【63回目noteマネー掲載】第百三章:消費税―サプライチェーン崩壊―
第百三章:消費税―サプライチェーン崩壊―
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、もはや単なる議論ではない。
国会という公の場で、制度を運用する側が【自由主義経済においては、価格はきれいに転嫁されない】と自ら認めた【事件】の記録である。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継ぎ、そしてついに【決着】へと導いた瞬間を見てほしい。
5割控除で赤字化する、免税事業者との取引
部屋の明かりを落とすと、机の上のモニターだけが白く浮かび上がった。
画面の中では、片山さつき財務大臣が答弁している。
インボイス制度の2割特例を3割特例へ。
免税事業者からの仕入れに認めていた8割控除を、7割控除へ。
小規模事業者や商工団体の要望を踏まえ、負担を「だんだんだんだんならしていく」。
制度を円滑に導入するための経過措置なのだという。
みおは、動画を止めた。
みお:
「あおい。7割控除の、その先は?」
あおい:
「5割、3割、そして控除ゼロ。」
画面の横に、スケジュールが表示された。
2026年9月まで:8割控除
2026年10月から:7割控除
2028年10月から:5割控除
2030年10月から:3割控除
2031年10月から:控除ゼロ
みおは、最後の文字を見つめた。
みお:
「負担をならしているんじゃないわ。」
「免税事業者と取引できない市場へ、段階的に作り替えているのね。」
誰かの仕入れは、誰かの売上
消費税の基本計算は、難しくない。
売上にかかる消費税-仕入れにかかる消費税=納付税額
事業者は、売上税額から仕入税額を差し引く。
この仕入税額控除によって、前段階の取引へ繰り返し税が重なることを防いでいる。
ここで忘れてはいけないことがある。
誰かの仕入れは、必ず誰かの売上である。
Cの仕入れは、Bの売上。
Bの仕入れは、Aの売上。
市場は、無関係な数字の集合ではない。
誰かの売上と、誰かの仕入れが、鎖のようにつながっている。
みお:
「じゃあ、仕入税額控除は?」
あおい:
「前の段階の売上を、次の事業者の課税ベースから外すための仕組みでもある。」
その鎖を、インボイスの有無で切ったら何が起こるのか。
A・B・Cの取引を置いてみる
すべて税込、税率10%の単純モデルを置く。
A:課税事業者。Bへ400万円で販売
B:免税事業者・インボイス未登録。Cへ550万円で販売
C:課税事業者。消費者へ660万円で販売
Cは本則課税を選択し、ほかに仕入税額控除の対象となる支出はないものとする。
Cの税込売上660万円に含まれる売上税額は、
660万円 × 10/110=60万円
Bからの税込仕入れ550万円に対応する税額相当額は、
550万円 × 10/110=50万円
全額控除できる状態なら、Cの納付税額は、
60万円-50万円=10万円
Cが新しく付け加えた金額は、
660万円-550万円=110万円
その10%相当は、
110万円 × 10/110=10万円
Cは、自分が生み出した付加価値110万円に対応する税だけを納める。
これが、仕入税額控除が働いている状態である。
免税事業者が途中に入ると、鎖が切れる
Bは、Aから400万円で仕入れ、Cへ550万円で売っている。
Bが新しく加えた金額は、
550万円-400万円=150万円
ところがBは免税事業者であり、インボイスを発行できない。
そのため、経過措置が縮小するほど、Cは550万円に対応する50万円を控除できなくなる。
控除ゼロの完全体では、Cの納付税額は、
60万円-0円=60万円
全額控除時の10万円から、50万円増える。
しかし、C自身が生み出した付加価値は110万円のままである。
仕事が増えたわけではない。
売上が増えたわけでもない。
利益が増えたわけでもない。
控除できなくなった前段階の売上だけが、Cの税額計算へ入り込んでくる。
税額を税込ベースの10/110で逆算した「実効課税ベース」で見ると、こうなる。
