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足してみたら、1日28時間?_乳幼児の発達科学と大人の労働制度とのあいだで

子どもを産み、育てながら働くようになってから、社会の仕組みのなかにある、ちょっとした「ちぐはぐさ」をますます実感するようになりました。

国や企業が「子育てしやすい環境」を掲げ、育児と仕事との両立支援が充実しているように見える現代。
しかし、当事者としてその枠組みの中に放り込まれると、やはりどこか矛盾していると感じられずにはいられません。


もちろん、女性にキャリアの道を拓いてくれた先人たちの並々ならぬ苦労や、現在も制度を整えようと尽力してくださっている人たちの熱意、一昔前に比べれば在宅勤務という柔軟な選択肢が増えたことなどには、本当に頭が下がりますし、感謝の気持ちでいっぱいです。


けれど、現在の「育児と仕事の両立」を取り巻くシステムや社会全体の意識を見つめていると、決して無視できない課題が湧き上がってきます。


この社会は、宝もの・未来そのものである小さな子どもにとって、「本来どうあるべきか」という、人間としてのすこやかな育ちのあり方を、前提に置いて設計されてはいない、ということです。


社会全体の労働力を確保したいという思惑や、行政の「待機児童の解消」という数字合わせ、あるいは企業や親側の都合。
そうした大人側の論理のなかに、子どもの心身の健やかな発育環境が、どこか置き去りにされてはいないでしょうか。

日本労働・保育制度が定める「年齢の階段」と、純粋な「子どもの発達科学」というそれぞれの事実を重ね合わせながら、私たちが今立っている場所について、考えてみたいと思います。





◽️ 「育休3年」の権利と、科学を無視した0歳4月の保活


日本の育児休業制度は「原則1歳まで」と定められています。

世界的に見れば、たとえば産後3か月での復職が一般的であるアメリカなどの国と比較して、「1年も休めるなんて、日本の両立支援は先進的で手厚い」と評価されることが多い制度です。

確かに、法制度の表面だけを見ればそうなのかもしれません。

(海外の短い育休のなかで、親御さんたちは一体どうやって子どもとの時間を確保し、日々の生活を回しているのだろう、あるいは、言葉を持たない幼い子どもたちにとってそれは具体的にどのような影響があるのだろう、ということは純粋に疑問ですし、この海外のリアルな実態については今後またしっかりと調べてみたいと思っています。)


しかし、日本がいくら「先進的な制度」を誇ったところで、私たちの足元には小さくない課題が横たわっています。


発達心理学や生理学の分野では、0歳から1歳にかけての乳児期は、特定の養育者との間で濃密なマンツーマンの愛着(アタッチメント)を形成する、人生において最も過敏で重要な時期であるとされています。

アメリカのNICHD(国立小児保健・人間発達研究所)などの大規模な追跡調査や数々の乳幼児研究において、生後1年未満の乳児が1日8〜10時間を超えるような長時間の集団保育に置かれた場合、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌量が1日を通じて高止まりするというデータが複数報告されています。

家庭で過ごす赤ちゃんは午後になるとリラックスしてこの数値が下がっていくのに対し、1対多の集団保育という環境下では、泣いてもすぐに抱っこされない時間や、絶え間ない物音の刺激に晒され続けるため、赤ちゃんの脳が慢性的な警戒モード(ストレス状態)になりやすいと指摘されているのです。


科学的なリアルな見解をシンプルにまとめるならば、「この過敏な乳児期においては、子ども目線で言えば家庭保育、あるいは数時間程度の短時間保育が望ましく、大好きな親が側にいてくれる時間のほうが情緒は安定する」ということになります。


現在の日本のシステムはどうなっているでしょうか。


そもそも、育休は原則1年であることに加え、それと矛盾するかたちで0歳から2歳児における預け入れ先(受け皿)の数自体が、社会全体でまだ十分に足りていないという問題があります。

ただでさえ、預け先が限られるなかで、日本では保育園の入園枠が年度の切り替えである「4月」に最も大きく集中します。

そのため、1歳の誕生日を迎えるタイミング(中途入園)や1歳4月で申し込んでも、入園漏れになるリスクが極めて高いのです。
生後間もない我が子を泣く泣く0歳4月で入園させる選択をとらざるを得ないママがたくさんうまれます。


