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★国宝展★「令和8年 新指定 国宝・重要文化財」京都文化博物館

国宝・重要文化財は建造物や美術工芸品のうち特に重要なものとして指定されるもので、日本の歴史や芸術文化を理解する上で欠かせない、かけがえのない国民的財産です。令和8年に国宝・重要文化財に指定される美術工芸品の一部を紹介します。

しかし、これで600円とは……正直安すぎる。

国宝・重要文化財は建造物や美術工芸品のうち特に重要なものとして指定されるもので、日本の歴史や芸術文化を理解する上で欠かせない、かけがえのない国民的財産です。本展では、令和8年に国宝・重要文化財に指定される美術工芸品の一部を紹介します。

令和8年 新指定 国宝・重要文化財 - 京都府京都文化博物館

文部科学省が京都に来るまでは東京国立博物館で開催だったようですね。昨年度のものをどうぞ!!


▼公式/メディア情報

▼展示会の概要

  • 2026.4.25(土) 〜 5.17(日)

▼仏像感想

山梨県:12: #善光寺 :木造源頼朝坐像 木造源実朝坐像:重要文化財

長野の善光寺に伝わる、源頼朝とその子源実朝の木造坐像は、鎌倉時代の写実的肖像彫刻の優品である。眼には玉眼が用いられ、生気ある鋭い視線が表現される。特に頼朝像は足部を失っているものの、上半身の力強い造形から武家政権の威厳が伝わる。親子像が揃って伝来する点も貴重で、時代の転換を象徴する重要文化財である。足裏に頼朝の亡くなった日を書いているのも面白い。

https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/94350901_03.pdf

源頼朝(1147~1199)、源実朝(1192~1219)として伝わる肖像彫刻で、武田信玄が永禄元年(1558)に善光寺を甲府に移した際に合わせて移動した。頼朝像の像内体部に墨書銘があり、右大将殿(頼朝)が正治元年(1199)正月十三日に没し、肖像が造られたが二度の火災を被ったこと、文保3年(1319)の年紀等が記される。頭部に写実味があり、力強 い作風を示すのに対して、体部の造形の形式化が進んでいることから、銘文に 記される文保3年は修理に係るもので体部の製作年を示し、頭部はこれをさかのぼり二度の火災のうち一度目の文永5年(1268)以前の13世紀前半の 製作とみられる。実朝像は、「公家列影図」(京都国立博物館本)に描かれる顔 立ちと通じるところがあり、伝承通り実朝と考えられる。面貌の表現には精彩 があり13世紀前半の製作と推定される。頼朝像は同人の最古の肖像彫刻であ り、実朝像は束帯姿の肖像彫刻の古例として重要である。

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山梨県:13: #恵林寺 :木造不動明王及二童子像康住作:重要文化財

見仏したかったが、パネルだった。

元亀3年(1572)に七条仏師康住によって制作された作例である。本像は「武田信玄が自らの姿を写させて造らせた“不動明王像”」という伝承で知られ、「武田不動尊」とも呼ばれてきた。従来は半ば伝説と考えられていたが、2021年の調査で像内から墨書銘が確認され、作者が康住であること、さらに制作年が信玄生前にあたることが判明し、この伝承が現実に基づく可能性が高いことが明らかとなった。

戦国時代の作例であり、いわゆる古典的仏像に比べると注目度は高くなかったが、「実在の武将の姿を投影した不動明王像」という点で極めて特異な存在である。

詳細は「文化遺産データベース」にあります。

https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/94350901_03.pdf

武田信玄(1521~1573)の菩提寺恵林寺に伝わる不動三尊像で、信 玄が自らの姿を鏡に写して造らせ、髪を焼いて彩色に用いたことや、七条仏師・康清が造ったことなどの伝承のある「武田不動尊」の名で知られ、信玄の子勝頼が天正2年(1574)に恵林寺に安置して点眼供養を行ったとされる。近年像内に七条仏師康住(康清の弟)の作者名と元亀3年の年紀が記されることが確認され、信玄生前の製作になり、作者名は伝承と異なるものの七条仏師の 作であることが判明した。生々しい肉身の表現や、肉身と連関せずに複雑に展 開する衣文表現に室町時代末期の七条仏師の作風がよくあらわれている。当代の本格的な彫刻であり、自らの姿を彫刻にあらわすという造像の有り様を考え る上で重要である。

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奈良県:11: #奈良国立博物館 :木造五大明王像:重要文化財