全額控除:110万円
控除ゼロ:660万円
控除ゼロの660万円を分解すると、
Cの付加価値110万円
+ Bが加えた150万円
+ A段階ですでに課税対象となった売上400万円
=660万円
みおの指が、最後の400万円で止まった。
みお:
「待って。Bが納税していない150万円だけじゃないの?」
あおい:
「違う。Bの仕入れだったAの売上400万円まで、Cの実効課税ベースへ再出現する。」
みお:
「Aの売上は、Aの段階でもう課税対象になっているじゃないの!」
追加負担50万円の中身
Aの売上400万円に対応する税額は、
400万円 × 10/110≒36万4,000円
Bが新しく加えた150万円に対応する税額は、
150万円 × 10/110≒13万6,000円
合計すると、
36万4,000円+13万6,000円=50万円
Cが控除できなくなる50万円は、Bが新しく生み出した部分に対応する13万6,000円だけではない。
A段階ですでに課税対象となった売上に対応する36万4,000円まで含んでいる。
ここで起きているのは、単なる「免税事業者の未納分の穴埋め」ではない。
インボイスのないBが途中に一社入ったことで、Bより前の段階にあった売上まで、下流のCで控除不能になる。
前段階税を控除できないため、課税が取引段階をまたいで累積する。
みお:
「税の上に、また税の負担が積み上がる……。」
あおい:
「経済的には、Tax on Tax、あるいはカスケード課税と呼べる構造だね。」
みお:
「インボイスって、免税事業者をサプライチェーンに組み込むと、課税ベースが過去へ逆流する制度なの?」
あおい:
「控除の鎖が切れた地点から、上流の売上が下流の負担へ沈殿していく。」
5割控除で、利益が消える
では、この追加負担を企業の利益と比較してみよう。
Cの税抜売上は600万円。
本業の利益率を3.5%と仮定すれば、インボイスによる追加負担がなかったときの利益は、
600万円 × 3.5%=21万円
ここでいう3.5%は、全国の全中小企業に共通する公式平均ではない。
薄利の中小零細企業を想定した説明用の仮定である。
また、以下の「利益に残る額」「実質利益率」は、会計上の正式な勘定科目ではない。
売上や経費を一定と置き、全額控除時と比べた追加の消費税負担を本業利益21万円から差し引いた、事業採算を見るためのモデルである。
全額控除
Cの納付税額:10万円
追加負担:0円
利益に残る額:21万円
実質利益率:+3.50%
8割控除
Cの納付税額:20万円
追加負担:10万円
利益に残る額:11万円
実質利益率:+1.83%
この時点で、元の利益の47.6%が消える。
7割控除
Cの納付税額:25万円
追加負担:15万円
利益に残る額:6万円
実質利益率:+1.00%
元の利益の71.4%が消え、利益率は1%まで落ちる。
5割控除
Cの納付税額:35万円
追加負担:25万円
利益に残る額:-4万円
実質利益率:-0.67%
追加負担25万円は、本業利益21万円を上回る。
ここで、Cは赤字へ転落する。
3割控除
Cの納付税額:45万円
追加負担:35万円
利益に残る額:-14万円
実質利益率:-2.33%
追加負担は、本業利益の約1.67倍。
利益をすべて失った上で、14万円の赤字を掘る。
控除ゼロ
Cの納付税額:60万円
追加負担:50万円
利益に残る額:-29万円
実質利益率:-4.83%
追加負担は、本業利益の約2.38倍。
利益をすべて失った上で、29万円の赤字を掘る。
みおは、数字を二度見した。
みお:
「控除ゼロになったら、本業で3.5%の利益を出していた会社が、マイナス4.83%になるの?」
あおい:
「全額控除時から8.33ポイントの悪化だね。」
みお:
「免税事業者を組み込んだビジネスモデルなんて、成立しないじゃないの!」

8割控除は、すでに平和ではない
8割控除では、Cの利益はまだ11万円残っている。
表面上は、取引を続けられる。
しかし、元の利益21万円のうち、すでに半分近い10万円が消えている。
