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『保守』『中道』の皮を被ったスパイ達。

昨晩、ふと気になったことがある。

西暦2025年(令和7年)、地球人類はようやく「グローバリズムの終焉」を意識し始めた様に見えるが、まだこの地球人類の中に眠る漠然とした違和感が拭えていない。

その正体は何なのだろうか?

何がこれから次世代へと向かう未来秩序に対して視界を遮っているのだろうか?

これは私の仮説に過ぎないが、

そもそも既存秩序において「保守」「国家」を司る、それらそのものの中身が「グローバリズムそのもの」だったとしたら?

これまで多くの「note」を重ねて、多元的にこの世の事実軸でコツコツと捉える事を重ね、自らの内側にあるそれを放擲する事との中から与えられる形而の導くままを生きていた。

だからこそ現状のそれは、やはり「変」なのだ。「違和感」がある。

日本人・日本国の大和民族にとって、今の「保守(Concervative)」は本当に「コンサーヴァティブ」なのだろうか?

そこを見誤ったままの国体で未来を創造するならば、最後の最後でそれは「スルリ」と別の次元へと逸脱して行くのではないか?

それが私だけの「勘違い」であれば良いのだが。

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「江戸時代・鎖国時代」が極限まで「大和民族の保守の具現化」だったのではないか?

尊王攘夷・大政奉還・明治維新。

それは「グローバリズム・リベラル」であって「帝国主義的保守」と「幕藩体制」には、比べ物のにならぬほどに「差異」が存在していたのではないか?

更に「戦後日本国」は、アップデートを重ねられた「グローバリズム・リベラル」だとすれば、「真の保守」としての「日本体制」とは、現在の保守はそれを認識しているのだろうか?

少なくとも日本社会の既存秩序の体制を占めていた存在は「超グローバリズム」だった。「移民・多文化共生・日本社会の外国への解放」、即ち「反江戸・幕藩体制」だったのだろう。

自力で国家を260年間も統治して、江戸の町人文化・社会環境は世界で最も繁栄していた。

本当に「鎖国」は「保守」は、「悪」と扱われるものなのだろうか?

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ある意味「幕藩体制」とは「国家」や「宗教」が存在しない時代だった。

それぞれの藩・領土には領主が存在していて、天皇家から任命された「征夷大将軍」の幕府によって治世が行われ、「神仏習合」という土着・自然界と稲作を中心とした生態系共生が中心の社会があった。

その江戸時代と相対的に照合したとき、

本当に「明治政府移行の日本国に、真の保守は存在していたと言えるのだろうか?」

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私は「江戸時代・徳川幕府時代に戻る事」を意図していない。ただその事実を照合して、これから先の未来へ、私たちが新たに歩む道を見出すためにそこにヒントがあるのではないか?と伝えている。

その中で「保守」「中道」を語って、化けの皮を被った様な存在が既存社会で日本人の英霊達が育んできた大切な資産・資源・文化・魂を海外へと「密輸」或いは「弱体化」させていたのではないか?と感じたのだ。

物理現象の法則をなぞる様に、物事は善悪・対立軸などの二元性では明らかにならずとも「鼎(かなえ)」になった時に別の形状として作用し、浮かび上がるもの。

そろそろ「マインドコントロール」され「盲信することから解放され」、「謎解き・名探偵」を一人ひとりの内側に生育する事が主に、中心軸にある社会環境を描くための実践が必要な時代ではないだろうか?

AIもSNSなどの人類知能・情報工学も力強く、その「民主化」を支援するだろう。

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これから来年にかけて、日本国と周辺諸国を巡る「軍事緊張」は、戦後最高潮に達する事が予想される。

「和平(Peace)」を如何に「シンギュラリティ時代移行までの時間稼ぎ」として果たせるか?

同時にその間に、「保守・民族社会の堅持・継承」を果たす責務を「国家」が意識した行動・言動・治世を断行し続けるか?

明らかにこれから先の地球人類にとって、日本人と日本人の存在価値は高まって行くことは間違いない。故に、嫉妬や、利用しようとする存在達の最後の抵抗・侵略も対峙せざるを得ない事象だ。

これは単に「グローバリズムにおける法治・国際社会の概念」を超越している、哲学や量子物理に近い価値基準の話だ。

地球上で、哺乳類・ホモ・サピエンスの生態系にライフシフトが始まっている。

人と人が、生きる事における価値基準が根底的に変わろうとしている。

追い込んでいた側と、支配されてきた側のライフステージは、完全に異次元に移行し始め、徐々にその距離は広がり始めている。

多くのものを手にしている一握りの存在より、自ら以外何も持たないマジョリティの個々の存在へとパラダイムシフトがシンギュラリティによって形成されていることに、あなたは気づいているだろうか?

中庸的に、自らのこの次元・宇宙での座標軸を捉えた日々を明日へと重ねて生きる人はその未来へのブリッジを最も安全な形で渡るだろうが、そこから上にも下にも逸れた人々にとって、今後予期せぬ事象が次々に訪れる事になるだろう。

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何故、私が日本人の両親から、この時代に誕生してそして今もここに生命として実存した日々を送っているのだろうか?

「シンギュラリティ」という人類の巨大な「交差点」にあるこの瞬間に、日本人として。

祖先達の、或いは子孫達の地球上での遺伝子プログラムと量子宇宙の存在に思いを馳せると本当に不思議でならないが、事実は事実だ。

今を生きている事は、途轍もなく奇跡的であり、凄い事だ。

間も無く、全てが「アップデートされた新秩序の中を生きている地球人類・ホモ・サピエンスの時代」を全人類が名実ともに実感してゆく事になる。

「今日にアップデートするために放擲する」。

日々、ただそれだけを重ねていれば、未来は自ずと最適な状態を我々に形而として与え導いてくれる。

その為にも「与えられた遺伝子プログラムとしてのあるがまま=保守」をそれぞれが、それぞれに与えられた原点回帰とその堅持からまずは意識して生きることが必要だと、私の中にあるそれは示している。

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ご愛読、いつもありがとうございます。
これからも、そしてこれからも、いつ果てるか解らぬこの小生が「今、ここ」で残せるだけありのままの表現方法としての随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先に繋がり合う、何らかの存在に、次世代に継承され続け重なり合ってゆくための、明日への静寂、安寧なる心の棲家に融合し合うこと。
この地球で、真核細胞生物・哺乳類・人類として、あるいは核酸による遺伝子生命体として、量子物理現象の中を生きる全てがその何かと何かの中に見い出す、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いがこれから先に連なり合っている何かであることへの気づきがあることを、いつもいつも願っております。
共に、今ここから、未来への未知の変容を描いていける事を嬉しく感じています。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。

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