奈良国立博物館に伝わる木造五大明王像は、不動明王を中心に降三世・軍荼利・大威徳・金剛夜叉の四明王を配した密教彫刻の代表例である。いずれも憤怒の相を示し、玉眼による鋭い視線や躍動感ある姿勢に鎌倉時代彫刻の写実性と迫力が表れる。五体が揃って伝来する点は貴重で、国家鎮護や修法の実態を伝える重要文化財である。

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 奈良博・仏像館によく行くが、いないな~と思ったら出世したんですね。

 小さいながらも五大明王の特徴が表されている仏像群で、どこかの五大明王のモックアップではないかと思っている。なら博のHPにもお姿を見られます。こちら五大明王像|奈良国立博物館)です。ちなみに、五大明王が姿を変えたのが五智如来である。イメージとしては、五智如来が静的・理知的な側面を示すのに対し、明王は憤怒の力として現れた存在ともいえる。

いわゆる東密系の図像に基づく五大明王の小像。それぞれカヤとみられる針 葉樹の一材より彫出する。頬に張りがあり、厚みのある体軀や鎬しのぎ を立てた彫 り口は平安時代前期の古様を示しているが、丸みを帯びた体型で、衣文が浅く 均一に揃えられていることから製作年代は10世紀末~11世紀初め頃に置か れる。軍荼利明王像の左足を蹴上げて片足立ちとする姿など動きのある体勢を 破綻なく表す点にも作者の優れた彫技をみることができる。小像ながら平安中 期彫像の優品であり、五大明王が全て揃う点も貴重である。

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京都府:14:#尊勝院:木造慈恵大師坐像:重要文化財

尊勝院に伝わる良源(慈恵大師)の木造坐像は、鎌倉時代の僧侶肖像彫刻を代表する作例である。玉眼による鋭い眼差しに加え、右手甲に浮かぶ血管まで表現された写実性は、まるで呼吸しているかのような生々しさを感じさせる。通常、名僧像に見られる誇張的な造形を抑え、徹底して現実の人体表現を追求した点に本作の大きな特色があり、高い造形力を示す重要文化財である。

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平安後期以降の天台宗の隆盛に大きな役割を果たした僧、良源(912~98 5)の等身の肖像彫刻で、尊勝院本堂に本尊として安置される。尊勝院は保延 2年(1136)に陽範阿闍梨が横川般若谷に開いた尊勝坊に始まり、正和年間(1312~17)に粟田口に移ったと伝わる。ヒノキ材の寄木造。端正で まとまりの良い作風や衣文線の数を抑えた中庸な衣文表現より13世紀前半か ら中頃の院派仏師の手になるとみられる。耳毛を銅線で表すなど特徴的な技法 を用いる点も注目される。鎌倉時代に数多く造られた良源像の遺品のうち早期の優品で、比叡山関連の作例である点も重要である。当初の表面仕上げを残す 保存状態の良好さも賞される。

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しかし、京都にまだ知らない寺があるんだなと思うのであった。公式HPをどうぞ!!

京都府:15: #両讃寺 :木造薬師如来立像:重要文化財

両讃寺に伝わる木造薬師如来立像は、蓮肉や心棒までを含めて一材から彫り出されたカヤ材の一木造である。頭部はやや小さく、異相を示す面貌や粘りを感じさせる衣文表現には、我が国平安前期(9世紀)の精神風土と造形感覚が色濃く反映される。流麗な衣文や端正な立姿に加え、指が美しく妥協なく彫り込まれた精緻さも際立ち、古様と高い技術が融合した重要文化財である。

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 像高4尺余りの如来形の立像で、カヤとみられる針葉樹の一材より本体のほぼ全容と台座の蓮肉及び心棒を彫出する。表面は部分的に彩色を施すのみの 素地仕上げで、代用材を用いた檀像彫刻である。両讃寺近在の月読神社内の福養寺薬師堂に伝来し、明治時代に両讃寺に移された。量塊感のある体軀で、袖の両側面の衣文線は鎬を立てた刀法により繁く深く刻まれる。台座蓮肉を本体と共木で彫出する古様な構造技法と合わせ、製作年代は9世紀初め頃に置かれる。独特な面貌を示す点や、両手を前に突き出す印相とする点は神護寺薬師如来像(国宝)等の平安初期の薬師如来像との関連を想起させる。奈良時代末か ら展開する我が国の木彫像を考える上で注目される。

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「神護寺薬師如来像(国宝)等の平安初期の薬師如来像との関連を想起させる。」とあるが、思い出した!!法界寺の薬師如来立像の方が近いと!!見仏して思い出せなかったが、NOTEを書いていて思い出した。