7割控除では、残る利益は6万円。
元の利益の7割以上が失われる。
経営者が合理的に考えれば、次の選択肢が浮かぶ。
Bに値下げを求める
Bにインボイス登録を求める
インボイスを発行できる別の事業者へ切り替える
その仕入れを内製化する
これは、経営者が冷酷だから起こるのではない。
取引を続けるだけで、自社の利益が消えるように制度が採算表を書き換えるから起こる。
みお:
「5割控除以降は、優しさや付き合いでは吸収できない。」
あおい:
「うん。取引継続が、自社への赤字命令になる。」
日本企業の約6割は、すでに赤字である
国税庁の令和6年度分「会社標本調査」では、欠損法人は全体の60.3%だった。
約6割の法人には、そもそも追加負担を吸収する黒字の余白がない。
残る約4割の黒字法人も、すべてが高収益企業ではない。
利益率数%で事業を続ける中小零細企業にとって、10万円、15万円、25万円という負担増は、端数ではない。
賃金である。
設備更新費である。
運転資金である。
借入金の返済原資である。
そして、事業を続けられる時間そのものである。
みお:
「赤字会社に、免税事業者を守る余力なんてないわ。」
あおい:
「だから排除は、思想ではなく損益計算から始まる。」
誰も「排除する」とは言わない
発注元は、免税事業者を嫌っているわけではない。
仕事の品質が落ちたわけでもない。
納期を破ったわけでもない。
長年の信頼が消えたわけでもない。
ただ、経理担当者が計算する。
8割控除なら、利益は11万円。
7割控除なら、6万円。
5割控除なら、マイナス4万円。
その数字を見た経営者が、登録事業者の見積書を取り寄せる。
免税事業者には、取引停止通知すら届かないかもしれない。
次の発注が、来なくなる。
みお:
「市場が、勝手に排除したように見えるのね。」
あおい:
「排除するのは市場。でも、排除するように市場の採算表を設計したのは運営だ。」

課税事業者になるか、市場から退場するか
みおは、モニターに映った数字を指でなぞった。
プラス3.5%。
プラス1.83%。
プラス1.00%。
そして、マイナス0.67%。
みお:
「5割控除以降は、サプライチェーンに免税事業者を組み込んだビジネスモデルが崩壊する。」
あおい:
「そう。だからB2Bの免税事業者は、課税事業者になるか、市場から退場するかの二択を選ばされる。」
みお:
「課税事業者になれば、自分の生活原資から納税する。」
あおい:
「登録しなければ、取引先の損益を悪化させる存在として市場から外される。」
みお:
「どちらを選んでも、生活基盤が削られる。」
あおいは、静かにうなずいた。
みお:
「それが、インボイスの本当の姿……。」
「救済」の向こう側
画面の中では、3割特例と7割控除が、小規模事業者への配慮として説明されていた。
しかし、3割特例は登録した個人事業者の納税割合を3割にする措置である。
3割控除は、未登録事業者から仕入れた買手が税額相当額の3割しか控除できなくなる段階である。
名前は似ているが、別の制度である。
一方では、登録した者の負担を少しずつ増やす。
もう一方では、登録しない者と取引する買手の負担を少しずつ増やす。
登録しても負担が増える。
登録しなくても、取引先への負担が増える。
二つの経過措置は、別々の方向から免税事業者を挟み込む。
みお:
「クッションじゃない。」
あおい:
「制度が完成するまで、市場が一気に壊れないよう速度を調整する装置だね。」
みお:
「崩壊を止めるんじゃなくて、崩壊の速度をならしているのね。」
ピッ
夜の街を、みおは歩いていた。
小さな工務店。
看板を掲げた一人親方の作業場。
家族で営む印刷所。
古い機械が並ぶ町工場。
そこから届く仕事が、別の会社の売上を作っている。
誰かの仕入れは、誰かの売上。
その連鎖が、人の生活を支えている。
しかし、帳簿の中では別の計算が始まっていた。
インボイス番号あり。
インボイス番号なし。
控除できる。
控除できない。
黒字になる。
赤字になる。
仕事の品質ではない。
値段でもない。
