課題共感能力
前回、別のnote記事で「課題設定能力」について説明し、その重要性やなぜそれが不足するとまずいのかについて説明しました:
上記記事で僕は、課題設定能力は個人の能力であり、それを発揮することで得られる「オリジナルな課題」は、その人個人の持ち物となってその人を守ってくれる、と説明しました。今回は、自分以外の人の課題にたいしてはたらく能力、いうなれば「課題共感能力」について説明してみたいと思います。課題共感能力は僕の造語です。
他人の課題の取り扱い方
これはたびたび触れてきたことなのですが、世の中には正解を出すことにこだわりすぎている人たちが数多くいます。正解の発言、正しい発言、求められる発言、常識的な発言をすることに必死になって勝手に疲れている人は、少なくないはずです。
知人友人のお悩み相談をした経験がある人はたくさんいるはずですが、なにか悩んでいる人たちが求めている、「正論」や「正解」ではないですよね。自分の悩みを理解してほしい、できれば共感してほしいというのがお悩み相談をする人の素直な気持ちであり、ベストプラクティスや最適解を提出してほしいがために相談しているわけではないはずです。
もし、ベストプラクティスがほしいのであれば、その人はあなたのもとではなく、専門家のもとに行くはずです。法律に関する相談であれば弁護士事務所に行くでしょうし、そのような場合に限れば、「ベストプラクティスの提示」が期待されますが、世の中の相談一般ではそうではありません。
課題は公開情報
他人の課題を理解し、共感することが多くの人にとってのプラスになることを確認したわけですが、それをする力が課題共感能力になるはずです。課題の提示と意見の提出は直列の関係にあるわけですが、「課題にたいする理解と共感」というのは、常に先に来ます。
論点や課題は「シェア」されるものであると考えるのがよさそうです。それを解決するかとか、実際に行動に移すかとかの話は別にして、「ここが重要だと思うんですよね」とか、逆に、「そこはどうでもいいと思うんですよね」のように、誰かに伝えることが一番先に来ます。そして繰り返しですが、それにどのように対策を取るか、に関しては最初のうちはケアされません。「論点が先に来るのが常」という話は、過去記事でもしました:
シェアされた課題にたいして個人がどう感じるかについては、それこそ人それぞれ、なわけですよ。極論すると、課題を表に出すことがことのすべてであり、そこに対して何を感じたり何を意見するかというのは、重要にはならないということです。課題を設定できる人の人口とそれを解ける人の人口でいえば、後者のほうが多いはずですから、「課題をひろくシェアした結果、よその人が勝手に解いてくれた」なんてこともあるはずです。
じっさい、僕も、「○○はどうでもいい」のような形で、論点を整理してnoteなどの公開の場に置いておくことをたくさんしてきました。そして、それをする際には当然、「そのようにして提出された課題に共感できる人が集まってくれればいいし、そうではない人は寄ってこなくてもいい」という意識を持っています。
そっちゃそのコンテンツを気に食わないと感じる人もいるでしょうが、それは想定の範囲内です。むしろ、気に食わないと思われるくらいのほうが、「共感と反感を同時に生み出すことができているな」という好ましい成果を確認できることになります。
この記事の前半で、「世の中には正解を出すことにこだわりすぎている人たちが数多くいる」ということを言ったわけですが、「正解を出すこと」に心血を注ぐ人たちは、課題を理解して共感すること、という前半のステップにフォーカスを入れることを怠っています。相手の立場にたって共感しないと、「たんに正論で打ち負かすだけの人」になります。
課題で人が集まる
僕はよくIKEAを例に出して説明するのですが、IKEAは、「課題設定能力を柱にして人を集めている」典型です。IKEAの創業者であるイングヴァル・カンプラードは、「高品質で機能的な家具を、多くの人々が手頃な価格で入手できるようにする」というビッグなビジョンを掲げてビジネスを始めたわけですが、その創業時の理念を今の今まで徹底することで、今のIKEAの形になったわけです。
また、IKEAも課題を「シェア」していますよね。上記で貼り付けた公開URLのページでもそうですし、またIKEAは、「私たちはこんなふうに考えていますよ」というメッセージのようなものを店舗内のあちこちに書きまくっています。「課題は公開情報である」というすでにした話は、IKEAがふだんやっていることとかなり整合します。
類は友を呼ぶ
IKEAの例のような、似たような問題意識の人たちが自然と寄り集まるすがたは、われわれの日常でも確認できます。それはいわゆる「類は友を呼ぶ」のことであり、似たような価値観や考えを持った人が自然と寄り集まるすがたです。
言い方を変えると、「あらゆることに対して無関心な人たち」の集団というのは原理的に生まれません。「これがいい、このようにあるべき」という強烈な意識はそれと似た意識を持つ人たちを引き付ける力になりますが、そのような意識がなにもない、「無関心で無気力だけな人」というのは孤立する運命にあります。
ここまでの話から、論点や課題というのは積極的にシェアして、公開情報として扱うべきである、といえそうな感じがしませんか。課題は個人の持ち物でありその人の手元を離れることはないが、その課題がその人の手元に存在するという情報そのものは、ひろく公にしたほうがいい、ということです。
さいごに
ものごとがオリジナルであればあるほど、パクられにくくなります。かんがえや思想、哲学のないものごとというのは表面だけパクればそれを複製できますが、オリジナリティというのは複製できません。漫画やアニメの二次創作をする人はたくさんいるが、原作との立場が逆転することがないのと同じです。
個人でオリジナルの課題をつくること、および、課題をシェアして共有し、人を集めることはどちらも重要になるはずです。いずれにせよ、考えを表に出さずに隠す、というのは、とても「もったいない」です。オリジナルな考えを表に出すことの「利点」について気になる方は、ぜひ僕のKindle本、自分の意見を言うことは「役に立つ」をのぞいていってみてください。Kindle Unlimited利用者は無料で読めます:
課題設定や解決の能力などに関するネタは、「問題解決能力」のマガジンにまとめています。肩の力を抜いて気楽に楽しめる内容であるはずです:
▼この記事を書いた人▼
そっちゃそ
フリーランス英日翻訳者。本業で培った知識や経験をもとに、発音指導をはじめとした語学指導もやっています。noteは、僕の思想や考えをひろく公開するために使用しています。
僕の思想や考え方については、考察と思想哲学のマガジンにまとめているのでこちらをぜひご覧ください。語学学習に関するお悩み相談やお問い合わせなどはこちらのLINEからお願いいたします。詳しいプロフィールはこちらから。


主な著作:「自分の意見を言うことは『役に立つ』」、「外国語を学習すると決めたときに読む本」、「英語発音学習の第一歩」。既刊一覧はこちらから。
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さいごに
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