【アルバム解説:good kid, m.A.A.d city(2012) / Kendrick Lamar

このアルバムは、米ローリングストーンの「史上最高のコンセプト・アルバム TOP50」に選出された名盤です。
音楽的にも素晴らしいのですが、特にストーリーテリングにおいて実に良くできています。
本作のストーリーを追いながら、その魅力と音楽性の素晴らしさを紹介していきたいと思います。
概要
アメリカの音楽レーベルであるTDE(トップ・ドゥグ・エンタテインメント)から発売された、Kendrick Lamarのメジャーデビューアルバム。
2011にインディーズで"Section.80"を出しているので、実際には2枚目となります。
このアルバムは、「全米屈指の犯罪都市であるコンプトン(mad city)で良い子(good kid)として育ったケンドリック・ラマー(通称: K-Dot) が、同調圧力と戦って恋愛や悪事を働きながら何とか生きる」という自伝的作品。
自己の物語を通じて社会的な問題を情緒豊かに描いた傑作です。
Billboard 200の全米ヒップホップアルバムチャートでは358週間以上連続ランクインし歴代1位。
ローリング・ストーン誌が選んだ「オールタイム・グレイテスト・アルバム500」で115位にランクインしています。
タイトルの"m.A.A.d"には下記の3つの意味があります。
・mad(狂気)
・my Angry Adolescence divided(分断された怒りの青春)
・my Angels on Angel dust("my Angels"は仲間、"Angel dust"は薬物を指す)
ジャケットでは、少年以外の人物の目が隠されています。
また、”a short film by Kendrick Lamar“と記載があります。
これは少年(K-Dot)の目線から見たコンプトンの若者の日常を、映画的に描いた作品です。
曲解説
1.Sherane a.k.a Master Splinter's Daughter
17才のK-Dotは、パーティで知り合ったシャレーンに母親の車で会いに行く。頭の中は性欲と期待でいっぱい。しかしそこにはギャングである彼女の従弟も待ち構えていてボコボコにされる。
メロディアスなベースライン、変調したドラム、浮遊感のあるシンセとスキャット。
落ち着いたミドルテンポでありながらどこか不穏な空気が漂うビートが凄く良いです。
冒頭男たちの祈りから始まり、アウトロのスキットでは「ふらふらしてんじゃないよ!早く帰って来なさい。」と母親からの留守電が流れます。
はじめはこのスキットの意味がわかりませんが、聞き進めていくとやがてわかります。
2.Bitch, Don't Kill My Vibe
神に真摯に向き合うK-Dotは、仲間たちの同調圧力に苛まれる。
ケンドリックは敬虔なクリスチャンとして知られる。
「Bitch, Don't Kill My Vibe(俺のムードをぶち壊すな)」というのは、Good KidからMad Cityや仲間たちに対しての歌詞ではあるが、金や名声を成功とみなす他のラッパーたちや、名声に群がる取り巻きに対して発してもいます。
ゆったりとしたグルーヴに、細かいハイハットのビートが実に気持ち良い。
3.Backseat Freestyle
仲間たちと車に乗り込み、ご機嫌でフリースタイルをぶちかまし夢を語るK-Dot。
Martin had a dream
マーティンには夢があった
Kendrick have a dream
ケンドリックには夢がある
"Martin had a dream"はマーティン・ルーサー・キングの「I Have a Dream(私には夢がある)」という演説から引用しています。
彼はアフリカ系アメリカ人公民権運動(公民権の適用と人種差別の解消)の指導者として知られ、ノーベル平和賞を受賞しています。
自分をキング牧師と並べ、高級車を飛ばし、女をはべらかす。
ビッグな夢を次から次へと語るが、ねじる様に上昇するフローがどこか虚栄を匂わせます。
本来のK-Dotは真面目でビビリなのです。
荒々しいビートがカッコいい。
4.The Art of Peer Pressure
“Peer Pressure”は「仲間からの同調圧力」と言う意味です。
Homies(仲間たち)と不法侵入して盗みを働き、警察に車で追われて逃げまくる。
何とか逃げ切った後、マリファナたばこを合成麻薬入りとは知らずに吸い、気絶してしまう。
ワイルドな日常が語られるが、気怠いモノローグ調のラップがうんざりした心象を良く表しています。
"Me and the homies"という繰り返しが物悲しい。
5.Money Tree
ラッパーとして成功する人生を夢見ていたが、実際は犯罪に手を出すか貧困かというのが現実である。これで良いのか?