そして、寺での御開帳模様のブログから秘仏のようですね。さて、重要文化財になり、保管ルールが厳しくなるので、保管維持費に御開帳してくれることを期待する。

兵庫県:16: #如意輪寺 :木造如意輪観音坐像@康俊作:重要文化財

 本像は、像底の朱書銘により、「東寺大仏師法眼康俊」によって、観応2年(1351)に製作されたことが知られています。……ち、小さいな~。理由は後述するとして、感想を先に述べます。

如意輪寺に伝わる木造如意輪観音坐像は、鎌倉時代の仏師康俊による優れた作例である。如意輪観音は六臂をもって衆生の願いをかなえる観音として信仰され、本像も思惟相を基調とした静かな姿勢をとる。玉眼による生気ある眼差しや、頬や口元にみられる繊細な肉身表現には、鎌倉彫刻の写実性が色濃く表れている。一方で、全体の姿態には柔らかな曲線が多用され、穏やかで内省的な気配が強調される。衣文は複雑に重なりながらも流動的で、量感ある体躯と調和し、豊かな立体感を生み出している。さらに光背の意匠も特徴的で、左右に天女が配されるなど装飾的要素が加わり、信仰的世界観を視覚的に表現している。六本の腕はそれぞれ異なる持物や印相を示し、密教的象徴と造形美が高度に融合する点も見どころである。作者が明確に伝わる点も貴重で、当時の仏師工房の技術水準と美意識を具体的に示す重要文化財である。

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書写山南麓に所在する如意輪寺に本尊として伝わる、六臂の如意輪観音像。 ヒノキ材の寄木造で、表面は金泥彩を施した上、衣部には盛上げや切金による 文様が表される。像底の朱書銘より観応2年(1351)に円教寺僧二名がそ れぞれ願主・供養導師となり、東寺大仏師法眼康俊によって製作されたことが 知られる作者康俊は「運慶五代之孫」又は「運慶六代孫」を名乗り、康誉を 継いで東寺大仏師職に任ぜられた七条仏師である。癖が少なく瀟洒で繊細な像 容に康俊の作風がよくあらわれている。本体の表面仕上げのみならず、銅製透 彫の装身具、光背、台座の過半が当初である保存状態の良好さも貴重である。 康俊は頂相彫刻など肖像を得意としたことが知られるが、本像は仏・菩薩像の代表作と評価される。

 仏師・康俊は二人います。裏で行われている奈良国立博物館にも康俊の如意輪観音坐像が展示されています!詳細は『奈良国立博物館「神仏の山 吉野・大峯―蔵王権現に捧げた祈りと美―」大峯山寺本堂の秘仏本尊×蔵王権現計32体集合|やんまあ』です。どうです?私は、それぞれ運慶工房と快慶工房の仏像だ!!と思ったのですが。

奈良国立博物館「神仏の山 吉野・大峯―蔵王権現に捧げた祈りと美―」大峯山寺本堂の秘仏本尊×蔵王権現計32体集合|やんまあ

鎌倉時代末から南北朝期にかけて活躍した仏師「康俊」は、かつては南都から京都へ移り長く活動した同一人物と考えられていた。しかし現在では、「南都大仏師法眼康俊」と「東寺大仏師法眼康俊」という別人の仏師であったことが明らかになっている。前者は興福寺系の仏師として奈良を拠点に活動し、般若寺の文殊菩薩騎獅像などを手がけた。一方、後者は京都を拠点とする七条仏師で、運慶の系譜を称し、東寺大仏師職を担った。

両者が同一人物とされていた説は、作風の共通性や活動時期の連続性によるものであったが、1990年代の修理調査で像内墨書が発見され、「南都康俊」が1357年以前に没していたことが判明し、同時期に活動していた東寺康俊とは別人であることが確定した。これにより、南都仏師の伝統を継ぐ系統と、慶派の権威を背景に展開した東寺系という、二つの流れが整理されたのである。

とくに東寺大仏師康俊は、運慶の後裔を名乗ることで仏師としての正統性を強調し、中世における仏師集団の権威形成にも関与したと考えられる。その代表作の一つである兵庫・如意輪寺の如意輪観音坐像で、繊細な作風と保存状態の良さを兼ね備えた南北朝期の優品として知られ、東寺系康俊の特色をよく示している。

