【アルバム解説:To Pimp a Butterfly(2015) / Kendrick Lamar】

このアルバムは、アメリカの人種問題と自己の内省とを巧みに対比させた超傑作です。
また、HIPHOPにジャズやファンクを融合させた、実験的で重厚なサウンドが特徴です。
本稿ではこの名盤の魅力や凄さを紐解いて行きたいと思います。
概要
ケンドリックラマーのメジャー2枚目のアルバム。
BillboardやRolling Stoneが5点満点中4.5点、Spin誌は10点満点中10点を付け、2016年のグラミー賞では最優秀ラップ・アルバムを受賞しました。
本作をケンドリックの最高傑作とする批評家は多く、「この世で出たアルバムで最も優れたもの」という書き込みをよく見かけます。
本作は、人種、アイデンティティ、成功、鬱、自己愛、そしてアメリカ社会におけるアフリカ系アメリカ人の苦悩をテーマとしています。
タイトルを直訳すると「蝶を売春させる」で、アフリカ系アメリカ人搾取の比喩になっています。
また、前作で高い評価を受け富と名声とを手にした(芋虫が蝶になった)ケンドリックの苦悩についても語られ、それが社会課題と対比されます。
本作は、ケンドリックが時代の代弁者となった重要な作品です。
サウンドはジャズやファンクに大きく傾倒しています。
ジャズの精神性、ファンクのダイナミズム、ラップの快楽性、スポークンワードの劇場的要素が高度に調和したヒップホップです。
黒人音楽と文化に対する深い尊敬を感じます。
曲解説
1.Wesley's Theory
白人至上主義に支えられたアメリカの社会が、利益のためにアフリカ系アメリカ人アーティストを搾取する様子を描いた曲。
客演のサンダーキャットのベースが凄い!
2ndヴァースで"40 acres and a mule"という言葉と"Uncle Sam"が登場します。
40エーカーの土地と1頭のラバが欲しいのか?
それともピアノかギターか?
何でも頼めよ。俺はアンクルサム、お前の犬だ
「40エーカーの土地と1頭のラバ」というのは南北戦争後の奴隷解放時にアメリカがアフリカ系アメリカ人に約束しておきながらいまだに果たされていない補償の約束です。
「アンクルサム」はアメリカ合衆国を擬人化した白人キャラクターです。
冒頭、古いレコードのノイズと共に、ボリス・ガーディナーの"Every Nig*er is a Star"のサンプリングが流れるます。
この曲は「" Nig*er "という言葉の認識を変え、アフリカ系アメリカ人のプライドを鼓舞するきっかけになった曲」だそうです。
そして本作15曲目の”i“に繋がっています。
2.For Free? (Interlude)
女性が「あんたなんてろくでなし、あれもこれも買ってくれない」とののしり、ケンドリックが物凄い高速のラップで「俺のアレはタダじゃねぇ」と応戦する。
女性はアーティストを搾取しようとするアメリカ社会や企業のメタファーです。
サウンドはライブ感あふれるスリリングなジャズ。
ジャズミュージシャンによる一発撮りらしい。
高速のレガートに乗ってケンドリックがスキルフルなラップを聞かせるのは圧巻!
