【62回目noteマネー掲載】第百二章:消費税―静かな市場排除―
第百二章:消費税―静かな市場排除――
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、もはや単なる議論ではない。
国会という公の場で、制度を運用する側が【自由主義経済においては、価格はきれいに転嫁されない】と自ら認めた【事件】の記録である。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継ぎ、そしてついに【決着】へと導いた瞬間を見てほしい。

――登録しなければ、法人客が消えていく――
部屋の明かりを落とすと、机の上のモニターだけが白く浮かび上がった。
画面の中では、片山さつき財務大臣が答弁している。
インボイス制度の2割特例を、3割特例へ。
免税事業者からの仕入れに認めていた8割控除を、7割控除へ。
小規模事業者や商工団体からの要望を聞き、負担を「だんだんだんだんならしていく」。
これは、インボイス制度の円滑な導入に向けた経過措置なのだという。
みおは、そこで動画を止めた。
みお:
「7割控除って、免税事業者と取引する会社の話よね?」
あおい:
「そうだね。免税事業者から仕入れた課税事業者が、消費税の計算でどこまで仕入税額控除できるかという話だよ。」
みお:
「じゃあ、一般のお客さんを相手にしているケーキ屋さんや花屋さんには、関係ないの?」
あおい:
「一般客しか来ないなら、直接の影響は小さいかもしれない。」
みおは、少し考えた。
みお:
「……一般客しか来ない店って、ある?」
画面の中で、停止した片山大臣が微笑んでいた。
B2Cの売上にも、法人の財布は混じっている
インボイス制度は、一般にB2B、つまり事業者間取引の問題として説明される。
確かに、免税事業者から継続的に仕入れる会社や、企業から仕事を受けるフリーランスは、制度の影響を直接受ける。
しかし、現実の市場は、B2BとB2Cにきれいに分かれていない。
街のケーキ屋には、一般家庭の誕生日ケーキだけでなく、会社の会議用の菓子や取引先への手土産の注文が入る。
和菓子屋には、会社の挨拶回りや社内行事の注文が入る。
花屋には、開店祝い、退職祝い、供花、式典用の花が注文される。
居酒屋や料理店には、接待、歓送迎会、忘年会、出張中の食事がある。
街の商店には、近くの会社が文房具や消耗品を買いに来る。
個人タクシーには、通院や買物の客だけでなく、出張、営業、接待帰りの会社員が乗る。
ホテルや旅館には、観光客だけでなく、出張や研修の法人需要がある。
店側から見れば、同じ一人の客である。
しかし、客が会社の経費として精算する瞬間、その買物はB2Bの顔を持つ。
みお:
「B2CとB2Bって、店の看板で分かれるんじゃないのね。」
あおい:
「うん。同じ店の売上に、個人の財布と法人の財布が混ざっている。」
B2Cだから、インボイスと無関係なのではない。
B2Cの中に混じっている法人需要を通して、インボイスの圧力が入ってくる。
55万円の買物が、会社には56万円になる
法人が、インボイス未登録の店を年間55万円利用したとする。
全額が標準税率10%の課税取引であると単純化すれば、この55万円に対応する消費税相当額は5万円である。
インボイス制度導入前と同様に全額控除できれば、会社は5万円を仕入税額控除できる。
しかし、現在の8割控除では、控除できるのは4万円までである。
5万円-4万円=1万円
全額控除できた場合と比べ、会社の納付税額は1万円増える。
2026年10月からの7割控除では、控除できるのは3万5,000円。
5万円-3万5,000円=1万5,000円
会社の追加負担は、1万5,000円へ増える。
その後も控除割合は、5割、3割、ゼロへと縮小される。
免税事業者から税込55万円を購入した場合
含まれる消費税相当額:5万円
全額控除
控除できる額:5万円
全額控除時より増える納付税額:0円
8割控除
控除できる額:4万円
全額控除時より増える納付税額:1万円
7割控除
控除できる額:3万5,000円
全額控除時より増える納付税額:1万5,000円
5割控除
控除できる額:2万5,000円
全額控除時より増える納付税額:2万5,000円