兵庫県:17: #円教寺 :木造性空坐像:重要文化財

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等身の大きさの僧侶の肖像彫刻で、書写山円教寺境内の仙岳院で再発見され た。両肩を含む頭体幹部をヒノキとみられる針葉樹の一材より彫出し、両袖先・ 両足部等を矧ぐ(後補)。構造技法や鎬立った衣文には平安時代前期風が認めら れるものの、全体に量感が抑えられた造形より10世紀末から11世紀初め頃 に製作されたとみられる。長い頭部で伏し目の眼差しや少し突き出した唇とい った顔立ちの特徴は、長保4年(1002)に花山法皇が巨勢広貴に描かせたと伝わる性空上人の肖像画(模本のみ現存)に描かれた姿に通じており、円教寺開 山・性空(910~1007)の肖像である可能性が高い。平安中期の製作にな る特定の僧侶の肖像彫刻として貴重である。

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私のNOTEは次の通り。(紅葉の名所!西の比叡山「書写山圓教寺(円教寺)」西国三十三所!|やんまあ

▼仏像以外感想

新潟県:39: #十日町市博物館 :新潟県野首遺跡出土品:重要文化財

千葉県:25: #館山市立博物館 :宋版孫真人玉函方 膏肓腧穴灸法 産育保慶集(金沢文庫本):重要文化財

千葉県:31: #香取神宮 :香取神宮文書:重要文化財

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香取神宮文書は、下総国一宮であった香取神宮(香取社)の旧社家等に伝来 した香取文書のうち、現在、神宮が所蔵する文書群である。香取文書は、中世東国史研究上の重要史料であり、本文書はこのうちの最もまとまった一括である。 鎌倉から室町時代の中世文書を主体とし、中核となる本所古文書は社殿造営や社領に関する文書、公武発給の文書を含み、下総国一宮としての地位の高さを示すものである。売券類も充実しており、東国中世社会の実態を伝える希有な史料となっている。また、本文書からは江戸時代後期以降の当該地域における史料保存の試行的な取り組みをうかがうことができる。 本文書は、神社史や地域社会史、経済史、法制史、古文書研究上の貴重な史料 が数多く伝存しており、学術的価値が高い。また、中世史研究上のみならず、ア ーカイブス学上においても重要である。

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千葉県:38: #市原歴史博物館 :金錯銘鉄剣(千葉県稲荷台一号墳出土):重要文化財

東京都:3: #慶應義塾図書館 :論語疏巻第六:国宝

東京都:5: #皇居三の丸尚蔵館 :星曼荼羅図:重要文化財

 こちらもパネルだった。。

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代 星曼荼羅は、釈迦金輪を中心に、天体を表わす諸尊を配した曼荼羅で、平安時 代より除災、延命などを祈念して北斗七星を供養する儀礼の本尊として使用さ れた。平安時代12世紀以降の作例が遺る。 本図は、画面に3区画を設け、中心の区画に釈迦金輪と北斗七星・九曜くよう 、その 外側の区画に十二宮、最も外側の区画に二十八宿を並べる。緻密な截金きりかね を施し、 温雅な趣をとどめる細やかな尊容表現、釈迦金輪の面長の顔立ちなどから、制作 年代は鎌倉時代前半に位置づけられる一方、釈迦金輪が袈裟を通肩に着けたり、 北斗七星が薬叉形を表わすなど、図像には特異な点が多い。製作優秀で特色ある 星曼荼羅の古例として貴重である。

解説:94350901_03.pdf

東京都:8: #皇居三の丸尚蔵館 :浜松図 海北友松筆:重要文化財

 こちらもパネル・・。

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浜松は古くから親しまれた画題で、本作は州浜の金、波の銀、松の緑の対比が 美しく、優れた空間表現と高い意匠性を両立させた優品である。落款はないもの の、様式から海北友松(1533~1615)の作と認められる。墨画が多数を 占める友松作品の中にあって、本作は数少ない金碧画としてすでによく知られ ている。また、本作は八条宮智仁としひと 親王(1579~1629)に始まる旧桂宮家 に伝来し、友松と八条宮家との関係を示す点からも貴重視される。友松の画業を 研究する上で欠かせない作品として重要である。

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東京都:18: #皇居三の丸尚蔵館 :銀百鶴図花瓶 加納夏雄作:重要文化財

東京都:19: #サントリー美術館 :色絵松帆掛舟文葉形皿:重要文化財

東京都:20: #東京国立博物館 :鳳凰花卉堆朱箱:重要文化財

東京都:22: #深大寺 :銅孔雀文磬:重要文化財

寺の詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未参拝です。特別展のNOTEをどうぞ!(★秘仏公開★200年ぶり出張『秘仏 深大寺 元三大師坐像-日本最大の肖像彫刻-』『お水取り』in奈良国立博物館|やんまあ