長年の信頼でもない。
番号の有無が、サプライチェーンに残れる者を選別していく。
近くの店で、会計を終えた客がカードをかざした。
ピッ。
みおは、その音に振り返った。
それは、消費者から預かった税が、きれいに国へ流れていく音ではない。
取引先の利益が消える音かもしれない。
次の発注が、登録事業者へ移る音かもしれない。
長く続いたサプライチェーンが、静かに切れる音かもしれない。
ピッ。
その音は今日も、誰かの事業を削る音だった。

この章の計算条件と用語について
金額はすべて税込、税率10%として単純化した。
Cは本則課税を用いる課税事業者とした。簡易課税では、個々の仕入先がインボイス登録しているかどうかによって納付税額を直接計算しないため、本章の計算はそのまま当てはまらない。
Aの400万円は「A自身の付加価値400万円」ではなく、A段階ですでに課税対象となった売上である。Aの実際の納付税額は、A自身の仕入税額控除によって異なる。
「実効課税ベース」は、納付税額を10/110で逆算した説明用の概念であり、法律上の正式な課税標準の名称ではない。
本章の「Tax on Tax」は、税そのものを法形式上の課税標準に加えるという狭義だけでなく、前段階税を控除できないことで、すでに課税を経た上流売上が下流価格へ埋め込まれ、課税が累積する広義のカスケード効果を指す。
利益率3.5%は説明用の仮定であり、全中小企業の平均値として提示したものではない。
参考資料
「運営がチートする。」
SSR【怪異017|公式チート】

レアリティ: SSR
属性: 制度/闇/運営
種族: 制度実装型怪異
危険度: ★★★★★★★★★★★★★★★
固有能力:
《ルール改変》
《控除チェーン切断》
《課税ベース膨張》
《通報先内在化》
フレーバーテキスト
制度を守るはずの公式が、
自らルールを書き換えたとき、
怪異は最終形へ至る。
税率は上がらない。
だが、引けるものが減る。
その結果、課税ベースは膨張し、
事業者負担は静かに増殖する。
しかも公式は、
それを**「適正化」**と呼ぶ。
効果説明
このカードが場に出たとき、
相手フィールドの**「控除」**を一部無効化する。
無効化された控除は、
そのまま課税ベースへ加算される。
さらに、このカードが存在する限り、
相手はこの効果を**「増税」**として認識しにくくなる。
真名
公式がルールを書き換え、
自分だけ勝てる仕様を実装した怪異。
弱点
構造の可視化
課税ベースの数式化
「何が控除できなくなったのか」という問い
通報先は、運営
誰が、この制度を不公正だと判定するのか。
誰が、控除切断による累積課税を修正するのか。
誰が、「増税ではない」という説明を覆すのか。
ルールを作ったのは、運営。
税収を受け取るのも、運営。
制度を説明するのも、運営。
苦情の受付先も、運営。
そして、最終的な裁定者も運営である。
みお:
「通報窓口は?」
あおい:
「運営です。」
みお:
「裁定するのは?」
あおい:
「運営だ。」
みお:
「税収を受け取るのは?」
あおい:
「運営。」
みおは、しばらく黙り込んだ。
そして、恐る恐る尋ねた。
みお:
「最終回答は?」
あおいは、画面に表示された文字を読んだ。
仕様です。
それが、運営がチートする世界の、最終裁定だった。

みお:
「あおい。
私たち、これからどうすればいいの?」
あおい:
「知ることだ。」
みお:
「知らなければ?」
あおいは、少しだけ街へ目を向けた。
あおい:
「今まで通りだ。」
知らないうちに、法案が国会を通過する。
気づかないまま、制度が作られる。
暮らしが削られる。
事業が削られる。
それでも、何が起きているのか分からない。
分からないから、問いを立てられない。
問いを立てられないから、反対することも、変えることもできない。
そして、削られていることに気づいても――
それを説明する言葉を持てない。
あおいは、短く言った。
「知らなければ、奪われたことさえ分からない。」
みおは、黙って街を見た。
どこかの店で、レジの音が鳴った。
ピッ。