なかには、法律を上回って「3歳まで育休を延長できる」という手厚い仕組みを持つ組織もあります。

一見すると非常に恵まれた両立支援に思えます。

しかし、仮にその制度を利用して子どもが満3歳を迎えるタイミング(2歳児クラスの4月)で復職しようとしても、現実の壁が立ちはだかります。

保育園の1歳児と2歳児クラスとでは、基本的に定員が変わりません。
1歳児クラスからの園児がそのまま持ち上がることになります。

枠に空きがない以上、育休を長く取得した先には、評判が悪いため空きのある施設か、長期休暇のあるインターナショナルスクールか、自宅保育をしながら働くか、あるいは退職を選ぶかというような選択肢が残ります。

制度上は長く休めるはずなのに、実態として、構造がそれを許さない。

その結果、子どもの発達を大切に考えたいはずの親たちが、結局は一番枠の開いている生後数ヶ月の「0歳児クラス」の段階で、泣く泣く育児を切り上げて我が子を預けざるを得ないという状況が、一定数、確実に存在しているのです。


もちろん、国や企業がそれ(最長2年や3年)を超えて長期にわたる休業を一律に保障することが、現実的にむずかしい事情もよく分かります。

人手不足のなかで現場を回す難しさはもちろん、休業が長引くことは企業にとって多大なコストや損失を伴うものであり、組織の経済合理性から見れば「やれない」というのが本音でしょう。

また親の側としても、無給の期間が長引けば、当然お金に困るという切実な問題が出てきます。

会社側の損失も、家庭の経済的な事情も、大人側の論理としては痛いほど理解できます。

だからこそ、子どもの発達に良い環境を少しでも長く選びたくても、システムが定める年齢制限や保活の枠組みによって、0歳でその選択肢を切り上げざるを得ない。

この「子どもの健やかな育ちのあり方」と「労働制度の年齢制限」のあいだにある矛盾は、個人の力ではどうにもできない、とても切実なものとして存在しています。



◽️ ビルの一角に押し込められる「0」は、大人のための数字


この0歳から2歳児クラスまで(満3歳を迎える年度の末まで)の預け先不足に対して、行政が用意した解決策が、近年の少子化対策で増えた「小規模保育施設」でした。

私自身の話をすれば、娘の通っていた小規模保育施設は、本当にアットホームな環境で、やさしい先生方や個性豊かなお友達に恵まれ、そこに通えて良かったと心から感謝しています。


ただ、園全体のあたたかさに救われたことと、そのシステムそのものが子どもの成長を第一に思って設計されたものであるかは、分けて考える必要があると感じています。


一応の「預け先」があることで、待機児童という大人の数字上の課題は解消されているように見えますが、幼い子どもたちにとってはどうでしょうか。

子どもが2歳、3歳と成長し、体力をつけて活発に活動したい時期を迎えたとき、ビルの1角にある狭い部屋、園庭もなければ、思い切り体を動かせるお遊戯場もない環境が、子どもの発育にとって本当に望ましい環境と言えるのかという疑問です。

我が家の娘の場合も、2歳3歳と年を重ねるにつれ、明らかにストレスが増しているように見えました。

もともと年上クラスのお兄さんやお姉さんが好きだったこともありますし、狭い部屋の中でなかなか身体を思い切り動かせないのは、本当に窮屈なようでした。

暑い日は近所にお散歩にも行けず、猛暑ではプール遊びも制限され、雨の日や風の強い日もずっと部屋の中。

季節ごとのイベントや遠足も、年少クラスから通い始めた現在の認可保育園(乳児クラスもあります)に比べると、娘の小規模園ではほぼ0に近い状況でした。


そうした閉塞感のなかに、1日の大半の時間、身を置かなければならないという環境は、子どもの気質によっては小さくない負荷となり得ます。

走ればすぐに壁に行き着いてしまう空間で毎日を過ごさせることが、本当に子どもの育ちを最優先に考えた結果なのだろうかと、どうしても考えてしまうのです。


さらに、小規模保育施設は2歳児クラスで終了となり、満3歳の3月末を以って、別の保育園への「転園」が必要となります。

平日に仕事を回しながら見学や説明会、慣らし保育に追われる親の負担もさることながら、第一に、何よりも幼い子ども自身の環境が大きく変わってしまいます。

大好きな先生やお友達の全員から引き離され、全く新しい集団生活に適応することを強いる


これは、子どもの育ちや心の安定を中心に据えた発想ではなく、大人の「待機児童を解消した」という数字の成果をあげるための、どこか帳尻合わせのようなシステムに見えてしまうのです。