3割控除
控除できる額:1万5,000円
全額控除時より増える納付税額:3万5,000円
控除ゼロ
控除できる額:0円
全額控除時より増える納付税額:5万円
控除が縮むほど、会社は免税事業者から買ったことによる税負担を自社で抱える。
完全体では、その負担は5万円になる。
なお、インボイスがない支出でも、業務に必要なら法人税上の経費にできないわけではない。
ここで失われるのは、消費税の仕入税額控除である。
それでも、会社の資金が外へ出ていくことに変わりはない。
みお:
「店には55万円しか払っていないのに、会社の税負担が別に増えるの?」
あおい:
「そう。現在の8割控除なら、全額控除と比べて実質56万円。7割控除なら56万5,000円。完全体では60万円の負担になる。」
みお:
「同じ商品を同じ55万円で買っても、登録店と未登録店で会社の負担が変わるのね。」
その5万円は、会社が生み出した付加価値ではない
ここが重要である。
控除ゼロで会社に増える5万円は、その会社自身が新しく生み出した付加価値ではない。
会社が55万円で仕入れ、そこへ自社の付加価値を加えて売ったなら、本来の付加価値税は、自社が加えた部分に対応して計算される。
仕入税額控除とは、前段階の売上に対応する税額を差し引き、後段階の事業者が生み出した付加価値だけを残すための仕組みだからである。
ところが、控除がゼロになると、前段階の55万円に対応する5万円が控除されない。
その結果、買手の納付税額へ再び現れる。
法的には、買手が免税事業者の税金を代理納付するわけではない。
しかし経済的に見れば、買手は、自分が生み出していない前段階売上に対応する5万円を負担させられる。
付加価値税として課税しているのではない。
免税事業者を利用したことへ、追加で課税しているように見える。
みおが、表の一番下を指さした。
みお:
「これ、未登録店を利用すると10%の小売売上税が掛かるみたいじゃないの。」
あおい:
「法形式は違う。でも、会社の購買判断から見たら近いね。」
アメリカの小売売上税で考える
アメリカでは、州や地方政府が小売売上税を課している。
たとえば、ある地域で商品を買うと、店頭価格へ売上税が上乗せされる。
売手が税を徴収しない一定の取引でも、買手側に使用税が生じる場合がある。
制度の細部は日本の消費税と異なる。
しかし、法人の購買担当者の感覚へ翻訳すると、インボイス完全体はこう見える。
登録店で買えば55万円。
未登録店で買えば、会社側の追加納付まで含めて60万円。
商品もサービスも同じ。
店が受け取る代金も同じ。
それでも会社の総負担だけが5万円違う。
会社の経理は、自然に考える。
同じものを買うなら、登録店を使ってください。
これは思想ではない。
好き嫌いでもない。
会社の損失を避けるための、経理上の合理的判断である。
だからこそ強い。
制度が「免税事業者を使うな」と命令する必要はない。
未登録店を利用した会社の負担を増やせば、会社自身が未登録店を避け始める。
法律が店を市場から追い出すのではない。
税計算が、客を別の店へ移動させる。
誰も、取引を切るとは言わない
B2Bの継続取引なら、発注元から値下げやインボイス登録を求められることがある。
しかし、B2Cの店では違う。
会社員は、ケーキ屋に値下げ交渉をしない。
花屋に登録を迫る必要もない。
料理店に、次から使わないと通告する必要もない。
経理部が、登録番号のある領収書を推奨する。
購買担当が、登録店を取引先一覧へ入れる。
法人向け予約システムが、インボイス対応店を表示する。
社員が、経費精算で面倒のない店を自分で選ぶ。
ただ、それだけでいい。
店には、値下げ要求も、取引停止通知も来ない。
次の注文が、来なくなる。
みお:
「排除されたことさえ、店には分からないの?」
あおい:
「客が黙って別の店へ行くだけだからね。売上が減っても、それがインボイスのせいだと証明するのは難しい。」
みお:
「静かすぎるわ。」
あおい:
「だから見えにくい。」
個人タクシーでは、すでに起きている
これは、将来の想像だけではない。
個人タクシーの現場では、未登録の運転手がウェブ配車サービスから排除されているという訴えが、すでに財務省へ出されている。
個人タクシーは、一見すると典型的なB2C事業である。
