万博は55年の時を超えてその先へ
1970年に行われた大阪万博。ブルーインパルスが
描く白煙に導かれて、55年の時の流れを感じに、
久しぶりに万博記念公園を訪れた。1970年、初めて
日本で開催された万国博覧会。その熱気は、写真や
映像でしか知ることはできないが、万博の遺産の
姿とともに想像力を働かせ、1970年を味わおう。

建物の床に用いられた赤茶色のタイルは
福岡で過ごした日々の中にあった美術館と同じく

前川國男のデザインで、表情のあるコンクリートの壁も

前川氏ならではのもので、当時の雰囲気を今に伝えている

エキスポタワーの模型にも、当時の風景を思い浮かべる

1970年の万博のロゴに込められた調和への思いは

過去から重ねられた国際博覧会におけるテーマでもあり

歴史は形を変え繰り返されて今にいたる

そして1970年、万博が初めて日本で開催された

1970年当時の風景が記録されたEXPOパビリオンで
当時の熱量を肌で感じることはできなくても

残された資料をたどり想像してみる

1965年に開催が決定された大阪万博で

EXPO'70の開催に向けて掲げられたテーマは

人類の進歩と調和
そして岡本太郎の、そのテーマの表層に抗うような

太陽の塔は、丹下謙三が手掛けた大屋根を突き抜けた
2人の偉大な建築家と芸術家。その足跡を
たどることも、旅の楽しみのひとつとなっている

この鉄鋼館には、スペースシアターという音響劇場があり

流れる音楽とともに光がデザインされ、空間は白から赤へ

そして、青へと大きく空間の質を変えていく
様々な場所の色の記憶も、旅の途中に紡ぎ合わせて
その鉄鋼館を手掛けた前川国男は

総合プロデューサーの役割も担っていた。ともに

スペースシアターを作り上げた音楽監督の武満徹
由布院の旅先の美術館で氏の言葉にもふれた

スペースシアターのために作曲された現代音楽が

空間に浮かぶ1008個ものスピーカーや

立体的なサウンドシステムによって奏でられ、今も

その音楽にふれることができる。響・花・間を手掛けた
クセナキスはコルビュジェの弟子とし、建築を学び
数学的知識を用いた音楽と建築ついての書籍は
以前に訪れた真鍋大度氏の記事でもふれた

EXPOパビリオンの展示は当時を伝え、55年も前に

よくあれだけのものが、開催決定から5年に満たない間で
建てられたものだと、改めてパビリオンも振り返る

展示には、1970年の大阪万博の開催へ向けたガイドや

開催のちょうど1年前に発売された記念切手

公式ガイドの表紙デザインは猪熊弦一郎が手掛けたもの

館内には岡本太郎の手掛けた万博の鍵もあり
氏が目指した調和の形を知る旅も続けている

入場者数は閉会前には最高83万人にもなり、会期を通じて

6421万人もの人が訪れたという。EXPOパビリオンで
熱気にあふれていた1970年の大阪万博にふれる
55年も前にあった万博で、人類は進歩と調和を夢
に見た。2025年の今、世界は進歩と調和をなしえた
のだろうか。もちろん、目覚ましい進歩もあれば、
停滞もあるだろう。それでも、未来へ向けて世界
を継続するためには、その道筋を探していかねば
ならない。歴史は繰り返されるけど、変化しながら、
その先にある調和へと向かう世界に思いをはせて。
