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悪魔は三度微笑む(第一夜)

あらすじ

新宿歌舞伎町

訳ありな人間が渦巻くこの街で

恋に悩む女性の前に突如現れる、謎の男

その男が決まって差し出すのが…

願いの叶う、魔法の錠剤

それを飲んだ者は…

文字数73


nightmare



見上げた新宿の空は星一つ見えなくて

代わりに胡散臭くて魅惑的なネオンたちが、私を嘲笑うかのようにギラギラと存在感を放っていた

「東京は星が見えないのね」

独り言のように、でも本当は目の前にいる男に話しかけるように大きく呟いた

そんな彼は不敵に微笑んだ

「夜空がビルの明るさに負けているからだよ」

大きめのワイシャツから覗いた腕には無数の深い傷跡
身なりは綺麗なのに、どこかぬぐい切れない穢れのようなものが瞳にうつる

私は成り行きで、彼に死にたいんだと話した
すると男は不敵な笑みを浮かべて言う

「楽に、死ねる薬を売っているんだ」

差し出された名刺は白地に簡素な楷書体
そこに店名と住所が記載されていた

「生きるのに疲れてしまったら、いつでもドアをノックして
…醒めない夢を魅せてあげるよ」

薬か

新宿だし、普通の薬ではないよね…

でも、私にはもう守るものも失うものもない

後日、名刺を頼りに男の店へと向かった

表向きはなんてことない、普通のバー

重厚そうな、黒い大理石のような見た目の扉を開ける

中央にあるカウンターの中に、ベストを着た男
目が合うと恭しくお辞儀をして、待ってたよ、と言った

綺麗に磨かれた、光沢のある黒い石でできたカウンター

頼んでないのに、フルートグラスに注がれた黄金色のシャンパンが出てきた

彼はゆっくりと口を開く

「薬の代償だけど」

早速か

「お金はいくら払うのかしら?」

「お金はいらない

その代わり、君の身体が欲しい」

かっ…

「身体…!?

どういう事…?」

ふう、と彼は小さなため息を吐いた

「そのままの意味だよ」

それ以上、彼は多くを語ることはなかった

無言の空間が2人を包む


最初の出会いこそ、結構適当に会話していたが

改めて男を見ると、すらりと身長は高く、線は細くて女みたいに華奢なんだけど、身体の節々は男らしく筋肉もうっすらついている
顔も綺麗だからモテてきたんだろうと想像した

それに何となく、昔付き合ってた…

いや…

「いいわよ、私の身体でよければ…」

気張って言ったつもりだったが、何となく声が震えていたかもしれないなと思う

「じゃあ、契約成立という事で…」

彼はどこからか出した白い錠剤を手に持ち、それを私の目の前にあったシャンパンに入れた

みるみるうちに錠剤は溶けて消えてゆき、跡形もなくなる

こんなに早く溶ける錠剤あるの…?

ホントに薬…?

「それを全部飲み干したら、契約完了だよ」

これを全部飲んだら…

そっとグラスの足を持ち、シャンパンを煽る

炭酸が効いているはずなのに、何故かするすると飲みやすい…

私は一気に飲んだ

グラスをゆっくり置く


…なんとも…ない?

でもお酒を飲んだから、頭が少しぼーっとして眠気が…

「俺が売ってるのは麻薬と言う名の愛

依存して、のめり込んで

そこから抜け出せない」

何か彼がぶつぶつ言っていた気がするが、そこで私の記憶は途絶えた

彼の言葉で目を覚ます

頭の中か、耳元か、聞こえたところはどこかわからないが
でも、はっきりと彼の言葉が聞こえた

『俺が売っているのは麻薬と言う名の愛

依存して、のめり込んで

そこから抜け出せない』

意味は全く分からない

でも…

「あれは…夢…現実…?」

記憶が曖昧な中で、はっきり覚えているのは

懐かしい、ずっと会いたかった元彼の顔で

大きな手で抱きしめてくれて

冗談言って笑わせてくれたり

かっこよくて頼れる

あの頃となんら変わらない元彼がいた

…別れてしまってからは

今はもう、どこで何をやっているのかすらわからない

登録されている連絡先には、メッセージが届かないから

だけれど…

見慣れた自分の部屋の寝室
身体は汗でぐっしょりと濡れている
まとわりつくシーツ
呼吸も浅い
火照った身体

薬を飲んだ後の記憶はないけど、私はまだ生きていた

でも、今はそんな事どうでもいいほど、どうでもよかった

また、薬屋の彼に会いたい

薬が欲しい

死にたいからじゃない

薬を飲んだら元彼に逢えるかもしれない、と言う気持ちの方が大きかったからだ

あの薬は死ねる薬じゃない

新宿の街を歩きながら、私は薬屋の彼の店へ向かっていた

さしずめ、そう、睡眠薬か何かだろう

だって、身体はぴんぴんしてるし、どこにも不調がない

まあ、少し気怠いくらいか…

それでもいつもの、今までの私と身体も体調も変わらない

ビルとビルの隙間に、あの小さなバーを見つけた

相変わらず重たい扉を開ける

中に入ると店は真っ暗だった

あれ?いないのかな?