しかし、実際には出張、営業、接待後の移動など、法人利用が混じる。
さらに配車アプリが市場の入口になると、登録の有無は一人の客の選択を超える。
プラットフォームへの参加資格そのものになり得る。
登録しなければ、法人客だけを失うのではない。
アプリの向こう側にいる一般客にまで、届かなくなる。
もちろん、これは個人タクシー団体による実態告発であり、すべての配車アプリ、すべての地域、すべての個人タクシーに一律に起きているとまでは言えない。
それでも、インボイス登録の有無が市場への参加条件へ変換され得ることを示す、重い事例である。
みお:
「取引先が一人ずつ登録を迫らなくても、入口を閉じれば終わるのね。」
あおい:
「うん。市場そのものが登録圧になる。」
B2C中心でも、4人に1人が登録した
日本・東京商工会議所が2025年に行った調査では、制度導入前に免税事業者だった事業者のうち、インボイス登録を行った割合は次のようになっている。
B2B中心事業者:78.6%
B2C中心事業者:24.6%
B2B中心の事業者ほど登録率が高い。
しかし、B2C中心でも約4人に1人が登録している。
この24.6%が、すべて法人客を失う恐れから登録したと断定することはできない。
調査は、B2C事業者の登録理由を、その一点まで細かく切り分けていないからである。
それでも、B2Cならインボイスと無関係だという説明は、数字の上でも成り立たない。
B2Cの店にも、登録しなければ守れない売上がある。
財務省モデルを、街の店へ置いてみる
ここで、財務省が国会で示した免税事業者の平均像を、B2Cの小さな店へ仮置きしてみる。
税込売上:約550万円
付加価値率:約28%
付加価値:約154万円
この数字は、B2C事業者だけを調査した平均値ではない。
したがって、以下はB2C事業者の全国平均を示すものではなく、制度の作用を確認するための単純モデルである。
この店の売上550万円のうち、1割に当たる55万円が、会社の手土産、差し入れ、式典、宴会、出張などの法人需要だったとする。
そして、インボイス未登録を理由に、その法人需要が登録店へ移ったとする。
売上減少に合わせて仕入れも同じ割合で減るという、店側に甘い仮定を置けば、失われる付加価値は、
55万円 × 28% = 15万4,000円
となる。
付加価値は、
154万円-15万4,000円=138万6,000円
まで減る。
家賃、設備費、最低限の光熱費などが残れば、実際の打撃はこれより大きくなり得る。
登録しても15万円。登録しなくても15万4,000円
同じ財務省モデルで、インボイス登録をして3割特例を選んだ場合を考える。
税込売上550万円に対応する売上税額は50万円。
3割特例の納付税額は、
50万円 × 30%=15万円
付加価値154万円から納付すれば、残る生活原資は、
154万円-15万円=139万円
一方、登録せず、売上全体の1割を占める法人需要を失った場合は、
154万円-15万4,000円=138万6,000円
となる。
登録して3割特例を納付した場合
付加価値・生活原資に残る額:139万円
未登録のまま、法人需要55万円を失った場合
付加価値・生活原資に残る額:138万6,000円
みおは、二つの数字を見比べた。
みお:
「ほとんど同じじゃないの!」
あおい:
「登録すれば、納税で15万円が抜ける。登録しなければ、売上全体の1割を占める法人需要を失うだけで、付加価値が15万4,000円消える。」
みお:
「どっちを選んでも、生活原資が約15万円なくなるの?」
あおい:
「この単純モデルでは、ほぼ同じ地点へ着く。」
登録すれば、生活原資が削られる。
登録しなければ、法人の財布から外される。
これが、B2C事業者へ届く、第二の悪魔の二択である。
付加価値率が高い仕事ほど、客離れが直撃する
街の小売店、飲食店、個人タクシー、美容室、施術業、個人教室では、事業構造が異なる。
当然、付加価値率も同じではない。
しかし一般に、自分の技術や労働を直接売るサービス業では、外部からの仕入れが少ない分、売上に占める付加価値の割合が高くなりやすい。
その場合、売上の一部を失ったとき、生活原資へ及ぶ打撃も大きくなる。