東京都:30: #皇居三の丸尚蔵館 :敦康親王御対面儀定文案 藤原行成筆:重要文化財

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平安時代の儀式については、同時代の文書がほとんど残されておらず、本書 は装束の具体的な内容や周辺の状況を確認できる貴重な一例である。また、帯 について左大臣(藤原道長)に尋ねることを特記する点や奉仕者の各所に訂正 がなされている点などからは、一般的な儀式書などには記されない儀式が行わ れるまでの過程をうかがい知ることができ、史料的価値は極めて高い。

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東京都:10: #泉屋博古館東京 :ノルマンディーの浜 鹿子木孟郎筆:重要文化財

神奈川県:9: #ポーラ美術館 :濁醪療渇黄葉村店 小山正太郎筆:重要文化財

詳細は他の方の記事や美術館解説にお任せします!

静岡県:32: #浜松市博物館 :伊場遺跡群出土木簡:重要文化財

愛知県:21: #徳川美術館 :菊白露蒔絵婚礼調度:重要文化財

岐阜県:41: #飛騨の山樵館 :岐阜県島 塩屋金清神社遺跡出土品:重要文化財

三重県:参考4: #斎宮歴史博物館 :三重県斎宮跡出土品:参考展示

石川県:33: #須須神社 :須須神社文書:重要文化財

須須神社は現在、高座宮と金分宮の両宮からなる神社で、廃仏毀釈までは 高勝寺と共に運営されてきた。高座宮の祭神・高倉彦神は貞観15年(8 73)に従五位上に叙された(『日本三代実録』)。 本文書群は、高座宮・金分宮関係の文書と、高勝寺関係の文書からなる。前者は、田地寄進状、諸役免除など、神社の経済基盤に関する文書を含む。後者 は、石川県内に現存する正文としては最古の承安5年(1175)能登国司庁宣をはじめ、高勝寺の組織や運営に関する文書を含む。いずれにも平氏、畠山氏、上杉氏等、能登を支配した諸権力との関わりを示す重要な文書が多く見られる。天正14年(1586)の前田利家寄進状案以降の文書からは、近世能登における須須神社のあり方が知られる。 本文書群は、中近世の能登国の社寺史を知る上で重要な文書群である。

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福井県:40: #福井県教育庁 埋蔵文化財調査センター:福井県大釜屋 西山窯跡群出土品:重要文化財

奈良県:1: #奈良文化財研究所 :奈良県飛鳥池遺跡出土品:国宝

奈良県:6: #春日大社 :競馬図:重要文化財

 パネルでした・・・。これも見たかったんですけどね・・残念。。。

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端正な描線と美しい彩色で貴人邸での競馬行事を描く。料紙に雲母を塗布 し、その輝きを基調に金銀で加飾するという、室町時代特有の装飾技法を示す佳品である。江戸時代に奈良で古作として大いに参照された屛風との関連性を想定できる。競馬は古くは宮中の恒例行事で、その会場を上賀茂社に移して今に伝わるのが賀茂競馬である。絵画化されたのも賀茂競馬が大多数を占めるが、貴人邸での競馬もまれに描かれた。現存する屛風絵としては唯一中世にさ かのぼり、貴人邸での競馬を描く本作は研究上重要な位置を占める。ほとんど が景物画である中世やまと絵屛風の希少な現存作例中にあって、本作は人物を 比較的大きく表す点でひときわ珍しく、競馬図屛風の現存最古例としても高く評価される。

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春日大社にも競馬があったんだ・・。私のNOTEは次の通り。(藤原氏の興福寺・春日大社を完全制覇【奈良】【奈良シリーズ】|やんまあ

解説の「その会場を上賀茂社に移して今に伝わるのが賀茂競馬である。絵画化されたのも賀茂競馬が大多数を占めるが、貴人邸での競馬もまれに描かれた」は勉強になった。では、「#上賀茂神社」の「 #賀茂競馬 」をどうぞ。