最後は女性の「アンクルサムに言いつけてやる。あんたはキングなんかじゃないのよ!」というセリグで幕を閉じます。
3.King Kunta
この曲はアレックス・ヘイリーの小説「ルーツ」に登場する奴隷「クンタ・キンテ」を引用しています。
「ルーツ」は、18世紀にアフリカからアメリカに奴隷として連れて来られたクンタ・キンテを祖先に持つ一族の物語で、ドラマ化され日本でも放送されました。
小学校で謎の「クンタ・キンテごっこ」をしたのを覚えています。誰かが「クンタ~!」といったら「キンテ~!」って叫ぶだけなんですけどね。アホなガキは意味も分かっていない。
かつて祖先は奴隷だったが今俺はキングだ。
みな俺の足を切りたがる
(クンタ・キンテは逃亡防止のために足を切られた)
俺の「ヤム」を欲しがる。
「ヤム」はヤムイモのことだと思いますが、ここでは富や権力のメタファーとして使われています。
ケンドリックは玉座に座っているように見えて、実際は奴隷のように抑圧搾取されているということです。
サウンドはファンキーで攻撃的、サンプリングにはジェームス・ブラウンの"Pay Back"が使われています。
前曲はジャズで本曲はファンクです。
この曲以降、各曲のアウトロやイントロで詩が朗読され、詩は曲が進むごとにだんだん追加されていきます。
自分の影響を濫用してしまったことに葛藤したのを
覚えている
4.Institutionalized
前曲でヒップホップ界の王座に君臨したことを自信満々に主張しているものの、この曲では、故郷(コンプトン)でのトラウマがまだ彼の精神に潜んでいることを語ります。
このトラウマはやがてサバイバーズ・ギルトという罪悪感を生み出します。
また、コンプトンの仲間たちは、今なお安易な解決(犯罪)に囚われています。
これは、アメリカという分断社会の構造に根ざす惨状です。
Institutionalized(制度化された)というタイトルでその構造の強固な深刻さを示しています。
同郷の先輩である、客演のスヌープ・ドックのラインが印象的です。
フッド(地元)から抜け出すことはできても、
ホーミー(仲間たち)からフッドを抜き去る
ことはできない
5.These Walls
冒頭で例の詩が朗読され、少し追加されます。
自分の影響を濫用してしまったことに
葛藤したのを覚えている
俺も時に同じことをしてしまった
この曲では、壁をメタファーに使いながらエグい内容が語られます。
ここで壁とは「女性器」、「人種の壁」、「刑務所の壁」を示しています。
1stヴァースでケンドリックは女性とのセックスを楽しんでいるが、お互い何か事情がありそう。
2ndヴァースでは、いまだ人種の壁が存在しアフリカ系アメリカ人たちは抑圧搾取されていると語る。
3rdヴァースでは刑務所内のある男について語られる。
3rdヴァースが進むとゾっとする事実が判明します。
-3rdヴァース(抜粋)-
壁はお前に"Sing About Me"を聴けというだろう
お前は俺の仲間を殺したが神はお前の命を奪わ
なかった
もう一回この曲(These Walls)を最初から聞いてみろ
お前の女は有名ラッパーに取られたんだ
"Sing About Me"は前作"good kid, m.A.A.d city(2012)"で、殺された友人の兄であるデイヴについての曲です。
刑務所の男はデイヴを殺した男であり、1stヴァースの女性はその彼女なのだ。
この曲は復讐なのです。
軽快でムーディなビートにのってこの物語が語られると、歌詞とのギャップに寒気がします。
アウトロでは再び詩が朗読され、また少し付け足されます。
自分の影響を濫用してしまったことに
葛藤したのを覚えている
俺も時に同じことをしてしまった
怒りのままに自分の力を間違った方向に使い、
深い憂鬱へと変わった
気づいたらホテルの一室で叫んでいた
内面では自分の行動(復讐)は間違っていると感じており、後悔している様子がうかがえます。
そしてこの詩の構造が少しずつわかってきました。次はホテルの一室で叫ぶ曲ですから。
6.u
ケンドリックはインタビューで自分が鬱病であることを告白しています。