しかも、小規模な個人事業者の付加価値は、大企業の内部留保のような余剰ではない。
店主本人の労働対価、生活費、社会保険料、税、設備更新、病気や不況に備える蓄えを支える原資である。
売上が1,000万円以下だから免税事業者なのである。
利益が1,000万円あるから免税なのではない。
もともと売上の少ない人を、登録しなければ売上が減る市場へ置く。
売上を守るために登録すれば、今度は納税で生活原資が減る。
免税点は、条文の上では残っている。
しかし市場の中では、選びにくくなっていく。
7割控除は、排除を止める数字ではない
みおは、冒頭の動画へ戻った。
画面の中では、3割特例と7割控除が、小規模事業者への配慮として説明されていた。
確かに、7割控除は控除ゼロより負担が軽い。
しかし、全額控除と比べれば、未登録店を利用した会社の納付税額はすでに増えている。
そして控除率は、
8割から7割へ。
7割から5割へ。
5割から3割へ。
最後はゼロへ。
と縮小されていく。
控除が減るたび、会社が登録店を選ぶ経済的理由は強くなる。
未登録店の料理がまずくなったわけではない。
花が枯れたわけでもない。
タクシーの運転が乱暴になったわけでもない。
商品やサービスの価値とは無関係に、登録番号が購買先を分けていく。
みお:
「これ、負担をならしているんじゃないわ。」
あおい:
「未登録店を利用する会社の負担を、段階的に増やしている。」
みお:
「市場が未登録店を避ける速度を、少しずつ上げているだけじゃないの。」
あおいは、しばらく答えなかった。
画面には、国が作ったスケジュール表が映っていた。
それは、税負担の経過表である。
同時に、未登録店への市場圧が強まっていく予定表でもあった。
静かな市場排除
夕暮れの商店街を、みおは歩いていた。
ガラスケースに小さなケーキが並ぶ店。
季節の和菓子を一つずつ包む店。
色とりどりの花を店先へ出した花屋。
夫婦で営む古い喫茶店。
どの店も、一般の客に支えられている。
しかし、その売上の中には、近くの会社から届く小さな注文が混じっていた。
会議用の菓子。
退職者へ渡す花束。
取引先へ持っていく手土産。
忘年会の予約。
一件ずつは、小さい。
けれど、売上の少ない店にとって、その積み重ねは生活を支える一部だった。
花屋の前で、スーツ姿の女性が店主へ尋ねた。
「インボイス、対応していますか?」
店主は、申し訳なさそうに首を振った。
女性は責めなかった。
値下げも求めなかった。
ただ丁寧に礼を言い、スマートフォンで別の店を探し始めた。
誰も、店を排除するとは宣言しない。
誰も、商売をやめろとは命令しない。
ただ、法人の財布だけが、少しずつ登録店へ移っていく。
店主には、その理由さえ分からないかもしれない。
少し先のチェーン店で、法人カードが決済端末に触れた。
ピッ。
その音は、消費者から預かった税が、きれいに国へ流れていく音ではなかった。
法人の財布が、街の小さな店から離れていく音だった。
登録しなければ、客が消える。
登録すれば、生活原資が消える。
みおは、明かりのともった花屋を振り返った。
ピッ。
その音は今日も、誰かの事業を削る音だった。
参考資料
※本文中の「未登録店利用税」「小売売上税のように見える」は、法人側の購買判断を説明するための比喩であり、法律上の税目名ではない。
※税込55万円の計算は、全額が標準税率10%の課税取引であり、買手が本則課税で、他の特例を適用しない単純モデルである。
※財務省モデルをB2Cの店へ当てはめた部分は、B2C事業者の全国平均を示す統計ではなく、制度の作用を可視化するための機械的試算である。
「運営がチートする。」
SSR【怪異017|公式チート】

レアリティ: SSR
属性: 制度/闇/運営
種族: 制度実装型怪異
危険度: ★★★★★★★★★★★★★★★
固有能力:
《ルール改変》
《控除チェーン切断》
《課税ベース膨張》
《通報先内在化》
フレーバーテキスト
制度を守るはずの公式が、
自らルールを書き換えたとき、
怪異は最終形へ至る。
税率は上がらない。
だが、引けるものが減る。
その結果、課税ベースは膨張し、
事業者負担は静かに増殖する。
しかも公式は、
それを**「適正化」**と呼ぶ。
効果説明
このカードが場に出たとき、