◽️ 3歳で、1人でお風呂に入れる子なんていないのに


子どもを中心においていない大人の都合は、子どもが3歳を過ぎると、今度は「時短勤務の終了」という形であらわれます。

育児・介護休業法において、企業が提供を義務付けられている「1日6時間の時短勤務」は、原則として子どもが3歳になるまでとされています。

しかし、3歳を過ぎた子どもが、急に1人で保育園の行き帰りができるようになるわけがないですよね。
当然、食事も、お風呂も、歯磨きもひとりでは簡潔しません。

また、健やかな成長のために必要な睡眠時間を守ることも、親とゆったり過ごして愛着を深める時間も、決して欠かすことはできません


それなのに、なぜ3歳が時短勤務のリミットなのでしょうか……。

(ちなみにフランスでは、治安の面もありますが、10歳になるまでは子どもの送り迎えが法律や社会通念上、必須とされているそうです。)

改めて。「3歳終了」という一律の線引きは、どこか現場の生活実態からかけ離れた、唐突な印象を受けます。


また、小学校に上がればいわゆる「小1の壁」が待っています。

放課後の居場所や学童の閉所時間の問題が発生し、保育園を利用していた頃よりも、かえって早い時間に子どもが帰ってくるような状況に直面するのです。

3〜5歳児が集団の中にいるメリットがあるのは事実ですが、それはあくまで適切な時間内での話です。

小学校にあがってすぐの子どもだって、ひとりにはしておけないですよね。

食事やお風呂など身の回りのことだけでなく、親子の、家族の温かい時間も必要であることは言うまでもありません

なぜ社会や企業は「3歳を過ぎれば、もう時短勤務じゃなくても普通にフルタイムで働けるよね」と一律に区切ってしまうのでしょうか。

小学校の低学年から中学年くらいまでは、大人側の融通(時短勤務など)が必要なはずです。

3歳以降であっても、形を変えながらシステムの歪みは続いているように感じます。



◽️ WHO推奨の「母乳は2歳まで」と、復職前の卒乳


国が設定する「労働のレール」は、子どもの身体的な発達だけでなく、子どもの本能的な欲求や、それに寄り添う女性の身体のバイオリズムとも、どこかちぐはぐなままです。

たとえば、世界保健機関(WHO)は、子どもの健康や情緒の安定のために「2歳頃までの母乳育児」を推奨しています。

「それは先進国へのメッセージではないでしょ」「親が子離れできていないだけ」と言われればそれまでかもしれませんが、我が家の娘は本当におっぱいが大好きな子でした。

そのため、1歳で保育園に通い始めてからも、私たちは母乳を続ける選択をしました。


通園を始めれば、子どもは何度も保育園から風邪をもらってきます。

そんな体調不良のとき、離乳食や幼児食は一切受け付けなくても、母乳だけはしっかりと飲んでくれる姿を見て、むしろ「母乳を続けていて本当に良かった」と感じたものでした。

母乳は子どもの体調に合わせて、その時々に必要な抗体を送る仕組みになっているとも言われています。
(母親のほうも母乳を与えたほうが産後の回復が早まるそうです。)


そのメリットの裏で、実際の生活は本当に目まぐるしいものでした。

日中は職場で神経をすり減らして働き、お迎えに行ってからもただバタバタと子どもとの時間を過ごし、夜中も娘の夜泣きに合わせて何度も起こされ授乳をする、細切れの睡眠の中で育児と仕事を続ける日々

我が家はそのような形でしたが、復職前になんとか卒乳を試みるご家庭も多いかと思います。

子どもの自然な欲求や科学的な推奨を、無理なく両立して満たせるような設計には、現在の復職システムはなっていません。



◽️ 都心でのキャリアを追えば、1日24時間に収まらない


大人の都合で作られたシステムは、日々の「睡眠時間」という、たった一つの要素をとってみただけでも、すこし無理があることが分かります。

乳幼児の睡眠生理学において、米国睡眠医学会(AASM)や世界保健機関(WHO)が推奨する1日の合計睡眠時間は、1〜2歳児で「11〜14時間」、3〜5歳児で「10〜13時間」です。小学生になっても、まだ多くの子どもたちにとって、本来は「9〜12時間」の睡眠が理想であるとされています。

