【アマテラス】を紐解く三部作・序 『我儘』
杜野凛世には、激情がある。
ノクチル過激派おむすび恐竜です。
さて、先日アップしましたこちらのnote
こんなに読まれなかったのは初めてでしてね?!
だいぶ凹みましたよ!(めっちゃ短いから読んでない人今から読んで好きじゃなくてもスキして!!())
まぁ1時間程度で書き上げた、ツイートの延長みたいなものなので、
逆に普段のような長くて思想の強い内容の方がニーズがあるのだと思うことにします。()
完全に割り切ります。
こんなnoteに囚われない内容を、
全く共通点のない話題を、
樋口円香と無縁のテーマを、
フレッシュな気持ちで書こうと決意しました。
題して
【アマテラス】を紐解く三部作
序文
先日実装されました樋口円香最新プロデュースコミュ
【アマテラス】

URという事実と、ガシャ演出ムービーによって爆上がりしていた期待値を軽く超えてきたコミュ内容に、
円環だの螺旋だの言っていた私の脳内は一瞬で焼き切られました。
しかし同時に降りた感想が、
「この感動を100%得られる人、そんなに多くないかもしれない」でした。
【アマテラス】読了。
— りゆ (ノクチル過激派おむすび恐竜) (@R_iceballDragon) July 9, 2025
個人的に一番心血を注いでいる樋口の最新コミュとしても、
『お日様』、『お日さま』、『おひさま』を研究している身としても
文句なしの内容でした。
読む前に最低でも樋口の全カード、イベコミュは読んでおいた方がいいです。マジで。
この通り、(あんま自分のツイートにこの通りとか言わない)
当然樋口円香のこれまでの全てがマストなのですが、
それに加えて
押さえておきたい重要なキーワードが3つあります。
それが、
・我儘
・太陽
・選択
これらを全三部作に分けて解説していきます。
ちなみに【アマテラス】を100%楽しんでもらうためのnoteなので、
【アマテラス】自体の話はしません。
序に当たる今回のテーマは、『我儘』
我儘といえば、これまでのnoteでも何度か軽く解説をしてきた内容ではありますね。
ここで大前提、
そもそも我儘とはどういう意味の言葉なのでしょう。

おおよそ認識通りの意味で間違いなさそうです。
次に、毎度お馴染みの導入にはなりますが、
シャニマスにおいて我儘と聞いて、
まず浮かぶのはみなさま等しくこちらかと思います。

「我儘なまま」
さて、いつもの質問です。
この『我儘』が、何故漢字表記なのかわかりますか?
今回は結論を急がず、
じっくりと紐解いていきましょう。
『漢字/ひらがな/カタカナ』
シャニマスのテキストにおいてしばしば見られる現象のひとつに、意図的な表記揺れがあります。
私の最大の研究テーマにして代名詞の、
『お日様』がまさにその代表例なのですが(ゴリ押し)
『我儘』もまた、
シャニマスで複数の表記が確認される単語なのです。
そして『お日様』の研究によって得た基盤は、
『我儘』においても応用することができます。
漢字表記→最も原型に近い状態
ひらがな→解きほぐされた、或いは未完成の状態
カタカナ→歪な、或いは最も遠い状態
であると考えてください。
こう捉えると、
例えば七草にちかのコミュ名などが腑に落ちやすいのではないでしょうか。


実際ににちかのコミュの中で、言葉にならない言葉、歪な言葉の表記がカタカナになる場面が描かれていたりします。
この出力プロセスがカード名にも反映されていると言えますね。



漢字とひらがなの関係性については『お日様』note
カタカナについてはこれによって示せたかと思います。
ここからはいよいよ『我儘』をこの法則に当てはめて考えていきましょう。
『我儘/わがまま/ワガママ』
シャニマス内では『我儘』の3通りの表記を確認することができます。

漢字はもちろんこれ。
そしてひらがなはここに

COLORFUL FE@THERS -Stella-
思いのままにわがままに 突き進んでみたいから
芹沢あさひ(田中有紀)
作詞:下地悠
作曲:三好啓太
編曲:三好啓太
カタカナはここで確認できます。
それなりに 空気や
諸事情 気づかえるけれど
ちょっと ワガママ 言うよ!
園田智代子(白石晴香)
作詞:児玉雨子
作曲:中野領太
編曲:中野領太
ただの作詞家の差だろ!!!!!!!!
と思ったことでしょう。
はたしてそうかな?


