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「奨学金を借りさせる親は無責任」という言葉に、私が黙っていられない理由

Threadsを読んでいると、ときどき胸がずんと重く沈み込む言葉に出会うことがあります。

「奨学金を子どもに借りさせるなんて、無責任。親としてなっていない」

「子の大学費用くらい工面できないなんて非計画的だし、甲斐性がない」

「奨学金を借りる=親ガチャ失敗」

そうした投稿やコメントを目にするたび、怒りというよりも、ただただ悲しく、辛い気持ちになってしまいます。

一生懸命に私たちきょうだいを育て上げてくれた尊敬する大好きな両親を、見知らぬ誰かに「外れの親」と切り捨てられ、侮辱されているように感じてしまうからです。

私自身は、奨学金を視野に入れた人生設計や奨学金を借りての進学=「悪」だとは考えていません。



■ 雪国の小さな家と、高卒両親がくれたもの


私の地元は、電車が1時間に1本もない、山と田んぼに囲まれた雪国です。

決して裕福な家庭ではありませんでした。
高卒で共働きの両親のもと、私を含めて3人のきょうだい。

両親は無駄遣いをせず、子どもたちの将来のためにできる限りの貯蓄をしてくれていたと思います。

そして、子どもたちがのびのびと学ぶ環境を整え、私を「勉強が好きな子」「真面目に授業を受ける子」に育ててくれました。


そのおかげで、保育園〜高校まで公立一本、大学受験のために進学塾や予備校に通わずとも、現役で旧帝大に進学することができました。

今は、曲がりなりにも大企業で総合職として働き、尊敬する主人や愛おしい子どもたちと不自由のない生活を送ることができています。

妹も大学を卒業し、弟も大学院を修了して、それぞれ立派に社会人として働いています。


両親は本当に子ども想いの努力家だったと思います。

それでも、我が家の力だけで子ども3人の大学費用すべてを賄えてはいませんでした。

私たちは日本学生支援機構(JASSO)の奨学金制度の力を借りてそれぞれ進学。私に関しては、無利子・有利子の双方の審査に通り、ありがたく利用させていただきました。



■ 「守護神」としての有利子奨学金


当時、我が家において有利子の奨学金は「万が一の有事のために確保しておく備え」という位置づけでした。

「原則として手をつけないこと」と言われていたため、毎月振り込まれる額には触れず、そのまま口座に貯めておいたのです。

幸いにも在学中に大きなトラブルや有事が起きることはありませんでした。そのため、有利子の奨学金は大学を卒業してすぐに全額を返還

無利子の奨学金で足りない生活費や学費については、基本的には自分自身でアルバイトをし、それでもまとまった出費が重なるときは、お願いせずとも(バイト代で補えたとしても)両親が進んで援助をしてくれていました。


当時は「使わないなら最初から借りなくてもいいのに」と呑気に思っていた部分もありました。

しかし、自分が親になり、また身近な家族のさまざまな現実を見るようになった今でこそ、あの選択の価値がわかります。

親に万が一のことがあったとき、あるいは家計に予期せぬ破綻が起きたとき、子どもの学びを絶対に中断させないためのリスクヘッジとして、両親はあの制度を手元に置いていてくれたのでしょう。


自分たちを過信せず、予期せぬリスクに備えて取り得るカードを冷静に確保しておく。それは、不誠実どころか、子どもに対するこの上なく賢明で深い責任感のあらわれだったのだと、言えるのかもしれません。

