焼栗コロッケとトロンボーン。-石田幹雄×後藤篤@アケタの店。2025年3月14日。

春の日の夕方、肉と総菜のとらやさんのショウ・ウインドウを眺めていたら焼栗コロッケ150円があったので、ひとつ買ってみた。お店のおばあさんは言った、「これはね、きょうでおしまい。おいしいわよぉ。」ぼくは答えた、「お、おれ、しあわせ者だね。」そして横断歩道を渡って、ぼくは齧った。コロモはツンツン、中身は栗のピュレがまったりでほんのり甘い。この対比が堪らない。おいしい。ぼくは脳内でミントソースやタマリンドソースをかけてみた。(ぼくはインド料理好きなのだ。)西荻窪は買い食いをしたくなる街だ。そしてたちまちぼくは焼栗コロッケを食べ終え、アケタの店の階段を降りていった。


この日のライヴはピアニストの石田幹雄さんとトロンボーン奏者の後藤篤さんのデュオだ。石田さんのライヴは毎回演奏楽器の組み合わせが変わる。ソロもすばらしいけれど、トランペットあるいはサキソフォンとのデュオや、トリオやカルテットのときもある。石田さんとトロンボーン奏者の後藤篤さんはむかしからの演奏仲間だけれど、ぼくにとってはたまたま石田さんと後藤さんとのデュオははじめての経験だった。ライヴは石田さんの名曲「輝彩」からはじまった。ぼくはピアノ・ソロ『時景』(2018年)のCDで聴き馴染んでいるものの、ライヴでさまざまな演奏形態で聴くと、メロディがくっきり迫り出して、同時に楽器ごとの個性に関心が生まれる。今回トロンボーンとピアノのデュオで聴く「輝彩」は、リリカルでクリスタルで幾何学的な抒情を感じさせる曲に、トロンボーンのおおらかでユーモラスな人懐こい性格が加わって、これがまたいい。ぼくにとって、トロンボーンは焼栗コロッケみたいな楽器だなぁ、とおもった。(この日のぼくの感受性はあきらかにとらやの影響下にあった。)いいえ、実はトロンボーンはきわめて演奏の難しい楽器として知られています。なにせトロンボーンは長い長いスライド操作で音程を操作するゆえ、習得には腕が伸びるほど長い時間が必要なのだ。にもかかわらず、トロンボーンはけっしてそんな過酷な修練をまったく感じさせないおおらかさがあって、そこがまたいい。


その後は、まるでセロニアス・モンクが石田さんに憑依し、さらにいっそう鋭利さを増したような鬼気迫る演奏があった。(石田さんは温和で物静かな人柄ながら、しかし演奏中の顔はゴルゴ13とルパン三世を足して2で割ったような表情になる。)また、ドビュッシーの『ゴリゴーグのケープ・ウォーク』に通じるモティーフを使った曲もあった。さらには石田さんご自身はセシル・テイラーに関心を持たないけれど、しかしぼくの耳にはセシル・テイラーに通じるソロもあった。ただし、どの曲もまた甘栗コロッケなトロンボーン演奏をともなっているがゆえ、人懐こい。この夜もまたすばらしいライヴだった。


ぼくはアケタの店を後にして、夜中の西荻窪の駅のホームでショルダーバックを開いたところノートがないことに気づいた。あわててぼくはあわてて階段を駆け下り、改札を出て、アケタの店に戻り、椅子の上のぼくのノートを取り戻した。歓談中の石田さんは微笑んで言った、「大事な大事なノートを忘れてましたね。」ぼくは恥じらいながら言い添えた、「いや、石田さんの楽譜に比べたら、ぼくのノートなんて他愛もないものですけどね。」




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