というわけで
まずはこちらのアイドルから証人になっていただきましょう。
『ワガママ』

咲耶を我儘というテーマで語る時、
まず挙げたいのが自身に対する優先順位の低さです。




自分のしたいことがわからない。
自分に矢印が向いていない。
我儘とは対極の思考であると言えます。
そんな咲耶の我儘は、
『ワガママ』と、カタカナで出力される訳ですね。
つまり我儘から最も遠いのがワガママであり、
そう考えると
『チョコデート・サンデー』の歌詞が『ワガママ』表記なのも頷けるかと思います。
園田智代子、
誰かの夢を叶えるためにアイドルになった女なので。(筆者は瀬野あすみ担当)
『わがまま』
続きましてはひらがな代表


(最近冬優子の話ばっかしてる気がする………)
文脈的にはアイデンティティを表すわがままではなく
行為に対する形容ではありますが。
どちらにせよ、大事なのはその表記です。
冬優子は咲耶や智代子と比べれば遥かにわがままであると言えます。
相手を選びはしますが、喜怒哀楽をしっかりと表に出し、感情を言語化できる存在だからです。
しかし決してなりふり構わない自己中心的な存在などではなく、その実常に周囲を考えて行動しています。
故に、
『我儘』になりきれない『わがまま』表記なのです。
また、黛冬優子というアイドルの特性を考えた時、『わがまま』の先、
すなわち『我儘』へ至ることは本人の望まない姿である可能性があります。


『我儘』が自己の最も原型に近い状態を指すのなら
それはアイドル『ふゆ』ではない、
黛冬優子の姿かもしれなくて。
だから『我儘』な『冬優子』ではなく
『わがまま』な『ふゆ』であるために。

ふゆが『お日さま』表記を用いるのも
このロジックに基づくのと、
「真の『お日様』にはなれない」
という意味合いがあります。
それでもいいんです。
本物だけが全てと決めたくないから。
ただ裏を返すと、
『ワガママ』と異なり、『わがまま』はあくまでも『我儘』になりきれない状態。
未完成で、どこか殻を破れない状態でもあります。
こちらを覚えていますか?

見事に殻を破りきれない、今を手放すことに恐れのあるメンバーが揃っています。
(鈴木の場合本人由来ではないんですけども)
このタイトルが『わがまま』表記なのは唸りますね。
もうそういうことです。
メルヘンキャッスル=とことわ説
『我儘』

改めて、シャニマスにおける『我儘』とは
最も解きほぐされていない自己。
誰よりも輝こうとする剥き出しの心。その状態。
故にユニットという形に縛られないソロライブのタイトルこそ『我儘』であり、
その中で誰よりも輝こうとそれぞれが最大限自己を発揮する故の漢字表記なんですね。
そしてこれからするのは、
そんな283プロダクションの中でただ1人、
完全なる『我儘』へと至ったアイドルの話です。
今日、確信した。
杜野凛世には激情がある。
『杜野凛世』

ようやく今回の主役のお出ましです。
完全な『我儘』へと至った存在、杜野凛世。
漢字表記の我儘が如何に大きい存在か、
そして各表記における意味の違いをこれまで解説してきましたね。

『我儘』!!!!!!!!!!!!!!!
これがどれだけ凄いことかをね…説明しますからね…
『凛世と表記揺れ』
まず、
「我儘が漢字表記なのは別に凄いこととかじゃなくて、凛世のキャラ的に漢字で書いてあるだけじゃない?」
という「有りそうな」疑問から潰していきます。
1番思われていそうなのが、
「凛世は博識だから書ける漢字は全部漢字表記にしてあるだけでしょ」説
これね、違うんですよ。
今回全部読み直してきたので間違いないです。
根拠は最も馴染みのあるフレーズ、
『プロデューサーさま』です。






