【あがり症|美大受験15】最後の入試がはじまり、うに、ついに腹をくくる|ふるえるままに、すすめ35
あがり症でHSP気質のうにが、美大受験、大学中退、そしてその後も続いていく日々の中で、変わりたくても変われない、どうしようもない自分を抱えたまま世界を泳いでいく『うに』のイラスト付き連載エッセイです。うまくいかない日も多いけど、うにはうにのまま、ふるえるままに進んでいきます。
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2月末。
最後の大学の一次試験、構成デッサンの日がやってきました。
うには試験会場に入りました。
白い壁に覆われた大きな教室です。片側に窓があり、冬の午前の明るい日差しが入ってきていました。
会場の四隅には、それぞれ小さなテーブルが置かれていました。
その上には、白い布をかぶせられた何かが置いてあり、ふくらみ方からして、何か丸いもののようです。
そのモチーフを囲むように、低い位置のイーゼルが五つ。
さらにその外周を、高い位置のイーゼルが五つ配置されていました。
うには、自分の受験番号と座席番号を確認。
座席は、前列の窓際。
低い位置のイーゼルの、一番右端から2番目です。

自分の席に座り、デッサンの準備をします。
その間にも、受験生が入室してきて、席が埋まっていきました。
小さく深呼吸をしながら、どきどきする胸を抑えます。
今までの経験上、少しは会場内を見渡しておいた方がいい。
そう思って、うにが後ろを振り向くと――。
斜め後ろの、高い位置のイーゼルに、ゆきちゃんが座っていました。

あっ……!
思わず話しかけようとしました。
でも、とっさに何を言えばいいのかわかりません。
ゆきちゃんは、かなり緊張しているのか、張りつめた面持ちで、鉛筆ケースの中を確認していました。
うにに気づいているのか、いないのか、こちらを見る様子もありません。
うには、なんとなく声をかけそびれてしまったまま、試験がスタートしてしまいました。

試験監督の手によって白い布が取り除かれると、そこに現れたのは、いくつかの球技のボールでした。
バスケットボール、バレーボール、卓球ボール……
課題文は
「与えられたモチーフの中から、ひとつ、または複数を選び、それらが存在する空間を自由に想定して、構成デッサンとして表現しなさい」
受験生たちの間に、ちょっとしたざわめきともため息ともわからない空気が広がりました。今までのその大学の傾向とは、少し違った角度からの出題だったため、みんな戸惑っていたのだと思います。
うにもです。
「それらが存在する空間を、自由に想定して」ということは、描写力だけでなく、自由な発想力を試されているのかも。
ああ、自由にかあ……。
過去の問題のような、シンプルな構成デッサンなら、まだ考えようがあります。出されたモチーフをよく観察し、素材感を生かして、物と物が作りだす空間とか、映り込みとか、質感の柔らかさや固さなどが、最もよく伝わるように、白い画面の中に配置して描けばいいのです。
でも、今回は違うかも。「存在する空間」……つまり、空間そのものを考えなければならない、ということでしょうか……確信が持てません……
それって、体育館とか、公園とか、現実にありそうなシチュエーション?

それとも、現実にはない、不思議な場所や世界?

思わず人目を引くような、魅力的で面白いアイデアを発想する感じ?

そういう課題なら、画力があり、場数を踏んでいる浪人生の方が、圧倒的に強そう。
でもうににとっては、自由がいちばん苦手な課題です。
(そうだ。あの色彩構成の自由課題の時もそうだった。自由っていわれると、うに、なんにもアイデアが浮かばなかった……)
周りの受験生たちは、課題用紙の裏にエスキースを描き始めていました。でも、うにの手は止まったままでした。
ああ、どうしよう。
面白い空間とか世界なんて、何にも思い浮かばないよ……。
たぶん、戸惑っていたのは、実際にはほんの十数秒くらい。
うにはすぐに腹を決めました。
自由は、もういい。うにには、無理だ。
バスケットボールを見たら、うには体育館しか思い浮かばない。
体育館のぴかぴかの床の上に転がっているバスケットボール。
壁の下のほうにある細長い掃き出しの窓から、夕方の光が斜めに差し込んでいる。

