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夏目漱石「三四郎」24 蘇我入鹿じみた心持とは?

(画像は奈良県明日香村に旅行した際に撮った、蘇我入鹿の首塚、とされる石塔です。)


夏目漱石の小説「三四郎」、明治41年(1908年)新聞連載。

私は最近、漱石の他作品「こころ」(1914年)について、よく読めば明治天皇や乃木希典夫妻殉死に対して、とんでもない揶揄が書かれていると思ってあれこれ論じてきた。

関連して今回は「三四郎」で似たような話を。
皇室もしくはその歴史に対して、微妙な皮肉もしくは揶揄がある。
またそれが、三四郎の出生のヒントにもなっているのでは。


1、蘇我入鹿を知らない、ってコト?


終盤、主人公:小川三四郎は謎の述懐をする。
大学1年の師走、劇場で蘇我入鹿に関する芝居を見ている場面。

 演芸会は比較的寒い時に開かれた。年はようやく押し詰まってくる。人は二十日足らずの目のさきに春を控えた。(略)
三四郎にはなんのことかまるでわからない。(略)三四郎の記憶にはただ入鹿の大臣という名前が残っている。(略)実をいうと三四郎には確然たる入鹿の観念がない。日本歴史を習ったのが、あまりに遠い過去であるから、古い入鹿の事もつい忘れてしまった。推古天皇の時のようでもある。欽明天皇の御代でもさしつかえない気がする。応神天皇聖武天皇ではけっしてないと思う。三四郎はただ入鹿じみた心持ちを持っているだけである

(十二)

(※ 著作権切れにより引用自由です。)

ここで語り手は、三四郎が「確然たる入鹿の観念がない日本歴史を習ったのが、あまりに遠い過去であるから」としている。

そんなわけあれせんやろ~。

1(1)東大生、23歳

主人公:小川三四郎は東京帝国大学生である。
また三四郎本人の認識で、二十三歳である。

 三四郎は宿帳を取り上げて、福岡県京都郡真崎村小川三四郎二十三年学生と正直に書いたが、女のところへいってまったく困ってしまった。

(一)

その三四郎が、蘇我入鹿をよく知らないわけがないであろう。

1(2)歴代天皇に詳しい

さらに語り手は、「日本歴史を習ったのが、あまりに遠い過去」とする自分の言葉がウソだと示すかのように、天皇の名を並べている。

推古天皇 554年~628年 日本初の女性天皇。
  ちなみに蘇我入鹿の父:蘇我蝦夷は母方の従弟にあたる

欽明天皇 509年~571年 上記推古天皇の父。仏教伝来

応神天皇 360年~ 130歳で崩御? 母は神功皇后
 
聖武天皇 701年~756年 奈良の大仏建立で知られる


私はそもそも応神天皇を知らなかった。とっさに出てくる三四郎のほうがよほど日本史に詳しい。

また年代も三四郎の認識「応神天皇聖武天皇ではけっしてない」で正解である。
蘇我入鹿といえば、645年の大化の改新(乙巳の変)で殺された豪族だ。
360年生まれの応神天皇や701年生まれの聖武天皇とは時代が離れている。推古天皇がもっとも近い。

それなのに三四郎が蘇我入鹿をほとんど知らないと。
やはり「三四郎」の語り手はおかしなことをわざわざ言っている。


2、天智天皇を知らない、ってコト?


そして、蘇我入鹿といえば大化の改新、大化の改新といえば中大兄皇子(後の天智天皇)であろう。

しかし、応神天皇すら把握している三四郎が、ここでなぜか天智天皇をまったく少しも想起しないのである。

これは「三四郎」の語り手、あるいは夏目漱石が、意図的にはぶいたということか。

私は前にも書いたが、夏目漱石は天智天皇のことが嫌いと思われる。


3、クーデター側ではない、ってコト?


さらに気になるのは語り手のこの一節。

三四郎はただ入鹿じみた心持ちを持っているだけである。

(十二)

この時点で三四郎は、ヒロイン:里見美禰子に告白めいたことを思い切って告げて、完全スルーで流され、思わずもう一度同じ告白をしてしまい、二度目は女からため息をつかれてしまった後である(一〇)。

「じゃ、なんでいらしったの」
 三四郎はこの瞬間を捕えた。
あなたに会いに行ったんです
 三四郎はこれで言えるだけの事をことごとく言ったつもりである。すると、女はすこしも刺激に感じない
(略)
 三四郎は堪えられなくなった。急に、
ただ、あなたに会いたいから行ったのです」と言って、横に女の顔をのぞきこんだ。女は三四郎を見なかった。その時三四郎の耳に、女の口をもれたかすかなため息が聞こえた