最初期から最新、未来でも一貫して
『プロデューサーさま』表記が用いられています。
凛世が『様』という漢字を書けないわけがありません。


『様付け』の際は絶対にひらがなにする
という訳でもないようです。
何が言いたいかというと、
この時点で既に、
その漢字を使用できるか否かではなく、
明確な意図で使い分けが行われているという事です。
ちなみにせっかくなので『様付け』の使い分けがどう区別されているか調べてみました。









傾向としては、
一般的な『さん付け』と同じ用途の場合は、ひらがなの『さま』を、
神仏や崇拝の対象に対しては漢字の『様』と
使い分けていることがわかります。
(この価値観を定義できた今、凛世が仮に『お日様』と言った時『お日様』なのか『お日さま』なのかが気になって気になって仕方ない…………そしてものすごく灯織の作った親子丼が食べたい…)
で、あればやはり『我儘』が漢字表記なのにも明確な意図が込められていると見て良いでしょう。
そして凛世コミュの中で初めて『我儘』というワードが登場したのが、
かの有名なあのコミュ。
ここでの表記が、
その重要性を決定的なものにしてくれます。
『パッション/エモーション/欲』

ジムシャニで扱われた事でタイムリーな話題でもある伝説の名作、
凛世gradの話です。



gradで凛世に与えられた役割。
それがこの二役を演じるというものでした。
この役柄と向き合う中で、凛世は己の無機質で機械的なアイデンティティを直視することになります。
(キャラクター設定的な無感情属性に対し、本人がそれに問題意識を持って打破に挑み感情表現の難しさに苦悩するという展開が初見時本当にシャニマス的アプローチ過ぎて唸った記憶があります)


周囲から見た時、杜野凛世というアイドルは
「『あ』のない少女」のように映っているという現実

その事実が、凛世の豊かな感情を知るプロデューサー、そして凛世自身に重くのしかかります。

凛世は自分には『あ』、
つまり誰かの心を動かす情熱、感情
そしてそれを外側へ出そうとする欲が、
自分にはないのだと一度は心に蓋をしようとします。
しかしそうではないのだと。


そしてそれこそが、これを打破する概念こそが、

『わがまま』。己の内を曝け出すこと。
そしてこの時点での表記は『わがまま』です。

そして凛世自身さえも、
この時点では『わがまま』表記なんですね!!!!
これが後に『我儘』表記に変わる。
だんだんこれがどれだけ大きなことか伝わってきましたか?
(先にこの画像貼れよって?溜めてから貼るから盛り上がるんじゃろがい)
つまり、Step編現在時空というある程度先の未来において『我儘』表記を獲得している凛世がここで得たのはまだ『わがまま』という未完成の形であり、
それを『我儘』へ昇華させていく事がここからの凛世の目標となるのです。
プロデューサーの言葉によって
『わがまま』を知った凛世は、
「『あ』だけを持つ少女」
「『あ』のない少女」
2人の力を借りて、
歪ながらその心を初めて言葉にします。
伝説のシーン。



本来言語化不可能な感情を、特異な状況下を用意することでそれを可視化させる、実に巧みなシーン構成。
シャニマスの真骨頂とも言える人間臭さの具現化。
薄桃色の「反対ごっこ」でも取られた手法ですね。



『わがまま』への、大切な一歩。
それは自分の思いを声に出すこと。

それこそが、欲しがるということ。
大好きだって気づいたら
声に出してあげなくちゃ Be with you
アルストロメリア
作詞:鈴木静那
作曲:石黒剛・常楽寺澪
編曲:石黒剛
では凛世の「大好き」はどこに向けた矢印なのか。
これに関しては言うまでもなく、
プロデューサーに向けたものですね。
そしてそれは「恋心」という名の
声に出せば良いという訳でもない、大きすぎる矢印。
内に秘める以外に、やり場のない感情。


プロデューサーへの想いのみが、
アイドル杜野凛世を作った原動力である故に
その感情の大きさは筆舌に尽くせないものです。

だけど見つけることができた、
「アイドル杜野凛世」としての「やりたいこと」
それなのに自分の振る舞いでは表現できない。
プロデューサーへの気持ちを伝える事も、
ファンに気持ちを届ける事も叶わない。
二重の苦しみ。
故に
「『あ』だけを持つ少女」
「『あ』のない少女」
2人の感情、苦悩とシンクロした凛世の心の叫びこそ