金のなる木が作ってくれるであろう心地よい木陰(安らぎ)を夢に見ながら、一方金で手に入れたものは心を満たしてはくれないこともわかっている。
「ハル・ベリー(セクシーな女優として知られる。ここでは『目の前の快楽』の意)か神か?どっちの毒を選ぶ?」というラインが良いです。
この町ではどっちを選んでも袋小路という事です。
ビートはゆったりとソウルフルで、階段状に下降するフローがクセになる名曲。
6.Poetic Justice
シャレーンに捧げるラブソングですが、シャレーンはHIPHOPのメタファーでもあり、HIPHOPへのラブソングでもあります。
そう思って聞くと、「お前に捧げる詞を曲に書き込んでいる」、「俺のペンには血が入っている」、「お前の全てを知りたい」というラインは特にグッときますね。
「暗闇でも花が咲いたと言ったら、信じてくれるか?」というラインは、コンプトンの様なゲットーからスターが生まれる、俺はそれになる、という想いです。
殺伐とした風景を描くこのアルバムの中で、K-Dotの想いの根底をなす重要な曲です。
アウトロでは、K-Dotがギャングに絡まれるシーンのスキットがあります。
1曲目"Sherane a.k.a. Master Splinter's Daughter"のアウトロとつながっています。
欲望に盲目になってシャレーンに会いに行き、はめられてギャングに絡まれるシーンです。
“Poetic Justice"には「因果応報」的な意味合いがあり、このシーンはそれを思い出させます。
7.Good Kid
K-Dotはギャングメンバーではないが、仲間の同調圧力に負け悪事に手を染め、一方警察からは「お前はギャングに決まってる」と人種差別を受ける。
本アルバムの中心的なテーマを、自己の心象風景と社会課題を同時に描いたリリックが本当に素晴らしい!
ブルース感あふれる名曲です。
8.M.A.A.D City
ギャングに背けば自分を守るものはいない、ギャングに従えばより暴力の世界に引きずり込まれる。
暴力、犯罪、殺人、銃、薬物が横行する町でのプレッシャーと袋小路感が迫ってくる。
途中ビートチェンジします。
前半は緊張感と焦燥感のあるビート、後半は重厚で凶暴なビート、どちらもすげぇカッコいい!
ラップするK-Dotは終始声が裏返っています。
これは、長期間のプレッシャーからパニックになりかけている人の声色です。
表現力が素晴らしいです。
9.Swimming Pools (Drank)
一見酔っぱらって盛り上がる曲の様だが、K-Dotはまた違うことを感じています。
浴びるほど飲んで依存症になることに嫌悪感を抱きつつ、自分に酒を勧めてくる仲間の同調圧力に苦しんでいる様です。
このころの体験からか、ケンドリックはアルコールも薬物もやらないことで知られています。
膜のかかったようなドープなビートが泥酔感を表しており、凄く良い。
そしてアウトロのスキットが衝撃的。
仲間たちが、ボコられたK-Dotの仕返しをしようと相談していると、突然銃声がする。
K-Dotの友人の兄であるデイヴが撃たれ、彼はK-Dotの腕の中で死んでいく。
10.Sing About Me, I'm Dying of Thirst
本アルバムでの最重要曲であり、個人的にはケンドリック・ラマーを代表する名曲。
ケンドリックの人生に衝撃を与えた悲劇について、彼自身の思いが歌われます。
前半"Sing About Me"では3つの物語が語られます。
ヴァース1は、前曲"Swimming Pools (Drank)"の最後で銃殺されたデイヴの弟であり、K-Dotの友人の目線で語られる。
「お前が大物になったら俺のことを話してくれよ。
アルバムが出る前にもし俺が死んだら…」
銃声と共にケンドリックのラップは中断される。
兄に続いてK-Dotの友人も、復讐の輪廻の中で銃殺されてしまう。
ヴァース2は売春婦であるキーシャの妹の目線で語られる。
「あんた、私の姉(キーシャ)についての曲を
Section.80ってアルバムで書いてたろ?
彼女の何がわかるの?
姉を弄んだ男は今、私の背後で快楽を求めている
でも私には40ドルが必要なの
私のことは歌にしないで」
女の悲惨な話は続くがラップはフェードアウトする。
ヴァース3は、死に囲まれた環境で生きてきたK-dot自身の想いと決意が語られる。
「過酷な生を生きた(生きる)彼らの人生は語られる
べきだ」
"Sometimes I look in the mirror"という歌いだしで始まるが、"I look in the mirror"というラインは、このあとのケンドリックの作品の中に何度も現れます。
それぞれのヴァースの後にコーラスが挟まれ、これが凄く良い。
When the lights shut off and it's my turn
明かりが消える時、俺の番が来たら
Promise that you will sing about me
俺のことを歌ってくれると約束してくれ
「俺が死んだら俺のことを歌ってくれ」というのは、仲間たちの想いともとれるし、ケンドリック自身の想いともとれる。また、「仲間の人生を歌っていく」という決意にもとれます。
1番目の友人のヴァースは銃声で中断され、2番目の売春婦のヴァースはフェードアウトするが、もの悲しい人生のBGMの様なビートは続いてゆく。
本当に上手い!胸に突き刺さる!!