相手フィールドの**「控除」**を一部無効化する。
無効化された控除は、
そのまま課税ベースへ加算される。
さらに、このカードが存在する限り、
相手はこの効果を**「増税」**として認識しにくくなる。
真名
公式がルールを書き換え、
自分だけ勝てる仕様を実装した怪異。
弱点
構造の可視化
課税ベースの数式化
「何が控除できなくなったのか」という問い
通報先は、運営
誰が、この制度を不公正だと判定するのか。
誰が、控除切断による累積課税を修正するのか。
誰が、「増税ではない」という説明を覆すのか。
ルールを作ったのは、運営。
税収を受け取るのも、運営。
制度を説明するのも、運営。
苦情の受付先も、運営。
そして、最終的な裁定者も運営である。
みお:
「通報窓口は?」
あおい:
「運営です。」
みお:
「裁定するのは?」
あおい:
「運営だ。」
みお:
「税収を受け取るのは?」
あおい:
「運営。」
みおは、しばらく黙り込んだ。
そして、恐る恐る尋ねた。
みお:
「最終回答は?」
あおいは、画面に表示された文字を読んだ。
仕様です。
それが、運営がチートする世界の、最終裁定だった。

みお:
「あおい。
私たち、これからどうすればいいの?」
あおい:
「知ることだ。」
みお:
「知らなければ?」
あおいは、少しだけ街へ目を向けた。
あおい:
「今まで通りだ。」
知らないうちに、法案が国会を通過する。
気づかないまま、制度が作られる。
暮らしが削られる。
事業が削られる。
それでも、何が起きているのか分からない。
分からないから、問いを立てられない。
問いを立てられないから、反対することも、変えることもできない。
そして、削られていることに気づいても――
それを説明する言葉を持てない。
あおいは、短く言った。
「知らなければ、奪われたことさえ分からない。」
みおは、黙って街を見た。
どこかの店で、レジの音が鳴った。
ピッ。
今日もまた、誰かの売上に課税の当たり判定が置かれる。
誰かの控除が切られる。
誰かの利益が削られる。
けれど、その仕組みを知らなければ、ただの買い物の音にしか聞こえない。
もう一度、音が鳴った。
ピッ。
その音は――
今日も誰かを削る音だった。
【14年越しの答え合わせ】片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ
参考動画:
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、あえて繰り返す。
なぜなら、これは単なる国会質疑ではないからだ。
消費税という制度が前提としてきた「円滑かつ適正な価格転嫁」と、現実の市場で起きていること。
その二つが、国会という公の場で正面から衝突した「事件」の記録だからである。
自由主義経済において、価格は制度の予定通りには動かない。
原価が上がったからといって、その全額を価格へ転嫁できるとは限らない。
消費税率が上がったからといって、その分だけ売価を上げられるとも限らない。
価格転嫁できなくても、消費税の負担は消えない。
事業者の利益、賃金、賞与、投資、資金繰りへと移っていく。
その瞬間、消費税の問題は「価格転嫁」の問題ではなく、税金コストを誰に負わせるかという問題へ変わる。
2012年。
一人の政治家が、その危険性を国会で指摘していた。
片山さつき議員である。
そして14年後。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
これは、制度の外から制度を批判していた者が、制度の頂点へ立ったとき、どのように言葉を変えるのかという記録でもある。
2012年、彼女はすべてを知っていた
「もう、手のつけられないようなことになりますよ」
2012年。
野党時代の片山さつき議員は、消費税増税が経済へ与える影響について、強く警告していた。
住宅。
地方経済。
中小零細企業。
街の蕎麦屋。
普通の床屋。
価格を上げたくても上げられない、小さな事業者たち。
片山議員は、消費税が単なる「消費者の負担」では終わらないことを、具体的な例で指摘していた。
たとえば、街の蕎麦屋である。
今、お蕎麦屋さんは税込み630円でお蕎麦を出していますけど、660円にできますかね?