また、意識的に、子どもに自分で働いて学費や生活費を賄わせることもまた、貴重な経験を与えることや教育のひとつになると言えないでしょうか。



■ 後回しにされていた、自分たちのマイホーム


私たちが育ったのは、祖父が建てた木とトタンでできた家でした。

両親(特に父)の夢だった自分たちの家に建て替えたのは、私が社会人になってからのことです。

それも、住宅ローンを組むことなく、一括払いで。

奨学金とは桁違いの住宅ローンはみんな当たり前のように借りるのに、奨学金はなぜこんなにも嫌悪されるのでしょうか。

我が家ではたまたま順番が逆だっただけに過ぎなかったのかもしれません。


また、私たちが結婚するときや出産するときには、こちらが想定もしていなかったお祝いを包んでくれ、孫たちには立派な雛人形や五月人形を贈ってくれました。

70歳になった父と、60歳になった母は、今でも「まだまだ子どもたちには負けていられない」と元気に仕事を続けています。


そんな両親を持つ私には、「奨学金を使わせたから無責任だ」「親ガチャ失敗だ」という言葉を受け入れることができません


■ どこかの世代の「援助」と「努力」と、挑戦する権利


世の中には、最初から実家が裕福で、何不自由なく学費を出してもらえるご家庭もあります。

そんな恵まれたご家庭ばかりの社会だったら、それは言うに越したことはないのかもしれません。


けれど、そうした裕福なご家庭だって、
遡ればどこかの世代で、ご先祖様や誰かが血の滲むような大きな努力をし、
もしかしたら誰かの支援を受けて財を成したからこそ、
後世に渡せる資産がある
のかもしれません。

今、たまたまお金に恵まれていない家庭に生まれたからといって、子どもや若者が努力する権利や、未来を切り拓く希望の光まで奪われていいはずがありません。


親として目に見える「お金」をその場で差し出せることだけが、愛情のすべてではないはずです。

取り得る制度や手段を最大限に活用し、子どもの未来を第一に考えて学びの機会を与えようと奮闘することは、恥じるべきことではなく、誇るべき親の姿勢だと私は信じています。


両親の努力がなければ、そして奨学金という制度がなければ、私たちきょうだいは絶対に今の場所にたどり着けませんでした。

現在、きょうだい3人はそれぞれ異なる県に暮らしていますが、今でも家族仲はとても良く、長期休暇には予定を合わせて実家に集まります。

みんなで囲む温かくにぎやかな食卓につくたび、この両親のもとに生まれて本当に良かったと、心から誇りに思います。


私は、一生懸命に育ててくれた両親にも、背中を押してくれた奨学金制度にも、深く深く感謝しています。



■ おまけ:歴史を動かしてきた「支援」と「挑戦」


もし今、奨学金を利用することに引け目を感じていたり、世間の心ない言葉に傷ついている方がいるなら、少しだけ知ってほしい歴史があります。


いまだに多くのファンを持つ政治家・田中角栄氏は、自らの幼少期や若かりし頃の苦難の経験から、日本育英会(現在の日本学生支援機構)の奨学金制度の予算拡充や、低所得者世帯への就学援助措置を並々ならぬ熱量で推進されたそうです。

また、個人の金銭援助や官費(公的な支援)も含めてですが、そうした「誰かの支援や制度」を活用して学問を修め、のちに時代を大きく動かした歴史上の人物は数知れません。

新紙幣の顔となった渋沢栄一や津田梅子、医学の道を切り拓いた野口英世。

彼らもまた、自力だけの資金ではなく、周囲の支援や制度というカードを最大限に活かして世界へ羽ばたき、社会に大きな還元を残した人たちでした。


制度を使うことは、恥ずかしいことでも、親や自分の敗北でもないはず。

さまざまな困難があっても、取り得るカードをしっかりと手繰り寄せ、
誠実に懸命に、未来を切り拓こうと努力を重ねるすべての人に。

どうか温かな希望の光と幸せが訪れますように
🕊️🫧


みなさん、今日もおつかれさまです🍵🍙❁⃘*.゚


■ さらにおまけ:日本育英会~日本学生支援機構の奨学金を借りていた功労者

(Geminiに聞いてみました。)

現在「独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)」が運営している事業は、2004年(平成16年)に日本育英会などの事業を継承したものです。

日本の学生支援の枠組み(日本育英会〜JASSO)の奨学金を利用して学び、学術・文化・スポーツなどの分野で国際的・社会的に多大な貢献を果たした代表的な日本人功労者をご紹介します。

