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また渡れなかった、その時間で【島小#31】/離島の小学校編 31

本編に入る前に、ここまでの流れです。
デジタルデバイド編15(HP契約と接続テスト)→ 総合編(東京での表彰式、子どもたちは先に島へ)→ 今回(振替休日、島へ渡るつもりだった一日)

※前回(小学校編)の記事はこちら 👉風に足止めされる島の時間【島小#30】/離島の小学校編 30

◆本シリーズについて(初めて読んでいただく方へ)

今から約20年以上前、2002年(平成14年)4月、県で唯一の離島にある小学校に赴任しました。
車も信号もなく、連絡船は1日3往復が命綱の島でした。
海の荒れる日は、移動そのものが大きな出来事になります。
島の仕事や暮らしは、天候と船の都合に大きく左右されていました。

少ない職員で学校を回し、小中の宿舎で生活をともにする日々が続きました。
予定通りにいかないことが、特別ではなく日常です。
授業や行事だけでなく、島ならではの工夫や出来事、ここでしか味わえない体験の数々を、小さな学校と暮らしの記録として綴ってます。

その1年目、今回は総合的な学習の時間で島のおさかな図鑑を作り、それがコンクールで入賞し、子どもたちは東京での表彰式に出席した年度末の様子を描いています。

※本文中の地名・固有名詞は一部仮名としています。


1 渡る前につまずいた朝

東京から帰ってきた日曜の夜は、余韻に浸りながら自宅で静かに過ごしていました。
特別な出来事を終えたあとの、少し落ち着かないような、けれどどこか満たされた時間でした。

振替休日となった翌日月曜の朝、我が子を幼稚園まで送っていきました。
歩いて20分ほどの道のりで、体を動かすにはちょうどいい距離です。

天気が怪しかったので、念のため2便で島へ向かうことも考えていました。
ところが帰宅すると、点検から1か月しか経っていない車のエンジンがかからないという、思わぬ事態が起きました。

ディーラーに連絡するとすぐに来てくれて、バッテリーの無償交換で無事に復旧しました。
ただ、その対応に時間を取られ、2便には間に合わなくなってしまいました。


2 島に渡れない日のオンライン作業

予定どおり3便で渡ることに切り替え、せっかく自宅にいるのだからと、地教委から借りてもらったプロバイダへ、図鑑ホームページを移動する作業を始めました。
仮のトップページを作り、リンク変更のお願いを関係先へメールで送っていきました。

14時半頃に自宅を出るつもりで作業をしていると、14時過ぎに携帯電話が鳴りました。
島歌の着メロだったので、すぐに校長先生からだと分かりました。

話を聞くと、どうやら2便も3便も欠航になったとのことでした。
朝は車のトラブルに気を取られていましたが、船そのものが動いていなかったのだと聞き、妙に納得しました。
結局、その日は島へ戻れず、翌朝に向かうことになりました。

校長先生には、移したホームページを見てもらうため、プロバイダのURLをメールで送ることを伝えました。
前日には、学校だより「ともづな」に載せる予定の東京での写真も送っていたところでした。
今振り返ると、この時代でもある意味オンラインで仕事をしていたのだなと、少し驚いています(笑)。


3 それでも明日を待つ

天気はさらに不安定になり、翌朝の船もどうなるか分からない状況でした。
船が動かなければ、島で進めるはずの仕事が止まってしまいます。
何とか、明日は島に渡りたい。
そんな思いが、頭の中を行き来していました。

夕方になると、くしゃみや鼻水が出始め、体調にも不安を感じました。
本当はこの週末、西の情報教育グループの研修会で発表するためのプレゼンを作る予定でしたが、この日は無理をせず、早めに休むことにしました。

忙しい時期が続くからこそ、体調だけは崩さないようにしておかなければならない。
そう自分に言い聞かせながら、静かな夜を迎えました。


4 やっと戻れた島で

翌朝、車のエンジンをかけた瞬間に、教頭先生から電話が入りました。
「また……」
思わず、がっくりと肩を落としました。
結局、1便も島を出なかったということで、この日の1便は欠航が決まったという連絡でした。

何とか昼の2便に間に合うよう自宅を出ると、港は運送会社のトラックや荷物であふれていました。
前日の2便、3便、そしてこの日の1便まで止まっていた影響が、一気に表に出ていたのです。

船に乗ると、思っていたほどの揺れはありませんでした。
特に波の高い島の近くでは、船員さんの舵さばきが印象的でした。
波の合間を縫い、波に当たるときにはそのスピードに合わせて船速を調整する様子は、まるで波乗りのようでした。
エンジンの音が高くなるところと止まるところ、その繰り返しのリズムに、いつの間にか耳を澄ませていました。

島に着いたとき、「やっと帰って来られた」という気持ちが込み上げ、思わずほっとしました。
船に乗る前には地教委に寄って文書を受け取っていましたが、宿舎で荷物を降ろし学校へ向かうと、予想どおり仕事が山積みでした。

子どもたちは隣の中学校の体験入学へ出かけていたので、その間に日記やテストの採点を進めました。
子どもたちが中学校から戻ると、テスト直しや授業を行い、放課後は机を片づけながら、細かな雑用を一つずつ処理していきました。
急ぐ仕事から手を付けましたが、備品のチェックには思った以上に時間がかかりました。
消耗品のようなものまで備品扱いになると、後々の管理が大変だと感じながらの作業でした。

東京でもらってきた賞品のカップヌードルを食べ、気づけば21時近くまで残業していました。
翌日は出張が控えていたため、できるだけ仕事を片づけておきたかったのです。

校長先生は、「今年の冬は特に欠航が多い」と話していました。
今回は自宅から島へ戻れない側でしたが、その逆の立場になることもあります。

そうなると、1週間分の食料が尽きたあとのことまで考えなければなりません。
1年目の年度末を迎え、幸運なことにそこまで追い込まれることはありませんでしたが、実際にスラッシュマウンテンのようなアトラクションを彷彿とさせる漁船で帰った経験もありました。

島で働くということは、こうした巡り合わせも含めて受け止めていくことなのだと、改めて感じました。


※ 次回に続く(直接の時系列のつながり)👇👇

これまでのマガジン「離島の小学校編」👇👇👇


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