となる訳ですね…。
名作すぎる…本当に…。
『凛世と言葉』
ですがプロデューサーは以前にもヒントをくれていました。『わがまま』になるためのヒントを。


それが気持ちを、言葉にして伝える事。
grad編で改めてこのヒントが凛世自身の中で結びつき、2人の少女の心とリンクした事で
凛世は物語に対する一つの答えを得ます。


理解してしまったからこそ、博士と2人の少女と同じ道を辿らないためにできる事。
できる限りの言葉を尽くして、伝えあう事。
特別だって気づいたら
言葉にしてあげなくちゃ
アルストロメリア
作詞:鈴木静那
作曲:石黒剛・常楽寺澪
編曲:石黒剛



実はgrad編以前に凛世自身がこう発言しています。
それが実際に、grad編での経験によって実となり、
少し先の未来でこう語っています。


経験から言葉を本当の意味とした凛世が、
まさにその経験を言葉にしている場面です。
良すぎ…………………
それでいて、コンテンツ最初期にして
あの伝説の名言の先取りをしていたりもします。



杜野凛世、シャイニーカラーズのパイオニアすぎる…

そして凛世自身がまさに誰かの『言葉』によってその運命を変えられた存在であり、
シャニマスにおいて『言葉』は特に重要な因子です。
(『言葉』を徹底追求した『言葉狩り』note)
一方で、言葉を大切にするからこそ、
「それを簡単に外には出せない」
という思考ロジックも成立してしまうのです。
大切なものは、内にしまっておきたいから。



他でもないプロデューサーがこの思考を推奨する場面もあったりします。
言葉って難しいよな………。
この結果、
凛世は獲得した大切な気持ちを、
一旦己が内にしまい、
それを必要な時に曝け出す
というプロセスを踏む事になります。
そしてその様を他者が見た時、こう映る訳ですね。

・言葉を大切にするあまり、
言葉さえしまい込んでしまう。
・大好きだという気持ちを声に出せば、
失ってしまうかもしれないという恐れ。
・それがふとした瞬間、
何かとてつもない大きな熱として垣間見える事。
そう、凛世の在り方は実に、
あのアイドルに似ているのです。

『杜野凛世には激情がある』
マドカ、デバンダゾー
杜野凛世と樋口円香の共通点。



大切だから、失う事が何よりも怖い。
他の何よりも、魂が求めているものだから。





出会ってしまったスーツの男の言葉に、
何故か心臓を掴まれてしまった者同士。


飛びたいと、
やりたいと、思わせてしまったんですね。この男が。
この男の言葉が。
瞳を閉じていたい言葉を
くださったから
杜野凛世(丸岡和佳奈)
作詞:古屋真
作曲:田熊知存(Dream Monster)
編曲:田熊知存
その中で見つけた温もりだけ
心にそっと閉じ込めた…
樋口円香(土屋李央)
作詞:秋浦智裕
作曲:家原正樹・Jam9
編曲:家原正樹
そしてそれが、本来彼女たちが持っていた心を、
蓋をして生きてきた熱を呼び覚ますことになります。後に最も『我儘』なアイドルとなる2人の激情を。
ですが両者には後の在り方を変える大きな違いがあります。
それは「素直さ」です。


何でも吸収し、全てに適応していく凛世。一方の
樋口の捻くれ具合は説明するまでもないでしょう()
そしてその柔軟さ、素直さが
杜野凛世というアイドルを
極めて異質な存在にしているのです。
『その青は空よりも澄んでいるか?』