この曲は聞いていて何度も泣きそうになります。
"I'm Dying of Thirst"では、撃たれたデイヴの復讐をしようといきり立つ仲間たちと、それに引きずられるK-Dotの様子が、K-Dotの心象風景を通して語られます。
もうこんなのたくさんだ。
なんでまた戦場を走らないといけないんだ
いつまで敵を追い、逃げ続けるんだ?
終わりのない暴力には疲れた
俺は渇きで死んでしまう
前のめりに急かすようなビートが現実の緊迫感と焦燥感を演出し、女性の静かなスキャットが心の声であることを示唆しています。
また、リズミカルに入る「あっ」というフローが渇きを良く表しています。
町の中を走り回りながら心の中で「もううんざりだ!」と叫ぶ姿が見える様です。
素晴らしいプロダクションです。
アウトロでは謎の老婆があらわれ、男たちに祈りをあげさせます。
なぜそんなに怒っているの?
あなたたちは渇きで死んでしまいそうね
そしてこの男たちの祈りが、1曲目の冒頭の祈りです。
最後に老婆はこんなセリフで曲を締めます。
Alright now, remember this day
もう大丈夫。今日のことを覚えておきなさい
The start of a new life – your real life
新しい人生、真の人生の始まりよ
"real life"は次曲の"Real”に、"new life"は最終曲の"Compton"に繋がっています。
"Sing About Me"だけ、"I'm Dying of Thirst"だけならここまで刺さらないでしょう。
ところがこの二つを一つにしたときの深みと破壊力と言ったら…。
仲間の想いを受け、自分の想いを自覚し、その目で見つめる現実の自分、そしてアウトロのスキットでの救いの兆し。
素晴らしい構成力とストーリーテリングです。
11.Real
K-Dotは、本当の自分とはどういうものか、本当のアフリカ系アメリカ人とはどういうものか考え始めます。
悪事を働く自分は、本当に自分が望む姿なのか?
自分は詩を書くのが好きだ
自分が道を踏み外さない様に監視していてくれた
両親に感謝している
自分は真実をラップする
軽快で穏やかなトーンのこの曲は、このアルバムでの一つの到達点でもあります。
アウトロのスキットでは、母親の留守電電話で「TDEから家に電話があった」ことが告げられます。
K-Dotの音楽活動が本格的にスタートするということです。
また、この曲のスキットで、これまでの両親からのうっとうしい電話の意味がようやく理解できます。
戻ってきてコンプトンの黒人と茶色の子供たちに
自分の話をして
お前も彼らと同じように暴力の暗い場所から立ち
上がってポジティブな人間になったと伝えなさい
そしてケンドリック、愛してる
また後で話してね、バイバイ
ケンドリックはインタビューで「両親が見守り監視してくれたおかげで自分は道を踏み外さなかった」と語っています。
この”Real”という曲は、Mad Cityの中でもがきながらGood Kidとして生きてきた、彼と彼の家族に光が差す様です。
実に感動的です。
12.Compton
K-dotからキング・ケンドリック・ラマーとして生まれ変わった、新たな旅立ちを思わせる曲。
同郷の先輩であるDr.ドレーとの共演によるコンプトン賛歌。
カッコいいけど、他の曲に比べてサウンドが派手で違和感バリバリです。
あまりにテイストが違うので、初めて聞いた時はボーナストラックかと思いました。
思うにこの違和感は狙いです。
この曲はK-dotでなく、決意のもと新生したケンドリック・ラマーを提示したいので、ここはあえて違う曲調にしたのでしょう。
4thアルバム"Mr. Morale & the Big Steppers"(2022)でも似たようなことしています。
まとめ
今一度1曲目の冒頭に戻って聞きなおすと、男たちの祈りの前にリール系の機械の作動音とヒスノイズがあることに気づきます。
これはおそらく映写機の音です。
曲間やアウトロのスキットでもこのリール音が流れています。
そして11曲目"Real"の最後では、この映写機を止めてリールを巻き戻す音で曲が終わります。
このアルバムはある少年たちの数日間を描いたショートフィルムなのです。
シャレーンに会いに行きボコられ、車のバックシートでフリースタイルをぶちかまし、強盗を働き逃げ回り、麻薬入りタバコを吸って気絶する。
酒を飲んで仕返しの計画をしていたら逆に仲間を殺され、復讐のために街を走り回り、謎のスピ婆さんに会って改心する。
12曲目の"Compton"はさしずめエンドクレジットでしょう。
仲間たちをショートフィルムに記録して皆に覚えていてほしかったのだろうと思います。
老婆の「今日のことを覚えておきなさい」というセリフは、自分に対して、コンプトンのホーミーに対して、リスナーに対して発せられているのだと思います。
曲順が時系列でないのも映画の演出(特にタランティーノ)っぽいです。
ケンドリックの作品群の中でも本作をフェイヴァリッドにあげるリスナーは多く、僕も本当に大好きです。
沼ること間違いなしの大名盤です。
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