これは、単なる問いではない。
消費税の制度と市場の現実を知る者が、問いの形で提示した答えである。
全国一律の価格を持つ大手チェーンなら、まだ値上げしやすいかもしれない。
しかし、地域の客に支えられている小さな店はどうか。
街の蕎麦屋はどうか。
普通の床屋はどうか。
値上げによって客を失う可能性がある店に、「税率が上がったのだから、その分を価格へ転嫁すればよい」と簡単に言えるだろうか。
片山議員は当時、年間売上3000万円以下の中小零細企業について、5割から7割が価格転嫁できていないという調査があると述べていた。
さらに、滞納税額の約半分に当たる3400億円が消費税であるとも指摘した。
つまり、彼女は知っていた。
消費税は「価格へ転嫁されることを予定している」と説明される。
しかし現実の市場では、弱い立場の事業者ほど、その予定通りに転嫁できない。
消費税は、制度の予定と市場の現実が一致しなければ成立しない税だった。
2012年の片山さつきは、その矛盾を知っていた。
14年後、問いが戻ってきた
それから14年後。
今度は、参政党の国会議員として国政に復帰した安藤裕が、同じ問題を国会で問い始める。
答弁席に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
安藤議員が最初に確認したのは、消費税の納税義務者である。
法律上、消費税を納める義務を負っているのは誰なのか。
消費者なのか。
事業者なのか。
答弁は明確だった。
消費税法上の納税義務者は、事業者である。
政府は消費税について、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定していると説明する。
しかし、それは経済的な負担についての予定である。
税法上の納税義務とは別の話だ。
税法上、消費者は消費税の納税義務者ではない。
消費税を申告し、納付するのは事業者である。
ここで安藤議員は、さらに問いを進めた。
消費者から受け取った消費税を税務署へ納めず、事業者が自分の利益にしているとされる、いわゆる「益税」は制度上存在するのか。
これに対して片山財務大臣は、法律上はそのような関係にはならないと答えた。
消費者は、消費税法上の納税義務者ではない。
したがって、消費者が納めるべき税金を事業者が預かり、それを国へ納めずに利益にしているという法構造にはならない。
法律上、益税は存在しない。
ここで、長年語られてきた消費税の物語が揺らぎ始める。
完全転嫁という幻想
多くの人は、消費税を次のように理解している。
まず原価がある。
そこに適正な利益を乗せる。
そして、その上に消費税10%を上乗せする。
消費者がその10%を支払い、事業者が一時的に預かり、後から税務署へ納める。
このモデルでは、消費税によって事業者の利益が削られることはない。
人件費も削られない。
消費税は売価の外側へ完全に上乗せされ、最終消費者がすべて負担するからである。
しかし、このモデルが成立するためには、強い前提が必要になる。
すべての事業者が、原価と必要な利益を確保したうえで、消費税相当額を完全に価格へ上乗せできること。
つまり、価格転嫁率100%の市場である。
もし本当に、すべての取引がこの通りに行われているなら、赤字企業はほとんど存在しない。
低賃金労働者もいない。
買いたたきもない。
利益を確保したうえで、消費税分まで価格へ上乗せできるのだから、消費税を払えずに資金繰りへ行き詰まる事業者も存在しないはずである。
だが、現実は違う。
赤字企業がある。
低賃金労働者がいる。
買いたたきがある。
価格交渉力の弱い事業者がいる。
値上げすれば客を失う店がある。
原材料費が上がっても、売価へ十分に転嫁できない事業者がいる。
「原価+適正な利益+消費税」という美しいモデルは、現実の市場を表したものではない。
それは、制度を成立させるために置かれた予定である。
赤字でも消費税が発生する理由
消費税の納付額は、大まかに次の式で計算される。
消費税
=
売上にかかる税額 − 仕入れにかかる税額
標準税率10%、すべて税込金額という単純なモデルなら、次のように表せる。
消費税
≒
(課税売上 − 課税仕入)× 10/110
ここで重要なのは、法人税のように、売上からすべての費用を差し引いて利益を計算しているわけではないという点である。
給与や社会保険料、支払利息など、事業に必要な支出であっても、仕入税額控除の対象にならないものがある。
そのため、法人税上の利益が赤字であっても、
課税売上 − 課税仕入 > 0
であれば、消費税は発生する。
事業者が赤字か黒字かは、消費税の計算を止めない。