杜野凛世といえば、そのイメージカラーは『青』。
ですがこれ、
実のところプロデューサーが決めたものでも、
凛世自身が決めたものでもないのです。





そう、果穂さんが決めた色なんです…………私の色も決めてください。
これ、要するに
正確な『自分色』とは限らない事を意味します。

そして実際、後に見つけることとなる凛世の『自分色』は全く別の色。
が、しかし、ここが凛世の凄いところで
本当に偽りなく精一杯努める訳です、青を。




あーー……………………ここがね…本当に好きでね………
放課後クライマックスガールズの杜野凛世は
ナンバーワンなんですよ………………………………
つまり凛世は、放クラというユニットの中で、
擬似的に『我儘』を先行体験しているんですね。
だってナンバーワンですよ!?
その自負が世界で最も傲慢な自信でなくて何かと。
そしてその時の自分の色こそ、『青』。
『青』とは、紛れもなく杜野凛世の色なんですね。
『その赤は夕焼けを焼き切れるか?』

術式反転『赫』
杜野凛世の『自分色』。
それは放クラを離れた、
1人の「アイドル杜野凛世」が見つけなければならない色。
最初にその色を自覚するのが、このコミュです。




一つ前のカード【水色感情】などでは、
青を基調としたモチーフが採用されていた中、
今回凛世が心を重ねるのは真っ赤な紅、カルメン。
(このコミュちゃんと解説しようとするとガッツリカルメンの解説も必要になるので割愛…)
この『赤』こそ、これ以降の凛世コミュにおいて、
凛世自身を表す色として確立されていく事になります。






そして対比的に、これまでの『自分色』だった
『青』はプロデューサーを表すメタファーへ。
(この色分け、テキストフレームの色分けと一致してるのがメタ的にもその色の主を強調していて秀逸)




必ずと言っていい程に登場する、赤いモチーフ。
凛世の感情移入する対象や、凛世自身のメタファーとして描かれます。
そもそも凛世コミュにおける各モチーフというのは、
凛世がその心を投影するメタファーとしての役割を持っている事が多く、
凛世コミュにおける文学性を数段高めている立役者でもあります。
ついにこの話をする時が来ましたね…
デビュー作で保留にした、この話を。
『(我→日>世界→汝)=花』
杜野凛世の感情移入の先。
そしてその主体を考える時、
対比として最も興味深い存在がいます。
それが幽谷霧子です。
(幽谷霧子の話をするとものすごく生きてる実感が溢れてくるのよね…)

懐かしき私のnote第1作目で、
解説を保留にした内容がありました。

霧子の擬人法の用い方、その意味についてはこの2本を見ていただければわかるので割愛します。
結論だけ引っ張ると、
霧子が擬人法を使う時(=さん付けをする時)、
世界の中のひとつの個として最大の敬意を持って世界に触れている訳で
言い換えると、
その瞬間「自分」という存在の優先順位は最も低くなっていると言えます。
一方、凛世も擬人法と言えるレベルに植物や架空の人物に感情や物語を見出します。










その最大の特徴とは
メタ的にだけでなく凛世自身の目線においても自分自身のメタファーとして扱っている事です。
つまり擬人法を用いる時、優先順位において
自分自身が最も高くなっているんです。
世界の中から選んだ対象を自分に重ねて、その思いを自分のそれと同一視する、究極の自分主体思考。
この思考プロセスこそ後に凛世が『我儘』の完成系へ到達した最大の理由であり、
幽谷霧子というアイドルとの対極的な対比を生んでいる要素です。











一見、雰囲気や属性の似通った霧子と凛世。
しかしその実、
アイドルになったきっかけが
かたや両親に背中を押された霧子
かたや両親の反対を押し切った凛世
と、真反対な始まりなのが本当に面白いと思います。
そして始まりが正反対ならば、
到達点もまた、両極。
霧子が『漢字』を『ひらがな』に解きほぐし、
『お日さま』を『おひさま』へと完成させたのに対し
凛世は『わがまま』を『我儘』へと。
曖昧な形から、最も原型に近い形へと。
それぞれ対極のやり方で自分の在り方を極めて行ったのです。
よし、ようやくこのテーマを話せたな。
反対を押し切り、
擬人法という手法を自身のエゴに用いる。
なんと傲慢な事でしょうか。
それを普段の生活の中で全面に出し、我を通すのが一般的な意味合いにおける『我儘』ですが
シャニマスにおける『我儘』とは、
それをステージの上で発揮する事。