奈良県:37: #奈良国立博物館 :奈良県五條猫塚古墳出土品:重要文化財

奈良県:42: #西方院 :銅骨蔵器(唐招提寺西方院五輪塔納置):重要文化財

京都府:2: #東福寺 :五百羅漢図 明兆筆:国宝

東福寺に伝わる明兆筆の五百羅漢図は、室町時代水墨画の代表的作例である。多様な表情や動作をもつ羅漢たちが生き生きと描かれ、鋭い筆致と濃淡の巧みな表現により群像としての迫力を生み出している。実際に見ると保存状態が極めて良く、色合いも明るさを保っており、制作当初の鮮やかさを今に伝える。宗教画でありながら人間味豊かな描写に特色があり、禅的精神と写実性が融合した日本絵画史上重要な国宝である。

解説:https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/94350901_03.pdf

五百羅漢は、釈迦の入滅後もこの世にとどまって仏法を護る聖者たちで、社会の安寧を願う人々から篤く敬われた。本作は京都・東福寺の山門に納めるべく、 同寺の画僧・明兆(1352~1431)が描いた50連幅で、至徳3年(13 86)に完成した。全50幅のうち45幅と近世初期の補写2幅が東福寺に伝世 する。15世紀以前の作で多幅構成の五百羅漢図のうち、まとまって現存するの は世界で3件しか知られていない。本作はその中でも完成年と筆者が明らかで、 当初の場所に伝来する点で基準性がとりわけ高く、日本では現存最古かつその 時代を代表する重要作家によって描かれた点で比類ない価値がある。作行きも 丁寧で規模が大きく、日本絵画史上の記念碑的存在であるとともに、日本の文化 史上に特に意義深い存在として、ひときわ高く評価される。なお「絵本」と称す る50幅が完存するので附として一体的な保護を図る。

解説:94350901_03.pdf

京都府:4: #海住山寺 :阿弥陀浄土図:重要文化財

 パネルだった・・残念・・。

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代 阿弥陀の浄土を表わす絹本の大幅で、細緻な截金きりかね と彩色になる優品である。全 体が三角形をなす構図や文殊菩薩を表わすなどの図像表現は阿弥陀浄土図とし て類を見ない。平成23~25年度の修理で軸木に墨書が発見され、本図が永仁 7年(1299)に修復され、その時点で兜率天とそつてん 曼荼羅図(重要文化財、興聖寺 現蔵)と一対で海住山寺経蔵にあったことが判明した。本図の独自性や二図が対 をなす構想は、法相宗僧として南都復興を牽引し、晩年を海住山寺で過ごした 貞慶じょうけい (1155~1213)の思想が影響した可能性が高く、絵画様式からも 本図の制作時期は13世紀前半と推定される。本図は日本の浄土図の展開上、独 自の位置を占める点で価値が高い。また、修理によって軸木が取り外されて別置 されているので、附として一体的な保護を図る。

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京都だけど奈良な寺ですね!・私のNOTEは次の通り。(運慶・快慶作の東大寺四天王は「海住山寺」にあり!?現光寺に慶派の十一面観音坐像@重文【京都南山城シリーズ】|やんまあ

京都府:26: #冷泉家時雨亭文庫 :顕注密勘 藤原定家筆(上帖:藤原為秀写):重要文化財/27:#冷泉家時雨亭文庫:古今伝授関係資料:重要文化財

京都府:28: #北野天満宮 :北野天満宮聖廟法楽奉納連歌:重要文化財

北野天満宮に伝わる聖廟法楽奉納連歌は、祭礼や法楽の場で神前に捧げられた連歌を記録した資料である。学問の神として崇敬される菅原道真への信仰を背景に、文芸活動が宗教儀礼と結びついていた様相を示す。複数の連歌師が詠み連ねた中には名が記されない歌もあり、それが天皇の御製であると伝えられる点も注目される。中世における神社と文芸、そして権威の関係を具体的に伝える重要文化財である。

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【時 代】室町~江戸時代
北野天満宮(北野社)は、和歌・連歌の神としても知られる菅原道真(天神)を祭神とする天満宮・天神社の総本社である。 本資料は、室町時代から江戸時代にかけて北野社に奉納された連歌懐紙や連歌書類、連歌関係資料等からなる。連歌懐紙は、道真の50年ごとの大遠忌に 際しての法楽万句奉納連歌懐紙があり、江戸時代のものはほとんど欠けること なく伝存している。連歌書類は、北野社を信仰する連歌師などから奉納されたもので、北野本として知られる善本を含む。連歌関係資料では北野社の宮仕に代々継承されてきた古今伝授関係資料と、連歌に所縁の深い橘松竹鶴亀蒔絵文台硯箱がある。 本資料は、我が国の連歌文化の中心であった北野天満宮にまとまって伝存してきた一括であり、国文学や連歌研究上において価値が高く、文化史上におい ても貴重である。