消費税は、利益ではなく、課税売上と課税仕入の差額を見ているからである。
一般に、事業者は仕入れた商品へ何らかの価値を加えて販売する。
100円で仕入れた商品を、毎回50円で売り続ける事業は成立しない。
100円の原材料を使い、50円で製品を売り続ける製造業も成立しない。
したがって、事業を継続している限り、一般には、
課税売上 − 課税仕入 > 0
となる。
企業全体では赤字でも、この差額は残り得る。
だから、赤字事業者にも消費税が発生する。
赤字でも「消費税が発生することがある」のではない。
事業が付加価値を生み出している限り、赤字でも消費税が発生する構造なのである。
付加価値の先取り
課税売上から課税仕入を差し引いたものは、概ね、その事業者が新しく生み出した付加価値に対応する。
単純化すれば、
付加価値
≒
課税売上 − 課税仕入
さらに、その付加価値は概ね、
付加価値
≒
利益 + 人件費
と捉えることができる。
したがって、消費税の構造は、概ね次の式で表せる。
消費税≒ 付加価値 × 10/110
さらに単純化すれば、
消費税≒(利益 + 人件費)× 10/110
となる。
ここで、何が起きているのか。
事業者が生み出した付加価値という一つのパイがある。
本来、その付加価値は、労働者の賃金と、企業の利益などに分配される。
しかし、消費税がある世界では、その分配より先に、国の取り分が決まる。
国が消費税を先に取る。
残った付加価値を、法人と労働者が分ける。
価格へ完全に転嫁できるなら、事業者の外側へ負担を押し出せるかもしれない。
しかし、価格転嫁できなければ、消費税は付加価値の内部に残る。
利益を削る。
賃上げ原資を削る。
賞与を削る。
採用を抑える。
設備投資を遅らせる。
資金繰りを圧迫する。
税負担が消えるわけではない。
負担する場所が変わるだけである。
安藤議員が述べた「賃上げする原資を持っていく前に、消費税を納税しろと言われている」という言葉は、この構造を表している。
消費税は、付加価値という一つの財布から、国が先に取り分を確保する税である。
その残りを、法人と労働者が分ける。
これが、「付加価値の先取り」である。
レシートに書かれた「内消費税」
安藤議員は、レシートの表示にも踏み込んだ。
たとえば、1100円の商品を買ったとする。
レシートには、
「内消費税100円」
と書かれている。
では、この100円は法律上、何なのか。
政府側の答弁は、次のようなものだった。
その取引について課されるべき消費税額に相当する額であり、課税資産の譲渡等の売上に対する対価の一部である。
つまり、レシートに「消費税」と書かれていても、それは消費者が税務署へ納めた税金そのものではない。
事業者が消費者から預かった税金そのものでもない。
事業者がそのまま税務署へ納付する金額でもない。
その売価で取引が成立したという事実と、その税込価格の内訳が表示されているだけである。
レシート表示からは、実際にいくら価格転嫁されたのか分からない。
事業者がいくら納付するのかも分からない。
その取引によって、事業者の利益がいくら残ったのかも分からない。
それでも、多くの人は「内消費税100円」という表示を見ることで、自分が100円の税金を納めたと認識する。
そして、事業者はその100円を預かっているだけだと考える。
ここから、「預かった税金を納めない免税事業者はずるい」という益税の物語が生まれる。
しかし、法構造は違う。
消費者は納税義務者ではない。
レシートに書かれた100円は、売上の対価の一部である。
事業者の納付額は、レシートの表示額ではなく、売上税額と仕入税額の差額によって決まる。
レシートは、価格転嫁に成功した証拠ではない。
預り金が存在する証拠でもない。
そこに記録されているのは、
「その価格で、一つの取引が成立した」
という事実である。
2012年の言葉と、2026年の言葉
2012年の片山さつき議員は、市場の現実を語った。
街の蕎麦屋は、630円を660円にできるのか。
中小零細企業は、本当に消費税を価格へ転嫁できているのか。
価格を上げられない事業者に、消費税は何をもたらすのか。
彼女は、制度の予定ではなく、現場で起きていることを見ていた。
それから14年後。
財務大臣となった片山さつきは、制度を守る側の言葉を語る。
消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定している。
消費税相当額は、適切に価格へ転嫁される。
同じ人物の中に、二つの言葉が存在する。
市場の現実を見る言葉。
制度の予定を守る言葉。
片山さつきは、なぜ言葉を変えたのか。
本当に考え方が変わったのかもしれない。