「すみませーん!」

暗闇の中叫ぶ

お店がやってないと、薬もくれないのかな…?

私は意気消沈して、ゆっくり扉を閉めた

「なんか用かな?」

「わっ!びっくりしたー!!」

後ろを振り返ると、薬屋の男がいた
またあの不適な笑いを浮かべている

「もしかして、薬が欲しいのかな?」

「…そうよ、身体もまた差し出すわ」

と言ったところで、昨日薬の代金の代わりに身体を差し出したわけだけど、私は彼としたのだろうか?

と、疑問がわいた

目覚めたところは自室のベッドだったけど、薬屋の彼の姿はどこにもなかったし、そもそも薬を飲んでからの記憶がない

覚えているのは元彼の姿だけだ

「どうかしたの?」

彼がいぶかしそうに私の顔を覗き込んだ

「…別に

それより、どうなの?」

「契約成立だね」

なんだ、それは
いいって事の返事なのか

「入って」

彼は重たいバーの扉を開けて、電気をつけた
店内はカビ臭いような匂い

エアコンがつき、快適な温度になっていく

「聞きたい事があるんだけど」

私はカウンターの椅子に座り、何か世話しなく動く彼に問いかける

「昨日の薬、死ねる薬じゃないでしょ」

「…君は死にたいと思って、今日来たの?」

質問には答えないけど、見透かされている
きっと、私みたいな人が過去にもいたんだろうな

「…睡眠薬?」

「違うよ」

違う?でも、どう考えてもそういう薬の類だと思うけど…

「俺が売ってるのは麻薬と言う名の愛

依存して、のめり込んで、そこから抜け出せない」

またそれだ…

「ねえその言葉何なの?どういう意味?」

「そのままの意味だよ」

のらりくらり

そう、最初から彼の言葉は曖昧で、あやふやで的を得ない
核心的な事は言わない
つかめないんだ

フルートグラスにシャンパンが注がれた
黄金色にきらきらと光る液体

そこに、彼はどこからか出した錠剤をシャンパングラスに落とした

「ねえ、私、あなたと本当にしたの…?」

フルートグラスの足を持ちながら聞いた

きっとこれを飲んだら、また記憶がなくなってしまうはずだ
だから、なくなる前に聞きたい事を聞いておこうと思った

彼は無言で見つめ、何も答えずに視線を逸らした

何も答えないんだな…

私は諦めてシャンパングラスを煽った

また、するすると飲みやすい
そうだな、これ例えるなら気の抜けたシャンパンって感じだな
でも私、炭酸は弱い方が飲みやすいから好きなんだ

アルコールが胃に流れ、じわじわと身体中に広がっていく感じ

視界が少し霞む

「夢の中でね…」

最後の彼の言葉は、半分ほど聞き取れなかった


「これ何?」

銀色の薄いプレートには私と恋人の名前が彫られていた

「ペアネックレスだよ、ずっと一緒に付けたいと思ってたから、ずっとね」

恥ずかしがり屋で、愛情表現が少し苦手だけど、私とのペアアクセサリーを作ってくれた事が嬉しかった

抱きしめられると、古着とタバコの匂い

ずっと、ずっと、この匂いに包まれていたい

幸せの香りなんだ

ねえ、待って…何処に行くの…?

行かないで、待ってよ

私を置いていかないで

もう、独りにしないでよ…!


目が覚めると

頬を水滴が伝る

それが涙だと気付くのに時間はかからなかった

私は確信した

あの薬は、元彼の夢が見れる薬なんだ
どういう原理でそうなるのかはわからない
でも、もうそうだと確信を持って言える

「それにしては、夢じゃないような、生々しい感覚…」

指で頬についた雫を拭った

ベットから身体を起こそうと力を入れると
身体に衝撃が走り、同時に臀部から鈍い音がした

「いったー…」

ベットから落ちて腰を打つ

「え、何で…」

身体がひどく重い、力が入りにくくなっている
それになんだか頭も気だるいのだ

汗びっしょりの身体をシャワーで流すのも一苦労
お風呂から上がると、さらにぐったりとした気分になった

「なんか身体中が疲れてる…」

またベットに戻って横になった

その時、手に何か金属のようなものが当たる感覚

ん…?

手の先を見ると、それは元彼が作ってくれたペアネックレスだったんだ

「こ、これって…」

私の名前が入ったプレートは、彼が持っているはずの、ネックレスだ

「夢じゃない…って事…?」

重たい体を奮い立たせ、ネックレスを握りしめると、あの彼の元へ向かった

薬屋の、あの男の元に

彼の店までの道のりが、いつもの数倍かかったように感じた

重たい扉を、全体重をかけて身体で押し開ける

「いた…」

カウンターにはベストを来た男が、亡霊のように突っ立っていた

「おかえり」

彼は不敵な微笑みを向けた


「あなた……なの?」

私は掠れた声で元彼の名前を言った

彼はまた不敵な笑みを浮かべて言う

「違うよ」

え…

違う…?