保育園で毎日1時間ほどのお昼寝の時間を確保しているとしても、子どもの健康な情緒や脳の発達を守るためには、家庭で11時間ほどの夜間睡眠をとらせることが理想となります。


朝6時半に起きる子どもであれば、逆算すると夜の20時半には完全に眠りについていなければならない、というシンプルな計算です。

しかし、日本の多くの認可保育園が設定している「標準時間保育」の枠組みは、最大11時間(たとえば朝7時半から夜18時半まで)となっています。

親の労働時間と、長い通勤時間を考えれば、この「11時間保育」さらには延長保育を選ぶことは、決して珍しいことではありません

ですが、子ども目線のキャパシティから見れば、11時間もの間、集団生活の刺激に晒され続けること自体が、過剰な疲労の原因となります。


国内外の研究でも、保育時間が週40時間(1日8時間換算)を超えると子どもの行動問題のリスクが有意に上昇するというデータや、長時間の利用が子どもの情緒に長期的な影響を与えたという報告もあります。

つまり、8時間保育が「親の労働と子どもの生活リズムを両立できる限界値」なのです。


実際に、私は2時間の時短勤務を取得していましたが、「理想的なタイムスケジュール」でスムーズにタスクをこなしただけで、1日は24時間で埋まってしまいます

ただ、それも「理想」の24時間です。
現実は、子どものイヤイヤなんてあって当たり前。

そうなれば、さらに、子どもとの限りある憩いの時間やお互いの睡眠時間を削らざるを得ません

(タイムスケジュールは、脚注を参照)


なお、そこには、寄り道もせずに帰宅し、簡単な夕飯を作って子どもに食べさせ、お風呂をぱぱっと済ませ、寝かしつけをする、という一連のタスクをこなす時間しか残されていません


子どもとゆっくり目を見て今日あったことをおしゃべりする時間も、子どもの好きなだけ絵本を読み聞かせる時間も、少し手の込んだ料理をつくる時間も、一切含まれていないのです。

「1日は24時間しか存在しない」という当たり前の事実が、世の中の子供達を、家族を、疲弊させています。



◽️ 「健康的で文化的な生活」なのか?選択肢はあるようでない


かつて、1人目の育休を終え復職した私は、毎日が、息継ぎのできない海で泳いでいるかのようでした。

大人側の都合で遅い迎えにも関わらず、娘に対して「早く寝なさい!」と急かしてしまい、布団の中で申し訳なさと自己嫌悪を抱く毎日。

洗濯物は山積みのまま、床が散らかりすぎてロボット掃除機さえ動かせない。
主人が協力的であるうえ、全自動選択乾燥機に、出前やお惣菜に頼っても、家の中を整える時間すらなく、子どもとゆっくり向き合う心の余白なんてほとんどありませんでした。

健康的な食事を囲むことも、親子のふれあいや遊びの時間をゆったり持つことも、絵本を1日1冊さえ一緒に楽しむことすらままならない毎日。


ただでさえ乳児期の親と子の時間を確保しづらいシステムの中で、親の都合の枠組みにハメ込もうとして子どもを急かし続ける生活の、一体どこが「健康的で文化的」と言えるのでしょうか

憲法が保障する「最低限度の生活」の本来の法的な定義がここを指しているわけではないことは十分に分かっていますが、この余裕のない生活が、心身にとって「良いもの」だとは私には思えませんでした。


そしてこの歪みの背景のひとつには、現代の親たちが直面している、構造的なジレンマがあります。

共働きでなければ生活が成り立たないご家庭も少なくはないですし、キャリアを追おうとすれば、都心の名だたる企業への通勤やフルタイム勤務など、長時間の保育園生活が当たり前になる。

在宅勤務を選べば「家にいるならフルタイムと同じように働けるよね」という目に見えない圧力を感じ、結果的に残業で迎えが遅くなる。

(都心は不動産が高騰しており、住めるのは一部の層だけ。かといって、地方の企業に転職を選択すれば、今度は大幅に年収が下がるという現実もあります。)


