある。
だから、問いに向き合わなければならないのは、彼女だけではない。
その変節を制度の「仕様」として受け入れ、今日もレジの音を聞き流している、私たち自身である。
失われた30年をもたらしたのは、果たして誰なのだろうか。
これは、事業者だけの問題ではない
3割特例の先で、すべての事業者が増税になるわけではない。
しかし、第4種・第5種・第6種の簡易課税へ移る事業者や、本則課税で仕入控除率が70%を下回る事業者は、3割特例よりも税負担が増える。
財務省モデルなら、その負担はこう動く。
10万円。
15万円。
そして、業種によっては、
20万円。25万円。30万円。
価格転嫁できれば、取引先や消費者の負担が増える。
価格転嫁できなければ、事業者の所得、貯蓄、設備投資、そして生活費が削られる。
どちらに転んでも、新しく生まれた付加価値ではない。
付加価値は増えない。
税負担だけが増える。
その負担に耐えられなくなった事業者は、やがて市場から消えていく。
消えるのは、帳簿の上の「免税事業者」ではない。
街の店である。
地域の職人である。
荷物を運ぶ人である。
企業の仕事を裏側で支える、ライター、デザイナー、エンジニア、カメラマン、清掃員、外注スタッフである。
市場から供給者が消えれば、商品も、サービスも、技術も、雇用も、消費者の選択肢も失われる。
これは、誰が消費税を納めるかというだけの話ではない。
日本の市場から、誰を消すのかという話である。
みおは、街を見た。
暖簾の向こうで、店主が会計端末を操作していた。
税込630円の蕎麦を、660円にできないまま。
やがて、小さな電子音が鳴った。
ピッ。
みお:
「救済が終わったら、さらに増税されるの?」
あおい:
「本人の労働で付加価値を生み出している事業者ほど、その可能性がある。」
みお:
「それ、救済じゃないわ。」
「増税を、少しずつ見せているだけじゃないの!」
3割特例は、終着点ではない。
その先には、通常の課税へ移行するための次の段階が待っている。
この事実を、まだ多くの小規模事業者は知らない。
もし、あなたの周りにインボイス登録した個人事業主や、小さな会社を営む人がいるなら、この記事を届けてほしい。
賛成か反対かを決める前に、まず、自分の税負担がこれからどう変わるのかを知ってほしい。
タイマーは、すでに動いている。
ピッ。
その音は今日も、誰かの生活を削り、誰かの事業を市場から消していく音だった。
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※この連載は、家庭菜園から国土再生までを、【土を育てる】という一つの視点でつなげて考える物語です。雑草、落ち葉、水、有機物、放棄地、林業、地方――。身近な庭の話を入口に、土が人と地域を支える仕組みを、実際に使える形で書いています。
