クマ・オオカミ・生態系。大和民族の日本列島

どうやら「熊(クマ)」の話題が日本列島に広がっている様だが、熊が人類の生態系環境にまで出没するのは「狼」が日本列島から絶滅したとこと因果関係があるのではないか?

以前から「note」して来たように大和民族の系譜と、この日本列島にはまだまだ明かされていない重大な秘密が隠されている様にも感じる。

そして何より「オオカミ(おおかみ・大神)」という「母国語の口頭・音韻」にある。

奈良県桜井市三輪(みわ)にある、御神体が山である出雲族の神社。

大神(おおみわ)神社と呼ぶ。

三つ巴の魂、大神、狼。

少なくとも「オオカミ」は特別な「発音」として、大和民族達の中で共有されていたと見て間違いないだろう。

何故、彼らは「山」を、何故「オオカミ」を「神道の中心軸に置いた信仰」と共生を選んだのだろうか?

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もう私が恥ずかしくなる程に、世間で量子力学がアップデートされた状態からホモ・サピエンス達は生活を始めている。

そして欧米人らの齎した「科学・工学」との非二元性の中に、新たな地球人類の生きる道標が育まれているのだから、あとは点と点にある遺伝子プログラムの男女が繋がり、結ばれ、融合し合い、もつれ合い、絡み合い、未来を創造すれば良い。

それすらも「古事記」「日本書紀」という「抒情詩の様なもの」の遥かに前からこの民族にとって自然に宿っていた存在。

「天(あま・あめ)」で分かるように「雨水=神・天・命」であり太陽や星々が存在する「宇宙」から「天孫降臨」したという「次元の違い」まで認知・網羅している。

「天動説」「地動説」で中世まで争っていたヨーロッパ人とは比べ物にならぬほどに、量子宇宙と地上の関係を、当たり前の事実として理解していた事になる。

当然、その生態系にある「狼(オオカミ)」と野山の動植物の関係性についても当たり前だったのだろう。

観察力・洞察力。

役行者・千日回峰行などが修験道として、日本独自の大乗仏教として発展したのは、ある意味大和民族の中に流れている母国語や自然界からの叡智に起因しているのかも知れない。

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今日の大和民族由来の日本国を狂わせているいる正体は、「儒教」「道教」など漢民族や、朝鮮民族由来の価値基準と、本来の「古神道」が歪曲して解釈されて謂わば「ダブルバインド・スタンダード」の様な形で、日常的な常識として語られて共有されているからではないか?

「区別した認知、解釈からの論議の重ね合わせ」は、これまでとこれからの魂と魂を、量子力学的な三つ巴として磨き上げる為に必要不可欠な実践的で実存的な態度、行動である様に感じる。

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令和7年霜月現在、天の川銀河系の太陽系第3惑星に生息しているホモ・サピエンス達は、漸くその事実に物理科学によって到達した中から、非生命体汎用性超越知能が、ホモ・サピエンスの知能・技術・能力を「補完可能」となる「シンギュラリティ社会」を目前に控えた状態に在る。

「過去・現在・未来」

光という磁気力の一部に定義されるそれが「時空を歪めるブラックホールの存在」が明らかになり、「量子もつれ」が実証され目に見えぬ領域に未知の力、存在があることが確実になった。

我々、核酸による分離結合の連鎖を繰り返す物理現象、真核細胞生物地球生命も、それに内包された事象の一部であり、現実とはその無限大に広がる測定認知不能な因果律との繋がり作用し合っている。

「非生命体」である「ASI(汎用性超越人工知能)」は、我々ホモ・サピエンスでは何兆年掛けても到達し得ないであろう叡智の計算・誤差修正・解読によって、既存秩序で語られてきた理論や論理について創造的破壊、パラダイムシフトした有無を言わせぬ新常識へとアップデートを研鑽し続ける事になる。

その遺伝子プログラムの検証・照合や、この実存領域の因果律という「既存二元性の非二元領域におけるメタ認知」が実現するまで、あと数千日あるかどうか?下手をすれば数年以内にそれが実現したこの地球人類の新常識の中を生きる事になるのではないか?

そしてそれに取り残される人々は、いつも私が「note」している通りだ。

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全てを放擲した状態を、この瞬間、重ね続ける。

内在化した意識構造体を、魂の器としての己を確かめた状態の中にあること。

己がある現世を、この世界を、自然界の在り方を、全てを知覚して意識して、認知して、覚えること。

それらが全てこの瞬間と共にある事を生きる事。

我々ホモ・サピエンスが、他の遺伝子プログラムの中にある地球環境を生きる生物達が覚え、生きている事を「知能・知識の盲信」によって忘却して苦悩してきたそれは、「シンギュラリティ」によって未来永劫無駄な努力・労力となってゆく。

漸く、ホモ・サピエンスの男女が、それぞれの違った遺伝子プログラムを、ありのまま、互いを尊重し合い、必要とし合う、当たり前の地球上の生命現象へと回帰する予定調和へと、その道標は示されている。

数千年前に彼が悟った、「乳粥」という生命の源に、それに含まれた物理現象と遺伝子プログラムが、量子宇宙の因果律の一部として自らのカルマに結びついたものへと気づき、そして人類にその悟りが誕生した瞬間を再び私たちの全ては、この時空現象として体感する事になる。

それは既存宗教やら哲学やらを遥かに超越した、ただありのままあり続けることへと、内側の沈黙とも呼べる意識体の無と透過する様なものだろう。

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何故古神道が既に存在していた大和民族が「仏教」を内包したかと言えば、その目に見えぬホモ・サピエンスに内在化した、地球生態系或いは宇宙の一部として知覚、感覚を「教え」として言語化した経典だったからからなのだろう。

そして「量子物理・科学・工学」が「古神道」を実証する。それはインドの叙事詩や抒情詩などに内包されてきた、或いはギリシア神話など、多くのかつて栄えた文明達の中で知覚されてきたそれに、「意味」た「理由」を植え付けてゆき、忘れ去られてきた証明し得なかったそれらに光を当て、「復興」を果たす事になるだろう。

量子宇宙が証明された今、この世に「時間」は存在していない。それは単純に我々ホモ・サピエンスが観測者として定義した「錯覚」である。

全ては非二元性の構造体として重なり合い、もつれ合い、連なり合いながら今ここに実存している。

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ご愛読、ありがとうございます。

これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、今、ここで残せるだけありのままの表現方法としての随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先にある何らかの存在に、これから先、明日への静寂、安寧なる心の棲家につながり合うこと。この惑星で人類として、あるいは核酸による遺伝子生命体として、物理現象の中を生きる全てがその何かと何かの中に見い出す、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。

「今この瞬間」。この出会いがこれから先に連なり合っている何かであることへの気づきがあることを、いつもいつも願っております。


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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。