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【朔夜くん、それ太宰治のパクリでしょ】―太宰を愛する君へ仕掛けた、恋愛心理のトラップたちー

迷言です
今回作成した恋愛ゲームシナリオ【朔夜くん、それ太宰治のパクリでしょ】いかがだったでしょうか?

物語は全5章構成で進み、それぞれの章に対応した心理学テクニックが隠れています

今回は、そんな全5章のあらすじを振り返りつつ
**「冷静に考えるとおかしい行動」と「本来の正しい使い方」**をご紹介します

冷静に考えるとおかしい行動

主人公・九条知里は、恋愛心理学を検証する目的で、朔夜に「誰にでも当てはまる曖昧な共感ワード(バーナム効果)」を大量に使い、彼の心を開こうとする。だがそれを聞いた朔夜は、「見抜かれた」と完全に信じ込み、彼女の何気ない一言すら詩に昇華

言葉が意図と違う“文学的燃料”として誤解され続け、知里は内心で突っ込みつつも止められず、やがてその誤解を楽しみはじめる――それ、恋愛というより心理実験の暴走では?

本来の正しい使い方

バーナム効果は「曖昧な言葉が自分だけに当てはまる」と思わせる心理で、占いやカウンセリングなどで信頼構築に用いられる

正しい使い方としては、相手に安心感や共感を与え、コミュニケーションを円滑にする“導入の潤滑油”として使うべき

恋愛で使うなら、相手の話をよく聞いたうえで、言葉を添えることで親近感を演出するのが効果的であり、実験的に大量投入し“相手を仕掛ける”用途ではない

冷静に考えるとおかしい行動

主人公・九条知里は、相手の創作意欲を刺激するために、あえて痛烈な批評や煽りを仕掛ける。相手が落ち込んでいるところを「母の影に囚われてる」などとえぐり、その反応を観察しながら“創作の火種”として扱う姿勢は、教育的アドバイスというよりも、一種の“文学的人体実験”

さらには「救うふりして突き落とす」という矛盾した行動で、相手に苦しさすら提供し、それを“愛”と勘違いされる展開に

その行動は、感情の刺激を“材料”として扱っている点で、冷静に見るとかなり問題

本来の正しい使い方

この章で用いられている心理学「セルフ・ハンディキャッピング」は、本来、自分の失敗を正当化するために前もって障害をつくる自己防衛行動である

適切な使い方としては、相手が「自分には才能がない」と過小評価している時に、安心できる環境を作って挑戦を促すこと。つまり、「失敗しても大丈夫」という安全基地の提供が本来の活用法であり、わざと追い詰めたり、突き落としたりするのは逆効果

信頼と共感によって相手の本音を引き出すのが、建設的なアプローチである

冷静に考えるとおかしい行動

繰り返せば信じ込ませられるという前提で、「あなたの言葉は、真実よ」と何度も肯定の言葉を繰り返す九条先輩。目的は“イリイスト効果”によって相手の認知を変え、創作の方向性を誘導すること

しかし相手は斜め上に解釈し、“肯定されすぎて狂ってしまった僕の祈り”なる私小説を生み出してしまう。真面目にやってるのに、まるで宗教の教祖みたいな言動になっているのがじわじわと面白い

本来の正しい使い方

イリイスト効果とは、「繰り返される情報は信頼性が増すように錯覚される」心理現象。教育や啓発、ポジティブな自己暗示に活用されるケースが多い

例:「あなたはできる」「これは正しい」といった言葉を日々繰り返すことで、自信やモチベーションを高めるといった活用が王道。繰り返す内容やタイミングには配慮が必要で、過度に用いれば“洗脳”と紙一重になることも

冷静に考えるとおかしい行動

主人公・知里は、相手が「他人の涙で自分の孤独を照らす」という歪な創作スタイルに呆れながらも、その“文学的ナルシシズム”に付き合ってしまう

涙を求められて本気で困惑しながらも、「そっちが泣いたら、私も泣いてあげる」と謎の取引に応じ、果てはコンタクト外し忘れで目が赤くなっただけなのに「感情が伝わった」と解釈される始末