日常生活の中では優しすぎるくらい自分を優先できない者たちが、ステージの上でだけは他の誰にも負けないように在るための決意表明。









(よく間違えられますが【斜陽】ではなく【射陽】です。
ついでに言っておくと【たそがれスワッグ】ではなく【たそかれスワッグ】です)

優しすぎるんだ……みんな……。
だからこそ『わがまま』にならないといけない。




『わがまま』にならないと、なりきれないと、
大切な人に見てもらうことも叶わないから。
あとはもう、なるだけです。
『ぜんぶ焼き尽くせ』
その赤は夕焼けを焼き切れるか?
シャイニーカラーズ
作詞:烏屋茶房
作曲:ヒゲドライバー
編曲:ヒゲドライバー
そもそもシャイニーカラーズにおいて、
極まった『赤』というのは
「すべてを焼き尽くすことができる色」を意味します。
凛世が内にある自分色、『赤』を最大限磨き上げ『我儘』へ至るなら、ステージ上で自分以外の全てを焼き切る覚悟が必要です。
放課後クライマックスガールズではない杜野凛世として、ナンバーワンになる覚悟が。



凛世とプロデューサーは
その覚悟を、方法をひとつずつ積み上げてきました。
アイドルじゃない自分(ありのままの自分)を知り、


(既視感)




競うということを知り



戦い方を、「勝ち方」を知っていきます。
型にはめる=唄を見せる
型を崩す=自分を見せる=好いた相手がいる
→欲しいなら自分のそのままを、ごまかさないように
ありのままを。わが、ままを
思いのままにわがままに 突き進んでみたいから
芹沢あさひ(田中有紀)
作詞:下地悠
作曲:三好啓太
編曲:三好啓太
そのまま曝け出すこと。


それが誰よりも振り向いて欲しい人の願いだから。
今はもう、凛世自身の願いでもあるから。


強い、熱い、思い


逆さまに、渦巻く、熱さ





そして【硝子少女】での撮影の後、
プロデューサーが選んだ一枚。



それは凛世の逆さまに渦巻く感情を曝け出した一枚。
凛世にとっては切なさ、もどかしさ、苛立ちの籠った一枚。

数ある写真の中から、
よりによってその写真を選ぶわけですよ、この男。











ほんと……この男………………

ですが凛世の最大の強みはその「素直さ」。
樋口が跳ね除けようと、否定しようと足掻いた時間分、凛世は前に進み続けてきました。





そして至ります。
『わがまま』を超えた、完成系。『我儘』へと。
内に秘めた、
真っ赤な激情を曝け出せるようになったことで。
衝動に従い、空を染め、夕焼けを焼き切り、
ぜんぶを焼き尽くす覚悟。
杜野凛世は、『我儘』になったのです。
『紫陽花の紅みいれたん』
杜野凛世の何が異質なのか。
それは「自分色をふたつ持っている」事です。
放課後クライマックスガールズの、ナンバーワンの青。
凛世本来の内にある、全部を焼き尽くす激情の赤。
その名も、パーフェクトノックアウト
それでいてその2色がそれぞれ独立している事こそ、杜野凛世というアイドルの異質さです。
我儘な色とは、最も原色に近い色。
混ざらない色。



(青は凛世の色であると同時に、
プロデューサーを示す色でもあります。
故にまだ、混ざらない。)
放クラの凛世と、そうでない凛世。
それはまるで
「『あ』のみを持つ少女」と
「『あ』のない少女」がまだ、
2人に分かれていなかった頃のような。
それでいて明確にふたつに分かれてしまった後のような。
紅みを秘める 青い紫陽花のような
杜野凛世(丸岡和佳奈)
作詞:古屋真
作曲:田熊知存(Dream Monster)
編曲:田熊知存


同じ、「赤と青」というアイデンティティでも
2色を綺麗に混ぜ合わせ唯一無二の配合にする「赤でも青でもない」摩美々と、
2色を独立した色として極める「赤でも青でもある」凛世。