財務大臣として税制全体を守らなければならないのかもしれない。
党内の力学や、財務省との関係が影響したのかもしれない。
あるいは、本質的な認識は変わっていないまま、立場によって使用する言葉だけが変わったのかもしれない。
その答えは、本人にしか分からない。
だが、確かなことが一つある。
2012年に指摘されていた問題は、14年後も解決していない。
価格転嫁できない事業者がいる。
赤字でも消費税が発生する。
消費税の滞納が続いている。
賃上げが必要だと言いながら、賃上げ原資から先に消費税を取る構造が維持されている。
そして今も、政府は消費税を「景気に左右されにくい安定財源」と説明する。
だが、景気に左右されにくいということは、裏返せば、景気が悪くても取り続けるということである。
人々の生活が苦しくても。
企業の経営が苦しくても。
赤字でも。
資金繰りが限界でも。
付加価値が残る限り、消費税は発生する。
それを、本当に「安定」と呼んでよいのだろうか。
これは事件の記録である
14年前、片山さつきは問いを残した。
そして今、安藤裕がその問いを引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
2012年の片山さつきは、市場の現実を語った。
2026年の片山財務大臣は、制度の予定を語った。
変わったのは、市場ではない。
彼女が座る椅子だった。
制度の外から市場を見れば、価格転嫁できない事業者が見える。
制度の頂点から税制を見れば、「円滑かつ適正に転嫁されることを予定している」という説明になる。
事実が変わったのではない。
観測する位置によって、使用する言葉が変わった。
制度という怪異の頂点に座った者は、その構造を守るための部品として再定義される。
14年前の彼女の言葉が正しければ正しいほど、現在の答弁は、この国の政治が市場の現実よりも制度の維持を選んだことの証明になる。
これは、片山さつき一人の変節を責める物語ではない。
誰がその椅子へ座っても、同じ言葉を語らざるを得ないのだとしたら、問題は個人ではなく構造にある。
だから、問いに向き合わなければならないのは、彼女だけではない。
その変節を制度の「仕様」として受け入れ、今日もレジの音を聞き流している、私たち自身である。
失われた30年をもたらしたのは、果たして誰なのだろうか。
これは、事業者だけの問題ではない
3割特例の先で、すべての事業者が増税になるわけではない。
しかし、第4種・第5種・第6種の簡易課税へ移る事業者や、本則課税で仕入控除率が70%を下回る事業者は、3割特例よりも税負担が増える。
財務省モデルなら、その負担はこう動く。
10万円。
15万円。
そして、業種によっては、
20万円。25万円。30万円。
価格転嫁できれば、取引先や消費者の負担が増える。
価格転嫁できなければ、事業者の所得、貯蓄、設備投資、そして生活費が削られる。
どちらに転んでも、新しく生まれた付加価値ではない。
付加価値は増えない。
税負担だけが増える。
その負担に耐えられなくなった事業者は、やがて市場から消えていく。
消えるのは、帳簿の上の「免税事業者」ではない。
街の店である。
地域の職人である。
荷物を運ぶ人である。
企業の仕事を裏側で支える、ライター、デザイナー、エンジニア、カメラマン、清掃員、外注スタッフである。
市場から供給者が消えれば、商品も、サービスも、技術も、雇用も、消費者の選択肢も失われる。
これは、誰が消費税を納めるかというだけの話ではない。
日本の市場から、誰を消すのかという話である。
みおは、街を見た。
暖簾の向こうで、店主が会計端末を操作していた。
税込630円の蕎麦を、660円にできないまま。
やがて、小さな電子音が鳴った。
ピッ。
みお:
「救済が終わったら、さらに増税されるの?」
あおい:
「本人の労働で付加価値を生み出している事業者ほど、その可能性がある。」
みお:
「それ、救済じゃないわ。」
「増税を、少しずつ見せているだけじゃないの!」
3割特例は、終着点ではない。
その先には、通常の課税へ移行するための次の段階が待っている。
この事実を、まだ多くの小規模事業者は知らない。
もし、あなたの周りにインボイス登録した個人事業主や、小さな会社を営む人がいるなら、この記事を届けてほしい。
賛成か反対かを決める前に、まず、自分の税負担がこれからどう変わるのかを知ってほしい。
タイマーは、すでに動いている。
ピッ。
その音は今日も、誰かの生活を削り、誰かの事業を市場から消していく音だった。
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