それでも彼の“間違った感受性”を肯定し、ツッコミすら燃料にされてしまう状況に、むしろ笑って許してしまう。冷静に考えたら、完全に“感情の誤配”である

本来の正しい使い方

「投影同一視」は、心理療法などで相手の無意識に影響を与える現象として扱われるが、日常の人間関係では“自分の感情を他人に押しつけない”ことが大前提である

本来は、「私がこうだから、あなたもそう感じているはず」といった誤解を防ぐため、相手の感情を尊重し、独立した存在として扱う必要がある

他人の涙や感情を、自分の創作や心の癒しの“燃料”にしてしまうのは依存的であり、相手への負担にもなる。本来なら、共感とは“共有”ではなく、“傾聴と理解”の先にあるべきなのである

冷静に考えるとおかしい行動

主人公・知里は、恋愛心理学に基づく“スリーパー効果”を狙い、数週間前に何気なく「君の文章には、他人の影ばかり映ってる」と言葉を投げかける

その後、彼に変化がないと見せかけ、じわじわ効くのを“信じて待つ”という、まるで発酵食品のような恋愛戦略を取る

結果としてその言葉が効いてきた時には、「熟成された」とばかりに感動し、喜びと共に冷静に観察を続ける。冷静に考えれば、人の成長を心理実験のように見守る恋の進め方はかなり“こじらせ系”

しかも「恋人ではなく、批評者として隣にいたい」と自分に言い聞かせつつ、ちゃっかりそのポジションに甘えている。じわじわ型の恋愛戦法、おそるべし

本来の正しい使い方

スリーパー効果とは、信頼性の低い情報源からのメッセージでも、時間が経つにつれ情報の内容だけが残り、説得力を帯びてくる現象

本来の使い方としては、教育やカウンセリング、広告などで「今は届かなくても、いずれ届く」ことを前提とした持続的アプローチに活用される

恋愛で応用するなら、「すぐに理解されなくても、いつか相手の中に残るような誠実な言葉をかける」という形であるべきだ

だが、知里のように“言葉の発酵”を意図的に仕込み、反応が出るまで観察を続けるのは、心理的な余裕がないとできない芸当。恋は駆け引きであっても、相手の心を“熟成室”に閉じ込めてはいけないのだ

まとめ

この物語は、太宰治に心酔する文芸部の後輩・朔夜と、恋愛心理学を武器に彼を振り向かせようとする先輩・知里。彼女は心理テクニックを駆使して、時に的外れでクスッと笑える行動をとりながらも、真剣に朔夜と向き合っていく

5つの心理学が交差する中で、二人の関係は恋人ではなく“批評者と被批評者”という唯一無二の絆へと辿り着く。知的で切ない、ズレた恋の物語

最後に、後日談とエンディングテーマで締めたいとおもいます

後日談:たぶん、これからもずっと

あれから、数ヶ月が経った
春になり、文芸部の部室にも穏やかな日差しが差し込むようになった

私と朔夜の関係は――何ひとつ、変わっていない
彼は今日も、紙とペンを抱えて部室に来るし
私は今日も、椅子を蹴りながらその向かいに座る

彼が自分の言葉で綴り始めたあの日から、何度か「これが本当の僕です」みたいな原稿を渡されているけれど
私はまだ、彼が“自分”を完全に掴んだとは思っていない

けれどそれでいい
彼は今日も、自分の影を誰かに投影しながら
誰かの言葉で、自分をつくっている
それは、私が初めて恋をした“朔夜”の姿に、どこか似ていた

「ねぇ九条先輩、今日の新作、読んでもらえますか」
そう言って差し出された原稿を、私は受け取る
数分で読了し、ため息と共に視線を上げた

――まったく、この男は

私は静かに、でもちょっとだけ笑いながら、こう告げる

「朔夜くん、それ太宰治のパクリでしょ」

↓このシナリオのEDテーマをお楽しみ下さい↓

今回の記事で【朔夜くん、それ太宰治のパクリでしょ】は終了です
よろしければ、他の東堂迷言の迷作もよろしくお願いいたします


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