今日もまた、誰かの売上に課税の当たり判定が置かれる。
誰かの控除が切られる。
誰かの利益が削られる。
けれど、その仕組みを知らなければ、ただの買い物の音にしか聞こえない。
もう一度、音が鳴った。
ピッ。
その音は――
今日も誰かを削る音だった。
【14年越しの答え合わせ】片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ
参考動画:
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、あえて繰り返す。
なぜなら、これは単なる国会質疑ではないからだ。
消費税という制度が前提としてきた「円滑かつ適正な価格転嫁」と、現実の市場で起きていること。
その二つが、国会という公の場で正面から衝突した「事件」の記録だからである。
自由主義経済において、価格は制度の予定通りには動かない。
原価が上がったからといって、その全額を価格へ転嫁できるとは限らない。
消費税率が上がったからといって、その分だけ売価を上げられるとも限らない。
価格転嫁できなくても、消費税の負担は消えない。
事業者の利益、賃金、賞与、投資、資金繰りへと移っていく。
その瞬間、消費税の問題は「価格転嫁」の問題ではなく、税金コストを誰に負わせるかという問題へ変わる。
2012年。
一人の政治家が、その危険性を国会で指摘していた。
片山さつき議員である。
そして14年後。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
これは、制度の外から制度を批判していた者が、制度の頂点へ立ったとき、どのように言葉を変えるのかという記録でもある。
2012年、彼女はすべてを知っていた
「もう、手のつけられないようなことになりますよ」
2012年。
野党時代の片山さつき議員は、消費税増税が経済へ与える影響について、強く警告していた。
住宅。
地方経済。
中小零細企業。
街の蕎麦屋。
普通の床屋。
価格を上げたくても上げられない、小さな事業者たち。
片山議員は、消費税が単なる「消費者の負担」では終わらないことを、具体的な例で指摘していた。
たとえば、街の蕎麦屋である。
今、お蕎麦屋さんは税込み630円でお蕎麦を出していますけど、660円にできますかね?
これは、単なる問いではない。
消費税の制度と市場の現実を知る者が、問いの形で提示した答えである。
全国一律の価格を持つ大手チェーンなら、まだ値上げしやすいかもしれない。
しかし、地域の客に支えられている小さな店はどうか。
街の蕎麦屋はどうか。
普通の床屋はどうか。
値上げによって客を失う可能性がある店に、「税率が上がったのだから、その分を価格へ転嫁すればよい」と簡単に言えるだろうか。
片山議員は当時、年間売上3000万円以下の中小零細企業について、5割から7割が価格転嫁できていないという調査があると述べていた。
さらに、滞納税額の約半分に当たる3400億円が消費税であるとも指摘した。
つまり、彼女は知っていた。
消費税は「価格へ転嫁されることを予定している」と説明される。
しかし現実の市場では、弱い立場の事業者ほど、その予定通りに転嫁できない。
消費税は、制度の予定と市場の現実が一致しなければ成立しない税だった。
2012年の片山さつきは、その矛盾を知っていた。
14年後、問いが戻ってきた
それから14年後。
今度は、参政党の国会議員として国政に復帰した安藤裕が、同じ問題を国会で問い始める。
答弁席に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
安藤議員が最初に確認したのは、消費税の納税義務者である。
法律上、消費税を納める義務を負っているのは誰なのか。
消費者なのか。
事業者なのか。
答弁は明確だった。
消費税法上の納税義務者は、事業者である。
政府は消費税について、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定していると説明する。
しかし、それは経済的な負担についての予定である。
