やせた土地には何も育たない《イルボッカローネ修行時代その3》
こんにちは。chef+(シェフプラス)の米澤文雄です。
No Codeの業態変更や、サウジアラビアへの移住についての話を挟みましたが、今回は僕の最初の修行時代、恵比寿の老舗イタリアン「イルボッカローネ」での話に戻して書いてみようと思います。
手渡された「お店の鍵」が嬉しくて
ずっとホールで仕事、すなわち「キッチン待ち」をしていた僕ですが、少しずつキッチンに入れてもらえる日が増えてきます。
「キッチン待ち」をしていた時の記事↓
キッチンに入れてもらえる日も変わらず、毎日一番にお店に行き、ドアの前で先輩を待っていました。
それを数週間続けていたら、先輩から「米澤の方が早く来るから、鍵持っとけ」と、店の鍵を手渡されて!その瞬間、思わずガッツポーズ。笑
お店の一員として、少しは信頼してもらえたのかな、と。
とはいっても、鍵を預けられてからも自惚れることなく、毎日一番に来て、ゴミ捨て場の掃除からスタート。
というのも、朝来てから、床を流して綺麗にしておくと、僕は心からやる気が湧いてくる。それくらい綺麗な床が大好きで、こだわっていました。
掃除を終えたら、先輩達のまな板とダスターをセットし、納品があれば片付けて、雑用仕事は全て終わらせる。その間に先輩が少しずつ出勤する、というルーティーン。
そしたらそのうち、食材を触らせてもらえるようになりました。
ルッコラ、トレビス、クレソン、ロメインレタスなどの掃除。包丁を持たせてもらえるようになったら、にんにくのみじん切り。そのうち、白いんげん豆の火入れや海老の掃除など、少し技術が必要なものを。
毎日が調理の基礎中の基礎の繰り返し。でも、これをやっていて良かった!と心から思う場面が数年後の、Jean Georgesの門を叩いた時にやってきます。
そのうち揚げ物なんかもさせてもらえるように!
ボッカローネで大人気のメニュー「カラマリフリット」これが中々うまく揚げられず……。

小麦粉をまぶして、氷水に一瞬だけ浸けて、サッと揚げる。
本当にそれだけなのですが、細かいレシピなんてなくて、水と粉のつくバランスだけが衣の決め手になるので、その感覚がすごく大切で。
上手に揚げる事が出来た時はうれしかったー!
学校に行くなら「何をしに行くのか」が重要
ここで一つよく聞かれることを書いておくと、僕は調理の専門学校に行っていません。というのも、僕はかなり早い段階で料理人になりたいと決心していて、親に言われなければ、高校にすら進学せず、料理の道に飛び込んでいたはず。
上の記事でも書いた通り、飲食でのバイトを掛け持ちして、高校生活はおまけ、みたいな毎日。バイト先の先輩からも「調理師学校に行くよりも、現場で働いた方がいいぞ」なんて言われ、その考えを疑うことをしませんでした。

僕はこの選択に後悔はありませんが、今の自分だったら、専門学校に行くことを薦めるかなー、とも思ったりも。
というのも、調理技術うんぬんというよりも、飲食の仕事というのは、現場に入ると「横のつながり」というのを得るのが結構難しいんじゃないか、と思うからです。
特に見習いの時期はやることが山ほどあるので、店を離れる時間というのがまずない。お店の中に上手く頼れる場所や人がいないと視野がどんどん狭まっていって、芽がでる前に自分自身が潰れてしまうこともあるかも知れません。
学校に通えば、同じタイミングで、同じ目標を持つ仲間ができるはずです。
調理の基礎などを学べるのはもちろんですが、同じ目線の仲間がいるのは、決して簡単ではない料理人の道を進むための、大きな支えになると思います。
修行時代から人と店に恵まれた
そんなわけで高校卒業後そのまま店に入った僕ですが「入ったお店がいいお店だった」に尽きます。ここは、一度断られたにもかかわらず食い下がった当時の僕を褒めたい!
本当に何もできなかった僕にイチから全部教えてくださり、可愛がってくださり。当時の先輩方とは20年以上経った今でも交流が続いています。