(一〇)

フラれた直後の男の心理からすれば、クーデターを起こす側、もっといえば人を殺す側の、中大兄皇子・中臣鎌足側の心理に近づくならわかる。

しかし語り手は、三四郎は権勢を振るう豪族側の、蘇我入鹿じみた心持ちを持っている、と。

これはなんだろう。
三四郎は一介の学生であり、なんら権力は有していない。まあ九州の実家はそれなりの地主のようだが。


蘇我入鹿のように、もうすぐ殺される側・首を取られる側、そういう心持ということだろうか。

そういえば「三四郎」では、主要登場人物が誰も亡くならない割には、人の死や葬儀についてはなぜか何度も出てくる。

迷える子羊=ストレイシープである小川三四郎には、全く書かれてはいないが実は自殺願望か、もしくは近い将来に病気で亡くなってしまう予感、あるいは誰かに殺されるほどに恨まれる予感があった、そういうことなのか、「入鹿じみた心持ち」とは。


あるいは、大化の改新によって蘇我蝦夷・蘇我入鹿が滅んだように、九州の地主である実家も、自身の代で滅んでしまうのでは、そんな意識なのだろうか。


4、小川三四郎=応神天皇、ってコト?


歴代天皇についてだが、蘇我入鹿をよく知らず天智天皇も浮かばないはずの小川三四郎に、比較的マイナーなこの天皇がすぐ出て来ることに違和感がある。

応神天皇

伝説では応神天皇は以下の設定である。というかほとんど母:神功皇后の行動であるが。

4(1)応神天皇の出生


・父は第14代:仲哀天皇。母は神功皇后
・ある年の2月、熊襲征伐中に仲哀天皇が死去
妊娠中の神功皇后がそのまま熊襲征伐を続け成功。さらに朝鮮半島に渡り三韓征伐にも成功。この間神功皇后はあえて出産を遅らせるようにしたと。
・征伐成功し帰国後の同年12月応神天皇を出産(夫の死去から10か月後

・その直後、神功皇后と、亡夫:仲哀天皇と他の女性との間にできた皇子2人とが戦闘になる。結果、その皇子達がともに死去
・神功皇后が摂政に就任し最高権力者となる。神功皇后の崩御後、応神天皇が即位


改めてみると、これが国家としてまとめた古事記・日本書紀に書かれているのだから驚く。

夫の死去、わざと出産を遅らせるようにして、死去10か月後に息子を出産したと。
その後、先帝である夫と他の女と間にできた皇子たちを殺し、新たに生まれた子を第15代天皇として即位させることに成功したと。

どうみてもこれ王朝交代だよね? 仲哀天皇と血がつながっとらんよね?


4(2)小川三四郎の出生

話を「三四郎」に戻す。

主人公:小川三四郎は母親とは何度も手紙・電報で連絡しているが、その父についてはこの一言以外、まったくなにもふれられない。
広田先生が三四郎に聞く。

「君はたしかおっかさんがいたね」
「ええ」
おとっさんは
死にました

(十一)

さらにこの直前、広田先生は三四郎にこんな話をしている。

たとえば、ここに一人の男がいる。父は早く死んで、母一人を頼りに育ったとする。その母がまた病気にかかって、いよいよ息を引き取るという、まぎわに、自分が死んだら誰某の世話になれという。子供が会ったこともない、知りもしない人を指名する。理由を聞くと、母がなんとも答えない。しいて聞くとじつは誰某がお前の本当のおとっさんだとかすかな声で言った。

(十一)

私はこれらの描写から、小川三四郎の真の父親は実は生きており、作中の登場人物の誰かではないかと考えたことがある。

応神天皇」という、建前上の父親とは明らかに別の父親がいるであろう存在がわざわざ示されていることも、私の想像の材料となり得る。

さらには、これに「入鹿じみた心持」を、=もうすぐ殺される・失脚すると解釈すれば、こんな推測も成り立つだろうか。

・三四郎には異父きょうだいもしくは異母きょうだいあるいはその両方がいる
・そのきょうだい達と、父の相続財産や三四郎母の九州の土地をめぐって、激しい争いが起きる
・その結果、三四郎は命を奪われるか、社会的地位を失う

憲法発布は明治二十二年だったね。その時森文部大臣が殺された。君は覚えていまい。いくつかな君は。そう、それじゃ、まだ赤ん坊の時分だ

(十一)


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