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地域の数ではなく人の数だけ「関係人口」がある|「ぬまトーーク」Vol.24 in 宮城気仙沼市

世の中、往々にして言葉が先に来るというケースはあり、言葉の意味が上手く定義されないまま曖昧な状態で人々の間で使われ続けることで、何となしには意味が通じるけれど、何となしに使われているが故に本質が見落とされ、聞き手にとって違和感を生むなんて現象がよく見られる。

「関係人口」

この言葉は、まさにそんな言葉と言える。もっとも意味が定義化によって限定されないことで余白が生まれ、解釈可能性が広がるお陰で人々の間に考える機会を生む。そんな好さもある。「関係人口」という言葉は、ある種そうした好い面も持ち合わせた言葉かもしれない。

2026年2月15日。宮城気仙沼市のスクエアシップで、「関係人口」について考える機会となる「ぬまトーーク」が開催された。本イベントは、開催前に参加予定者とともに作るイベントクラフト的な色彩を帯びたイベントであり、参加者それぞれが「関係人口」を自分の言葉で考える、自己との対話色を帯びたイベントでもある。


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関係人口を、わたしの言葉で考える|「ぬまトーーク」Vol.24 in 宮城気仙沼市

「ぬまトーーク」Vol.24『関係人口を、わたしの言葉で考える』は、大きく分けてゲストトークとワークショップの2構成で行われた。オンライン・対面併せて20名程度の「関係人口」に関心のある方々が参加し、トークの聴講とワークショップに取り組んでいる。

ゲストトーク

ゲストは、元ぬま大学事務局 小町香織 氏、ぬま大学11期卒業生 菅野毱茜 氏の2名である。両者ともに、気仙沼市外から気仙沼市への移住を経験している。小町 氏は現在関東で生活しながら気仙沼市に関わり続けており、菅野 氏はぬま大学受講期間から関係人口に関する取り組みを行っている。

小町 氏は、『気仙沼の人は、とにかく人を巻き込みがち』と話し、気仙沼市に帰省する度に、予定に入っていなかった地域の人々との関わりを楽しんでいる様子を語った。東京では、肩書などで自らできることをアピールすることで何かに巻き込まれるケースが多いが、気仙沼市ではそうでない。

何かができるから、ではなく、そこにいるから巻き込まれる。それは、気仙沼市には、肩書ではなく一人の人として受け入れてもらえる風土があるからでなかろうかと話した。また、東京に転居後はホームシックになる機会が増えたそうで、その点に気仙沼市に住んでいたときとの違いを感じているようだった。

一方で、東京に転居したからこそ、新しい気仙沼市との関わりができたと言う。それは職場の人を気仙沼市産の食べ物を食べられるお店へと誘ったり、東京で行われる気仙沼市のイベントでスタッフをできたり、気仙沼市に住んでいたときにはなかった形での関わり方とされる。

筆者は、自身東京の会社に勤務する一方で、地域に関わるには地域に居ながら専用の時間を別に設けないとならないと思い込んでいただけに、東京圏に転居したとしても、地域に関わる道があるのだと気付きを得た。現時点で東京圏に転居予定も意向もないけれども、地元に居続ける理由がないだけに、そういう生き方も好いのかもしれないと考える時間であった。

菅野 氏は、世界40カ国を旅し、正解はないのだと感じた経験から、『自分の好きや心地よさを信じて選ぶーー自由肯定』の観点で気仙沼市との関わり方について話している。気仙沼市内のゲストハウス「スローハウス」での滞在から、お試し移住を経て、気仙沼市に移住した過程は、移住に至る動きが分かりやすく、貴重な体験談に感じられた。

また、以前に地方では生活できないと周囲の人々から言われてきた菅野 氏が、気仙沼市という地方への移住を決めるまでの心の動き、ぬま大学があったことで気仙沼市をチャレンジの場と思えるようになった点、移住後に感じた良い点、良くなかった点の話もまた、移住にまつわるリアルが詰まっており、聴けることのできて良かった話だと感じている。

気仙沼市移住後は、地元の方々や大切な方々に対して、気仙沼市で買った新鮮な魚を送ったり、気仙沼市にその方々を呼ぶなど、気仙沼市を推す機会が多いとのこと。また、パートナーが気仙沼市内にカルチャーの発信拠点となる店の開店準備をしている話もあり、気仙沼市を力強く支えてくださっている様子が垣間見え、ありがたさを感じた。

ワークショップ

ワークショップでは、参加者それぞれが、気仙沼市などとどのような関わりを持っているかをマッピングして可視化し、それを参加者同士で紹介し合い、自分以外の人々の関わり方なども踏まえ、自分の言葉で関係人口を考えるための時間を持った。

※このnoteでは、参加者個人の情報を書くわけにいかないため、筆者のマッピングを例にする。どのようなことをやったのかだけイメージを持っていただけるとありがたい。筆者が描いた物を紹介している体で書く。


マッピング図※当日作った物とはほぼ別物と言っても過言ではない図ですが、内容は同じです

気仙沼市と多く関わるようになった経緯は二つあって、一つは4-5年くらい前。当時、個人事業主(ライター)で朝起きてから深夜寝る前までずっと仕事していて、運動不足が祟って毎月風邪をひくようになったんですね。それで、さすがにマズい、運動しないとならないと思い、とりあえず歩こうと思ったわけです。

ただ、自分は理由がないと何もやれない(生きるのにさえ理由が欲しい)人間で、歩くにしても理由が必要だった。なので、記事(note)を書くのを理由にして歩くことにした。車で少し走った先で歩く場所として、気仙沼市は丁度良かった。内湾の辺りって、綺麗じゃないですか。それに歩いているだけで色々なものを見られる。それで気仙沼市をよく訪れるようになった。

もう一つの経緯は、2年少し前に、東京出張などの際によく訪れるバーでマスターに『色々な人間に会って話した方が好い』と言われたことで(なぜそんな話になったのかはちょっと面倒なことになりそうなので触れない)、その翌日にスクエアシップに来たら、まち大学の人に『明日、ぬま大学の最終報告会があるから来ないか』と言われた。

それで最終報告会に行ったら、ぬま大学卒業生がくるくる喫茶うつみでアジアカフェをやっているというので、そこからくるくる喫茶うつみに行くようになった。その後、自分もぬま大学を受講して、色々なイベントにも参加するようになった。そうして気仙沼市に関わる機会が増えた。

noteを通じて、大船渡市や釜石市など気仙沼市以外にも興味が向き、足が向くようになり、くるくる喫茶うつみ経由で泊まれる古本屋山猫堂を知り、山猫堂経由で陸前高田市に足が向くようになった。そうした関わりそれぞれの結果、たくさんの人々に会えるようになったので、気仙沼市が人と出会うハブになったと思っています。

クロージング

最後に、ゲストからの一言、参加者同士での感想の伝え合いを行い、「ぬまトーーク」Vol.24は閉会した。「関係人口」に関するイベントとなると、どうしても地域が主役になりがちである。

しかしながら、「ぬまトーーク」は最初から最後まで人が主役となり、地域は語られる対象だった。「関係人口」には様々な定義が寄せられるけれど、人を主役にして語る形こそが、本来の「関係人口」でなかろうか。改めてそう感じられる時間だった。


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