印刷室の悲劇 ― 腰痛三部作・最終話 ―|休み時間#18(腰痛③)
#休み時間シリーズ (第18話)
学校の先生や教育全体に関する
あるあるな話題を取り上げていきます。
※このシリーズは、どの回からでも読めます。
「バキッ……」
その瞬間、私は声にならない声を上げました。
「……うーっ。」
これは、まずい。
人生三度目のぎっくり腰に見舞われたのは、あろうことか学校の印刷室の中でした。
その日は土曜日。時刻は朝の7時です。
9時からは顧問を務める野球部の活動がありますが、その前にどうしても終わらせておきたい仕事がありました。
それは、林間学校のしおり作り。2年生全生徒分の印刷です。
(今ならブラック労働に認定され、ありえないシチュエーションかもしれませんね。)
早朝の学校は静まり返り、誰一人いません。
ただ印刷機だけが「ガ、ガ、ガ、ガ・・・」と規則正しい音を立てて動いています。
1時間ほどで、無事に印刷が終了しました。
「よし、これで月曜日に生徒たちに配れるぞ」
仕事は極めて順調でした。
その瞬間までは。
「魔女の一撃」は、いつも突然やってきます。
印刷し終えた重い紙の束を抱え、テーブルに移そうとしたその時でした。
「バキッ…」
世界が止まりました。
あまりの激痛に立っていられず、私はそのまま印刷室の床にゴロンと倒れ込みました。
視界に入るのは、無機質な天井だけ。
立てない、横も向けない、動こうにも指先一つ動かすのがやっとです。
「これは、本当にまずい……」
今のようにポケットにスマホがあれば、すぐに助けを呼べたでしょう。しかし、当時はまだ携帯電話もない時代。
たった一人の学校で、私は完全に孤立してしまいました。
「このまま誰にも見つからなかったらどうしよう」
「トイレに行きたくなったらどうすればいいんだ」
天井を見つめながら、私はただ小さくうめき声を上げ続けることしかできませんでした。
そんな、どうしようもない時間が30分ほど過ぎていきます。
そして、時刻は8時30分。
その時、廊下から聞き覚えのある声が・・・
「先生ー!」
「いませんかー!」
私は残された全エネルギーを振り絞って叫びました。
「ここだー! 助けてくれー!」
勢いよくドアが開きました。
そこに立っていたのは、二人の「坊主頭の天使」でした。
野球部のキャプテンと副キャプテンです。
いつもなら練習開始の30分前にはグラウンドでスタンバイしているはずの顧問がいない。それで、私を探しに来たのでした。
すると、床に転がっている私を見て、キャプテンが真顔で言いました。
「先生、一体何があったんですか?」
「……まさか、強盗に襲われたとか!?」
いや、そんなドラマチックな事件ではありません。ただのぎっくり腰です。
笑いながら説明を聞いた二人は、そこから実に見事な動きを見せてくれました。
保健室から担架を持ってきて私を運び出し、冷蔵庫の氷で手際よく氷嚢(ひょうのう)を作ってくれたのです。
すぐに腰をアイシングします。
さすがに三度目ともなると、私自身も対処法だけは慣れたものでした。
私は二人に、泣き出しそうな思いで頼みました。
「9時にはコーチが来るから、練習をお願いすると伝えてくれ」
「それから……お願いだから、30分おきに様子を見に来てくれ……」
情けない話ですが、完全に「泣き」のお願いでした。
野球部の練習が始まり、静かになった保健室で時が過ぎるのを待ちました。
そして12時。練習を終えた部員全員が、コーチと一緒に保健室へ駆けつけてくれました。
あの時ほど、教え子たちが可愛く、そして頼もしく見えたことはありません。
ぎっくり腰になるたびに、私は猛省します。
「一人で何でもやろうとしてはいけない」
「無理をしてはいけない」
「重いものを急に持ってはいけない」
……毎回同じ反省を繰り返している気がしますが、それでもあの日、印刷室の床から見上げた天井と、助けに来てくれた「天使たち」の顔は、きっと一生忘れることはないでしょう。
<腰痛三部作>
① トイレまで20分。廊下を這いながら悟った、教師の「持続可能な」守り方
② 【実録】2度目の腰痛で絶望した私を救ったのは、掃除用具を持った「神様」だった話
③印刷室の悲劇 ― 腰痛三部作・最終話 ―(本記事)
どうやら私は腰には恵まれていないようですが、人にはとことん恵まれているようです。
……でも、
「重い紙の束だけは、もう持たない。」
▼休み時間シリーズ
前回:
第17話:ウルフアロン
次回:
第19話:教員免許がなくてもできる仕事は致しません
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