税法上の納税義務とは別の話だ。
税法上、消費者は消費税の納税義務者ではない。
消費税を申告し、納付するのは事業者である。
ここで安藤議員は、さらに問いを進めた。
消費者から受け取った消費税を税務署へ納めず、事業者が自分の利益にしているとされる、いわゆる「益税」は制度上存在するのか。
これに対して片山財務大臣は、法律上はそのような関係にはならないと答えた。
消費者は、消費税法上の納税義務者ではない。
したがって、消費者が納めるべき税金を事業者が預かり、それを国へ納めずに利益にしているという法構造にはならない。
法律上、益税は存在しない。
ここで、長年語られてきた消費税の物語が揺らぎ始める。
完全転嫁という幻想
多くの人は、消費税を次のように理解している。
まず原価がある。
そこに適正な利益を乗せる。
そして、その上に消費税10%を上乗せする。
消費者がその10%を支払い、事業者が一時的に預かり、後から税務署へ納める。
このモデルでは、消費税によって事業者の利益が削られることはない。
人件費も削られない。
消費税は売価の外側へ完全に上乗せされ、最終消費者がすべて負担するからである。
しかし、このモデルが成立するためには、強い前提が必要になる。
すべての事業者が、原価と必要な利益を確保したうえで、消費税相当額を完全に価格へ上乗せできること。
つまり、価格転嫁率100%の市場である。
もし本当に、すべての取引がこの通りに行われているなら、赤字企業はほとんど存在しない。
低賃金労働者もいない。
買いたたきもない。
利益を確保したうえで、消費税分まで価格へ上乗せできるのだから、消費税を払えずに資金繰りへ行き詰まる事業者も存在しないはずである。
だが、現実は違う。
赤字企業がある。
低賃金労働者がいる。
買いたたきがある。
価格交渉力の弱い事業者がいる。
値上げすれば客を失う店がある。
原材料費が上がっても、売価へ十分に転嫁できない事業者がいる。
「原価+適正な利益+消費税」という美しいモデルは、現実の市場を表したものではない。
それは、制度を成立させるために置かれた予定である。
赤字でも消費税が発生する理由
消費税の納付額は、大まかに次の式で計算される。
消費税
=
売上にかかる税額 − 仕入れにかかる税額
標準税率10%、すべて税込金額という単純なモデルなら、次のように表せる。
消費税
≒
(課税売上 − 課税仕入)× 10/110
ここで重要なのは、法人税のように、売上からすべての費用を差し引いて利益を計算しているわけではないという点である。
給与や社会保険料、支払利息など、事業に必要な支出であっても、仕入税額控除の対象にならないものがある。
そのため、法人税上の利益が赤字であっても、
課税売上 − 課税仕入 > 0
であれば、消費税は発生する。
事業者が赤字か黒字かは、消費税の計算を止めない。
消費税は、利益ではなく、課税売上と課税仕入の差額を見ているからである。
一般に、事業者は仕入れた商品へ何らかの価値を加えて販売する。
100円で仕入れた商品を、毎回50円で売り続ける事業は成立しない。
100円の原材料を使い、50円で製品を売り続ける製造業も成立しない。
したがって、事業を継続している限り、一般には、
課税売上 − 課税仕入 > 0
となる。
企業全体では赤字でも、この差額は残り得る。
だから、赤字事業者にも消費税が発生する。
赤字でも「消費税が発生することがある」のではない。
事業が付加価値を生み出している限り、赤字でも消費税が発生する構造なのである。
付加価値の先取り
課税売上から課税仕入を差し引いたものは、概ね、その事業者が新しく生み出した付加価値に対応する。
単純化すれば、
付加価値
≒
課税売上 − 課税仕入
さらに、その付加価値は概ね、
付加価値
≒
利益 + 人件費
と捉えることができる。
したがって、消費税の構造は、概ね次の式で表せる。
消費税≒ 付加価値 × 10/110
さらに単純化すれば、
消費税≒(利益 + 人件費)× 10/110
となる。
ここで、何が起きているのか。