この曲では、本来酒を飲まないケンドリックが、ホテルの一室で泥酔しながら凄まじい自己嫌悪をまき散らします。
10万人の前で説教しても10代の妹の妊娠を
防げなかった
親友が死にそうなのに全国ツアーにかまけて
見舞いにも行かず死なせてしまった
u(ケンドリック)を愛することは複雑だ(困難だ)
前半は陰鬱なジャズのビートの中で叫び、女性のスキャットが心の叫びであることを表しています。
後半は気怠いジャズのビート。
時々酒瓶の音と嚥下する声色とが混じる中、泥酔した声色でろれつの回らないようなラップをします。
表現凄いなぁ。
この曲では明確な自殺願望まで開示しています。
リスナーには衝撃ですが、ここでの目をそむけたくなるような落ち込みとの対比として、15曲目の"i"が際立ちます。
自分の触れたくない面を相当掘り下げており、インタビューでは「今まで一番書くのが難しい曲だった」と語っています。
スタッフはこの曲のレコーディングの様子を振り返り、「彼はすべての照明を消してブースに入った。そして三時間出て来なかった。あのセッションに入った人はみんな目に涙をためていた」と語っています。
ジョナサン・デイヴィス(Korn)みたいだな。
近年自分のメンタルヘルスに向き合った音楽は増えてきましたが、ここまでトラウマをいじくり倒した曲はなかなかないです。
そしてその手法を4thアルバム"Mr. Morale & the Big Steppers"(2022)でさらに進化させることになります。
7.Alright
「どんな辛いことがあっても俺たちは大丈夫だ」というメッセージを力強くラップします。
この曲はBLM(ブラック・ライヴズ・マター運動)でアンセムとなりました。
BLMは人種差別やアフリカ系アメリカ人への不当な暴力に抗議する運動です。
BLMはトレイボン・マーティン事件がきっかけとなり広まりました。
トレイボン・マーティンというのは、口論がこじれた末に丸腰にもかかわらず白人警官に射殺されてしまったアフリカ系アメリカ人の青年の名前です。
この曲の「俺たちは警察なんて大嫌いだ ストリートで俺たちを殺そうとしてる」というラインと、「俺たちは大丈夫」という力強いメッセージから、この曲がアンセムとして使われたのだと思います。
表面上はストレートで力強いメッセージですが、本当にそうでしょうか。
ビートはむしろ不安をあおる様で、全然大丈夫じゃない空気感が充満しています。
ヴァースでは「鎮痛剤が俺を黄昏に誘う」などと辛い思いと現状が描かれます。
「辛いけど大丈夫」と受け取るか、「表面上はポジティブだけど実は全然大丈夫じゃない」と受け取るか、前向きと皮肉のダブルミーニングになっています。
「前曲(鬱:自己の内面)と次曲(悪魔の誘惑:外部からの抑圧)の間でのポジティビティ」という構図からは、どちらかと言うと皮肉的なニュアンスに思えます。
また、この曲がBLMのアンセムに祭り上げられたにもかかわらず、ケンドリックはBLMに対して沈黙を守りました。
この沈黙もストレートなポジティブ・ソングではないことを示しているように思います。
2ndヴァースでは、1曲目に登場したラインが形を変えて再登場します。
土地とラバが欲しいのか?
それともピアノかギターか?
何でも頼めよ。俺はルーシー、お前の犬だ
ここではアンクルサムがルーシー(ルシファー:悪魔)に変わっています。
そしてこのラインは次曲に繋がります。
アウトロでまた詩は少し進みます。
:
怒りのままに自分の力を間違った方向に使い、
深い憂鬱へと変わった(These Walls)
気づいたらホテルの一室で叫んでいた(u)
俺は自滅したい訳じゃなかったんだけど(Alright)
ルーシー(悪魔)に取りつかれてしまっていた
だから答えを求めて走り出したんだ
8.For Sale? (Interlude)
浮遊感漂う天国のコーラスの様なビートにのって、ルーシーは様々な誘惑をちらつかせ、ケンドリックと悪魔の契約を結ぶように迫ってきます。
俺はルーシー、呼んでくれてありがとう
お前のポケットを金でいっぱいにしてやるよ
俺が欲しいのはお前の信頼と忠誠、断らないだろ?