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私のNOTEは次の通り。(完全制覇「北野天満宮」梅/紅葉/パワースイーツ「東向観音寺」|やんまあ

そして、同時期に、京都国立博物館で「北野天神」展がある。Wブッキングのような??奈良国立博物館の「吉野・大峯」展では、北野天満宮の鬼像が展示されているし、幅広くしていますね~。2026年5月は良い特別展示会が多かったです。

京都府:29: #石清水八幡宮 :観世音秘密無障礙如意輪陀羅尼蔵義経:重要文化財

石清水八幡宮に伝わる「観世音秘密無障礙如意輪陀羅尼蔵義経」は、源義経の名を冠する陀羅尼関係資料で、八幡信仰と観音信仰が融合した中世宗教の様相を伝える。陀羅尼は呪文的性格をもつ信仰実践であり、武士層とも深く結びついていた。本資料は、武家の守護神である八幡と観音信仰の習合を具体的に示す点で貴重であり、中世における神仏習合と武士信仰の実態を知る上で重要な文化財である。

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奈良時代・天平12年(740)
本経巻は、天平12年(740)3月15日に聖武天皇夫人の正三位藤原氏 女が、亡父贈左大臣藤原房前の追善と存命の「内親王」の平安を祈って発 願・書写せしめた一切経、藤原夫人願経のうちの1巻である。やや扁平で端正謹厳な楷書体は、典型的な奈良写経の書風と評価できる。如意輪陀羅尼の功徳を説く経典で、唐の証聖元年(695)頃より実叉難陀によって訳された。 表紙外題上と、表紙と本紙の継目紙背に残る朱は、「黒氏梵志経」(重要文化財)をはじめとする他の藤原夫人願経にも捺されている朱円印「元興寺印」 の一部と考えられる。元興寺から海龍王寺に伝来し、「光明皇后御筆」と誤伝され、石清水八幡宮神宮寺に所在した大乗院に移されたとみられる。 表紙から巻末の願文まで、原装の様子がうかがえる本経巻は、天平盛期にお ける写経の代表例として、極めて貴重な古写経といえる。

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私のNOTEは次の通り。(三大八幡!完全制覇!国宝「石清水八幡宮」頼朝/信長/秀吉/家光「高良神社」元宮は宇佐or奈良?【京都八幡シリーズ】|やんまあ

元興寺や海龍王寺が関係しているのも面白い。

京都府:34: #京都大学附属図書館 総合博物館:建内記:重要文化財

京都府:44: #京都市立芸術大学芸術資料館 :絵所預土佐家関係資料:重要文化財

京都府:49: #高台寺 :高台院関係資料:重要文化財

豊臣秀吉(1537~98)の正室である高台院(1549~1624、祢・ 寧・北政所)の事績に関する資料群で、秀吉・高台院夫妻の菩提寺である高台寺に伝わった。高台院は多くの武将や朝廷と親密な関係を結ぶなど、政治上に存在感を示し、公私にわたり豊臣家を支えた。 資料は、内容から文書・書跡類29点、絵画7点、工芸品8点に分類される。 文書・書跡類は、高台院の能書 ぶりを伝える自筆消息をはじめ、高台院を従一位 に叙した口宣案や高台院号を勅許した後陽成天皇女房奉書、高台院が出家した 際に師である曹洞宗僧侶の弓箴善疆から与えられた嗣法 の証書(相承系図な ど)、秀吉の神号「豊国大明神」を大書した後陽成天皇宸翰などが注目される。 絵画は、高台院像2幅をはじめ、いずれも弓箴善疆の賛がある豊臣秀吉、小早川 秀秋(養子)、康徳寺(実母)、雲亮院(養母)の4名の肖像画が伝わる。工芸品 は高台院の手許にあったと知られる南宋時代の堆つい 黒 こく 大香合や、非常に精緻で桃 山時代の金工技術の高さを示す血 脈 けちみゃく 箱などがある。これらは、高台院の事績、 人物の一面をうかがうことができる一括資料で、当該期の政治史、文化史上に価 値が高い。

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京都府:参考1: #醍醐寺 :醍醐寺文書聖教:国宝

国宝寺の「醍醐寺」ですね。私のNOTEは次の通り。(超美仏!快慶・弥勒菩薩「醍醐寺」世界遺産&国宝!30分凝視!昼⇔夜【京都伏見・山科シリーズ】【京都山科シリーズ】|やんまあ