事業者が生み出した付加価値という一つのパイがある。
本来、その付加価値は、労働者の賃金と、企業の利益などに分配される。
しかし、消費税がある世界では、その分配より先に、国の取り分が決まる。
国が消費税を先に取る。
残った付加価値を、法人と労働者が分ける。
価格へ完全に転嫁できるなら、事業者の外側へ負担を押し出せるかもしれない。
しかし、価格転嫁できなければ、消費税は付加価値の内部に残る。
利益を削る。
賃上げ原資を削る。
賞与を削る。
採用を抑える。
設備投資を遅らせる。
資金繰りを圧迫する。
税負担が消えるわけではない。
負担する場所が変わるだけである。
安藤議員が述べた「賃上げする原資を持っていく前に、消費税を納税しろと言われている」という言葉は、この構造を表している。
消費税は、付加価値という一つの財布から、国が先に取り分を確保する税である。
その残りを、法人と労働者が分ける。
これが、「付加価値の先取り」である。
レシートに書かれた「内消費税」
安藤議員は、レシートの表示にも踏み込んだ。
たとえば、1100円の商品を買ったとする。
レシートには、
「内消費税100円」
と書かれている。
では、この100円は法律上、何なのか。
政府側の答弁は、次のようなものだった。
その取引について課されるべき消費税額に相当する額であり、課税資産の譲渡等の売上に対する対価の一部である。
つまり、レシートに「消費税」と書かれていても、それは消費者が税務署へ納めた税金そのものではない。
事業者が消費者から預かった税金そのものでもない。
事業者がそのまま税務署へ納付する金額でもない。
その売価で取引が成立したという事実と、その税込価格の内訳が表示されているだけである。
レシート表示からは、実際にいくら価格転嫁されたのか分からない。
事業者がいくら納付するのかも分からない。
その取引によって、事業者の利益がいくら残ったのかも分からない。
それでも、多くの人は「内消費税100円」という表示を見ることで、自分が100円の税金を納めたと認識する。
そして、事業者はその100円を預かっているだけだと考える。
ここから、「預かった税金を納めない免税事業者はずるい」という益税の物語が生まれる。
しかし、法構造は違う。
消費者は納税義務者ではない。
レシートに書かれた100円は、売上の対価の一部である。
事業者の納付額は、レシートの表示額ではなく、売上税額と仕入税額の差額によって決まる。
レシートは、価格転嫁に成功した証拠ではない。
預り金が存在する証拠でもない。
そこに記録されているのは、
「その価格で、一つの取引が成立した」
という事実である。
2012年の言葉と、2026年の言葉
2012年の片山さつき議員は、市場の現実を語った。
街の蕎麦屋は、630円を660円にできるのか。
中小零細企業は、本当に消費税を価格へ転嫁できているのか。
価格を上げられない事業者に、消費税は何をもたらすのか。
彼女は、制度の予定ではなく、現場で起きていることを見ていた。
それから14年後。
財務大臣となった片山さつきは、制度を守る側の言葉を語る。
消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定している。
消費税相当額は、適切に価格へ転嫁される。
同じ人物の中に、二つの言葉が存在する。
市場の現実を見る言葉。
制度の予定を守る言葉。
片山さつきは、なぜ言葉を変えたのか。
本当に考え方が変わったのかもしれない。
財務大臣として税制全体を守らなければならないのかもしれない。
党内の力学や、財務省との関係が影響したのかもしれない。
あるいは、本質的な認識は変わっていないまま、立場によって使用する言葉だけが変わったのかもしれない。
その答えは、本人にしか分からない。
だが、確かなことが一つある。
2012年に指摘されていた問題は、14年後も解決していない。
価格転嫁できない事業者がいる。
赤字でも消費税が発生する。
消費税の滞納が続いている。
賃上げが必要だと言いながら、賃上げ原資から先に消費税を取る構造が維持されている。