例えば、僕に鍵を渡してくれた、今はパラディーゾという築地や湘南にあるレストランのオーナーになった久野さん。ボッカローネ時代、一番お世話になりました。今でもお会いするといい感じにいじめられる(笑)し、最近はこのnoteを更新するたびに「あの頃のお前をよく憶えている!」とか「こんな写真よく持っていたな!?」とfacebookにコメントをくれたりして、ずっと気にかけてくれています。
恵比寿のイルバロンドーロのオーナーシェフになった岩田君とは、当時よく飲み明かしましたねー!(笑) 僕は家が浅草だったので、終電を逃して裏の倉庫で使用済みのクロスを並べて寝た事も10,20回どころではないはず……。笑
他にもボガマリの店長になった布上さん、ボッカローネに戻られた当時の店長渥美さんなどにも本当に可愛がっていただきましたし、初代店長のディエゴ(玉寄さん)以上のサービスマンにはあった事はない。鈴木さん(はなさん)は華があるってこの人の事いうんだろうなー!って毎日思っていた。
こんな素敵な人が集まるお店を、今から35年前に作った岡秀行社長のセンス。そしてやり続ける事の大変さと大切さ。45歳になって自分も経営に携わるようになった今、改めてすごいなー!と思います。
(そんな岡社長には、クリスマスと週末が重なった1999年、めちゃくちゃ忙しかった営業を終えてた後、お店で勝手に大パーティーを催して、月曜日の朝スタッフ全員思いっきり怒られまくったのを、多分みんな覚えているはず……笑)
憧れのシェフに褒められた記憶
そんな中でも、僕の憧れだったのは甲斐シェフ。
ボッカローネ卒業後、長年恵比寿のフレーゴリでシェフをされていた甲斐シェフは、お会いした当時は33歳くらいだったと思うのですが、2025年現在45歳になった僕でも敵わないと思うくらい素晴らしいシェフで、ずっと背中を追っているような気がします。
とても厳しくて叱られた記憶が大半ですが(笑)、唯一褒められたことがあります。
パスタ場にいる方がお休みで、いつもはデシャップとメイン料理を担当している甲斐シェフがパスタ場にいる日がありました。これは超レアなこと。そして、偶然が重なり、なぜか僕がパスタ場ににいる甲斐シェフのアシスタントにつくことに。
緊張しながらフライパンを振る甲斐シェフの後ろについていると、甲斐シェフがフライパンに、いつもより少しだけ多めのオリーブオイルを入れたんです。
僕は咄嗟に「あ!これはキノコのパスタだ!」と思って、甲斐シェフがフライパンににんにくと鷹の爪を入れている間に、きのこを冷蔵庫から出しました。
そしたら「……お前、なんでキノコのパスタってわかったの?」と少し驚いた様子の甲斐シェフ。僕はキョトンとしながら「普段より少しオイルが多かったので、今あるメニューだと、キノコのパスタかなと思いまして……!」と答えると「へー、いい所みてるじゃん」と!
貴重な機会に、お叱りではなく褒められたのがめちゃくちゃ嬉しくて、今でも鮮明に覚えています。
年月が経って、料理人たるもの、これくらいの違いにはすぐに気づけるアンテナがないとダメだとも、今では思うようになりました。
同じ食材でも、毎日違った形や大きさのものが入ってくる。季節によって味も風味も変わる。そんな食材を、その日の最高の状態に仕上げるためには、一瞬ごとの微細な違いや変化にも瞬時に気付けないといけないと思います。当時の甲斐シェフは、僕のそんな料理人としての瞬発力の可能性を褒めてくれたのかなと。
若いうちに、土台を丁寧に作ろう

もし料理人を目指している人が、このnoteを読んでくれているなら「大きなビルを建てるには、それ以上に大きな土台が必要」ということを伝えたい!
一流になる人には、必ず"しっかりとした土台"があります。
土台がしっかりしてないと、そこには何も育たないです。
たとえパトロンに支援を受けたとしても、必ず枯れます。
やせた土地は、何も育たないんです。
具体的な事例は、僕も含めて、身の回りでもいっぱいありますが、生々しいので、ここでは敢えて抽象的に留めておきます(笑)
とにもかくにも、体裁だけ取り繕ったって、バレます。特に食の分野なんてのは、比較対象が山ほどいる。弱い部分や詰めが甘い部分は直ぐに伝わる。
料理人同士だったら手の動きで直ぐにわかるし、食べることが好きで、色々なお店に出入りしているお客様も、細かいところを本当によく見て、感じておられます。だからこそやり甲斐があるし、面白いのですが!
一番大事なのは、土台作りは若い時にやるのが一番。後になって土台のもろさに気づいても遅い。土からやり直すには、一度全部を壊さないといけない。
もちろんガッツがあれば何度だってやり直しはできますが、料理人の世界は、若い時の土台づくりからずっと真剣に向き合ってきている"化け物級"の一流がいっぱいいるので(笑)やり直している間に差がつきます。
何より、こんな根気がいることは、体力がある若い時にやっておくのが、一番効率が良いはず。
こんな修行についての話を、この前茶禅華の川田シェフとして盛り上がりました。川田シェフも、修行の大切さを感じていて、キャリアの岐路に立った時、急いで独立せず、じっくり修行に時間をかけたシェフの1人。
だからこそ今、あんなに素敵な店と料理が実現しているんだろうなー、と。
僕のこれまでの修行時代のnote記事も、ありがたいことに多くの書先輩方にシェアしてもらっていて、活躍している人ほど、修行の大切さを感じてるんだなー、と再確認。
その時に多くコメントもらったのが「今は職人が育ちづらい環境だ」と。
確かに、人が人に厳しくしづらい時代かもしれません。
僕も人を育てる立場として、あるべき厳しさを追究を続けつつ、若い人達には、上を目指したいなら、自分自身には誰よりも厳しくいる覚悟で、目の前の仕事に臨んで欲しい、と伝えたいです。
僕がボッカローネで働いていた期間は18歳~21歳ぐらいなので3年とちょっと。
地道なことが多かったけれど、その作業や、人との関わりを通して、僕の料理人人生の一番大切な所"土台"を作ってもらえたから、今があると、胸を張って言えます。
次の記事では、僕がNYという舞台に身を置いた5年間を様々な角度から綴っていきたいと思います!
No Codeのご予約について
ご予約は下記サイトから承っています。
Tablecheck
OMAKASE
店名:No Code
営業時間:(2部制※各回一斉スタート) 17:00~ / 19:45~
料金:料理 おまかせコース 13,500円(税込サ別) ドリンク ペアリング 10,000円(税込サ別) ※ファーストドリンク別 ※ドリンクはグラス、ボトル共にアラカルトオーダー可能、ノンアルコールペアリングは御座いません。料理:メキシカン-フレンチ
予約:電話、ネット予約※テーブルチェック推奨
座席:8席(カウンターのみ)
ドレスコード:スマートカジュアル
キャンセル料:~1週間前30% / 前日50% / 当日100%
※2025年6月時点の情報です。最新の内容は予約ページなどをご確認ください。
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(arranged by 菅原きこ)