じゃあ…

「じゃあ、あなたは誰?」

彼は薄い笑いを浮かべながら身体が代償なら答えるよ、と言った

それはつまり、またあの薬を飲むという事なのか

でもあの薬を飲んで、だんだん身体がつらくなっている
これ以上飲んだら、身体が動かなくなってしまいそうな恐怖と不安が頭をよぎった

「薬はいいわ、身体はあげるから、教えて」

男の顔が曇る

「交渉決裂だね」

「えっ?」

「薬が必要ない人とは取引出来ないんだ」

なんで…

「…じゃあ、わかったわ、薬を飲む代わりに質問に答えてほしいの」

「契約成立だね」

彼はまたあの例のシャンパンを出してきた

錠剤をグラスに入れようとする彼の手を遮って、シャンパンを遠ざけると、私は食い気味に話しだす

私の意識があるうちに応えて貰わないと、また記憶がなくなってしまう

「あの薬を飲むと、夢に、その、前付き合ってた人が現れるの…

それで、夢…だと思ってたんだけど、起きたら彼が付けていたペアのネックレスがあって

あれは夢じゃなくて、現実なの?

現実なのだとしたら、彼は…」

「聞き分けのない女は嫌いだな」

「は?」

彼は私の顎を掴むと、私の口に自分の舌をねじ込んできた

んっ…!

一瞬の事で身体を仰け反らすが、それより彼の力の方が強く、口元を離さない

あっ…

ただのキスじゃない、彼は自分の口の中に例の錠剤を仕込んでいた

その欠片たちが、私の口に流れこんでくる

仕舞った

意識がどんどん遠のいてゆく


古着とタバコの匂い

元彼に包まれている匂いだ

心地よい、幸せの香り

元彼を見上げると、そこには見覚えのある他の顔があった

「あ、あなた…なんでここに…!」

あの薬屋

「なんでここにも何も…俺が君に見せている夢だからだよ」

俺が君に見せている夢…?

「どういうこと…?」

「君の愛する人の思い出や記憶を夢の中で見せる

それが俺の力ってだけだよ

愛する人は人によって毎回違うけれどね

因みに俺の姿も、見る人によっては全く異なった見た目になっているだろうね

今の俺の容姿は、君が望んだ姿をしているから」

「何のために…そんなことをしているの…?」

「何のためねえ…」

男は顎を撫でながら目線を上に向けて、考えるような素振りをした

「直接的には、君には全く関係のない事だけど

強いて言うなら、自分の為だね
まあ試練のようなもんだよ」

「あなた…一体何者なの…?
人間じゃないの…?」

「何者か…昔は名前もあったような気がしたな

でももう、今は人間だった頃の姿が思い出せないな

忘れてしまったよ」

「あなた…死んでるの?」

そう言うと彼はいきなり高笑いをした

いままで、不敵な笑みを浮かべている表情は何度も見て来たけど、声をあげて笑っているところは見たことなかった

その笑い声は、獣のような金切り声に似ていたんだ

「あはっははは…

死んでるって言うか、ここはそういう世界だから」

「それ…私も死んでるって事…?」

そう言った時、私は思い出したんだ


お金も無くなって

彼も消えてしまって

守るものも失うものもなくて

何にもなくなってしまった私は

死のうとしていたんだって

適当な雑居ビルの屋上に登って、飛び降りようとしていた

東京の夜空には星が見えないな、って思いながら

「生きていても愛されないなら、死神に愛されるのも悪くないわね」

私は彼を見て笑った

彼も不敵な笑みを浮かべている

そこで、私の記憶はまた途切れた


目を覚ますと、私は雑居ビルの屋上にいた

空には星一つ見えない

代わりに胡散臭くて魅惑的なネオンたちが、私を嘲笑うかのようにギラギラと存在感を放っていた

見覚えのある景色だけど、ここがどこかが思い出せない
なんでだろう?



遠くの方で、俺が宿した悪魔が目覚めたのを感じた

さあ、また新たなターゲットを探す旅に出るとするか
可愛い、インキュバスになる子をね

明るい新宿の街並みを見下ろしながら独り言ちる

「俺が死神のようなご立派で高尚な”神様”だったら、こんな低俗な事はしていないんじゃないかな?

だって俺は、”淫魔”だから」

持っていた、名前の書かれているプレートネックレスを見た

「ちょっとした、小細工は使えるけど…

神様とは程遠い対極のような存在だからね」

そう言うと、炎とともにペンダントは消える

でも、この低俗な試練を積んだら人間に戻れるらしいから、言われたことをこなすだけ

醒めない夢を魅せるんだ

悪夢を…ね


第二話↓

第三話↓

第四話(前編)↓

第四話(後編)↓

第五話(前編)↓

第五話(中編)↓

第五話(後編)↓

最終話↓

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