「自分がいかに面倒くさがりか」を競うくらいが、共働き育児を生き抜くにはちょうどいいのかも
先日、主人と不毛かつ、妙な張り合いをしました。
「俺はめちゃくちゃ面倒くさがりだよ」
「いや、そんなことないでしょ。私のほうがよっぽど面倒くさがりだよ」
「何を言っているの、俺は相当だよ」
「私はそれ以上だって」
お互いに「自分のほうがズボラだ」と言い張る、なんともおかしな会話。
要するに、私たち夫婦は揃って、とても面倒くさがりみたいなんです。
そんなことで「大丈夫?」と心配されそうな家庭ですが、なんだかんだで日々の暮らしはそれなりに回っています。
確かに、全自動ドラム式洗濯乾燥機から出した洗濯物が畳まれずに積まれているのは日常茶飯事。主人が大の寿司好きということもあって、宅配のお寿司を頼む頻度もなかなかのものです。
でも、両親に頼れない共働き育児をバタバタとこなす毎日を乗り越えるには、これくらいがちょうどいいのかも、と先の会話を通して感じました。
◼️ ズボラすぎる私たちでさえ、今ここにいる
私たちはお互い、大企業に勤める総合職のワーママとワーパパです。
昨年は、上の子の育児(時短勤務・在宅勤務・フレックスを駆使)や、2人目の妊娠・出産(健診や悪阻・切迫早産等による過去一の有休消化、産休・育休)を抱えながらも、過去最高の世帯収入となりました。
夫は下町の団地で育ち、私は学力検査が最下位レベルの田舎町・高卒の両親のもとで育ちました。
両親には感謝していますが、決して裕福とはいえない環境で生きてきた私たちにとっては、かつては想像もしていなかった収入です。
組めるローンよりもかなり控えめな家を買ったという背景もありますが、おかげで最近は、人生の選択肢としての「FIRE」という言葉も、なんとなく現実味を帯びて見えてきた気がします。
「それだけお金があるから、便利な家電も買えるし外のサービスに頼れるんでしょ」と思われるかもしれません。確かにそれも一理あります。
けれど私たちは、マイカーもなければ、ブランド物には興味なし、海外旅行にいくより実家に帰省したいし、スタバも高いので行きません。
必要なものに必要な経費を回しているだけ。
SNSで一部だけを切り取られたとしても、キラキラして見えるような家庭では決してないのです。
◼️ 雑多な門にも、福きたる
SNSを開くと、家事や育児の負担が一方に集中しているママやパパの悲痛な愚痴をよく目にします。
パートナーとしてそれはどうなの、と首を傾げたくなるような切実なケースもたくさんありますが、一方で「みなさん、少し頑張りすぎのではないか」と感じることもあります。
洗濯物をきれいに畳まなくたって、毎日のおかずを一から手作りしなくたって、掃除が週に1回になったって、家族みんなが少しでも笑顔でいられれば、それで十分。
もちろん、子どもの情操教育上の限度はあると思います。
けれど、なんでもかんでも完璧にこなそうとするあまり、イライラして家族に当たってしまったり、ぐちぐちと不満をこぼすのが日常になってしまうくらいなら、掃除も洗濯も炊事も少しいい加減にして、いっそのこと自分の手から離してしまった方がいい。
頼れる人、頼れる物、頼れるサービス、使えるものは何でも使って、親の心に余白を作る。
そうして生み出した時間で、笑顔で子どもやパートナーと向き合ったり、自身のキャリアアップのための勉強をしてみたり、好きなことをして余暇を楽しんだり、あるいは多くのママパパが諦めている「睡眠時間」を確保する。
そうしたほうが、家族全体の幸福度は高くなる、そんな場合もたくさんあるのではないでしょうか。
――なんて、偉そうに書いてしまいましたが、これは理想論でもあります。
こんな風に「手抜きも大事」と言っている私たちでさえ、実際の毎日はバタバタで、一瞬で心から余白が消え去ってしまうのはよくあること。
どうしても笑顔になれない瞬間もある、余裕がなくて自己嫌悪に陥る日だって、たくさんたくさんあります。
いつも綺麗に割り切って穏やかでいられるわけではないのが、やっぱり育児の、そして共働きのリアルなんだと思います。
だからこそ、完璧を目指す必要はないのでは?
◼️ ズボラすぎる私たちだからこそ、今ここにいる
「言うのは簡単だけど、そう単純な話ではない」
私自身、毎日その壁にぶつかりながら、綺麗事のようにはいかない現実を身をもって知っています。
でも、もし、私たちのどちらかが、相手のズボラさを許せない人だったとしたら、もっと毎日ギスギスした時間の多い生活を送っていて、と〜っくに倒れていたと思います。
お互いが面倒くさがりでいい加減だというのは、無意識のうちに、自分たちにとって大事なことを、優先度高く残していく作業をしているということでもあるのかもしれません。
本当に時間を使うべきはどこか、譲れないこだわりはどこか、そして何を手放すのかを夫婦で一度前向きに考えてみる機会があってもいいと思います。
決断とは、何かを選択することではなく、「断つを決めること」だとどこかで聞いたことがあります。
無理をしてストレスの溜まることを抱え込むのではなく、お互いに苦手なところを無理に埋めようとしたりせず、できるときに、できる人がやる。
少しやそっと手を抜いたって、お互いにサポートし合い、日々のがんばりを感謝し、労い合えていれば、それだけで充分ではないでしょうか。
たとえ、毎日100点満点の笑顔ではいられなくとも。
お子さんは、パートナーは、そして何よりご自身は…
今日少しでも笑えそうですか、ご家族と笑い合える時間をもてそうですか?
みなさん、今日も本当におつかれさまです🍵🍙❁⃘*.゚