お前は十分大人だ、この契約書にサインしな
まるでゲーテの「ファウスト」です。
天国のコーラスで言われると、思わず「時よ止まれ、お前は美しい」と言ってしまいそうです。
ルーシー(ルシファー:悪魔)は、アフリカ系アメリカ人アーティストを搾取しようとする企業、アメリカ社会のメタファーです。
よって、1曲目のアンクルサムも、2曲目の女性も、ルーシーの化身なのです。
そして詩がまた進みます。
:
ルーシー(悪魔)に取りつかれてしまっていた
(For Sale? (Interlude))
だからホームに辿り着くまで答えを求めて
走り出したんだ
9.Momma
この曲は、ルーツを通して自分を見つめるべく南アフリカを旅した経験から生まれたそうです。
この曲のタイトルである"Mamma"とは、自分の地元である「コンプトン」、アフリカ系アメリカ人の母国である「アフリカ」、そして「本来の自分」を指しています。
この曲では、成功したことによるサバイバーズ・ギルトが語られます。
サバイバーズ・ギルトとは、戦争、災害、事故などに遭いながら奇跡的に生還を遂げた人が、周りの人々が犠牲になったのに自分が助かったことに対して感じる罪悪感のことです。
ラッパーとして成功するアフリカ系アメリカ人はごくごく少数です。
自分だけが成功しても他の周りの大多数が悲惨な状況にあることから、成功したアフリカ系アメリカ人の多くがこのサバイバーズ・ギルトを感じるといわれています。
ラフなビートが必要だ
この感情は不釣り合いだ
アドレナリンと良いラップでこの感情がきみに
やってきた
「この感情」とはサバイバーズ・ギルトのことです。
ラッパーとして成功することで「この感情」がケンドリックにやってきました。
ケンドリックはサバイバーズ・ギルトの苦しみから、南アフリカへ旅をします。
ビートは空き瓶やがらくたを使ったような文字通りラフなビートで、アフリカのストリートを思わせます。
再び自殺願望が語られますが、南アフリカで会った自分に似た少年が話します。
でもきみが死の代わりに運命を選択するのなら
提唱者になれ ダチに言うんだ
特に「帰ってこい」と
ケンドリックは、返ってこいと言う少年の言葉を受け、混乱したように考え始めます。
後半はアフロビート/ファンクにビートチェンジして、アフリカのプリミティブな力強さを感じます。
ずっときみを探していた
ゲットーの裏できみを見つけたと思ってた
たぶんきみは1ドル札にいるのかも
きみは本物じゃないのかも
君(=自分に似た少年)は、罪悪感を知らない若い頃の、つまり本来の自分かもしれません。
または、「1ドル札にいる」はプロヴィデンスの眼(キリスト教において「神の全能の目」を表す意匠)を思わせるので、神かもしれません。
本来の自分、自分の中の神性を指しているのだと思います。

「見つけたと思っていた」「本物じゃないかも」というのは、まだサバイバーズ・ギルトを抑えきれていないということです。
10.Hood Politics
自分の得た成功が、ルーシーによるものでなく自身の力だと納得するために、周りの環境をディスります。
まず、地元のくだらないローカルルール(Hood Politics)、次いでアメリカ政府、さらには商業主義のアーティストたちを徹底的に非難します。
「地元のくだらないローカルルール」はアフリカ系アメリカ人同士でもめている様を表し、「アメリカ政府」はアフリカ系アメリカ人を搾取する組織・団体・文化を指しており、「商業主義のアーティストたち」はルーシーと契約した者たちです。
前曲後半のファンクネスから打って変わって、R&B/ネオソウル風のアーバン・ビートが流れます。
これによりリスナーは、アフリカからアメリカへの急な場面転換に戸惑わない仕組みです。
上手いなぁ。
そして詩がまた進みます。
:
だから答えを求めて走り出したんだ
ホームに辿り着くまで
だがサバイバーズ・ギルトは抑えられなかった
(Momma)
俺が勝ち取った勲章だって自分を納得させる
ため四苦八苦した
