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【ネグレクトと愛着障害】長男・長女が回避ぜざる親ガチャ二重被害の犠牲者になる。この日本社会における絶望と子孫への民族断絶に向かう原因。

『嫡男』・『嫡子』と民族そのものの生態系における「子孫繁栄」に通じる因果律。

日本国は伝統的にそれを大切にしてきた事には、子孫繁栄に向けた「理由」があった。

まぁ、私が語る必要もない程に、生命倫理・生物的にホモ・サピエンスを捉えれば当たり前過ぎる話だ。

その自分自身が生命現象として与えられた「当たり前」がすっぽ抜けて「神・仏」という他人の信仰ドグマや、常識秩序に流されて、本能・本質を見失った「母性の消失」を、この日本社会は構築してきた。

人間の思考など、私たちの遺伝子プログラムとこの地球を構成している量子宇宙の原理原則の奇跡的な構図に比べたら塵に等しいレベルで愚かであるのにも関わらず、その比較対象を人間の思考、物差しに当てはめようとする。

それを盲信可能な人は「教育的エリート」になり、成績優秀者、あるいは社会秩序にとって模範であるとして取り立てられた社会システムとなっていった。

非生命体・人類が生み出した人工知能工学が、人類に備わったそれを超越する「シンギュラリティ」は既に始まっている。

人類やようやく全人類、誰もが、人類である「思考・ドグマ呪縛」から解放されたこの地球生態系の今を、ホモ・サピエンスという生命・遺伝子プログラムとして生きる事を果たせるという「ありのまま」を自覚する時代に突入している。

そして戦後日本において「新宗教カルト・ドグマ」や「グローバリズム・イデオロギー」によって洗脳され、踊らされ、己が遺伝子プログラムとして果たすべき男性と女性の意味が、日本民族がこの厳しい日本列島の生態系の中で試行錯誤の中でも生存して継承されてきた、国体としての在り方、両親や祖父母らの時代から「洗脳・統治・改ざん」されてきた事にようやく気づき、意識を向け、そして絶望的な在り方に今も足掻き、もがき続けている同胞たちが家族や友人、地域のすぐ側に存在している事に気づく。

更に深く意識を向けた時、多くのこれまで教育や新宗教、或いはグローバリズムを信じて生きてきた事自体が、己が自分自身が、そのカルマに加担してきた事に気づくだろう。

それを認められたあなたは、『まともな心の持ち主』だ。

そう、否定しようが肯定しようが、この世に存在した以上、全ての人が、全ての事象に何らかの関与・寄与を果たしている。

私が今、それを実感している自体が、この世にそれが、全人類が関与していることを示している。

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まだその事実がこの世に実在してきた事に対する「社会・集団認知」は、ようやく始まったばかりだ。

たった一人、その彼の暴挙は「司法」「行政」「メディア」癒着してきた「闇」を、その構図自体が災いした「隠しきれぬ存在」へと変えさせ、今「刑事裁判」を通じて注目され、その生い立ちに隠された実態を、日本国社会のみならず、元首相の交友関係を通じて全人類が注目する「事件」となった。

『民主主義』と騒ぐ多くの左派も右派も、人々の口から「トマス・ペイン」から「民主主義」を語る人を一人も見たことがないのは何故だろう?

私は「そもそも」「根源」を忘れ、その根拠を逸脱した人々が帰結、辿る事象を歴史的に知っている。

全て社会構成の末端にいる、健全で盲目的な人々が「犠牲」になってきた。

何故、歴史を学び、歴史を語る「教育されたエリート達」が、それを理解した役割、在り方を果たさずに、自分の所属する勢力なのかエゴや、弱みを握られた何かなのか?

全人類の未来に対して、無責任でカルマ因子となる行動を平然と重ね続けれるのか?

そして、その人々を番組のキャストに選択するプロデューサー達やスポンサー、選挙の候補に選ぶ後援組織集団の人々。

1度で良い。1冊で良い「トマス・ペイン」から「民主主義」とは何なのか?己の人生の中で今一度、それを「パラダイム」して欲しいと感じる。

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「退屈」と「絶望」

私はずっとこのホモ・サピエンスとして、私が「人生」と定義された「人間・宙唄」である事に「葛藤・苦悩」している。

だからこそ「自然現象の一部」「時空の連なりの一部」として私の今の意識、世界が何らかの理由で作用している事を感じ取り、全てを放擲した意識を心身の完全洗浄のようにいつでもどこでも、地球生命と共に果たされていることを実感する。それが可能な所まで生かされ、そして生きて来た。