兵庫県:7: #香雪美術館 :柳橋水車図 長谷川等伯筆:重要文化財

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画面いっぱいに橋を架け渡し、柳と水車を組み合わせた柳橋水車図は、名所と して知られる宇治橋を描くもので、遅くとも17世紀初頭には画題・図様ともに 一般化していた。本作は水波の銀截金ぎんきりかね など入念な装飾技法によりきらびやかな 画面を構成している。また、本作には長谷川等伯(1539~1610)の印章 が捺される。近世初期には長谷川派に同様の類例が知られ、本作はその最初期の 優品である。 本作は柳橋水車図の作例中、作者が判明する現存最古例であるばかりでなく、 柳橋水車図の成立と展開や長谷川等伯の画業を考究する上で欠かせない優品と して価値が高い。

解説:94350901_03.pdf

兵庫県:23: #七寶寺 :線刻阿弥陀浄土図鏡像:重要文化財

 いや~奇麗で良い保存状態でしたね。「【速報】神河町初の国指定重要文化財が誕生! | 兵庫県神河町」より盛り上がっているようです。

鏡背に伯牙弾琴図を鋳出した八花鏡の鏡面に、阿弥陀浄土図を表した鏡像。 鏡胎は、奈良時代から平安時代前期に唐鏡を元に製作した仿製鏡と考えられ る。その鏡面に、平安時代後期に線刻を施したもので、阿弥陀浄土図を表す鏡像は他に例が見られない。ごく小さな円相の中に、楼閣や諸菩薩など浄土のさまを破綻なく配置している。小さな楔形の点を連ねて線を表す蹴彫の技法にて図様を表しており、線刻の表現は緻密である。背面の周縁付近には「阿、弥、陀」 の文字を線刻する。 同時期の既指定の鏡像と比しても作行きが特に優れ、また泉屋博古館所蔵の 線刻釈迦三尊等鏡像(国宝)と顔貌表現の類似が指摘されており、近しい製作 背景をうかがわせる。我が国の平安時代後期の鏡像の中でも極めて貴重な作例 と考えられる。

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兵庫県:43: #南あわじ市滝川記念美術館 玉青館:横帯文銅鐸 袈裟襷文銅鐸 (兵庫県南あわじ市松帆地区出土):重要文化財

山口県:24: #萩博物館 :白地葵紋付筋亀甲繋文様絞染小袖:重要文化財

 萩博物館によると、萩藩には、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に連れてこられた朝鮮出身者で、後に藩士として召し抱えられた村田安政(生年不明~1639)がいた。安政には生き別れた姉「たあ」がおり、家康に仕えていたが、お互いの消息は知らないままだった。

きょうだいの再会を祝して家康がプレゼント 逸話残る小袖が国重文に [山口県]:朝日新聞

 詳細は市のHPをどうぞ。(29910.pdf

https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/94350901_03.pdf

萩藩士村田安政(生年不詳~1639、朝鮮名ミビイ)が徳川家康(154 2~1616)から拝領したと伝わる小袖。桃山時代の染小袖に用いる練緯ねりぬき 地 を使い、身幅が広く袖幅が狭い形状、文様を左右対称の区画に配置する意匠構成、葵紋の大きさなどから、慶長期頃の製作と考えられる。絞染の手は巧み で、葵紋の葉脈など細部まで明瞭に表し、鹿子絞りや生地をまたぐ文様の合わせ方も細かく丁寧である。本作には、壬辰倭乱で日本に連れてこられた朝鮮出身の安政とその姉で家康に仕えたたあ(生没年不詳)の再会に関する書状がともに伝わる。書状は、安政が生き別れた弟ではないかと気づいたたあが、家族の名前や身体の特徴などを記し、駿府まで会いに来てほしいと願う内容であ る。本小袖は、二人が再会を果たした際に下賜されたという。小袖には欠損や 仕立て替えがあるが、桃山末期の絞染が褪色も少なく、衣服の形態を保ち伝わ った希有な例である。下賜の経緯が判明し、その史料が伴う貴重な例と言え、 染織史上重要な作例である。

94350901_03.pdf

山口県:45: #佐山区 :山神枡:重要文化財

福岡県:46: #大牟田市 :三井三池炭鉱専用鉄道電気機関車:重要文化財

大分県:35: #安養寺 :朝鮮日々記:重要文化財

沖縄県:48: #沖縄美ら島財団 :琉球国之図:重要文化財

個人:36: #個人 :琉球国王朱印状:重要文化財

個人:47: #個人 :上野撮影局写真帖:重要文化財


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