1/3 から テーマ『月』
月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ
我が身ひとつは 元の身にして
在原業平が詠んだこの歌は、月も春も変わらずそこにあるのに、意味だけが崩れてしまった瞬間を捉えたものです。「暦」の話と相性が良さそうに思えます。
かつての太陰太陽暦では、正月は必ず「朔(さく)」でした。月がいったん完全に姿を消し、闇の中からまた始まるところから、暦が始まります。
一年の始まりが「見えない月」からスタートするという感覚は、祝祭というよりも、もっと思想的な「無化」に近いものだったのでしょう。
祝う以前に、世界がいったん空(から)になる。それがかつての正月だったのです。
ところが、太陽暦に移行して以降、正月と月相は切り離されました。
新年の夜空に満月が出ることもあれば、下弦の月や三日月が浮かぶこともある。暦としては合理的になりましたが、そこにあった象徴としての必然は消えてしまいました。
今の私たちの正月は、まさに業平の歌の変奏と言えます。
正月やあらぬ 月や昔の 月ならぬ
日付は変わる。カレンダーは新しくなる。しかし、天体としての区切りは何も起きていません。
太陽暦の正月は、もはや「予定表をめくる行為」に近いのかもしれません。意味がなくなったというより、意味が天体から制度へと移ったのです。
それでも、この歌がいまだに効いてくるのは、暦が変わったあとも、月だけは何事もなかったように同じ場所にあるから。
変わってしまったのは、それを「始まり」だと信じていた人間の側だけなのです。

まずは西遊記、女人国のデストラップ。
次にサンゴの産卵と人間の生理周期。
そして、この頃話題の生理痛体験マシン。
1/3は深夜番組も放送します。
1/4はまず、クリスマスに投稿するはずだったほっこりする話。
そして、月面都市が経済的に独立することがあるか考えてみる。
役に立つか分からない、投資の話も。
つき、、、もちづき、、、はっ!
占星術のネタは欠かせないと思うので
井の中の蛙大海を知らず に されど空の深さを識る と下の句つけた人天才。これを建築で表現するとこうなります。