あまりにもオーソドックス。
100人いたら100人が思い浮かべるだろうけど。
何のひねりもないけど。
シンプルに、それだけを描こう。
だって、現役高校生だもん。
バスケットボールなんて、体育館でしか見たことがないんだから!
逆に言えば、体育館の床なら、見なくても描ける。
体育館の床の映り込みの美しさなら、うにはかなりねちっこく描ける。
それなら、きっと線には迷いがないし、画は強くなる。
ここで無理して、苦手な発想力に走って、
見たことのない創造の世界を描こうとすると、
うにの場合は、きっと絵が薄くなっちゃう。
それじゃ教授の目にも止まらないだろう。
だから、見たことがある世界を描こう。
課題文には、「存在する空間を自由に想定して」と書いてあります。
つまり、自由なんだよね?
だったら、奇をてらわなくてもいい自由もあるはずです。
体育館の床とバスケットボールという、直球勝負でもいいはず。
ただし、誰よりも完成度高く描こう。
圧倒的に線の密度を高くする。
画面を濃くする。
絵としての存在感を出す。
他の受験生たちの作品と一緒に並べられた時、どの絵よりも密度高く、はっきりと目に入るように。
時間の限り、濃密に描き込もう。
発想力の奇抜さじゃなくて、描き込みによる存在感の強さに全振りしてみよう。
腹が決まれば、あとは時間との勝負でした。
エスキースを練っている時間がもったいない。
一線でも多く、画面に描けるかの勝負です。
うには、エスキースをすっ飛ばして、柔らかめの鉛筆を、画面に走らせました。
シャシャシャ、と乾いた音が室内に響きます。
白い紙の上に体育館の奥行きをぐんぐん立ち上がらせていきます。

背後で、周囲の受験生たちが少しざわついたのがわかりました。
え……?
あの子、もう描き始めた?
エスキースしないの?
そんな空気が、背中に刺さっている気がします。
でも、無視です。
たしかに、予備校では、まずエスキースで構図や明暗の計画を立てようと指導されます。
でも、頭の中に、すでに画面がクリアに立ち上がっているなら。
今は、その時間すら惜しい。
うには、はじめて美術予備校に来た日のことを思い出しました。
そういえば、一番最初に描いたのも、球体でした。
木炭で描くように言われた、白い石膏の球体。
あの時、波多野先生はなんて言っていたかな。
「紙の上に球を描くんじゃない。画面の中の空間のなかに、あるように描いてごらん」
この課題も、同じかも。バスケットボールを、ただ丸く描くんじゃなくて、体育館という空間の中に、存在するように、描くんだ。
それから、もうひとつの記憶。
うににとっての、体育館。
小学生のころ、毎日、放課後に居残りで、跳び箱や平均台の練習をさせられていたこと。担任はスパルタの体育教師で、クラス全員ができるようになるまで許されなくて。うにがいつでも、クラスで一番最後までできない子で。本当につらかったこと。
体育館なんて吐き気がするほど大っきらい。
でも。
へとへとになって、体育館の床に寝ころんだこと。
冷たい床に、火照った頬を押し当てた時、壁の下の方にある掃き出し窓から、午後の光が斜めに差し込んでいたこと。
あの光だけは、きれいだなって思ったんだ。

そう。あの感じ。
それなら描ける。
つづく!
※美大受験編、美大編、スピードアップして駆け抜けます!
このあと若干辛い描写がつづくので、できれば一気に駆け抜けてしまいたい……

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※本作は実体験をもとに再構成した創作エッセイです。
大切なお知らせ
本作は実体験に着想を得たエッセイですが、プライバシー配慮のため登場人物・団体・時系列・場所等に創作・合成・編集を含みます。特定を意図していません。ただし、うにが感じた気持ちと気づきは本物です。