混ざらず、青だけでもなく、赤だけでもない。
つまり『あ』以外だけでも、『あ』だけでもないという事。
茹だる熱さのアカと 冷めて沈んだアオを
田中摩美々(菅沼千紗)
作詞:松井洋平
作曲:高尾奏之介
編曲:高尾奏之介
その青は空よりも澄んでいるか?
その赤は夕焼けを焼き切れるか?
月よりも、星よりも、夜を穿て
シャイニーカラーズ
作詞:烏屋茶房
作曲:ヒゲドライバー
編曲:ヒゲドライバー
摩美々がグラデーションならば、
凛世はコントラスト。
Dye the sky.とは最もシャニマスを表す曲。
その曲における色彩としての代表2色を、1人で2色とも極めた凛世こそ、
シャイニーカラーズで最も我儘な存在なのです。
そして選ばない事を、選ぶ。我儘な選択。
選べないよ 一つの世界だけなんて
自由でいいじゃん
だってだって どっちの世界も現実(ホント)なんだもん
ストレイライト
作詞:下地悠
作曲:草野将史
編曲:草野将史
思いのままにわがままに 突き進んでみたいから
芹沢あさひ(田中有紀)
作詞:下地悠
作曲:三好啓太
編曲:三好啓太
あれ、チームまりあって、実はすごいユニットだったんじゃ……?ってそろそろ気づき始めた頃でしょうか。
その3人が主役となる物語で、初めて天井努の過去が明かされ、八雲なみという存在が示唆されます。
つまりはシャニマスの物語が真に動き出す時。

そこでメインを張る3人に、意味がないはずなかったのです。
3人のイメージカラーと瞳の色を見てみましょう。

そして、我儘/わがまま
ワクワクしてきましたか?
(この話はまたどこかで)
『第二象限』
余談コーナー。
『素直』で『我儘』な凛世。
その思考回路はあるアイドルへのアンチテーゼにもなっています。






冬優子のアイドル観を大きく揺るがせた映画監督の本音。



それでもプロデューサーを信じることで、抗ってみようと決めます。






この伝説のコミュを経た今、
改めて見ておきたいのが我らが杜野凛世の、LP編です。




【三文ノワール】の映画監督と同じ観点、表現、言葉を得て、出た感想が
「まだまだこれからでございます」
未来を、見てるんですよ……
これだけにとどまらず、最初期まで遡りましょう。



この時点で迷いなく、『写真』という概念に過去を見ていないんです。
時間に対する抵抗の表現を、前向きに。
それでいて、

あーーーーーーーーっ……………………
もう何も言うまい…
杜野凛世、お前がナンバーワンだ……………。
(【ノンセンス・プロンプ】では止まった時計の象徴だった観覧車を、確実に未来へ周り、ある地点へ至るものとしてメタファーの上書きをした【ラヴ・レター】が大好きなんですよね………)


この2人カード名組み合わせると紅茶花伝になるのも好き
そんな凛世と冬優子が同じステージに立った、
「『円環』second quadrant」

ここまでの2人の価値観、物語を強く意識した時、
この曲はさらに化けます。
写真 歌 羽根 影 在った証は あるかい? (絶対さ!)
放課後クライマックスガールズ×ストレイライト
作詞:古屋真
作曲:藤井健太郎
編曲:藤井健太郎・牧野太洋
解けない 果てない 永遠はここまで
放課後クライマックスガールズ×ストレイライト
作詞:古屋真
作曲:藤井健太郎
編曲:藤井健太郎・牧野太洋
あとはもう、『感じて』ください…この曲を。
とんでもねぇ歌詞なのでホントに…

現状の円環キービジュ追加メンバーで唯一、「ラストナンバーでない」というイレギュラーな存在なのも、
杜野凛世に何かしらの想いが託されているからなのかもしれません。
(DJ高山の一曲目を思い浮かべながら)
『花はどこを向いて咲くのか』
さて、忘れてきた頃ですが今回の企画は、
【アマテラス】を紐解く三部作・序
そこへ至るプロセス、完成系を知るものとして、
まずは杜野凛世の力を借りて紐解いてきました。
第一部、『我儘』はこれにて。
次のテーマ、第二部でお会いしましょう。
私たちは、我儘なまま─────────


