教諭・遠野未来子の物語
敗戦から三年が過ぎた、昭和23年。復興の兆しは確かにあったが、人々の心にはまだ静かな痛みが残っていた。
国民の祝日法が施行され、母子手帳の配布が始まり、子供たちへのまなざしが少しずつ温かさを取り戻しつつあった時代。
そんな、ある秋の日。
権現堂川の堤に、絵具箱を抱えて小学生たちが並ぶ。その先頭に立つのは、年若い教諭・遠野未来子。丸眼鏡の奥の目は柔らかく、口元には常に穏やかな笑みがあった。
「さぁ、今日は天気がいいですね。曼珠沙華も咲いています。川の流れも描いてみましょうね。」
未来子は一人一人に声をかけながら、写生会を穏やかに導いていった。
午後の陽が傾き始め、そろそろ学校へ戻ろうとした頃、児童の一人、勇の姿が見えなくなっていた。
「勇くん?…お返事して?」
風が強まり、川の流れがさざめいた。未来子は川沿いを走り、ようやく勇の帽子が水面に揺れているのを見つけた。彼は、川に流されかけていた。
未来子は迷わず川に飛び込んだ。濁った水に翻弄されながらも、彼女は勇を腕に抱きかかえ、岸へと押し戻していく。
「せんせい……!」
勇が岸にたどり着いた時、彼女の姿はもう水面には見えなかった。
「ここ」ではない、彼方の町。
その町を流れる川岸に、変わり果てた姿の未来子が辿り着いた。
どこか満足げな表情を浮かべ、眠っているような未来子を見下ろしていた銀髪紫眼の人物が、静かに呟いた。
「教え子を救ってここに辿り着いたんだね…。キミは『住人』にふさわしい行いをした。ここで新たな生を得て、『未来』を見守っておくれ…。」
かつて未来子だった者が、静かに目を開いた。
あれ、ワタクシはどうしてここにいるのでしょう?
そもそもここは、どこデスか?
そういえば、ワタクシは誰デスか?
「やあ。目覚めたね。彼岸花咲夜。」
「…ひがん…ばな……さくや…それが、ワタクシの名前デスか?」
「そうだよ。キミはこれからこの意不町で過ごすのさ。」
「ワタクシ…何か、大切な仕事があるように思うのデスが…。」
「うん。この町で働いてもらおうと思って。」
「またじいちゃんの話が始まったよ…。」
蓮は、やれやれと言った様子でスマホに目を落した。
権現堂秋祭り。幼い頃から祖父に連れられ毎年訪れているこの祭りで、必ず聞かされる祖父の話が、また始まった。
この後に決まって渡される小遣いのために、蓮は渋々立ち止まった。
「じいちゃんはな。ここで一度、溺れて死にかけた。先生のおかげで命を拾ったんじゃ。」
堤の一角に設けられた「遠野訓導碑」。
その主役の一人が、祖父だと言うのである。
祖父はこの時の経験から、子供を守ること、健やか成長を見守ることを心に決め、小児科医として多くの子供と向き合ってきたと言う。
「いくらか、先生にご恩返しができたと思っとる。」
話の最後は決まってこう結ばれる。
小児科医としての話は嘘ではない。実際に「小児科」という医療分野の先駆けとなり、黎明期から取り組んだ功績を認められ、勲章までもらっていた。
だが、この話はいくらなんでも話ができすぎだ。
両親と同じように、蓮もそう考えていた。
しゃがんで手を合わせる祖父の背中に、蓮はスマホで得た情報を伝えた。
「じいちゃん、今年はゲストも来てるらしいよ。ほら、かわいい子。」
銀縁眼鏡の奥から疑わし気な視線を送りながら、祖父は眼鏡をずらして画面を覗き込んだ。
「こ…こりゃ…!」
よたよたと会場に向かう祖父の後から、蓮がついていく。
祭りの本会場では、例のゲストに人だかりができていた。
「彼岸花咲夜」。
冗談みたいな名前の、マスコットキャラだと言う。
子供が中心のその輪の中に、祖父がずんずん進んでいく。
「じ、じいちゃん!順番、順番!」
蓮は慌てた。日頃は動きがスローなのに、子供のような笑顔で近付いて行く祖父の姿に、ある種の恐怖を覚えていた。まさか、いよいよ…。
その動きは、当然子供たちの親の目にも止まった。
怪訝な面持ちで祖父を見つめ、子供を抱きかかえるようにして列から離れていく。
「せ…せんせえっ! 遠野先生!」
「あれま。そんなに慌ててはダメデスね!」
手慣れた様子で祖父をなだめ握手をしていたが、警備の人間がすぐに駆け付け、祖父を彼岸花さんから引き離して奥へと向かう。
「すいません! 急に興奮しちゃて!」
祖父の前に回り込み、奥へと向かう彼岸花さんに背を向けた時、蓮はその声をはっきりと聞いた。
「またね、勇ちゃん!」
この人は、どうして祖父の名前を知っているのか。
「蓮じいちゃんの話、また始まった~!」
「仕方ないよ。ひいじいちゃんの頃からの『オヤクソク』みたいだから。」
苔生し、石碑に刻まれた文字も霞んできた「遠野訓導碑」の前に、一人の老人が額づいて両手を合わせた。
それを見守る二人の少女。
秋の権現堂堤には、今年も曼珠沙華の花が華麗に咲き誇っていた。
曼珠沙華。
別名、ヒガンバナ。
「再会」「また会う日を楽しみに」という花言葉を持つ。
本文2,000文字
「教諭・遠野未来子の物語」
了。
このお話はフィクションです。
#今2000字で書けって言われたらどこからの発想で書き始めますか
本日、見つけてしまいました。
折も折、まさにこれから「2,000文字程度で#幸手権現堂秋祭り用の小説を書こう」と思って noteを開いていたところ。
こういう偶然は、私にとってもはや必然。
参加しない手はないのです。
しかも、二度おいしいかも!
と、心を弾ませて書き上げました。
が!
「趣旨にそぐわない」
という場合は、どうぞご遠慮なくお知らせください!
#今2000字で書けって言われたらどこからの発想で書き始めますか
#幸手権現堂秋祭り
どちらのタグも、すぐに外します!
まあ、それっぽいこと言ってますが、だいぶ「都合いい」話でもあるかな、と思ってはおりますので…😅
でもこれを機会に、二つの個人企画に参加しているクリエイターの交流が深まるのはいいことかも!
と、余計なお世話的な気持ちも多分にあります。
この作品が参加している(今のところ)個人企画のリンク集
今2000字で書けって言われたらどこからの発想で書き始めますか
四作品とも、なんかこう「素」の皆さんが垣間見えるような雰囲気があってとても面白かったです。
ずらりと並んだビッグネーム。祖母の教え「遠慮と身投げはするもんでねぇ」を胸に秘め、大胆なことをしてしまったかもしまったかも知れない、と思わなくもない…。
幸手権現堂秋祭り
こちらはPJさんの個人企画。
幸手市の「公式」でもあります。
どちらの企画も素敵なので、盛り上がって欲しいとの願いを込めております。
さてさて、この「物語」の行く末は、どのような展開を迎えるのか…。
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