そして今も、政府は消費税を「景気に左右されにくい安定財源」と説明する。
だが、景気に左右されにくいということは、裏返せば、景気が悪くても取り続けるということである。
人々の生活が苦しくても。
企業の経営が苦しくても。
赤字でも。
資金繰りが限界でも。
付加価値が残る限り、消費税は発生する。
それを、本当に「安定」と呼んでよいのだろうか。
これは事件の記録である
14年前、片山さつきは問いを残した。
そして今、安藤裕がその問いを引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
2012年の片山さつきは、市場の現実を語った。
2026年の片山財務大臣は、制度の予定を語った。
変わったのは、市場ではない。
彼女が座る椅子だった。
制度の外から市場を見れば、価格転嫁できない事業者が見える。
制度の頂点から税制を見れば、「円滑かつ適正に転嫁されることを予定している」という説明になる。
事実が変わったのではない。
観測する位置によって、使用する言葉が変わった。
制度という怪異の頂点に座った者は、その構造を守るための部品として再定義される。
14年前の彼女の言葉が正しければ正しいほど、現在の答弁は、この国の政治が市場の現実よりも制度の維持を選んだことの証明になる。
これは、片山さつき一人の変節を責める物語ではない。
誰がその椅子へ座っても、同じ言葉を語らざるを得ないのだとしたら、問題は個人ではなく構造にある。
だから、問いに向き合わなければならないのは、彼女だけではない。
その変節を制度の「仕様」として受け入れ、今日もレジの音を聞き流している、私たち自身である。
失われた30年をもたらしたのは、果たして誰なのだろうか。
これは、事業者だけの問題ではない
3割特例の先で、すべての事業者が増税になるわけではない。
しかし、第4種・第5種・第6種の簡易課税へ移る事業者や、本則課税で仕入控除率が70%を下回る事業者は、3割特例よりも税負担が増える。
財務省モデルなら、その負担はこう動く。
10万円。
15万円。
そして、業種によっては、
20万円。25万円。30万円。
価格転嫁できれば、取引先や消費者の負担が増える。
価格転嫁できなければ、事業者の所得、貯蓄、設備投資、そして生活費が削られる。
どちらに転んでも、新しく生まれた付加価値ではない。
付加価値は増えない。
税負担だけが増える。
その負担に耐えられなくなった事業者は、やがて市場から消えていく。
消えるのは、帳簿の上の「免税事業者」ではない。
街の店である。
地域の職人である。
荷物を運ぶ人である。
企業の仕事を裏側で支える、ライター、デザイナー、エンジニア、カメラマン、清掃員、外注スタッフである。
市場から供給者が消えれば、商品も、サービスも、技術も、雇用も、消費者の選択肢も失われる。
これは、誰が消費税を納めるかというだけの話ではない。
日本の市場から、誰を消すのかという話である。
みおは、街を見た。
暖簾の向こうで、店主が会計端末を操作していた。
税込630円の蕎麦を、660円にできないまま。
やがて、小さな電子音が鳴った。
ピッ。
みお:
「救済が終わったら、さらに増税されるの?」
あおい:
「本人の労働で付加価値を生み出している事業者ほど、その可能性がある。」
みお:
「それ、救済じゃないわ。」
「増税を、少しずつ見せているだけじゃないの!」
3割特例は、終着点ではない。
その先には、通常の課税へ移行するための次の段階が待っている。
この事実を、まだ多くの小規模事業者は知らない。
もし、あなたの周りにインボイス登録した個人事業主や、小さな会社を営む人がいるなら、この記事を届けてほしい。
賛成か反対かを決める前に、まず、自分の税負担がこれからどう変わるのかを知ってほしい。
タイマーは、すでに動いている。
ピッ。
その音は今日も、誰かの生活を削り、誰かの事業を市場から消していく音だった。
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