それかもともと俺は優秀だったんだって
(Hood Politics)
だけど、俺の愛する仲間たちがコンプトンで
終わることのない戦いを繰り広げていた間
俺は新しい戦いに身を投じていた
11.How Much a Dollar Cost
再び場面は変わり、南アフリカを旅した時に出会った男との体験が寓話的に語られます。
ケンドリックはホームレスの男に1ドルをねだられ、
「どうせヤクでもやるんだろ、失せろ」
と突っぱねた。
男は「出エジプト記の14章を読んだことはあるか
ね?モーセが海を割るまさにあの場面だが、
モーセのように慎ましやかな人物こそ 我々に
とって必要な存在なんだ」と言う。
ケンドリックは罪悪感から怒りを覚えた。
男は「お前に1ドルの価値を教えてやろう。
1ドルにはお前が天国に行けるかどうかが
かかっている。過ちを悔い改めろ、俺は神だ」
と言う。
その場を離れたケンドリックは聖書をめくり言う。
「どうか神よ、私が変わることを支えてください。
過ちを正します」
この寓話からは、見て見ぬふりをしていた自分のサバイバーズ・ギルトに向き合い、謙虚さと信仰心をもとに立ち直ろうという姿勢が見て取れます。
なおこの曲はオバマ大統領のお気に入りらしいです。
前曲ではオバマ大統領が軽くイジられちゃってるんですけどね。
本曲のテーマは形を変えて、次のアルバム”DAMN.”の”PRIDE.”にも表れます。
“Me, I wasn't taught to share, but care(分け合うことを教わらなかった でも思いやっている)”というラインです。
12.Complexion (A Zulu Love)
真正面から人種差別について取り扱った曲です。
著名人や有名ラッパーの名を巧みに織り交ぜながら、肌の色もギャングカラーも含めて「色は関係ない」と強く主張します。
「ウィリー・リンチ説を百万回だって覆してやる」というラインが印象的です。
ウィリー・リンチ説とは、奴隷をうまくコントロールするには、年齢や肌の色など、奴隷たちにまつわる「違い」を利用することで互いに対抗させる、というものです。
本説が効果的であることは9曲目"Hood Politics"で示された通りです。
客演のRapsodyがまた良いです。
「茶色と同じくらい黒い、ヘーゼルナッツ、シナモン、紅茶、どれも私にとっては美しい」と女性目線でラップします。
女性ラッパーにも語らせることで「色は関係ない」という主張の普遍性が強調されます。
さらに、Rapsody独特の凛としたトーンが、力強く説得力があります。
もしこのアルバムが気に入ったら、Rapsodyのアルバムも聞いて見ることをお勧めします。
どの作品も凄く良いです。
13.The Blacker the Berry
「ベリーは黒いほど甘い」とはいろんな取り方があります。
「肌が黒いほど根源的、純粋で誇り高い」ともとれるし、アフリカ系アメリカ人搾取の隠喩とも取れます。
この曲では、アフリカ系アメリカ人差別を糾弾すると同時に、アフリカ系アメリカ人同士の暴力や犯罪をも糾弾しています。そしてさらには、それらの状況を変えられない自らを責めています。
この曲のきっかけとなったのはトレイボン・マーティン事件です。
トレイボン・マーティンというのは、口論がこじれた末に丸腰にもかかわらず白人警官に射殺されてしまったアフリカ系アメリカ人の青年の名前です。
アフリカ系アメリカ人が非アフリカ系アメリカ人に
撃ち殺された事件に対しては悲しみが湧き上がる
のに、自分が育ったコンプトンではアフリカ系アメリ
カ人がアフリカ系アメリカ人を殺しているのだが
それは見て見ぬふりか?
俺は2015年最大の偽善者だ!
"Alright"はBLMのアンセムとなりましたが、この曲は"Black on Black Crime"をも糾弾しているため賛否両論でした。
サウンドはダークでヘヴィ。
地を這うようにず~っと鳴っているサブベースが異様です。
本アルバム中最も凶暴なビートがゲロかっこ良い!