「今この数年は子育てに専念したい、子どものそばにいたい」という本音がありながら、その後の長い人生を見つめ直したとき、「自分の仕事を簡単に手放したくない」という思いもまた、明確に存在するのです。

一度レールを降りた女性が再就職を果たすことのハードルは高いうえ、「自己責任」と言われる空気にため息を呑み込みます。


結局、現在の日本においてもまだ、「キャリアを追うか、育児を追うか」という、二者択一しか用意されていないようにさえ感じられます。

だからこそ、私たちは苦しくても、現状維持のレールにしがみつき、そのシワ寄せが、いつも子どもの生活リズムや、家庭のゆとりを削る方向へと向かっていってしまうのではないでしょうか。



◽️ さいごに


社会のシステムを、個人の力で今すぐひっくり返すことはできません。

けれど、大人の都合で作られたちぐはぐなシステムの歪みのせいで、いつも「子どもがどこかを犠牲にされている」という、この構造への“危機感”に対しては、社会に声を届けたい__。

日本の育休・保育を取り巻く枠組みは、子どもの心身の健康や発達を度外視して、労働力確保のためだけに設計されてはいないでしょうか。

もう少し、子どもという未来の可能性、未来の宝を中心に据えた、子どもに寄り添った優しい世界に、この社会が少しずつでも変わっていってほしいと思います。


私たちが不器用だから、毎日溺れそうになるのではありません。

そもそもがちぐはぐな社会で必死に泳いでいるのです。
だからどうか、自分を責めないでほしいと思います。


ただ……

簡単には変わらない仕組みや空気を前に、不平不満を並べ立てたり、諦めて立ち尽くすだけではなく、今、自分たちが取りうる手段の中から、できることを、少しずつ、ちょっとずつ、やっていくことはできます。

自分が変わることはできます。

どうかみなさんが、みなさんのご家族が、
少しでも笑い合える毎日でありますように。


今日も本当におつかれさまです🍵🍙❁⃘*.゚



【補足:タイムスケジュール例】

  • 東京隣県から都心オフィスへ通勤

  • 子どもは乳幼児で、保育園に通っている

  • 2時間の時短勤務(6時間勤務・1時間休憩)

  • 残業なし(現実もそうだったらよいですが……)


① すべてがスムーズに運んだ「理想ルート」の場合

  • 子どもの必要睡眠時間(夜間): 【11時間】(親の睡眠や夜間の家事はこの中に含む)

  • 仕事での拘束時間(正社員・2時間時短): 【7時間】

  • 通勤時間 + 保育園の送迎時間: 【3時間】(電車遅延なし、行き帰りのイヤイヤなし)

  • 日用品・食料品の買い出し: 【0時間】(ネットスーパー等を駆使)

  • 簡単な夕飯の準備・食事: 【1時間】(ミールキット、惣菜、冷凍・レトルトにも頼る)

  • お風呂・就寝準備: 【1時間】

  • 子どもの寝かしつけ: 【1時間】

  • 合計:【24時間】


② 日常的なエラーが重なったルートの場合

  • 子どもの必要睡眠時間(夜間): 【11時間】

  • 仕事での拘束時間(正社員・2時間時短): 【7時間】

  • 通勤時間 + 保育園の送迎時間: 【4時間】(玄関での行き渋り、帰り道の寄り道、電車の遅延など)

  • 日用品・食料品の買い出し: 【1時間】(ネットスーパー・宅配が間に合わず、子連れで買い物)

  • 夕飯の準備・食事: 【1.5時間】(「遊んで!」「イヤ!」などへの対応)

  • お風呂・就寝準備: 【1.5時間】(リビングを逃げ回る、歯磨き拒否への対応)

  • 子どもの寝かしつけ: 【2時間】(眠いはずなのに寝てくれない、遊びたい、イヤイヤ)

  • 合計:【28時間】


実際には、1日6時間では業務が回らず、在宅勤務にする、出社は昼休み移動にする(自腹のグリーン車で食事をしながら、チャットやメールを返す)などして、業務時間を確保していました。
通勤時間がなくなっても(自身の責任かんから、また、周りからもこなせるのだと思われてしまい)どんどん業務は増え、出社か在宅かに依らず、子どもの迎え時間が遅いまま固定。
そして、さらに業務が増えれば、夜中や土日にPCを開くという悪循環にハマっていってしまったのが、現実の私です……。


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