1. ノーベル賞受賞者・世界的な学者
大学や大学院在籍時に奨学金を受け、のちに世界的な研究成果を挙げた研究者が多数存在します。また、大学院向けには「特に優れた業績による返還免除制度」があり、若手研究者の育成に直結しています。

湯川 秀樹(理論物理学者 / ノーベル物理学賞)
ゆかり: 日本学術振興会や育英事業の支援を受けながら研究を行い、日本人初のノーベル賞を受賞しました。

田中 耕一(エンジニア・研究者 / ノーベル化学賞)
利用: 東北大学工学部時代に日本育英会の奨学金を利用。民間企業(島津製作所)に勤めながら高分子の質量分析技術を開発し、ノーベル化学賞を受賞しました。

中村 修二(工学者 / ノーベル物理学賞)
利用: 徳島大学時代に奨学金とアルバイトで自立しながら学び、世界初の実用的な高輝度青色発光ダイオード(LED)を発明・開発しました。

大隅 良典(生物学者 / ノーベル生理学・医学賞)
利用: 東京大学・大学院時代に日本育英会の奨学金を受給。オートファジー(自食作用)の仕組みを解明し、現在は次世代の若手研究者を支援する「大隅良典記念奨学金」の設立にも尽力しています。

本庶 佑(医学者 / ノーベル生理学・医学賞)
利用: 京都大学医学部・大学院時代に奨学金を受給。がん免疫療法(PD-1の発見)の道を開き、人類の医療に大きく貢献しました。

広中 平祐(数学者 / フィールズ賞)
利用: 多子世帯の貧しい環境の中で日本育英会の奨学金を受けて京都大学で学び、「代数多様体の特異点の解消」により数学界のノーベル賞とされるフィールズ賞を受賞しました。


2. 文化・芸術・政財界の功労者
学術だけでなく、文学や芸術、社会の発展に貢献した人物にも奨学金経験者が多く存在します。

安部 公房(小説家・劇作家)
利用: 東京帝国大学(現・東京大学)医学部時代に日本育英会の奨学金を受給。『砂の女』などの作品で国際的評価を受け、読売文学賞など多数を受賞しました。

小山内 薫(劇作家・演出家)
ゆかり: 日本の現代演劇(劇団築地小劇場)の創始者の一人。若き日の学業資金や研究環境を各種の奨励金・育英制度で支えられました。

各種分野の学長・教育者・研究者
大学院第一種奨学金の「特に優れた業績による返還免除」認定制度などを通じて、現在全国の大学で学長や教授、名誉教授を務める学術的功労者が数多く排出されています。


3. オリンピックメダリスト・アスリート

大学進学時にスポーツ奨学金やJASSO(旧・日本育英会)の奨学金を活用し、競技と学業を両立させたアスリートも数多くいます。

高橋 尚子(陸上 / シドニー五輪 女子マラソン金メダル・国民栄誉賞)
利用: 大阪学院大学時代に各種奨学・体育奨学支援を受けながら成長し、女子マラソン史上初の金メダルを獲得しました。

北島 康介(競泳 / アテネ・北京五輪 金メダル)
利用: 日本体育大学在学中に大学独自および公的奨学支援制度を活用し、男子平泳ぎで2大会連続2冠を達成しました。

山下 泰裕(柔道 / ロサンゼルス五輪 金メダル・国民栄誉賞)
利用: 東海大学時代に奨学制度を利用して競技に専念し、全日本選手権8連覇、五輪金メダルなど前人未到の記録を打ち立てました。


まとめ

公的な奨学金制度(日本育英会〜日本学生支援機構)は、単に経済的困窮を支援するだけでなく、**「経済的理由で進学や研究を諦めさせない」**ことで、ノーベル賞受賞者をはじめとする日本のトップランナーたちを育てるインフラとして機能してきた歴史があります。



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