ケンドリックのラップは怒ってます。激しく怒っています。
14.You Ain't Gotta Lie (Momma Said)
母がケンドリック虚栄を簡単に見破ってしまうストーリーから始まり、「嘘をやめろ」ラップします。
これは、分断や差別がはびこるアメリカ社会、ルーシーに象徴される搾取する企業や組織、ルーシーと契約した商業主義ラッパーたち、に向けられている様です。
サウンドはトラップ・ビートなのだけど、このアルバムの文脈で聞くとフュージョン(ジャズ+ファンク+R&B)っぽく聴こえます。
ベースのハーモニクスとかギターの使い方とかが効いてます。
15.i
本アルバムの最重要曲にしてクライマックス。
内容は「自分を愛し、自らに誇りを持て!」という主張。
ここでいったん、どんどん継ぎ足されてきた例の詩を振り返ってみましょう。
実際に全文が現れるのは次曲ですが、ここでは先取りして抜粋します。
怒りのままに自分の力を間違った方向に使い
(These Walls)
気づいたらホテルの一室で叫んでいた(u)
自滅したい訳じゃなかったんだけど(Alright)
ルーシー(悪魔)に取りつかれてしまっていた
(For Sale? (Interlude))
だから答えを求めて走り出したんだ、
ホームに辿り着くまで
だがサバイバーズ・ギルトは抑えられなかった
(Momma)
俺が勝ち取った成功だと自分を納得させたかった
(Hood Politics)
俺は人種差別に端を成す新しい戦いに身を投じた
(The Blacker the Berry)
学んだことを皆に伝えたい。
その言葉はリスペクトだ(i)
鬱になるほど落ち込み、悪魔の誘惑と戦い、時には後悔するような悪事を働き、人種差別に端を発する戦いに身を投じ、最後に得た結論が「リスペクト」です。
それぞれが誇りを持てば人種差別、搾取、貧困、犯罪は無くせる、という前向きなメッセージです。
ただ「リスペクトだ!」という曲を1曲提示されても刺さりませんが、このアルバムで散々暗黒面をほじくり返した後の結論として提示されると、とてつもなく感動的なカタルシスがあります。
サウンドはここにきてチャラっチャラのパーティ・ファンク。
ここまでの曲は抑制的で渋めのプロダクションであった分、この曲のハネ方が凄い。
"i"はアルバム発表の前年(2014)にEP公開されていますが、EP版はもっと落ち着いた感じのトーンでした。
ところがこのアルバムでは過剰なほど派手なパーティー・チューンになっています。
アルバム版をあえてのチャラファンクに再構成したのが素晴らしい。
この文脈での効果絶大です。
そしてアウトロでの演説(これが長い)がまた重要です。
「ニガー(Ni*ger)」という蔑称から生まれたスラング「ニガ(Ni*ga)」を、王・支配者を意味する「ニーガス(Negus)」のスラングであると再定義し、"Every Ni*ger is a Star"をさらに一歩進めています。
16.Mortal Man
前半は、リスナーに対し訴える様にラップます。
俺の言葉はお前の地球となり月となる
メッセージを受け取ってくれ
良いことも悪こともあるけど
それでもファンでいてくれるか?
ケンドリックは、殺伐としながら感動的なこのアルバムのメッセージを、リスナーにしっかりと受け取ってほしいのです。
最後の曲でこの訴えは胸に刺さります。
素晴らしい!
後半では例の詩がここで全文語られます。
そしてそれを朗読する相手は亡くなった2PAC、という構図です。
2PACは'90年代に活躍し、ケンドリックが敬愛するラッパーです。
何者かの銃による襲撃を受けて25歳で夭逝しました。
後半は生前の2PACのインタビュー音源を切り貼りして、まるでケンドリックと2PACが会話しているような構成になっています。
ケンドリックは2PACに向けて詩(このアルバムのストーリー)を語り、そして自分のしてきたことに対する意見を求めます。
そして最後2PACから答えを得られないまま幕を閉じます。
この曲は、2PACと対話する形で本作の流れと意味を総括しています。
いやもうこのアルバムは文学作品だよ!
まとめ
他のアルバムでもそうだけど、ケンドリックは曲の間(イントロやアウトロ)を使うのが絶妙に上手いです。
このアルバムにおいては、個々のテーマを「成長する詩」という形で実に分かり易く繋げています。
この詩があるために、個々の楽曲では、深く、ラディカルに踏み込めるのだと思います。
各曲のパンチが強く、そしてそれらが統合連携することでより大きな世界観が見えてきます。
各曲のテーマは社会問題から個人のメタルヘルスまでふり幅が大きく、正直難解と言えます。
サウンドは渋いプロダクションであり、キャッチーとは言えない曲も多いです。
それでも、じっくり何度も聞くに値する大傑作です。
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