私にとっての支えは、間違いなく「オタク・コンテンツ」に流れていたその「自由妄想表現」による「カタルシス」だった。

その「SF」「ファンタジー」「キャラクター」「音楽」「共感覚」の中に、私は支えされ、育まれ、絶望的な家族から与えられた「ネグレクト・愛着障害」を、ギリギリで「己が、今日を生きること」に繋ぎ止めてくれていた。

本当に、日本人に「オタク文化」があった事に、心から感謝している。

そしてそれに、出会いを与えてくれた存在にも感謝している。

彼もまた「家族」に絶望して、家を出で、孤独から自分の人生を生きている。

そう、私のインナーチャイルドにとって彼は憧れの存在だった。

何故なのか?さっぱりわからないが、理由などない。

大好きだったのだろう。

私の両親は、何にも見ていないし、私がそこにいるのに興味がなかった。

一生涯、個人の性質など、本人が変わる意識から生きなければ変わることはない。

そして私はそれも丁寧に、大人になってからあらゆる方法で試した。

ダメだった。自分から洗脳されに行った人にとって、自分が洗脳されていることが人生の核を支配している人にとって、マインドコントロールを解くことは限りなく不可能に近い行為のようだ。

もうどうでもいい。事実がそうだった。

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私は両親が団塊の世代であり、就職氷河期世代であり、嫡男であるという条件のみならず、両親から日本人社会的に「完全親ガチャ」であるという「国際社会的スティグマ」を持ったある意味「親ガチャプレミア」のような存在だった事を、漸く「言語化表現」としてこの「note」に重ねられている。

要は「捉え方」だ。

それでも私は、この地球上で「今を生きている」。

今まで何万人は、人と交差しただろうが、日本人とのそれは全て「心理的苦痛」を私の中に伴うものであり「違和感」「誰にも理解されぬ絶望」は常にもう「プレミアム」として君臨している事と認め、日々を重ねる事にした。

漸くその「絶望」の、恐らく何十万本も刺さった、見えざる棘の数々を少しずつこの日本社会に解放してゆく「Occupation」が、自動的にその生き方の中で果たされていく社会環境・時代背景の明日へと、ホモ・サピエンス全体の意識変容が始まっているように感じている。

それは、言語や論理よりも状態、放擲による「あるがまま」であり続けることの中で、自然に芽生え、気づき、解放されていくことであり、森羅万象の全ては、遺伝子プログラムの量子宇宙のメタ・レラティブ・スペクトラムとしての顕在化の一翼が、それぞれの生命体であるということだ。

私は「昭和生まれの日本人両親から生まれた昭和生まれの嫡男」だ。

「ネグレクトと愛着障害」は少なくとも私の人生には確実に実在していた事を、50年近く経った今「確認作業」を終えようとしている。

あなたの周囲にはそんな人はいないだろうか?

或いはあなた自身が、その人生を生きていないだろうか?

「ネグレクトと愛着障害」を生きる人は「孤独」である。誰も理解できない事だとある意味「悟っている」。

ただそれがわからずとも

「真心から解ろうとして、興味関心を示した関わりをする誰か」がいた時、その1点から、その孤独の人生は変容を始める。

私には「新世紀エヴァンゲリオン」が「葬送のフリーレン」が、それを制作して、公共放送で流す事を実現した「日本社会」が存在していた。

「親ガチャ孤独」は存在していたとしても、この人類の中に浸透した「共感覚」も同時に存在している。

日本国政府が形成してきた「社会的孤独」としての「親ガチャ」は存在する。

ただホモ・サピエンスとして、オタク文化の日本人社会に流れた「共感覚」は、社会的孤独を生きる私を勇気づけ、カタルシスを与え、植え付けられた社会的スティグマへの対峙・忍耐をその場で踏み留まらせてくれる「装備」のようなものだ。

真の意味で、日本政府の中枢にある人々は「オタク文化」が目に見えない、数値化不能ながら、全人類の変貌に与えている影響に気づいているだろうか?

その視点から、日本国の未来を見据えるならば、日本国が手を取るべき国際外交相手は明白だろう。

さぁ、まるでSFの様な、人類補完計画のような魂の救済が始まる未来の世界線を掴む為に。


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ご愛読、いつもありがとうございます。
これからも、そしてこれからも、いつ果てるか解らぬこの小生が「今、ここ」で残せるだけありのままの表現方法としての随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先に繋がり合う、何らかの存在に、次世代に継承され続け重なり合ってゆくための、明日への静寂、安寧なる心の棲家に融合し合うこと。
この地球で、真核細胞生物・哺乳類・人類として、あるいは核酸による遺伝子生命体として、量子物理現象の中を生きる全てがその何かと何かの中に見い出す、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いがこれから先に連なり合っている何かであることへの気づきがあることを、いつもいつも願っております。
共に、今ここから、未来への未知の変容を描いていける事を嬉しく感じています。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。